捏造!
「ママ! なんでここに!?」
「あなたを迎えに来たのよ。白銀様にはご迷惑をおかけしてない?」
マンションのエントランスを出れば、そこにはママがいた。
「お久しぶりです、政子さん。お元気そうで」
「えぇ、奈央さんも」
「それから、初めまして。白銀様。私は愛の母親。早坂奈央と申します」
「ズーム会議の時に黄光さんの設定をしてくれた人でしたよね。愛さんのお母さんでしたか。てっきりお姉さんかと……」
ズーム会議ってなんの話だろう。それに命さん。冗談は辞めてよ。ママはこう見えてもよんじゅ───痛ったーッ!
「まぁ、ありがとうございます」
「ママ、耳! 耳取れちゃう!」
「あの、なんで愛さんの耳を引っ張っているんですか?」
「思考を表情に出す未熟者に対する罰です」
なんでバレたの!? ハッ……これが年の功って──ごめんなさい、これ以上は本当に千切れちゃうから!!!
「その、愛さんが可哀想なので離してあげてくれませんか……?」
「白銀様がそう仰るのでしたら」
うぅ……ありがと。命さんは命の恩人だよう……。
「お母さんの前だとだいぶキャラ違うんですね……さすが百面相」
え? べつに、何も変わってないじゃん。ねぇ、ママ?
「あなたはいつだって、素敵な愛のままよ」
わーい!
命さんと大叔母さんと別れ、私はママの運転する車で帰路についた。
「ママー、今日はなんで迎えに来てくれたの? いつもは忙しいから会えないって言ってたのに」
「そうね、言うなれば白銀様のおかげかしら」
「命さんの?」
「ちょっといろいろあってね。私も正人さんも数日休暇を頂けたの。夏休みが終わるまでの少しの間だけれど、一緒に過ごしましょうか」
「ほんとに!? パパも一緒!?」
「えぇ」
こんなこと滅多に無い。私の誕生日だって二人が揃ってたりしないのに。
命さんって何者なんだろう。
「それで、白銀様とのお話はどうだったの。引き受けた? それとも断った?」
「断った。かぐや様は私がいなきゃダメダメだし……あれ、なんでママがこのこと知ってるの?」
「政子さん経由で聞いたのよ」
政子さん……って、大叔母さんのことだっけ。
「ねぇ、ママ。ママと大叔母さんって、仲悪かったりする?」
「いいえ、そんなことないわ。むしろ、私と政子さんは仲良いのよ? さっきもにこやかに挨拶していたじゃない」
「でも、大叔母さんってパパとママの結婚に反対してたんでしょ?」
「あら、そんな話までしたの?」
「うん」
私は車で聞いた話をママに説明した。
「……」
「ママ?」
助手席から黙り込んでしまったママの顔を伺う。その表情はどうにも、過去に思いを馳せているようだった。
「そうね、少し昔話をしましょうか」
「早坂家は今でこそ四宮家にお仕えしているけれど、昔は独立した名家だったのは、愛にも話したことがあったわね」
「うん」
知っている。小さいころにお祖母様のお葬式に行った時に教えてもらったから。
「早坂家が四宮家に降ったのが大体戦後すぐ、あなたの
ママから出たのは、私にとってまるで別の世界の話のような物語だった。四宮家に反抗する早坂家。私にはそんなもの、想像すらできない。
「四宮派は正人さん……パパのことね。復古派は政子さんのご子息を後継者にしようとしたわ。早坂家はあわや分裂する寸前だったそうよ」
「それで、どうなったの?」
「──政子さんの子供が交通事故で亡くなって、復古派は自然消滅したの」
私は、息を飲まずには居られなかった。
「あなたにとっては
そうか。だから、大叔母さんは、命さんのお世話係を……。
「辛かったでしょうね。息子を亡くし、家の再興は途絶え……それから十数年が過ぎ、私と正人さんは結婚した。四宮家の用意した、それも異国の血が混じる女……そんな血が早坂家に混じることに、彼女は耐えられなかったのでしょう。正人さんと大喧嘩して、家を放逐されてしまったの」
「そんな……」
私から見ても、大叔母さんは完璧な使用人に見えた……けれどそれは、彼女にとっては受け入れ難いものなのかもしれない。
「待って、今の話を聞いてたらママと政子さんが仲良いなんて思えないんだけど」
「昔はね。私たちの関係が変わったのは、あなたが生まれてからよ」
「私が?」
「そうよ。愛。あなたが生まれたとき、私は何をしたら良いのか分からなかったわ。夜泣きはするし、おしめの替え方は分からないし、グズってお乳を飲んでくれなくなるし……その上、かぐや様の乳母まで任命されて、本当に大変だった」
「ママ……」
「けれどね、本家にいるときは、政子さんが手伝ってくれたの。そして教えてくれた。子どもをどうやって育てたら良いのかって……それに、たくさん叱られたわ。そんなことではいつか子供を死なせてしまうって。だから、だからね……愛」
頭の上に手が置かれ、ママは優しい手つきで私を撫でた。
「私はかぐや様の乳母だけれど……あの人は愛の乳母のようなものだったから。次に会ったら、甘えてあげてね」
ママの手はほんのり温かくて、かすかに震えていた。
「命様、お茶が入りましたよ」
「うん、おいしい。いつもありがと」
命様はいつも、私のお茶を本当に美味しそうに飲んでくださる。そして感謝の言葉を忘れない。
「いいえ、これは私の仕事ですから」
仕事、そう言い訳することでしかあなたと関われない、臆病な私を許して欲しい。
「そっか。でも、やっぱりありがと」
「どういたしまして。しかし、今日は残念でしたね」
「うん、まぁね。振られちゃったなぁ」
私が黄光さんの手の者だと知った命様は、笑い方を忘れてしまった。
うぬぼれでなければ、それはきっと私のせいなのだろう。四宮式の教育を施したこと、彼女の心を裏切ったこと。この二つが原因で、彼女は心に仮面をつけてしまった。
その仮面を打ち破るきっかけになったのが愛さんだ。私にとっては複雑で、けれど可愛い又姪っ子。彼女が命様から悩みを聞き出してくれたおかげで、命さんは孤独ではなくなり、四宮家一族のような人間不信の冷酷無比な存在にならずに済んだ。
「愛さん、喜んでくれると良いんだけど」
命様がその恩に報いようと愛さん一家に休暇を出すように、雁庵様と黄光様に話を持ちかけたのを私は知っている。
優しい娘だ。私がお世話するなどもったいないくらいに。
「愛さんを引き取るために黄光さんとしてた交渉、無駄になっちゃったな。会議のご褒美の枠は、また別のを考えなきゃ」
今の四宮家は良い方に動き出している。以前は当主様の体調一つでグループ全体が右往左往し、日々下り坂を降るような毎日だった。
けれど、今は違う。向かうべき先が示されたことで、たとえ下り坂であろうとも、皆が前を向いて進めるようになった。やるべきことが明確になり、内向きだった四宮の力が、彼女の持ち込んだビジョンと共に歩き出している。
「ねぇ、政子さん」
彼女と初めて会ったときに、こんなことが予想できただろうか。……いいえ。
「──もし、あなたが欲しいって言ったらどうする?」
ただの一度だって、私が命様の行動を予想できたことなんてなかったじゃない。
かくして、白銀命の夏休みは終わり、二学期がやってくる。