プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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46.白銀命は成長したい(下)

 

私たちの前には、紅茶の入ったカップが二つある。

 

中身は私がつばめさんに見守られながら作ったものだ。

 

「できました」

 

「……」

 

つばめさんはカップを持ち上げ、ジト目で私を見つめてくる。

 

「い、いつもあんな淹れ方してるの……?」

 

「いえ、普段は店長の淹れ方を真似してるので」

 

「だよね。私びっくりしちゃったもん。『ちょっと』の範囲じゃ収まらないレベルのアレンジだったからさ」

 

「あの、もしかして何かおかしいところでもありましたか……?」

 

「それはもう全部──い、いやいや! とりあえず作って飲んで、それから改善点を指摘するって言ったのは私だから! まずは飲もうよ……ね?」

 

「そう、ですか……?」

 

その目は『飲みたくない』って言ってるけど大丈夫? 無理して飲まなくても良いんだよ?

 

「じゃあ、いただくね……?」

 

恐る恐るカップに口をつけるつばめさんを見届け、私も紅茶を口に含んだ。

 

うん──不味いな!

 

「つばめさん。どうですか?」

 

「ごほっ……ごほっ……こ、個性的な味かな」

 

あれ、意外と評価普通? もっとボロクソに言われるかと思った。

 

「命ちゃんは自分で飲んでどう思ったの?」

 

「控えめに言って、雑巾の搾り汁ですね」

 

「自分でも分かってるんだね。でも良かった、命ちゃんが味音痴じゃなくて。舌がダメだと改善するとかそういう次元じゃないもんね……」

 

『も』ってことはやっぱりつばめさんも不味いと思ってるじゃん! 

 

優しい人のダメ出しってこんな火力高いんだ。私の心砕けちゃうよ。

 

「指摘したいところがたくさんあったから。もう一度お湯を沸かすところから始めようか」

 

「はい」

 

私たち二人はエプロンを着て、再びキッチンに立った。

 

「ちなみにさっきは右手を使ってなかったけど、どうして?」

 

「私は右手に麻痺があるので、ほとんどの作業は左手だけでやっています。右手は添えるだけですね」

 

「そうだったんだ……大変じゃない? 大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。それじゃあ始めますね」

 

私は一度目と全く同じように作業を始めた。

 

「まずは水をポットに入れて火にかけます」

 

「うんうん! ここまでは良かったよ?」

 

「次に、水に砂糖を入れます」

 

「スト──ップ!!!」

 

え、だめ?

 

「今何入れようとしたのかな!?」

 

「さ、砂糖ですけど……」

 

「なんで砂糖いれちゃうの!?」

 

「私はいつも砂糖入れて紅茶飲むので、どうせなら先に入れてしまおうと……」

 

「料理は順序が大事なんだよ!? 今ここで砂糖入れたら沸騰温度が変わって紅茶の味を損ねちゃうから! それに混ぜ物したらお湯の巡りが悪くなってお茶を上手く抽出できないよ!」

 

「あ、そっか……これはうっかり」

 

「あと今手に持ってるのお塩だからね!?」

 

「ええ!? う、うっかりパート2……」

 

だからあんなしょっぱかったのか……。

 

「はい、それじゃあポットが沸騰しました。次はどうする?」

 

「ティーポットにお湯を注いで温めてから……茶葉を入れます」

 

それ、小さじ一杯二杯三杯四杯五杯──。

 

「多いの──!!! 茶葉入れすぎなの! 二人分なんだからそんなにいらないよ!?」

 

「でも、多いほうが良いんじゃ……?」

 

「紅茶はそんな貧乏性発揮して美味しくなる飲み物じゃないの! 茶葉の量次第で蒸らす時間も注ぐお湯の量も変わるんだから! 多少の好みはあるけど、命ちゃんは入れすぎだよ……」

 

び、貧乏性……確かに、私は食べ放題だとお皿に盛り付け過ぎちゃうタイプの人間だけどさ。なんか勿体ない気がして……。

 

待てよ。もしやこれって、かつて私があの白銀家で暮らしていた頃に体に染みついたものなんじゃ……!?

 

嬉しいけど嬉しくない!

