私の目の前には多種多様な見た目のマネキンが並べられていた。
「これはなんですか……?」
「様々な義肢に機械工学を取り入れた、うちの試作品です」
言われた通り、よく見ればマネキンたちの体の一部は欠損しており、そこには機械が取り付けられていた。
SF映画にあるような、動く人工の身体。
「愛さんは機械について詳しいとか。自分でPCを組み立て、改造を行っていると聞きました」
「まぁ、多少は」
「今、私たちは小さいものに機能を埋め込む開発をしています。これを」
彼女が持ってきたのは、人の眼球……によく似た機械だ。
「義眼にカメラを仕込んだ試作品です。片眼の視力を失い、眼球を摘出した人間がこれをはめ込み、カメラで撮影した映像をスマートグラスなどを通して健常なもう片方の目に投影することで、擬似的に広い視界を再現できます」
「……すごい」
手渡されたサングラス型のディスプレイから見えるのは、私の姿だ。これが命さんの持つ、義眼を通して見える視界なのだろう。
「とは言え、これは試作品。人間の眼球に比べれば大きすぎて頭に入らない。より小型化が必要で……今は機械に得意な人材をスカウトして回ってるんですよ」
「それで、私ですか」
確かにこれはビジネスの話だ。けど、私が想像していたのは使用人として何か依頼をしてくることであって、私の趣味の機械いじり方面で仕事が舞い込んでくるとは思わなかった。
「どうして私なの?」
「それは、当然その手の技術を持っているからで……」
「──かぐや様に罪悪感を抱えている私なら、引き抜きやすいと思った?」
命さんの言葉が止まった。
「いえ、別にかぐやさんの近侍を辞めて貰う必要はありません。四六時中かぐやさんに付いていることはできなくなりますが、それでも両立は……」
「そう言うことじゃないよ」
確かに、私はかぐや様に負い目がある。黄光様に情報を流すこの仕事を辞められるものなら辞めてしまいたい。
「黄光様から、私をかぐや様から引き離すようにでも言われたの?」
でも、逃げるのは違うでしょ。
「え、違っ……」
「あの日、命さんが当主様と黄光様を交えて、本邸で何を話したのかは知らない」
「だから違っ……」
「確かに、私はかぐや様を裏切っている。でも、それはそれとして、かぐやを悲しませるようなことは絶対にしたくないの」
私はかぐやの友達でも、本物の近侍でも、姉妹でもない。
だけど、かぐやを大切に想う気持ちは本物だ。それだけあれば、私たちの関係は何だって良い。
「私が使用人の仕事を空けるようになれば、あの子はきっと悲しむ。だから、たとえどんな条件であっても、私があの子の近侍を解任されない限り、自分から仕事を辞めるつもりはない。黄光様にも、そう伝えておいてください」
「……待って」
立ち去ろうとする私を、命さんは引き止めた。
「今日はありがとうございました、命さん。でも、どんなに説得してこようと私は……」
「いや違います。滅茶苦茶勘違いしてるから、ちゃんと説明させて?」
「まず、かぐやさんから愛さんを引き抜く意図はありません。あなたがいなくなることでかぐやさんが傷つく可能性は見落としてました。ごめんなさい」
「……そうなの?」
「あと、黄光さんは関係……あるけど、愛さんを引き取りたいと言い出したのは私です。黄光さんから特別なにかは言われてません」
「はぁ、命さんから。それは一体どうしてですか。私たちは今日まで、そんなに繋がりがあったわけではないですよね。一応友達……ですが」
「……今から説明しますけど、驚かないでくださいね」
命さんはそう言って、おもむろに前髪をかきあげた。
「ヒュ……ッ!」
思わず喉がひきつる。
そこにあったのは、碧く綺麗な左目とは対照的な、白く濁った死んでいる目……いや、違う。これは……。
「義眼です、怖いですよね。すいません」
命さんは隠すように、前髪を下ろした。
あぁ、そうか。書記ちゃんに髪を触られたときあんなに怒ったのは、そういうことだったんだ。
「こう言う事情があるので、私は可及的速やかに視界補助器具が必要なんですよ。それで、ちょっと焦っちゃいました」
「あの……それ、原因は?」
「かぐやさんから、私が脳腫瘍で記憶喪失になったって話は聞きましたか?」
