プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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38.白銀命は訪ねたい(下)

 

「命ちゃん、前は右利きじゃなかったか?」

 

「右手に麻痺があるので、左利きに矯正したんですよ、父さん」

 

「……よし、俺が取ろう。たくさん食べて、大きくなれ」

 

「あ、身長も一年半前から伸びてなくて」

 

「もう何を言っても地雷を踏んでしまうな。正直、圭ちゃんよりも話すのが難しい」

 

「ちょっと、パパ。それどういう意味?」

 

父さんとちょっとギクシャクした会話をしたり。

 

 

 

「圭ちゃん、野菜もちゃんと食べないと……ほら、お野菜さんが泣いてるぞ?」

 

「うっさいな! こんな良いお肉食べられる機会なんて滅多にないんだから良いでしょ!?」

 

「兄さん、大丈夫だよ。姉さんの分の野菜は私が食べるから」

 

「……や、やっぱり野菜も食べよっかなー? ほら、命はこっちのお肉を食べよう。ね?」

 

「あ、私のお皿……」

 

勝手に姉にお皿を交換されたり。

 

 

 

「命は記憶喪失って言ってるけど、覚えてることもあるよね。私のこととか、お父さんのこととか……どういう基準で思い出すの?」

 

「さぁ? でも共通してるのは、どっちも嫌な記憶なんだよね……」

 

「お、俺は? お兄ちゃんのことは思い出せないか?」

 

「えぇ……うーん、うーん──あ、あぁ!」

 

「何か思い出したか!?」

 

「手紙書いたけど返してくれなかった!」

 

「……」

 

兄を撃沈させてしまったり。

 

 

 

「前みたいに『ボク』とは言わないのか」

 

「それが原因で学校で虐められたので……」

 

「親父はもう命ちゃんと喋んな」

 

「ごめんね、お父さん。これも命の幸せのためなの」

 

父の口にガムテープ巻かれたり。

 

 

 

「というか、なんで命ちゃんは圭ちゃんにはタメ語で、俺には敬語なんだよ」

 

「当たり前じゃん。この中で一番長く命と一緒にいたのは私なんだよ? てことは当然、一番仲良しってこと。ね、命」

 

「その理論だと一番仲が良いのは母親ってことにならない? その割には顔も見たこともないけど」

 

「……」

 

「それに一番長いも何も、私が追い出してなければ、姉さんと私はずっと一緒にいられたんじゃ……う、うぅ……!」

 

「(ビリッ)──よし、御行! 今まで封印してきたアレを出しなさい! 冷凍庫の一番奥に眠っているアレだ!」

 

「ついにアレを使うんだな、親父……ッ!」

 

デザートにハーゲンダッツ食べたりして。

 

 

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

最高の夕飯だった。やっぱり、ご飯はお腹だけじゃなくて心も満たさなきゃね。お味も大変美味しかったです。

 

「今日は招待してくれてありがとうございました。良かったら、また呼んでください」

 

「呼ぶ必要なんてないだろう」

 

「え……」

 

「お父さん!?」

 

つ、冷たい。せっかく良い父親だと思ったのに……。

 

「ここは君の家だ。呼ばれなくても、いつでも帰ってこい」

 

「……はい!」

 

なんだそういうことか。

 

「良かったー、あと少しで私の蹴りがお父さんの背中に炸裂するとこだったよ」

 

「親父は基本良いこと言うけど、いつも前後で台無しなんだよなぁ……」

 

「二人とも、記憶喪失の娘に帰るべき場所の刷り込みをしているんだから、今は静かにしていなさい」

 

「私は生まれたばかりの鳥かなにかですか」

 

ほんと、お茶目で愉快なお父さんだな。

 

「それじゃあ、私はもう行きますね」

 

「またね、命」

 

「また喫茶店でな」

 

見送られながら玄関を出ると、お父さんまで外に出てきた。

 

「下まで送ろう」

 

「いえ、すぐ近くに迎えの車が止まってるので大丈夫ですよ?」

 

「その足じゃ、階段を降りるのは辛いんじゃないか?」

 

──ッ!

 

「何の、話ですか?」

 

「いいや、ただ、ずいぶんと硬すぎる足だと思っただけだ。触られてることにも気が付かなかったようだし」

 

……迂闊だったか。まさか、バレてしまうなんて。

 

「いつでも来て良いとは言ったが、背の高い机が用意できるまで、うちに来るのは控えなさい」

 

「あの、聞かないんですか……?」

 

「思春期の子どもと付き合うコツは、自分から話してくるまで待ってやることだ。それまで親は、どんと構えてさえいれば良い。不安を感じさせないようにな」

 

そう言って、父は私の前にしゃがみ込んだ。

 

「ほら、昔みたいにおんぶしてやる」

 

「昔のことなんて、覚えてないんですけどね……」

 

けど、父の背中の温かさは、なんだか懐かしいような気がした。

 

そして父は一歩一歩、ゆっくりと階段を降りていく。

 

「一番長く一緒にいるほど、一番仲が良いと、圭ちゃんが言っていただろう。その理論はそれなりに正しい。あいつは……お前の母さんは、一番側にいたお前に、一番執着していた。愛していたと言い換えても良い」

 

「……でも、一度も顔なんて見せなかった」

 

「顔を見せることが、愛の証明か?」

 

分からない。私には母親の考えてることなんて分かんないよ。

 

「子どもからすれば、親は完璧超人に見えるだろう。でも、親だって初心者で、初めての連続なんだ。子どもたちと同じで、生まれて初めてに直面し続ける」

 

「……」

 

