──そして四半期が過ぎた!
年度末になり、私は平穏な学校生活を送っている。
その間にあったことを簡潔に説明するならこうだ。
早坂さんに死ぬほど手の甲を打たれまくって強くなった私は、いじめの物的証拠を確保し、善意の第三者を協力者として確保、加害者たちを告発し、表向き和解する代わりに手駒に置いた。
学校サイドにも今回の件で粗が見つかったので揺す……交渉した結果、私は楽園を築き上げることに成功した。定期テストで不動の一位を取り続けることを条件に授業は免除。毎日サボり放題である。やったー。
随分あっさりと締めくくってはいるが、陰謀の9割は地味な下準備なので仕方ない。波乱の学内闘争なんてなかった。
戦争とは1に準備、2に準備、3から99まで準備でその後の100に結果なのだ。
まぁ、他にも色々変化はあった。まず、強力な人格的仮面をつけた私は素の性格が出せなくなった。多分原因は心理的なものだろう。別に本心を出したい相手とかいないのでこのままでも支障はないが。汚い強さを覚えたからと言って人格や内心まで変わってはないし。
そして次に仮面をつけた事による副次効果なのだが……私に異名がついた。
ロングスカートと腕まで覆う長い手袋。徹底的に露出を減らした結果『貞淑』の二文字が服を着て歩いているような私は、その容姿と立ち振る舞い、能面のような無表情と冷たい態度から『氷の白雪姫』と呼ばれている。
……いや、ダサいッ! 百歩譲って白雪姫だけならまだわかる。私の髪は白いし、瞳も青いし何となく雪っぽいイメージは感じられる。名字も白銀だし。
なんでそこに『氷』足した!? 『氷』と『雪』で二重に冷えてるじゃん! トラウマだから冷たいの嫌いなのに! 確かに周りにはツンケンした冷たい態度とってるけどさぁ!
などと思いながら私のサボり場所常連の図書室で本を読んでいると、近くを通った生徒の会話が聞こえてきた。
「きゃっ。みてみて白銀様よ。なんの本を読んでいらっしゃるのかしら」
「いつ見ても凛としていて素敵だわ……」
違うから! 良いとこ中身毒リンゴだから! あとここ公立なのになんでお嬢様学校のテンプレモブみたいなのがいるの!?
鬱陶しいのでその女生徒たちを睨みつける。黙ってくれ。ここ図書館だから。君らの声めちゃくちゃ周りに聞こえてるから。
「「あぁ……その鋭い瞳で皆の心を射抜いてしまうのね……」」
だが私の思惑とは裏腹に、二人は『ポッ』と頬を朱に染めるだけであった。
うわ……もうやだ。何この状況。私が求めてたものと違う。助けて早坂さん。
……と、いけないいけない。今日は用事があるんだから、読書もほどほどにしないと。
私は読んでいた本を閉じて席を立つ。
「あ……白銀様が席を立たれたわ。ということは……」
「あの椅子に座れば白銀様の温もりを感じられる……!?」
キモいよ。事故以降半分失った視力を補うように良くなった聴力と、一度覚えたら忘れない記憶力をこれほど捨てたいと思ったことはない。
それにしても。
「誰にも話しかけてもらえなかったな……」
読んでたの、ただの漫画だったんだけどな……。
「失礼します。中等部二年の白銀命と申します」
私は図書館を離れ高等部の部活棟を訪れていた。
『え、中等部の女子?』『誰に用事だろ』『てか可愛くね?』『バカ、あんまりジロジロ見たら可愛そうだろ』
ぞろぞろと騒がしくなる部室。そして代表者が私の応対に現れた。
「えっと……うちに何か用かな」
私はサッカー部の部室に来た理由はただ一つだ。学内において問題が解決した今、仮称『良い人』──四条帝に、あの日借りたジャージを返しに来たのである。
「四条帝さんに大事なお話があってきました」
「おーい、帝。お前に用事だってよ」
「……え、俺!?」
「帝てめぇ! 抜け駆けしやがったな!」
「年上趣味じゃなかったのか!?」
「い、いや待った。俺、君と初対面だと思うんだけど……」
狼狽える彼の肩を彼の友人と思わしき人たちが揺さぶる。
四条、と言えば私と関係がある『しのなんとか家』の分家かつ敵に当たるらしい。こちらもやんごとなき血筋と言うわけだ。
帝、なんて仰々しい名前をしているが、それに恥じない能力と血筋を備えている。
……上流階級のことは知らないけれど、その名前って皇室の人になんか言われたりしないんだろうか。
ただ、こうして目の前で友人と戯れているところをみるとただの高校生にしか見えない。
「覚えていませんか。あの日、私のあんな姿を見ておいて……」
意味深に体を抱いてちょっとからかってみる。別に嘘は言っていない。私のあんな弱った、傷だらけで、一切を隠していないような姿を見られたのは事実である。
「お前、いつの間にガールファッカー帝になったの?」
「何その不名誉な渾名!?」
「しちゃったんだな。夜のキックオフ」
「童貞ですけど!?」
この人おもしろ。からかい甲斐があるなぁ……打てば響く人って感じだ。あとコソコソ話そうが私の耳には全部聞こえている。シロガネイヤーは地獄耳なのだ。
「と、帝は言ってるけど実際は……?」
「冷えてる体に上着を被せてもらいました」
「じ、事案だ……ッ!」
「ちょ、ほんとに心当たりが……ハッ!」
その瞬間、四条帝の脳裏には数ヶ月前の記憶がよぎる。
「まさか、あのときの!?」
彼は私の姿を上から下まで観察する。まぁ、以前会ったときとは容姿が違いすぎるから無理もないか。
今は顔をなるべく隠すために下ろしているが、あのときはびしょ濡れとは言え髪を結んでいたし、傷跡も化粧で目立たなくしてるから。
「そんな舐め回すようにジロジロ見ないで下さい」
「ご、ごめん……。でも、随分変わったね」
「まぁ……いろいろありましたので。少し二人で話がしたいのですが、お時間よろしいですか?」
「早坂さん。私は右手の感覚が鈍いから、叩くなら左手にしないと効果が薄いよ」
そう言った次の日から、早坂さんは私を優しく叩くようになった。