「体育祭が終わってようやく一息つけました……というわけで、久しぶりに全員集合ですよ!」
千花さんの言う通り、久しぶりに喫茶店には生徒会メンバー四人が集まっていた。
そして新たなメンバーが一人。
「それから、じゃーん! 生徒会新メンバー、会計監査の伊井野ミコちゃんです! 命さん、仲良くしてあげてくださいね! ミコちゃんも!」
「「いや、私たち初対面じゃないですけど……」」
「ええっ! どういうことですか!?」
多分、知らなかったの千花さんだけだぞ。他の人は体育祭で私がミコさんと一緒にいるのを見てるし。
「ミコちゃんもこの喫茶店に来てたんだねぇ」
「はい、以前来たときこのメニューを……」
そう言ってメニュー表を開くミコさん。
「あれ……?」
ガサゴソ、トントン、パラリ。
……メニュー表を振っても新しいメニューは増えないよ? いや、空に掲げても変わらんて。Wi−Fiの電波悪いとかじゃないから。
「命ちゃんの個室サービスが無くなってる!?」
「はい、あれはあの日限りのものなので」
「嘘でしょ……? さ、30分5000円でも良いから再開して……!?」
値段が本格的にいかがわしいお店になってくるからやめろ。
「伊井野さん、個室サービスとは何ですか?」
「命ちゃんが個室でヨシヨシしてくれるサービスです」
おいこらミコさん! かぐやさんに誤解を招くようなこと言ってんじゃないよ!?
「め、命ちゃんがそんないかがわしいバイトを……?」
「兄さん、違うから。ミコさんの勘違いだから」
私はいかがわしい仕事に頼るほどお金に困ってないよ。むしろあり余ってるからね。
「伊井野は思い込みが激しいところがあるからな……」
「ちょっと石上、それどう言う意味?」
「あー、こらこら。うちのお店で喧嘩は禁止です。めっ、ですよ」
優さんもミコさんも。私を間に挟んで火花散らすな。
「そうだ、命ちゃん。一つお礼を言いたくて」
「……?」
「体育祭のとき……その、ありがとな」
「な、なにが……?」
どしたの、そんな改まって。
「あれから噂になっているのですよ。『石上優が高等部に進学できた理由』について」
「あ、ああ……その話でしたか」
「命ちゃんの訴えは、周りにもよく聞こえていた。そのおかげか石上のことを公衆の面前で侮辱するような輩は減っている。……頑張ったな」
兄はそう言って私の頭を撫でた。えへへ……ま、それを計算してやったんだけどね。
「風紀委員も目を光らせています。まぁ、秀知院学園の生徒として相応しい言動を……そんな空気が広がってからは、そんなことをする人も減りましたけど」
そっか、ちゃんと効果が出てるみたいで良かった。
「悪者扱いが腫れ物扱いに変わっただけっすけどね。けど……前よりは確実に良くなった。命ちゃんが僕を庇ってくれたおかげだ」
「別に……私はただ、優さんが理不尽に嫌われてるのが嫌だっただけです。優さんは私の……兄、みたいなものですから」
「命ちゃん……」
優さんの手が私の頭に触れて──。
「え、私その話知らないんですけど。何があったんですか」
「藤原さん、今は良いところなので静かにしていましょうね」
ムードが台無しだよ。せっかく撫でてもらえそうだったのに……。
「「──」」
「ん? どうしたんですか、会長も伊井野も……な、なんで僕の肩を掴むんです?」
「「石上ぃ……ッ!」」
「ひぃ……!?」
「良いか、命ちゃんは俺の妹なんだからな。お前に命ちゃんはやらんからな……!?」
心配しなくても私の兄さんは兄さんだから大丈夫だよ。
「命ちゃん! なんでこんなのを兄呼ばわりしてるの!?」
「私がここでバイトするべきだって言ってくれたのが優さんなんですよ」
「石上、良くやったわ。あんた最高よ」
ミコさんは優さんに向けて親指を立てた。
「あ、なんか見たことあるやつだこれ」
あったな。数ヶ月前にも似たようなことが。
「懐かしいです。ね、優兄さん?」
「命ちゃん、頼むから火に油注がないで?」
「優兄さん!? うらやまッ……め、命ちゃん。私のこともお姉ちゃんって呼んでみて?」
「「「はぁ──!?」」」
おい、なんか増えたぞ。
「伊井野、お前までうちの妹を奪おうと言うのか……?」
「良いじゃないですかちょっとくらい! 私だって命ちゃんに『お姉ちゃん』って耳元で囁かれながら添い寝したいですよ!」
それのどこがちょっとなの?