私は控えめに頷いた。
「あれ、嘘です。本当は交通事故でした。だから私の体には傷がたくさんあって、この目はそのうちの一つです」
「交通、事故……?」
「詳細は教えられません。詮索もしないでください。ごめんなさい」
そう言って命さんは頭を下げた。
「……それほどまでに触れられたくないものをどうして私に見せたんですか?」
「そうですね……愛さんに私の目を作って欲しいから、ですかね?」
「わ、私に? なんで?」
「愛さんって、黄光さんにしてる報告、大分誤魔化してますよね。生徒会のことや兄のことは特に濁している。かぐやさんのことは裏切っていると同時に……守ってあげてるんですよね?」
「な、どうしてそれを……」
「私は黄光さんの共謀者ですよ。普段話している時に、かぐやさんの人物像に対する認識の齟齬を感じないわけがないじゃないですか」
そうだ、私は黄光様への報告を意図的に改竄している。それが私にできる小さな抵抗だから……。
「それに、初めて会ったときに言ってたでしょ。妹みたいな人がいるって。それってかぐやさんのことですよね」
「い、言ったっけそんなこと……」
あのときは命さんの家庭環境が酷すぎて、つい心に秘めていた本音を口走ってしまったような気がする。
「妹みたいに思っている主人のために、自分の立場が危うくなることも厭わず大人を騙し、そしてそのことを主人には明かさない。なんか、素敵だなって思って……」
うぅ、は、恥ずかしい。私はそんなに買ってもらえるような人間じゃないのに……。
「失った身体の代わりは、そんな素敵な人に作ってもらえたらなって、思ったんですよ。それで……この前四宮本邸で会議したときの褒美として、愛さんを引き取れないかと思って、自分から黄光さんに話を持ちかけたんです」
──あ。
「それで、スカウト……」
「はい、まぁ。振られちゃいましたけど」
……待って欲しい。私は、とんでもなく酷い勘違いをしていたのでは???
い、今からでもスカウト受けさせてくれないかな。正直かぐや様の近侍って労働環境悪すぎて……思えば昔と違ってかぐや様には友達増えたし、私がいなくなっても大丈夫だよね! ね!?
「や、やっぱり私──」
「けど、今思えばやっぱり愛さんがかぐやさんを置いて私のところに来るなんて解釈違いでした。断ってくれてありがとうございます」
「え、いや、その……」
解釈違いってなに!? いや、大丈夫だよ。私全然転職志望だから。かぐや様は私の扱いが酷くて、置いていかれても当然の扱いしかしてきてないからさ!
だから、もう一回スカウトして! 一度断った手前、自分からは言い出せないから!
「かぐやさんと愛さんは……ずっと一緒にいるべきなんでしょうね」
嫌ぁぁぁ!!! かぐや様とずっと一緒とかしんどい未来しか思い浮かばないから!
白銀会長とのしょうもない恋愛頭脳戦(笑)につきあわされて……かぐや様と会長が結婚したあとも夫婦間の仲を取り持つために余計な手間をかけさせられて……そして婚期を逃して独り身の私は、かぐや様と会長の子供の乳母となり、二人は私に子供を任せてデート。
「なんというか、素敵ですね」
最悪だしッ!!! そんな未来絶対ごめんだから!!!
「命さん。仮に、仮にだけど、私とかぐや様の関係が今後破綻する可能性もありますよね。ほら、黄光様と内通していたことがバレたりとか」
「まぁ、もし仮にそうなったらその時はうちに来てください。これ名刺です」
よし、今すぐにとはいかないけれど、しばらくしたら退職して──。
「でもないと思いますよ? 愛さんが自分から辞めることはないって自分で言ったし、黄光さんにも辞めさせないように私が言っておきますので!」
「私のキャリアが狭まるので何も言わないでおいてください」
「え、でも……」
「言わないでおいてください。絶対に。お願いだから」
会長とかぐや様が付き合ったら辞めよう。そうしよう。
絶対に転職してやるから!!!
早坂愛の内心はともかく、彼女が四宮かぐやから自発的に離れることはないだろう。
そう、例えば当主様が倒れて監視が厳しくなり、報告を誤魔化せなくなったとか。
そう言う、早坂愛がそばにいることの方が、四宮かぐやの不利益になる場合を除いて。