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私は四条……先輩、を周りに会話を聞かれない場所へと連れ出した。
「まずはこれを。数カ月間返すことができず、申し訳ありません」
「あぁ……ジャージね。良いよ全然」
「それからこれはお礼の気持ちです」
私は懐から分厚い茶封筒を取り出した。
「どうぞ、お収めください」
「いや……別に良いよ。そんなの渡されても困るし」
「そうですか……おいしいのに」
断られたので私は茶封筒を破りその中身を食べた。パリッと小気味良い音とカカオの香りと甘さが口に広がる。
「板チョコかよ!? て言うか、なんでチョコ!?」
「……今日が何の日か知らないんですか?」
「え、もしかしてヴァレンタインデー……」
「の、一週間前です」
「尚更なんでだよ……もしかしてからかってる?」
「からかってません」
「ほんとに?」
「ほんとです。信じてくれないんですか……うぅ……グスン」
「あ、いや。疑ってごめ……今手に目薬持ってなかった?」
「持ってません」
んへへ……楽しい。ここ数ヶ月楽しい会話なんてなかったからついからかってしまった。
「それでその……あれからどうかな」
「学校での問題は全て解決しました。これからは穏やかに過ごせそうです」
「そっか。……正直、あの時君に拒絶されてでも手を貸すべきだったんじゃないかと思ってたけど、僕の助けは必要なかったみたいだね」
そう言うと四条先輩はどこか影のある表情をする。
またその顔か。私に似た誰かを重ね、後悔しているのだろう。その時の後悔を私で晴らそうとしたけど、結局彼にはあまりできることがなかった
その気持ちを一言で表すなら『卑屈』だろうか。『やっぱり俺には無理なのかな』……といった気持ちが透けて見える。
「……手なら借りましたよ」
なんか、腹立たしいな。
「?」
「あの時、四条先輩がその手で私を支えてくれてなかったら、たぶん私は死んでました。だから、十分助けていただいてるんです 」
私の恩人なのに、私を助けてくれたのに、そんな卑屈そうな顔しないでよ。
「──本当に、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。視界には四条先輩の顔は入っていないけれど、何となく彼が笑った気がした。
「ありがとう」
頭を上げれば、やはり彼は微笑んでいた。
この人には卑屈そうな顔よりも、その余裕を持った微笑みがよく似合う。私はそう思った。
「……無表情でいるよりも、今みたいに笑ってる方が君には似合うと思うよ」
え、私も……?
そう言われて手を頬に当てると、確かに口角が上がっていた。そっか、私まだちゃんと笑えるんだ。良かった。
それはそれとして。
「……え、キショいです」
「きしょ……え、なんで!?」
「誰かを重ねてかけられた口説き文句なんてキショいに決まってるじゃないですか。それにその取り繕った喋り方やめてくれませんか。サッカー部の人に対するのと同じような話し方できてください」
「い、いや流石にそれは……」
「どうしてですか。そんなに私ってその『誰か』に似てます?」
「まぁ……視線とか雰囲気とかがね」
そう言って四条先輩は目線を逸らす。
「何ですかその反応。もしかして照れてます?」
「照れてない」
「照れてますよね。その誰かは四条先輩の好きな人ですか? 片思い? しかも多分初恋ですよね。四条先輩、自分で童貞って部室で言ってましたし」
「あれ全部聞こえてたの!?」
「初恋で片思いの相手ですか。しかもその相手に後悔がある……喧嘩別れでもしたんですか?」
「う……あ、当たらずとも遠からずとだけ」
「ははぁ……拗らせてますね。四条先輩……お可愛いこと……」
「それホントにそっくりだからやめてくれないかな! 白銀さんってとある資産家の妾の子か隠し子だったりしない!?」
「違いますよ」
四条先輩の好きな相手は資産家の子供か。それも多分妾の子とか……立場が弱い人。
「例えその人に似てたとしても、今は私だけを見てほしいです。私はただ……四条先輩と仲良く成りたいだけなのに……」
一筋の銀雫が俯く私の頬を走り、ぽたりと床に落ちた。
「わ、わかった。普通に接するから泣かない……おい、だから目薬ィ! 二回目ェ!」
「天丼はお約束かなと」
怒った先輩は私から目薬を取り上げてしまった。あーれー。
「と、ごめん。俺そろそろ練習に行かないと」
「あ、待って……」
立ち去ろうとする四条先輩の手を握る。
「連絡先、教えてくれませんか」
私のその言葉に四条先輩は笑顔で頷いた。私のほとんど白紙の連絡帳に、四条先輩の名前が刻まれる。
やった、初めて──友達ができたぞ!!