 

「茶葉を入れたら、次はお湯を注ぎましょう」

 

「はい、つばめ先生」

 

「もう、先生はやめてよ恥ずかしいなぁ──あと、その脚立は要らないから片付けよ。ね?」

 

「え、でも高いところからお湯を入れた方が美味しくなるんじゃ……?」

 

「高ければ良いってものじゃないの! 空気との混ざり方が大事なの!! その高さから注ぐと茶葉も水も飛び散って台所汚れちゃうのお願いだから倉庫からそんな背の高い脚立持ってこないで!!!」

 

「は、はひ……つばめ教官……」

 

思ったより体育会系だこの人。

 

「最後に蒸らす──んだけどさっきの命ちゃんは蒸らしすぎだったから今回はちゃんと時間通りやろうね? 大丈夫、蒸らせば蒸らすほど美味しいとかないから」

 

そしてついには私が何か始める前から指摘されてしまった。

 

「私は側溝に溜まったドブ水しか作れないような間抜けです、申し訳ありません教官殿……」

 

「あ、ご、ごめんね。私ドリンク作ることに関しては妥協できない性格でさ……言い過ぎちゃったね……」

 

「いえ、つばめ教官の手を煩わせてしまう私が悪いのです。私が駄目な子だから……良い子になればお母さんはきっと愛してくれるはず……うっ……うぅ……!」

 

「ほ、ほんとにごめんね、泣かないで……?」

 

なんだよこの記憶ぅ……何故か涙が止まんないよぉ。

 

 

 

私たちの前には、紅茶の入ったカップが二つある。

 

「笑いあり、涙ありの紆余曲折を経て、私は紅茶を淹れることに成功したのであった」

 

「淹れたのほとんど私だけどね。あと笑いはないよ?」

 

め、目が笑っていない。ホントに飲み物に関してはガチなんだな。

 

「それで、飲んでみてどうかな?」

 

「普通に美味しいです。店長が淹れたものには劣りますけど」

 

「当たり前だよ? 伯父さんのは何十年と淹れ続けてきたからこそ出せる味で……逆に何で命ちゃんは真似できるの? しかも片腕で」

 

「はい、完全模倣であります教官」

 

リハビリで体の動かし方を一から身につけたからな。普通の人は無意識下のところを、私は頭で考えて体をコントロールできるんだよ。

 

あとは目で見て覚えた光景をそのまま再現するだけ。

 

「うーん。命ちゃんが成長できない理由はそこにあるんじゃないかな」

 

「と言うと?」

 

「見て覚えた光景を再現してるだけってことは、その行動の意味や裏までは知らないんでしょ? 茶葉の量や高いところからお湯を注ぐ理由、そして蒸らす時間……そういった理屈を理解していないから、致命的な間違いを犯すんじゃないかな?」

 

「私のしてることは暗記してるだけってことですか」

 

「そうだね。料理は科学だからまずは理論を覚えて、それから応用しなきゃ。今回は紅茶だったけど、コーヒーでも同じだよ。ね?」

 

「はい、つばめ教官!」

 

つまり私には実技よりも座学が必要ということか。

 

「それを踏まえて、最後にもう1回だけやってみよう。命ちゃんはどんな紅茶が好きなの?」

 

「そうですね……比較的さっぱりしてる方が好きですね。渋いのはあまり得意ではないです」

 

「なら、いつもの作り方より蒸らす時間をちょっとだけ少なくしてみよっか」

 

「それだけで良いんですか?」

 

「そうだよ。成長って言うのは、なりたい自分に少しでも近づくことだから。命ちゃんが淹れる紅茶を自分の飲みたい味に少しでも近づけるだけで、それは成長なんだよ?」

 

そんな簡単なことで良いのか。……いや、口で言うほど簡単ではないんだろうな。だけど、やってみるか。

 

 

 

「あ、店長。お帰りなさい」

 

「ヒバリ伯父さん、お邪魔してるね!」

 

店長の名前ってヒバリって言うんだ。

 

いや、違うんすよ……気分的には覚えてて……。

 

「つばめ。もう来てたのかい? 待たせてごめんね」

 

「全然良いよ、私とヒバリ伯父さんの仲じゃん。いつものやっとく? せーのっ」

 

「「いぇーい☆ツバヒバ鳥ターッチ」」

 

謎の合言葉と同時にハイタッチからの押し相撲からの……ええい、何をやってるか分からん!

