プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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37.白銀命は訪ねたい(上)

 

私はアパートの一室の前で深く深呼吸をした。

 

夕飯はお鍋らしいから、使う具材を持ってきた。お肉よし、ネギよし、卵よし、スープよし。豆腐とかしいたけとかも……全部レジ袋に入ってるな。

 

「はぁ、ふぅ……よし、入るぞ」

 

そーれ、インターホンぽち。

 

『はーい』

 

ドア越しに姉さんの声が聞こえると、ほとんど間が空かないうちに開かれた。

 

「姉さん。こんばんは、お招きありがとう」

 

「いやそんな堅苦しくなくて良いって、入って入って。お兄ぃー、命が来たよー」

 

「お邪魔します」

 

玄関を通ってリビングに入ると、すぐに見えたのはエプロンを着て台所に立つ兄の姿であった。家でも学ランなのね。

 

「おお、命ちゃん。よく来た……いや、お帰り」

 

「あ、そうだね。お帰りなさい、命」

 

「え、あ、た……ただいまです……」

 

は、恥ずかしい……けど、心がポカポカする。これが白銀家かぁ。

 

「狭い家だけど、ゆっくりしていけよ」

 

「とんでもない! 家なんて大きくても、一緒に暮らす人がいなきゃ心は寂しいですから……」

 

「「──グハッ」」

 

どうしたの、そんな胸を押さえて。あ、お腹が空いたのか!

 

「これ、鍋の具材にどうぞ。あと、うちのコーヒー豆のお裾分けです」

 

「おお、ありがとう……ってこれ、結構良いお肉じゃないか?」

 

「正直助かるよー。うちの食卓だと売れ残って割引してないと中々お肉出ないからね。今日も豆腐ともやしでかさ増しする予定だったし……」

 

どうやら白銀家の台所事情はあんまり芳しくないみたいだ。

 

……そんなッ! 言ってくれれば私が二人とも養うのに!

 

「命、準備ができるまで私の部屋で漫画でも読もうよ」

 

「うん、分かった」

 

漫画かぁ……私アニメ派だからあまり漫画は読まないんだよな。書籍だとかさばるし、電子だとちょっと読み辛くて。

 

「この『今日から甘口で』って漫画! 絶対泣けるから読んでみて!」

 

「はぁ、姉さんがそこまで言うなら」

 

恋愛ものね。はいはい。私、優さんからおすすめされて結構ギャルゲーやってるから、そんな簡単には……には……。

 

「わァ…あ…」

 

泣いちゃった! まだ三巻くらいしか読んでないのに! あと11巻くらいあるのに!

 

「ね、泣けちゃうでしょ?」

 

「うん、良い話だね、これ。人間不信の女の子に初めて友達ができたとことかさ……」

 

「すっごい感動できるでしょ!?」

 

「いや、めっちゃ親近感湧いて……」

 

「え? あ、あはは……そっかぁ……」

 

周り全てが敵に見えてる時に、一人でも信頼できる友達ができると人生に光が差すような感覚するよねぇ、分かるわー。

 

ん、姉さん? どしたの、また胸押さえて。あ、そうだね。そろそろお鍋の準備できる頃かもね。

 

「御行兄さん、何か手伝えることはありますか?」

 

「ん、ならそろそろ準備できるから、お皿並べて貰えるか?」

 

「はい、任せてください!」

 

カタカタカタカタ。

 

「圭ちゃん! ちょっと命ちゃんを手伝ってあげてくれ! 俺は今手が離せないから!」

 

「どしたのおに──からくり人形!? 震えすぎじゃない!? と、とにかく命は座ってて大丈夫だから!」

 

私、白銀家のお荷物らしい。ぴえん。

 

というか床に直で座るタイプの食卓なのね。正座苦手なんだけど、さすがに二人の前で義足外すわけには行かないし、我慢するか。

 

早くお鍋食べたいな。なんて思っていると、インターホンが鳴った。

 

「ああ、親父が帰ってきたみたいだ。悪いけど命ちゃん、出てくれるか?」

 

親父……? お父さん!? 二人のお父さんってことは私のお父さんってことだよね!

 

私は玄関へ移動し、ワクワクしながら扉を開けた。

 

「颯爽帰たk──」

 

私は扉を閉じた。

 

「兄さん! 夜なのにサングラス付けてる変なおじさんが家の前にいるの! 110番かけて!」

 

「え? いやそれたぶん親父……」

 

「あぁ! 鍵開けてる! きっとピッキングされてるんだよ! 中に入ってくる前に、早く警察を──!」

 

「だからそれ親父……」

 

「──そうだぞ、命ちゃん。俺が君の父親だ」

 

「うぎゃぁ!?」

 

気がついた時には私のすぐ背後にソレはいた。こ、怖い! 多分中に入れちゃダメなタイプの怪異だ!

