「君可愛いね、今暇? 俺らと遊ばね?」
「ね、ちょっとくらい良いでしょ?」
あぁ、最悪だ。政子さんとちょっと離れた隙にこれである。
「すいません、人を探しているので」
私は政子さんを黄光さんから引き取った。意外にもそのことを彼女はとても喜んでくれて、せっかく一緒に買い物をしようと誘われたのに。
「ええー、そんなつれないこと言わずにさぁ?」
「あの、困ります。手を放してください」
手を引かれた拍子に杖を落としてしまった。あんまり引っ張られると転んでしまいそう。
「いい加減に……ッ!」
久しぶりに、私は四宮流の冷徹な仮面を被ろうとした。その時だ。
横から入ってきた少女が、男たちの手を払い除ける。
「──命に、何してるんですか」
そう言って私によく似た容姿の少女は、男たちを追い払ってくれた。
「あの、助けてくださりありがとうございました」
「……」
少し離れたところにあるベンチに座り、私は助けてくれた少女にお礼を伝えた。
「なんで秀知院に来なかったの」
「はい? それは、どういう意味で……?」
「まさか落ちたわけじゃないでしょ。あんたは私よりずっと賢くて、お母さんにも期待されてた」
「あの……?」
なんだろう、どうにも要領を得ない。どうしてそんなに険悪な態度なんだろうか。
「説明できないの? まさかホントに落ちた? だとしたら、笑ってあげる。私を追い出しておいて、あんたは……」
「すいません、私たちってどこかでお会いしましたか? 初対面ですよね?」
少女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せたあと、すぐにその顔を怒りに染めた。
「ふ、ふざけてんの……ッ!?」
「いいえ、ふざけていません。私は一年半前に記憶喪失になりました。だから、あなたがそれより前に私と知り合ったなら、私はあなたのことを知りません」
怒鳴らないで欲しい。あなたに怒鳴られると、心が苦しくなるから。
なんでなのかな。ねぇ、教えて。
「あなたは、誰なんですか……?」
「なに、それ」
「つまり、あんたは脳腫瘍で倒れて秀知院の外部入学試験を受けることができず。その上、後遺症で記憶を失ったってこと?」
「はい、その通りです」
一通り私の経歴を説明すると、彼女は目頭を指で押さえながら天を仰いだ。
「馬っ鹿じゃないの……いくら頭が良くたって、病気になったら意味ないじゃん。あんたは昔から体が弱かったんだから、人一倍気をつけろっていつも言ってやったのに……」
「えっと」
脳腫瘍って気をつけたらどうにかなるような病気なのか? まぁ、生活習慣は関係ありそうだけど。
「まぁ、それを今のあんたに言っても、意味無いだろうけど」
「す、すいません……」
彼女は萎縮する私を見てため息をついた。
「あとその喋り方、マジでキモいから今すぐやめて」
「え、は、はい。じゃなくて……分かったよ」
ひぃ、怖い。この人に言われると逆らえないんだけど。
「と言うかあんた、一人で来たの?」
「し、使用人の人と来まし……来たよ」
「使用人? お母さんじゃなくて?」
「母親は……私が目を覚ましてから、一度も会ったことなくて」
「は? チッ、あのクソババア……! お兄いや私に飽き足らず命まで……!」
こ、怖いよぉ。政子さん助けて。
「それで、その使用人さんはどこにいるの?」
「はぐれちゃって」
政子さんは私に似合う服を探してくると言っていた。
その場で待っていればよかったんだろうけど、つい私も服を見てみたくなってフラフラ歩いていたんだ。そして元の場所に戻ってみれば政子さんはおらず、不調法者たちに絡まれて……今にいたる。
「なら電話しなよ」
「携帯も、落としちゃって」
多分、更衣室に落としたんだ。政子さんがたくさん私に服を着せてくるからその時に……。
「はぁ? あぁ、もうほんっとに……仕方ない、探しに行くよ」
「えっ? あ、待って」
私は急ぎ折りたたんでいた白杖を伸ばして、ベンチから立ち上がった。
「なに、その杖」
「手術の後遺症で半身に麻痺があって……」
あぁ、またため息してる。迷惑かけてごめんなさい。
「ん」
顔を上げれば、私の前に差し出される手。
「鈍臭いんだから、ちゃんと手握って。勝手に離れたらまた変なやつに絡まれるでしょ」
「あ、ありがと」
その手を私は、しっかりと握りしめた。前を行く彼女は、人より狭い歩幅の私に合わせてゆっくりと歩いてくれている。
私が覚えていないだけで、前にもこうして手を引いてくれていたのかもしれない。
「あの、もしかしてあなたは、私の姉──」
その時、私の言葉をかき消すように店内アナウンスが鳴り響いた。
『迷子のお知らせを申し上げます。白銀命様、白銀命様。保護者の方が一階中央、サービスセンターにてお待ちです』
ぴんぽんぱんぽーん……。
「……サービスセンターに行けば良いのね」
「お、お願いしましゅ」
ああ、クソ! 死ぬほど恥ずかしいな!!!
