「君、外部の子でしょ? 石上がどういう人間か知らないんだ」
うるさい。
「石上は中等部の頃女子のストーカーをしててさ、その子の彼氏を殴ったんだよ。ほんっと、最低だよね」
「荻野くんが謝ったら許すって言ってたのに、あいつずっと家に引きこもってたらしいよ。キモすぎ」
聞いていないことをペラペラと喋る、何人かの秀知院の生徒。
うちわ、返せよ。そして黙れ。他人の悪口を喚き散らして、恥ずかしいとは思わないのか。
だいたいその噂、事実なのか? 確たる証拠があるのか? なによりも、優さんがそれを認めたのか……?
「ね、だから君もあんなやつ応援するなんてやめなよ」
それに、何で誰も、この不調法者たちを注意しないんだよ。
腹立たしい。
ちょっと、ハジケちゃうか。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
「優さんは優しい人です。居場所のない私に居場所をくれました。不器用な私を支えてくれました。そして困ってるときは、陰ながら助けてくれます」
「は、え、なに……?」
「私が優さんの友達だから知っていることです。あなたは知ってましたか?」
「いや、石上のことなんか知るわけ……」
「ですよね。私は確かに優さんの過去を知らないけれど、あなたたちだって優さんのこと、なにも知らないじゃないですか。なんで、そこまで嫌うことができるんですか? 彼があなたたちに直接危害を加えたわけでもないでしょうに、赤の他人なんて放っておけば良いじゃないですか」
私はわざと声を張り上げて言った。周りの人間によく聞こえるように。
「知らないままでいるのは楽ですよね。罪人を貶めるのは楽しいですよね。だけど、あなたは優さんに石を投げられるほど立派なんですか?」
「わ、私らは教えてあげただけで……!」
「そうでしたか、ご忠告感謝します。だけど、優さんを応援するかどうかは私が決めることです。あなたには関係ありません」
「……勝手にすれば。行こ」
不調法者たちが去っていく。私は地面に捨てられたうちわを拾って、土を払った。
「命さん……」
「私は今まで、秀知院学園には頭の良いボンボンが通うイメージがありました。でも、違うんですね──実際は頭も悪くて、心も貧相な輩が通う学校なんですね」
私の一言に、周囲の空気が張り詰めたものに変わる。
「命ちゃん、流石にそれは言葉が過ぎるよ……!」
そうだな。これは挑発で、中傷だ。そしてそれを聞いたミコさんは、風紀委員として反論したくなるだろう。
あぁ、扱い易くてほんと助かる。
これであなたは今、この話を盗み聞いている全ての人間の代弁者になった。
どうか、私の演出に付き合ってくれよ?
「だってそうでしょう? 事実頭が悪いじゃないですか」
「何を根拠に……!」
「──噂が本当なら、優さんの高等部進学が許されるはずがないだろッ!」
私は下を向いて叫び、こっそりポケットに手を忍ばせる。
「……そんな簡単なことを誰も分からないみたいだから、馬鹿しかいないと私は言ったんだ。その上、理由さえあれば他人を迫害しても良いという空気を誰も疑問に思わない。これが心の貧相な人たちと言わずして、何と言うんですか。ミコさん……?」
目を隠しながら天を仰いだ私の頬で、一滴の雫が弧を描く。
「理由があったなら何であいつは何も否定しなかったの……?」
「知りませんよ! 優さんが口を閉ざした理由なんて! きっと並々ならぬ事情があったんでしょ!? それともなんですか……彼が否定しなかったから、彼を中傷しても良いと!? 優さんは、体の良いサンドバッグじゃないんだぞ……ッ」
そして、クライマックス。
「真実が明らかになるまでは座して見守る、それが──私が憧れる秀知院学園生徒としての、あるべき姿でしょうがッ!!!」
お前らは、レッテルを貼るのが大好きだろう。だったら私が貼ってやる。お前らは由緒正しい、秀知院学園の生徒なんだってな。そして、貼られたレッテルに相応しい『立ち振る舞い』に縛られるが良い。
お前らの色眼鏡を一度ぶち壊し、このアンチ石上優の空気に一石の疑問を投じてやる。涙を流す少女の演説は効くだろう?
ああ、持っててよかったな。
め・ぐ・す・り。
涙は女の『武器』なんだぜ。
「この学校には失望しました。この場の全員が優さんの敵であろうと、私は最後まで彼を応援します。二人は付き合ってくれなくて結構です」
さて、白銀劇場は閉幕だ。気を取り直して、私は応援しよう。
「待って。命さんは石上のこと好き、なの……?」
???