「だめだ、そんなことは許されない!」
「寛容の精神を見せてください! 白銀会長は血の繋がった家族なんだから、それで十分でしょ!?」
「七年別居してた俺に寛容の精神などない! だいたい、俺だって小さい時以来添い寝できてないのに!」
……昔は添い寝してたんだ。ちょっと興味あるかも。私の隣に兄さんと姉さんがいて、一応お父さんも……あれ?
──なんだか、足りない気がする。
「二人だけで盛り上がらないでください! 命さんに姉呼びされたい人間はここにもいるんですよ!」
「そうよそうよ!」
千花さんにかぐやさんまで……?
「命ちゃん。圭ちゃんは私のことを『千花ねぇ』と呼びます。ということは私はあなたの何でしょう?」
「あ、姉……?」
姉さんの姉なら、私の姉だよね……そっか。なんで気が付かなかったんだろう。
私には姉がもう一人いたんだ!
「違いますよ? 藤原さん、命さんを洗脳するのはやめてください。圭があなたを『千花ねぇ』と呼ぶのは萌葉さんの姉だからでしょう?」
じゃあ、千花さんは姉じゃない……? ど、どっち? 私ワカラナイ……。
「もう! 刷り込みの邪魔しないでくださいよ、かぐやさん!」
だから私は鳥じゃないって。
「嫌よ。命さんに姉と呼ばれたいなら、それ相応の理屈を用意することね」
「意味がわかりません! 命さんの姉に相応しいのは自分の方とでも言う気ですか!?」
「当然です。私にとって命さんは義理のい──あ……」
(義理の妹……? そんなの会長に対する告白も同然じゃない!? 何を口走っているのよ、私は!)
「「「「義理の……?」」」」
「い、いとこみたいなものですからね。ほら、お兄様のお世話になっているみたいですし?」
「だったら姉呼びじゃなくても──」
「そもそも、命ちゃんには俺の妹という血の繋がった双子の姉がいてだな──」
「命ちゃん争奪戦は私が一番新参者。ここでリードを作らないと──」
私と優さんを置いて議論は過熱していく。
「結局千花さんは姉……? それともやっぱり姉じゃない……? うぅ……! ゆ、優さんはどう思う?」
「もう、みんな姉で良いんじゃない?」
「ハッ……天才か!?」
かぐや姉さんに、千花姉さんに、ミコ姉さん……?
「嬉しいな、家族がいっぱいだと……寂しくない、よ……」
「命ちゃん? どうした──」
だんだんと瞼が閉じていく。私は溢れる眠気に抗えず、隣に座る優さんの肩に体を預けた。
「疲れてたんだな……おやすみ、命ちゃん」
夢を見る。
病室に横たわる私にはあらゆる計器が取り付けられていて、視界に入るのは血の滲んだ包帯だらけの欠けた四肢。
そしてガラス越しにこちらを見つめる、母親の姿。
彼女は黒服を着た人たちと少し話して、私の前から去っていった。
『行かないで』と言おうにも声は出せず、手を伸ばそうにも腕は動かない。
そして一人残った黒服を着た女性だけが窓の向こうからこちらを見ている。あれは、たぶん政子さんだな。
あぁ、そうか。独りは寂しいもんな。母に捨てられて、心が耐えられなくなったんだろう。
だから私は、記憶を閉ざしたんだ。
これはきっと──記憶を失う直前の記憶。
「藤原先輩は、命ちゃんのこと『命さん』って呼ぶんですね。少し意外です」
「あははー、ミコちゃん。それはね! それは──初対面でトラウマ植え付けられたからですねぇ……」
「と、トラウマ……?」
「かぐやさんにピアノ辞めろと言われた以来の衝撃でしたよ……」
「藤原先輩がピアノ辞めたのって四宮先輩に言われたからなんですか!? 四宮先輩はなにを考えて……に、日本音楽界の損失なんですよ……?」
「まぁまぁ。私がピアノ続けてたら生徒会なんて入ってなかっただろうし、最終的に(私が)幸せなら何でも良いんですよ! ミコちゃんもそう思うでしょ?」
──藤原千花、利己の化身!
「確かに、最終的に(みんなが)幸せならそれは良いことですけど……」
──伊井野ミコ、利他の化身!
なぜ伊井野ミコは藤原千花を尊敬するに至ったのだろうか。世界の不思議である。あるいは音楽チートか。
あなた選挙カーの上でピアノ弾けばすぐ当選できるんじゃない?