私の目の前には眞妃さん、兄さん、優さんの三人がいた。最近珍しい組み合わせが多いな。
「眞妃さん、この間ぶりですね。また来てくれて嬉しいです」
「そうね、この私がわざわざ足を運んで来てやっているのだから、光栄に思いなさい」
「私の顔を見に来てくれたんですか?」
「違うわよ。あんたから貰った山程のクーポンを消費しなきゃでしょ? ホントに多いのよねこれ。財布がパンパンで……」
「誠にごめんなさい」
でも全部財布に入れてるんだ。もしかしていつでも喫茶店に来れるように? だとしたら嬉しいな。
「しかし珍しいですね。眞妃さんが兄と優さんと一緒だなんて」
「二人は友達なのよ。相談に乗ってもらってね」
「俺からすると、命ちゃんと四条が顔見知りなことに驚きなんだが」
「二人に接点ってあったっけ?」
「はい、私と眞妃さんは夏にサッカーの大会の応援に行ったのがきっかけで友達になりました」
「私の弟が通ってる公立の高校が命の通ってる中学と中高一貫でね。先輩後輩の仲なのよ」
「「命ちゃんに男の影が!? 詳しく!」」
「あ、二人ともその話題に触れるのはやめておいた方が……」
眞妃さんの静止は間に合わなかった。
「私が記憶を失ってから初めて学校に行ったときのことなんですけど、そのときいじめにあったんですよ。結構酷くて私物壊されたりリンチにあったり──」
中略。
「そんなとき、眞妃さんの弟である私の先輩が助けてくれたんです。あれ、二人ともどうしました?」
兄さんと優さんは胸を押さえて突っ伏している。お腹すいたのか? クッキー焼いたから持ってくるよ。
「ごめん。ほんとにごめん。大事なときに妹を守れない兄でごめんな、命ちゃん」
「僕は中学のエピソードをなんとなく聞いていたはずなのに、なんで好奇心で地雷を踏んでしまったんだ。このクズ、僕なんてイベントガチャで爆死してしまえ!」
「あの子闇深いから、下手につつくとこうなるのよね……」
私は温かい紅茶とクッキーを腹ペコの三人に振る舞った。
「ん、紅茶の味が少し変わったか?」
「あ、はい。最近色々試していて。美味しくないですかね……?」
「いや、少し驚いただけだ。これはこれで好きだぞ」
「僕は前の方が好きかな。こっちも美味しいけど」
「私はどっちも好きよ」
良かった。私の味変は好みの問題程度に収まっているようだ。つばめ教官殿のおかげである。
「それで、三人は眞妃さんの相談がきっかけで仲良くなったと言いましたが、その相談って一体なんですか?」
「私の恋愛相談よ。命にも手伝ってもらうわ」
「あぁ、眞妃さんの神殺しの話ですか」
「日本の昔話みたいになっとる!?」
日本昔話──『四条の神殺し』。
あるところに、貴人の血を引く四条眞妃と言う名の女子がおった。そしてその者は神の一柱に恋をしてしまったのである。名は田沼翼神。
しかし、田沼翼神には妻がおった。非常に嫉妬深い、ヘラのような、サタンのような女神の名は、柏木渚神である。
──これは四条眞妃が魔王カシワギを討ち滅ぼし、ツバサ王子を救わんとする英雄譚なのだ!