「命様! 良かった……私が目を離した隙に、誘拐でもされてしまったのかと!」
「いや、誘拐って。流石にそんな……」
「更衣室に携帯だけが落ちていて、もう心配で心配で……」
あぁ、確かに意味深に携帯だけ落ちていたらそう考えるのも無理はないか。
「うん、ありがと政子さん。私は大丈夫だったよ──姉さんが、助けてくれたから。ね?」
「……別に」
姉は──白銀圭はそっぽを向いてそう呟いた。
あぁ、道理で面影があるはずだ。私が見たあの夢の少女は、あなただったんだね。
「まぁ、命様のお姉様でしたか! 本当にありがとうございました。どうかお礼をさせてください」
「いえ、私も友達と来てるのでこの辺で……」
「あ、待って!」
立ち去ろうとする姉の背中に手を伸ばす。
「私には、姉さんに謝らないといけないことがあるんでしょ」
「……なんのこと?」
「私が、姉さんを追い出したこと」
「──ッ!」
苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべる姉。あの夢の中の出来事は彼女にとって、それほどまでに精神的苦痛をもたらしたのか。
「なんで、それは覚えてるの」
「……時々夢を見るの。小さい私と、姉さん、そして母親が出てくる夢。夢の中で私は、姉さんに酷いことを言ってた。『圭は、ここには相応しくないと思う』って……」
「やめて! ……なんで、なんであんなこと言ったの?」
「理由は分かんない」
「は……? じゃあ、なんで謝るの」
「姉さんは良い人だもん。そんな人を追い出すなんて、どんな理由があろうと……私が悪いに決まってる。だから、本当にごめんなさい」
私が深々と頭を下げる。しかし、姉からの反応はなかった。
許してもらわなくたって構わない。だけど、今ここで謝罪するのが、姉さんの心を傷つけた私の責任ってものだろう。
「そんな何も覚えてない状態で謝ってこないで。最低だから」
「……ごめん」
案の定、姉から出た言葉は拒絶以外の何物でもなかった。
あぁ……なんだか、御行兄さんと同じようなことしてんな。結局、私も同じ穴の狢だった。
謝罪を拒絶されるって、こんなにキツイんだ。
どうしよう、涙が……止まってくれない。
「命!」
「……!?」
声が聞こえた。顔を上げれば、こちらに向かって叫ぶ姉の姿が見える。
「次はちゃんと、全部思い出してから謝って!」
「……うん!」
「良かったですね、命様」
「別に……」
まぁ、今日はなんというか。
兄も姉も私も、血の繋がった家族なんだって、分かった日だったな。
今度御行さんにあったら、兄さんって呼んであげよう。
「命って誰!? 圭ちゃんの妹なの!? あの子、すっごいそそる顔で泣くんだね! 私気になっちゃう!」
「萌葉!?」
「うぅ、圭ちゃん。命さんを拒絶しないでくれて、あ゙り゙がどぅ゙……!」
「千花ねぇ!?」
「圭。よく頑張ったわね、立派だったわ」
「四宮さんまで!? ま、まさか……全部見てて……」
「そうだよ!」
「そうです!」
「えぇ」
「恥っず──ッ!!!」
後日、理由のありまくる暴力が白銀御行を襲った。
「クズお兄い! よくも命のこと黙って……!」
「痛い! 圭ちゃんは命ちゃんのこと嫌ってたじゃん! 拗らせたくなかったんだよ!」
「別に嫌ってなんかないし! 謝って欲しかっただけ! ただの姉妹喧嘩だったのに、だったのに……私だって命に謝りたかった。酷いこと言ってごめんって。なのに、命のばかぁ……。なんで、全部忘れちゃったのぉ……?」
「情緒不安定か!」
「お兄いが言うな!」