学校に来て数ヶ月、出来るのは手駒ばかりで対等な友達なんていなかった。いじめ問題が解決した今それだけが学校生活における悩みの種だったのである。
早坂さんに友達の作り方を相談しようものなら、『命様……お可哀想な人……』と哀れまれたに違いない。そんなこと言われたらあまりの屈辱に死んでたかも。
それが……どうだ! 私にだって友達くらい作れるぞ! しかも異性の!
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌のまま、私は学校をあとにした。
帰りの車で、私は早速四条先輩にメールを送る。
『また学校でお話ししたいです』
そして返事を待たずスマホを鞄にしまった。
「何か学校で良いことでもありましたか」
私の上機嫌な様子に気づいた早坂さんがそう聞いてきた。
「はい。初めて友達が出来たんです。駒じゃない対等な友達が……」
言ってる途中で気づく。あれ、これ『友達いなかった』って言ってるのと同じじゃない? お、お可哀想フラグじゃないか……!?
「あ、いや別に前まで友達0人だったわけではないんですよ?」
「ふふ、そうなんですか。それは大変素晴らしいことですね。帰ったらお祝いをしなければ」
「……ま、まぁ。友達ができたことくらい別に祝うことではないと思いますけど、早坂さんがそう言うなら……」
その時スマホから通知音が鳴った。四条先輩から返事が来たようだ。答えは『イエス』。彼の放課後空いている時間帯なら構わないらしい。
「ほんと、今日は良い日です。誰かにこのことを報告したいくらいに。そう例えば……」
さて、楽しい時間はここで終わりにしよう。そろそろ仕掛けようか。
私はシートベルトを外して身を乗り出し、運転席に座る早坂さんの耳元へと語りかけた。
「──例えば、早坂さんがお仕えしている相手……とか」
「……」
「惚けても無駄ですよ。早坂さんって優秀すぎるんですよね。学校のデータベースから個人情報抜き取るなんて普通の人間ならできないですよ。しかも早坂さんのような昭和生まれの人間が。と言うことは、これはわざわざ身につけた技術ってことですよね? ただの侍従がそんな技術必要ですか?」
早坂さんは黙って運転している。まるで私の回答を待っているみたいだ。
「早坂さんが買ってきてくれたカメラと録音機。これもおかしい。なんでGPSとアンテナが仕込まれてたんですか? これって誰かに情報を送るための装置ですよね。いじめの証拠を掴むのにどれも必要ない」
「私を虐めてた人たち。ほとんど四宮グループの子息だったんですよね。それも業績の悪い会社のとこの子供たちばかり。あの子たちは今では私の駒ですから、相談を受けることもあるんですよ?」
「ねぇ、早坂さん」
私は早坂さんの耳に手を当てた。ころりと手のひらに小さなものが落ちる。
「──運転中にイヤホンしちゃダメなんですよ?」
赤信号になり、車が止まった。早坂さんがゆっくりとこちらを振り返る。
「白銀命様。あなた様の出す結論をお聞かせ願います」
あぁ、まぁ想像してたけどそういうことね。これ、テストみたいなものか。早坂さんは私の監視役で、味方でもお世話係でもなかった。
体が冷える。心も冷えていく。けど、大丈夫。死ぬことはない。私は信頼できる人物を一人失ったけど、0になったわけではないから。
私の連絡帳には、もう一人の名前がある。
「私は奪う側に行く。と、言うことなので、今週末は空けておいてください──四宮黄光さん」
私の手の中にある小粒ほどの機械にそう告げるが、しかし返事はなかった。
「……ま、良いか。それはそうとして、お祝いはしたいからケーキ買いに行こ。早坂さん」
そんな『メンタル化け物か……!?』みたいな顔で私を見ないで欲しい。ただの虚勢だよ、虚勢。あなたがくれた仮面の力。
ほら、青信号になったから前向いてよ。あなたが見てると、仮面が取れないじゃないか。早く取りたいんだよ、こんな煩わしい仮面は。
これが貼り付いている間、ボクは泣けないんだから。
「白銀さんはラインはしてないの?」
「なんでお隣の国に情報漏れ漏れのSNSなんて使わないといけないんですか(偏見)」
「し、思想強いね」