「命ちゃん、日本昔話からドラクエの導入みたいになってるよ」
「私は別に渚を討ち滅ぼしたいわけではないわ」
「じゃあどうするんですか」
「どうしたら良いと思う?」
なんで私に聞くかね。こちとら恋愛経験ゼロだぞ。予定もないし。
「イスラム圏に移住して重婚したらどうですか。もしくは愛人枠を確保するとか」
「だめに決まってるじゃない。少なくとも翼くんには私だけを見てほしいの!」
「つまり、略奪?」
「違う! 二人が自然に別れて、その後私が翼くんと付き合えるような形が理想なの! 渚が傷つくような展開はNO! 友達的にNO!」
む、無理難題を仰る。
「……ごめんなさい。ちょっと思いつかないです。あの人たち家を捨てて駆け落ちしてでも一緒になるって言ってましたらね。物理的に片方が消滅しないと別れませんよ」
「そんなぁ……」
「あ、一つ思いついた!」
「なに!?」
「鈍器で殴って、二人を記憶喪失に──」
「「絶対やめろ」」
そういう事になった。
「うぅ、やっぱり無理なのかしら」
「そ、そんなことないですよ四条先輩。きっと希望は──」
「そうだぞ四条。人生山あり谷ありだ。今は谷ってだけで──」
二人は口々に眞妃さんを慰めている。
多分、眞妃さんは本気で自分が田沼さんと付き合えるとは思ってない。この人は秀知院学園で三位の成績を誇る天才だ。田沼さんと柏木さんの様子を見て、二人の相思相愛振りが分からないはずがないのだから。
だけど、頭では分かっていても感情の部分はどうしようもないよな。分かるよ。
だったら私がすべきなのは、眞妃さんの心を安らかにしてやることだろう。
「眞妃さん、田沼さんと付き合うことはできないですけど、今の状況を改善することはできますよ」
「ぐすっ……何かしら?」
「自己暗示ですよ。自分自身を洗脳するんです。『私は初めからこの人のことを好きなんかじゃなかった。これはただの勘違い』。そうすれば、失恋の苦しみからは解放されます」
「絶対に嫌よ」
しかし、眞妃さんは私のアドバイスを全否定した。
「どうしてですか。既に好きな人がいる相手に恋情を抱くなんて辛いだけでしょ?」
「確かに、私がこれから翼くんと付き合える可能性は限りなく低いわ。だけど、自分の心に嘘をつくなんて嫌よ。はじめから諦めてしまえば、諦め癖がついてしまうじゃない?」
「いつか、失恋することが確定していても?」
「そうよ。私はね、人を好きになったのなんて初めてなの。今までこんな素敵な感情があるなんて知らなかった。だから、今だけは夢を見て、この熱に浮かされていたいじゃない」
私には理解し難い考えだ。だって、辛い記憶は避けるべきだろう。いつか思い出した時に、心の傷にならないように。
「恋って言うのは甘酸っぱくてほろ苦い。このお茶と同じよ。いろんな味があっていろんな変化がある。楽しまなきゃ損でしょう?」
「けど、ふとしたときに思い出してしまうんじゃないんですか。『あのお茶は不味かった』って」
「それで良いじゃない。味わってみなきゃ、美味しいかどうかも分からない。何もしなきゃ成長しないままよ」
「成長……」
なりたい自分に少しでも近づくこと。それが成長と言うなら、その原動力になる恋は成長の糧……なのかな?
「だから、たとえ失恋しても構わない……って訳ではないわよ!? でも、そのときはきっとこう思えるわ。『恋して良かった』ってね」
「……そう、ですか」
私はお茶を一口含んだ。前とは少し変わった私の味。作るのに苦労したし、大変だった。
でも確かに、苦労しなきゃ良かったとは思わないかな。
「それにしても意外ね。命がこんなに恋愛に臆病だなんて。なになに、横恋慕でもしてるの?」
「してませんよ。なんですか、他人の恋愛事情になるといきなり調子に乗って」
「安全圏から他人をからかうのは最高でしょ?」
な、ナチュラルクズ……。
「あんたたちはどうなのよ。好いた腫れたはないわけ? 私がこれだけ話してるんだから、少しは話題を提供しなさいな」
「そうだな、これは友達の話なんだがな──」
兄さんとかぐやさんの話だ、これ。
「僕も、これは友達の話なんですけど──」
絶対に優さんの話だ。相手は誰だろう。私の知らない人かな?
「はー、分かる。自分からは踏み出せないのよね。あんたたちの友達に伝えてあげて。この四条眞妃が、陰ながら応援してるって」
(ありがとう。お前マジで良いやつだよな。俺、頑張るよ)
(四条先輩ってほんとに良い人なんだよな。僕も頑張ろう)
「じゃあ、次は命の番よ」
「わ、私に恋愛話なんてないですよ」
「御行たちみたいに友達とか知り合いの話でも良いのよ?」
「それくらいでしたら……」
そして私たちは喫茶店が閉まるまで、恋バナに明け暮れた。
現在進行系で恋する三人はとても楽しそうで、私は少し、羨ましくなった。
いつか、私も──。
「これは私が知っている、とある二組の夫婦のお話です」
「へぇ、夫婦。恋愛の先にある関係じゃない。俄然気になってきたわね」
「一組は、一男二女を抱えながらも、親の事業が失敗したことで一家離散になった夫婦」
「重いのが来たわね……み、御行! 死にそうになっているけれど、大丈夫なの!?」
「一組は、交通事故で息子を亡くし、関係が冷え込んでしまった熟年夫婦」
「命ちゃんの交友関係ってどうなって……て、店長さん!? どうしたんすか、滅茶苦茶皿割ってますよ!?」