「俺とあいつにとって、子どもを育てることは初めての連続だった。本当は少しずつ成長して、学んでいかなきゃならなかったのに、俺が全部台無しにして……あいつは焦ってしまったんだろうな。きっと」

 

お父さんの足は一歩一歩下っていって、やっと地に足がついた。

 

「階段を一つでも踏み飛ばそうとすれば、人は転んでしまうだろう?」

 

ああ、その通りだ。もっともだよ。

 

「そうですね。そして……母に背負われていた私は、地面へと叩きつけられた」

 

「──子が地面に落ちようしているときに、手を伸ばさない母親はこの世にはいませんよ。まぁ、いたとすればそれは『母親』の定義から外れますが」

 

「政子さん……?」

 

下で待っていたのは、車の中にいるはずの政子さんだった。

 

「お久しぶりでございます。白銀様」

 

「ええ、ご無沙汰しております。早坂さん」

 

「ふ、二人は知り合いなんですか? 一体いつ──」

 

まさか。

 

「俺は何も知らない。ただ、お前にもしもの時があれば俺が出るようにと言われていた。お前がまた落ちてしまったとき、俺という落下防止網(セーフティネット)が機能するようにと」

 

「もっとも、命様には必要なかったみたいですけどね」

 

私は、自分でも全く気がつかないうちに、母親に守られていたと、そう言いたいのか。

 

「け、契約違反じゃ……」

 

「お母様は守秘義務は守っておりますからね。何の問題もございません」

 

「母は、今どこに……?」

 

「白銀様」

 

「分かった。俺は外そう、だがその前に……命、お前は小さい頃から聡くて、苦労ばかりかけた。別居してからは圭のことも母親のことも、お前に任せてしまった。その上こんなお願いをするなんて、親として申し訳ないと思っている。だが、それでも言わせてくれ」

 

父は膝をついて、私を見上げて言った。

 

「あいつを救えるのは、お前だけだ」

 

 

 

車の中で、私は考える。

 

「母は、今どこで何をしているんですか」

 

「申し訳ありませんが、私は存じ上げておりません。しかし、お伝えできることはあります。命様のお母様は、命様の命の保証、多額の示談金、そして自身の四宮グループでの雇用を条件に、示談に応じました」

 

「は……? 雇用? どうしてそんなことを──」

 

考えろ。今の私なら分かるはずだ。母が私を愛していると言うならば。

 

私が母だとして、愛する娘が事故にあったらどうする? 娘は死に体だ。相手は大物財閥の四宮家。

 

私だったらまず、娘を生かすための環境を四宮に用意させる。そしてお金、娘が生活に困らない分と、自分が行動を起こす分。

 

それから……セーフティをかける。四宮が約束を破ったときのために。つまり……娘が退院したあとに世話係になるであろう人間と、夫を結びつけておく。

 

待てよ、何故母は政子さんのことをそこまで信用できる? 政子さんがこのことを黄光さんに報告する可能性もあったはずだ。明確な契約違反ではないから大丈夫と思ったか……? それとも情に訴えた? だめだ、私が持つ政子さんの情報は少ない。

 

ただ分かるのは、政子さんは私に酷く入れ込んでいるということ。

 

でなければ四宮流の教育など絶対にしない。いじめで心を折ることが黄光さんの狙いだった、わざわざ教育して力をつけさせる意味はない。つまり、教育は政子さん自身が勝手にやったこと。

 

思考を戻そう。セーフティの話だ。四宮が約定を破ったとき、娘の安全は側付きと夫が保証してくれる。だがそれも長くは続かない。相手は巨大財閥の四宮だ。

 

だから、娘を守るには。

 

「──内側から四宮を壊すしかない」

 

それで日本がどうなろうと、どうでも良い。娘の安全が保証されるならば。

 

「ははっ。ははは──ッ!!!」

 

なんだよ、考えることは一緒じゃんか。

 

私は自分に都合の悪い四宮を変えようとして、母は自分に都合が悪くなれば四宮を壊そうとしている。

 

あー、なんか、今の私には昔のボクの気持ちが分かる。

 

こんな自分そっくりな人間が苦しんでんならさ、放っておけないでしょ。そりゃ。

 

「政子さん、四宮グループの中で短期間で業績を伸ばし、その後落ち着いている会社を追ってください。複数見つかると思いますので、時系列順にまとめて資料も作って」

 

「かしこまりました」

 

「それから、早坂政子がどんな人物なのかも、帰ったら教えてくださいね」

 

「……はい」

 

四宮は企業グループだ。情報を集めるなら複数の会社を転々とし、なおかつその経営に関わらなければならない。故に、母は経営コンサルとして四宮家から雇用されることを望んだはずだ。

 

四宮家から見れば、娘を捨てて出世を望んだ奴だと見られただろうに。

 

「これはゲームだ。『母の考えを読んで母を探せゲーム』。私は、アナログゲームなら絶対に負けないから。覚悟しててよ……お母さん」

 





後日、白銀命が定期検診を受けたときの話。

「うん、特に異常なし。最後に、何か相談しておきたいこととかはないかな」

「田沼先生、私ってたまに記憶を思い出すんですけど、それが全部嫌な記憶なんです。なんでですかね」

「それはね、心を守ってるからだね。多分、楽しい記憶を思い出しちゃうと心が壊れちゃうから、無意識に防衛本能が作用して、嫌な記憶しか思い出せないんじゃないかな」

「なるほど、その事実だけで心が壊れそうなんですけど」

「心配しなくても大丈夫だよ。前は嫌な記憶ですら思い出せなかったんだから、少しずつ良くなってきている。君がもっと幸せになって、心が丈夫になれば、すべての記憶を思い出すこともできるようになるとも」
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