 

「うぅ……食べないで」

 

「ちょっと、パパ。命が怖がってるでしょ」

 

「すまんすまん」

 

そう言って不気味な笑顔で笑う男。

 

「ごめんね、こんなんが私たちの父親で。生理的に受け付けないでしょ?」

 

「帰宅早々、なぜ父dis?」

 

「い、いや生理的にというか、単純に顔が怖いの……」

 

笑うともっと怖い。なんで? 雁庵さんとは別ベクトルの怖さがあるんだけど。

 

あの人は雰囲気が怖いんだけど、この人は何ていうか……い、遺伝子に刻まれた恐怖? 天敵?

 

「七年ぶりに会えたんだから、もっと父さんに顔を見せてくれ」

 

「──あ」

 

その瞬間、私の封じられていた記憶が溢れてきた。

 

そうだ、少し思い出した。この人、あれだ!

 

「もしかして正月はひょっとこ、節分は鬼、ハロウィンは骸骨、クリスマスはブラックサンタの仮面で毎年私のことを脅かしてきた人……?」

 

「あー、あったあった。毎年恒例のやつ……え?」

 

「命ったら毎年同じなのに毎回泣いてたよね、懐かしいなぁ……あれ?」

 

「あれをやると、あいつに死ぬほど怒られてな。命ちゃんを怖がらせるなって……ん?」

 

三人は時が止まったようにフリーズした。

 

「「「……!?」」」

 

「な、なんですかみなさん」

 

そして目を大きく開いて私の方を見た。

 

「「「覚えてる!?」」」

 

うわっ、急に叫ばないでよ、びっくりするな。

 

「今言ったのお父さんのことだよね!? 昔のお父さんのこと覚えてたの!?」

 

「え、いや。今思い出したというか……」

 

「ど、どうして親父のことは思い出せたんだ……!?」

 

「わ、分かんないです。怖くて……」

 

「俺は嬉しい。覚えてるか、命ちゃん。たくさん肩車をしたし、一緒におままごとだって……」

 

「あ、それは覚えてないです」

 

父(仮)は撃沈した。

 

「あの、私の記憶のことは置いといて、とりあえずご飯にしませんか?」

 

ということで私たちは食卓を囲むことになった。のだが……。

 

「命の隣は私が座るから。絶対譲らない」

 

「いや、俺の隣に座るべきだろう。命ちゃんは右手が不自由だ。鍋奉行の俺がサポートする」

 

「まぁまぁ。ここは折衷案で父さんってことに……」

 

「「黙れ」」

 

兄と姉は私と父を無視して論戦を繰り広げている。

 

「あの、お父さんって家庭内でのヒエラルキー低いんですね……」

 

「まぁな。父親としての責任を十分に果たせていないせいだろう。家族がバラバラになったのも、元はと言えば俺のせい。責任を果たさない親に、子どもは敬意を抱かない」

 

「そういうもの、ですかね」

 

「そういうものだ。だからもし命が辛い思いをしたときは、俺を恨め。その辛さの原因は俺だ。君は何も抱え込まず、俺にぶつけてくれれば良い。そのくらいの責任は、俺にも果たせるからな」

 

「お、お父さん……」

 

最初に変質者扱いしてごめんなさい。あなた中身は凄いしっかりしてるのね。私はお父さんのこと、ちょっと尊敬するよ。

 

「兄さんに姉さん。私はお父さんの隣に座るよ。二人は喫茶店に来れるけど、お父さんと会えるのなんてここくらいでしょ?」

 

「命……」

 

「命ちゃん……」

 

「なんだ、喫茶店行けば会えるのか? なら毎日行こう。どこの喫茶店だ?」

 

「え、毎日!? あの、失礼ですけどお仕事は……?」

 

「秘密」

 

「「この職業不定!」」

 

前言撤回だよ! ちゃんと働いてるんだよなこの人!?

 

「ともかく席は決まった。さぁ食べよう。せっかくの鍋が冷めてしまう」

 

この人、席が決まった途端に……まぁ良いか。

 

「「「「いただきます」」」」

 





『兄さん、味ポン……ないんですか? なら醤油を……ちょうど切らしてる!? なんで鍋にしたんですか!?』

「あらあら、命様ったら。楽しそうにお話なさって……」

一方、車の中で待つ従者、早坂政子はナチュラルに主人の会話を盗聴していた。深い目的はなく、単に趣味である。

「政子さん。さっきの話聞いてましたよね、ちょっと味ポン買ってきてくれませんか」

「こんなこともあろうかと、用意しておきました」

「おお、流石政子さん。助かります。あと今回仕掛けてきた盗聴器、見つけたので返しますね」

そして白銀命もナチュラルにそれを受け入れていた。

「見つかってしまいましたか、次はもっと分かりにくい場所に仕掛けますね」

「どんと来てください。それじゃ、鍋が冷めちゃうので」

誰かこの二人の歪んだ愛の形を修正してやれ。
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