「えぇ!? 昨日会長誕生日だったんですか!」
「あら、藤原さんは知らなかったの?」
「聞いてないですよ!」
「あらあら、どうして私にだけ誕生日を教えてくれたのかしら……」
よし、これで仕込みは完璧ね。昨日はつい会長を祝いたい気持ちが先走ってしまったけれど、今日は違う。
むしろ昨日の失敗を糧にして、会長を追い詰めてみせましょう。
「こんにちはかいちょ……」
「こんにち……」
私たちが生徒会室の扉を開くと……。
「あぁ……おはよぅ……」
茹でたほうれん草のようにしなしなになってしまった会長の姿があった。
「ど、どうしたんですか会長!? 死にかけのおじいちゃんみたいになってるじゃないですか!」
「はは……いや、なに。昨日は眠れなくてな……藤原書記。良かったらコーヒー淹れてくれないか……そろそろカフェインを……」
あ、会長。扇子使ってくれてる! じゃなくて……流石に今の会長を前にそんな舞い上がっていたらだめよ。いえ、別に舞い上がってなんていませんけども!
あーもう! 誰に対して言い訳してるのよ、私は!
「絶対に寝た方が良いですって! というか、もう帰って休んだほうが良いんじゃ……」
「藤原さん、耳を」
私は藤原さんを呼び止め、生徒会室の隅でコソコソと耳打ちをした。
「会長は自転車通学で、片道一時間ほどかかります。あの状態の会長を帰しては死んでしまうわ」
「たしかに!」
「なので藤原さん。ここは──」
「会長! コーヒーが入りましたよ! どうぞ!」
「あぁ、ありがとう……藤原しょ──フゲラッ!?!?」
藤原さんのコーヒーを飲んだ途端、会長は胸を強く押さえた。そして……。
「Zzz……」
「わー、ほんとに効くんですね。カフェインレスコーヒー。面白ーい」
「この前のものが残っていて良かったわ。さて……藤原さん。会長が寝ている間に、少し調べものをしましょうか」
「調べもの?」
「えぇ、これを……」
ふふ、会長ったら。私たちが生徒会室に入ってきたと同時に何かを机の中に隠していましたね。私にはバッチリと見えましたよ。
机を漁ると、出てきたのは分厚い手記であった。
「うーん、なんですかね。これ」
「恐らく、これが寝不足の原因なのでしょう。鍵穴がついているわね……会長がこれを見ていたということは、どこかに鍵があるはず。それを探さないと」
カバンの中? それともポケット? どこから探しましょうか。
「えい! 中身はなんですかね?」
しかし鍵を探そうとする私を無視して、藤原さんは何も考えずに手記を開いてしまった。
もう。普通、鍵穴を見れば鍵がかかっていると考えるでしょうに、単純な脳みそをしているのね……まぁ、開いたならそれで良いのだけれど。
「ふむふむ、これは……日記ですね!」
「日記?」
「最初のページにご丁寧に名前まで書いてますよ。『ボクの名前は白銀命』……え、これ命さんの日記ですか。あの子、ボクっ娘だったんですね。知りませんでしたよー」
「あぁ、確か会長もそう言っていましたね。命さんは昔からボクっ娘だと。あまりそのイメージはありませんが。それにしても、どうして会長が命さんの日記を?」
「待ってください。かぐやさん、これ!」
藤原さんが何かを見つけたようで、声を荒げた。彼女の指が示すものは、日付である。
「この日付。今からざっと五年半ほど前の日付です。それが意味するのは……」
「命さんの、記憶を失う前の日記……?」
私と藤原さんは目を合わせた。えぇ、言わずとも分かります。私たちの心は一つ。
「可哀想なので、そっとしておきましょう!」
「え、見ないんですか?」
藤原さんなら絶対に見ると思ったのに。
「かぐやさん、流石に人の日記を勝手に見るのは非常識ですよ?」
非常識の塊みたいなあなたに言われたくないわよ!
「藤原さん。考えてもみましょう。見られたくない日記なら会長が持っているのはおかしな話です。これはもしかすると、命さんから過去を知ってほしいと言うメッセージかもしれませんよ?」
「でも、命さんは過去なんて思い出したくないって……」
「あれからもう数カ月も経ちました。心境の変化があってもおかしくないのでは? それに、先日の件もありますし」
「あ、そうでしたね。命さんは圭ちゃんに謝るって言ってましたもんね」
私と藤原さん、そして萌葉さんは二日前のウィンドウショッピングで、命さんと圭の接触を目撃した。
正直、二人の関係が拗れないか心配だったのだけれど、それは杞憂だったわ。
「あの時二人が話していた事件の真相がこの手記には詰まっている。私たちはそれを把握し、命さんが圭に謝るお手伝いをするべきだと思うの」
「そうですね! じゃあ早速読んじゃいましょう!」
ふっ、かかったわね藤原さん。これで会長に何か言われても、日記を読み始めたのはあなたと言うことになるわ。
私は安全に、情報だけをいただきましょう。
「それじゃあ読みますよ! えーっと、なになに……『ボクの名前は白銀命。今日から日記──」
「こんちゃーす──って、干からびてる!? 一体何があったんですか!?」
「い、石上くん……? 逃げて……あなたは見ちゃだめよ。そして命さんに伝えてあげて……みんな、あなたのことが大好きよって……生きて……幸せに……」
「四宮先輩!? 四宮先輩──!!!」
「それで、なんでみんなして泣いてるんですか 」
「すまん、まだ、涙が止まらなくてな……」
「命゙ざん゙ががわ゙い゙ぞゔずぎ゙でぇ゙……!」
「私はもう大丈夫よ……大丈……ふっ……うぅ……っ!」
だめよ。四宮家令嬢たるもの人前で涙を見せるなんてはしたない。
止めないと。でも……悲しい気持ちが溢れて仕方ないのよぉ……。
そうして私たち全員が涙を枯らして落ち着くまでに、16分が過ぎた。
「命ちゃんが記憶を失う前の日記、ですか。みなさん、常識ってものを知らないんですか? 藤原先輩はともかく、四宮先輩まで……」
「石上くんの言う通りね。ごめんなさい。日記を盗み見るなんて非常識だったわ……まったく。だめよ、藤原さん」
「石上くん、それどう言う意味ですか!? それに言い出したのはかぐやさんでしょ!?」
はて、記憶にございませんね。
「いや待て石上。これは俺が命ちゃんから貰ったものだ。もともとみんなにも見てもらおうと思って学校に持ってきたのだから、別に見ても問題はない」
「そうなんですか?」
「あぁ。自分は読むことがないから、それなら俺に有意義に使ってほしい……そう言っていた」
有意義……つまり、命さんは私たちにこの日記を見て欲しかったと言うこと?