なんでそう言う話になるの? ちょっと予想外。しかもこばちさんがそんなこと聞いてくるなんてね。
……まぁ、もう別に演技する意味もないかな。本音で良いだろ。
「好きですよ。大好きです。男女の仲になりたいわけではないですけれど、家族と同じくらい好き。だから、私はあの人の幸せを願ってる」
この感情をなんて言い表せば良いのか分からない。だけど、一つ思いつく言葉はある。
「たぶん優さんは、私の『推し』なんです」
なんてね。さぁ、そろそろ優さんの走る番が来る。
私は独り、うちわを構えた。
──そんな私の隣に、こばちさんが並んだ。私が渡したうちわを持って。
「……ずっと陰ながら見てきたから、私も知ってる。石上は不器用だけれど、理不尽を許さない正義感があるやつだって。だから命さん、同担させて」
あ、そ、そう。同担がどういう意味かは分からないけど、こばちさんもやるのね……。
「ミコちゃんはどうする?」
いや、ミコさんはやらないでしょ。優さんのこと嫌ってるんだから。
ルールに縛られない優さんと、ルールに厳格なミコさんじゃ相性悪いから仕方がない。
「……私は、石上のことが嫌い。あいつは学校にゲーム持ってくるし、校内でいかがわしい本読むし、平気で校則を破るんだもん。噂とか関係なしに、その緩い性格が我慢ならない」
ほらね。
「だけど、私は石上よりも嫌いなの……」
ん?
「頑張ってる人が、嗤われるなんてことは……!」
あ、あれぇ……流れ変わったな。あなたもやるの? そ、そう。じゃあ、横にうちわ並べよ?
「狭い……こばちゃん、おんぶして!」
「がってん承知」
ミコさんはこばちさんの上でうちわを構えた。そしてこばちさんが私の後ろに立ち、縦に完成する『石☆神☆You』。
なんか、思ってた結末と違うけど……まぁ、良いか。
「優さん、負けるなぁ──!」
「石上くん、頑張れ……!」
「石上ぃ──! 普段から生活態度酷いんだから、体育祭くらい活躍しなさいよ──! 負けたら指導だからね──!」
それから私たちにつられる形で、他の場所からもポツポツと応援が飛んだ
「お、おい石上……! 白組なんかに負けんなよー!」
「部じゃ一番速かっただろ! 本気出せー!」
「せ、生徒会の顔に泥塗ったら承知しないんだからー!」
君らのそれは応援しているの???
「い、石上のアホー!」
……そして、別の場所からはヤジも飛んできた。
「ちょ、お前聞いてただろ!? あいつの高等部進学を認められた以上、何か裏が……」
「う、うるせぇ。そんなすぐ認められるか。だいたい、それも憶測に過ぎねぇだろ。それに、噂とか関係なしに俺は石上のこと嫌いだし……」
「なんでだよ……」
「だってあいつ、『彼女いるやつは部活やめるべき』とか言ってたんだぞ!? 意味わかんねぇだろ!」
……あー、まぁそれは優さんが悪いわ。どうせ遠回しに『部活より彼女を優先しろ』とか言いたかったんだろうけど。
「どんな理由であれ、お前が荻野くんを殴った事実は変わらないんだからなー!」
「最低ー!」
「根暗オタクー!」
「京子ちゃんに謝れー!」
「非モテが僻んでんじゃねぇー!」
そして奇しくも、白組と赤組を境に、優さんのネガキャンと応援が別れることになった。
……今はこれで良い。少なくとも脳死で優さんを貶めるような空気は変わった。
私はマイナスをゼロに近づけただけだ……あとは優さん自身が、自分で尊厳を勝ち取れば良い。
だから、どうかその最初の一歩として、この場で……!
「勝って! 優さん──!」
(えぇ……? なんか伊井野と大仏と命ちゃんがトーテムポールみたいになってるんだけど。それに、他の奴らまで僕の応援を……いや、お前らのそれは応援じゃねぇだろ!? あと白組のやつはうるせぇバ──カ!!!)
ちなみに滅茶苦茶僅差で負けた。総合では赤組が勝てたから良かったけど。
「命ちゃん泣いてる……?」
「泣゙い゙でな゙い゙! ごれ゙目゙薬゙だがら゙ぁ゙……!」
やばいよ、義眼がポロリしちゃいそう。
「命様、体育祭はいかがでしたか」
「楽しかったですよ。それはそうと政子さん。去年の秀知院学園の中等部3年で、今は転校して秀知院にいない荻野……とか言う人間について調べてほしいんですけど」
「あぁ、その方でしたら知っておりますよ。どうにも、『事件』に巻き込まれたみたいでしてね……」
「事件? まさか死んでる?」
「いいえ、『生きて』おりますとも」
「ふーん、それで、彼が今どこにいるか分かりますか?」
「分かりません。なにせ──」
あぁ、そっか。秀知院の理事長って黄光さんだったね。
秀知院学園のブランドを落とすような輩をそのままにしておくわけないか。
「──世界中に散らばってしまいましたから」
荻野とか言うやつ、相当やばいことしてたんだな……。