 

見た目イケオジなのに中身のノリが女子高生なんだよな、店長。だから口閉じとけって奥さんにも私にもお客さんにも言われるんだぞ。

 

「それで伯父さん。命ちゃんが伯父さんのために紅茶を淹れてくれたの。自分なりに工夫してね。採点してあげてくれる?」

 

「あ、あの。これどうぞ」

 

私はつばめさんと一緒に先ほど淹れた紅茶を差し出した。

 

「いただくね」

 

そう言って店長が一口含む。

 

「ど、どうですか」

 

「うん、75点だね」

 

「思ってたよりも低い……元のやり方からちょっとだけ蒸らす時間を短くしただけなのに……」

 

「たったそれだけでも、全体のバランスは崩れてしまうからね。蝶々の羽ばたき一つで味が変わってしまうくらい、紅茶は繊細なんだよ」

 

良いこと言ってるはずなのに絶妙に残念だ。渋い声で『ちょうちょ』とか言わないでほしい。

 

「後味をスッキリさせたかったようだけど、それにはこの茶葉は向いてない。次は、淹れ方だけじゃなくて茶葉の持つ特性も考えなさい」

 

「はい、店長」

 

「だけど、自分で考えるようになったことは成長だ。頑張ったね」

 

「──はい!」

 

「考えたのは私なんだけどなぁ……」

 

うるさいよ教官。

 

 

 

「つばめ。今日は助かったよ。またいつでも店に来てくれ。命さんもお疲れ様」

 

「うん、またね。伯父さん」

 

「お疲れ様でした、店長」

 

結局お店が閉まるまで、つばめさんと店長は話し合っていた。

 

「命ちゃん、良かったら一緒に帰らない? 私電車通だから駅までなんだけど」

 

「奇遇ですね、私も今日はたまたま電車です」

 

いつもは政子さんが送り迎えをしてくれるんだけどね。今日はちょっと所用があったらしい。

 

「おお、これはもう運命だね!」

 

「ふふ、そうですね」

 

ほんと一緒にいて楽しい人だな、つばめさん。男だったら惚れてたかも。

 

「伯父さん喜んでたねー」

 

「そうですか?」

 

「うん、とっても」

 

私から見れば、いつもと同じだったんだけどな。

 

「命ちゃん、伯父さんが今日どこに行ってたか聞いてる?」

 

「いえ、知りません」

 

「そっか。あのね、命ちゃん。伯父さんはお墓参りに行ってたんだ」

 

「お墓参り、ですか?」

 

「うん、亡くなった息子さんのね」

 

店長が結婚してることは知ってたけど、そっか。子供がいたんだ。

 

「今日は命日なの。私が生まれるより前の話なんだけどね。秀知院学園の中等部に通ってた息子さんが、下校中に交通事故にあって亡くなったんだって」

 

そんなことが……ん? 待てよ。この話どこかで聞いたことあるぞ。

 

「私のおじいちゃんが再婚して後妻を娶ったこととか、茶人の家系としてのしがらみが嫌で家を飛び出した伯父さんは、愛した人と結婚して婿入りしたの。だけどその事故があってからは夫婦仲が冷え込んじゃったみたいで、ずっと暗い顔してた」

 

「店長が……?」

 

「でも、半年くらい前から変わった。そして、命ちゃんの話をするようになった」

 

そうか。だからあの人、私にあんなに甘いんだ。

 

「ありがとう、命ちゃん。伯父さんに幸せを運んできてくれて」

 

「いえ、私の方こそ。幸せをたくさんもらいましたから……」

 

「あはは、じゃあお互い様だね」

 

「はい、お互い様です」

 

駅に着いたとき、つばめさんの足が止まった。

 

「それじゃあ、私はこっち方面だからさ。また喫茶店に行くから、これからも伯父さんのことよろしく! またね! ばいばーい!」

 

私は手を振ってつばめさんを見送った。

 

 

 

そういえば、ツバメが巣を作る家には幸運が舞い込むんだったか。

 

なんて素敵で、ぴったりな名前だろう。

 





「政子さんの夫って、もしかしなくてもうちの喫茶店の店長のヒバリさんですよね?」

「はい。左様でございますが。ご存知ありませんでしたか?」

「いや初耳ですよ。それと、今日息子さんの命日だって聞きました。それでその、良ければなんですけど、私も来年挨拶しに行きたいです。どうでしょうか……?」

「まぁ。もちろんです。夫も息子も喜ぶと思いますよ。きっと」
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