「今後の作戦を立てるためにも、石上も読んでくれ」
「まぁ、会長が言うなら……」
そして16分後。
「畜生! どうして世界はこうなんだ!? こんなの、あんまりですよ。命ちゃんは、命ちゃんはあんなに良い子なのに……あぁ……ッ!」
「分かるよ、石上。ここにいる全員、気持ちは同じだ」
泣き崩れる石上くんの肩を支える会長。
「だが、いつまでも悲しんではいられない。俺たちにはやるべきことがあるだろう。そこでお前たちに聞きたい。この日記を──命ちゃんに見せるか、否か」
「絶対に見せるべきですよ!」
「絶対見せちゃだめですって!」
会長の問いかけに対し、藤原さんと石上くんで意見が割れた。
「命さんは圭ちゃん……双子の姉と仲直りしたいはずなんです! でも、記憶を忘れたままだと二人はすれ違ったまま! そんなの悲しいじゃないですか!」
「それで、命ちゃんにこの日記を読ませて、彼女の心が無事でいられる保証はあるんですか? 辛い過去に向き合うって言うのは、ずっとキツイことなんですよ……ッ!」
「石上くん……」
正直、藤原さんの意見も、石上くんの意見のどちらにも理があるように思える。私は……私はどうだろう。
「二人とも、一旦落ち着け。この件に正解というものはない。ゆっくり話し合おう」
命さんの『過去を忘れたい』と言う意思を尊重したいと思う一方で、それが命さんにとって本当に幸せなのかと疑問を抱いている。
私は日記の最後に書かれていた一文を見返す。
命さんの夢、家族みんなで川の字になって寝ること。記憶を失った今も、心の奥底で、その願いが変わっていないのだとしたら……。
「あら……?」
最後に日記が書かれていたページから、パラパラと白紙のページをめくっていくと、裏表紙との間に挟まっていた紙が落ちた。
皺だらけの、一枚の紙。
「会長、これが挟まっていました」
「ん? これは……」
それは一枚の手紙であった。命さんの母親、つまり会長の母親でもある人から命さんに送られた、最後の手紙。
その内容は、ごく普通の親の愛情が込められたものだ。
「……どういうことですか? 命さんのお母さんって、娘を置いて蒸発したんですよね? けどこの手紙は……ちょっと、その人の人物像に合わない気がするんですけど」
「確かにそうですね。会長には悪いですけど、僕の中でこの人は管理主義で完璧主義の毒親のイメージでした。愛してるだとか、幸せだとか、そんなことを言うような人間には……」
「……会長?」
会長は、私たちの言葉が耳に入らないくらいに、手紙を真剣に見つめている。
「もしかしたら母さんも、俺たちと同じように思ったんじゃないか?」
そして、会長の放った一言が生徒会室に響く。
「七年前に別れた俺にとって、母さんは出来の悪い息子の俺を置いていった冷たい人間だ」
「会長……」
「だが、そんなものは俺の見解でしかない。それが一側面でしかなくて、もっと深いところまで母さんを理解している人間がいるとすれば、それはうちの親父か、一番近くで母さんを見てきた命ちゃんだけだ」
「命ちゃんの日記には、母さんは愛し方を知らないと書いてある。教育を施すことでしか、子どもと接することができないと。そして命ちゃんはそんな母親に、愛し方を教えてあげたいと」
「もしあの人がこの日記を見て、命ちゃんの本心を知ったとしたら?」
それは。
「あの人は、きっと──」
……この世界には、分かりやすい悪者なんかいなくて、正しい正解なんてないのかもしれない。
「『自分なんて命ちゃんの側にいないほうが、命ちゃんは幸せになれる』……会長は、お母さんがそう考えたって思うんですか」
「可能性の話だ、石上。俺も……正直突拍子のない意見だと思っている。あるいは、自分の母親がクズだと思いたくないだけなのかもしれん……」
会長は自嘲気味にそう呟いた。
「だったら、真実を明らかにしましょう。会長が、僕にそうしてくれたように」
「……そうだな、石上の言う通りだ。みんなも、どうか手伝ってくれ」
「もちろんです!」
「私たちは、命さんを幸せにすると誓いましたから。最後までお付き合いしますよ。しかし、どうやって調べましょう?」
「すまんが、俺の方に母さんとの連絡手段はない。ずっと音信不通だ。だが、手がかりはある。この、母さんが命ちゃんに送った手紙がな」
「喫茶店に行くぞ。命ちゃんに会いに!」
「とは言ったものの、今日は無理だ。バイトがあってな……」
「私もTG部でセッションがあります……」
「私も弓道部の練習が……」
「え、空いてるの僕だけですか!? 幸先悪いですね……」