プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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5.白銀命は取引したい

 

週末……ではなく月末となった。流石にそんなにすぐには都合が合わなかったらしい。

 

私は早坂さんの運転で京都にある四宮本邸へと向かっている。

 

「命様はどうして私が黄光様の手の者だと気がついたのですか?」

 

運転席から早坂さんの声。この景色も慣れたものだ。私と早坂さんが踏み込んだ話をするときはだいたい車の中のような気がする。

 

「四宮家の人間は五人。当主の雁庵、長男の黄光、次男の青トカゲ、三男の雲鷹、そして長女のかぐや。その中で、私と直接の接点があるのは次男だけ」

 

「青トカゲ? あの、もしかして青りゅ……」

 

「その名前を口にしないでくれませんか。不愉快です」

 

一度ものを覚えれば忘れない私は、嫌いなものの名前をなるべく覚えたくないのだ。

 

四宮家次男、女性関係で良い噂がない。長男の腰巾着。能力も4兄妹の中で一番低い。問題はすべて金で解決してきたクソ野郎。

 

そして、私を事故に遭わせた張本人。

 

何があったか詳しい話は知らないが、彼を乗せた車は暴走し、そして一人の少女が轢かれ、生死を彷徨った。

 

つまり、私という存在は四宮家にとって非常に面倒なスキャンダルの種だ。それも特大の。公開すれば民意が四宮に牙を向くタイプの悲劇だ。

 

だから示談金も渋らなかったし、上等な医療を提供した。新しい生活と、使用人もつけて。

 

もし、これで私が死んでいたら日本全体を巻き込む事件となっていただろう。

 

旧財閥のボンボンの坊っちゃんが交通事故を起こし、中学受験に向かっていた少女を轢き殺した。不祥事なんてものじゃないな。きっと愉快なことになっただろう。

 

私を黙らせたい人間は、私が事件について黙っている保証がないことを不安に感じているはずだ。私は記憶喪失だから、人質にできる存在はいない。

 

だから私の心を折りにかかった。いじめという形で、四宮グループ内の使い捨てにできる子息を使って。それで私が早坂さんに依存したり、あるいは自殺すれば自動的に口封じできる。

 

待てよ、事件を知る人間には私の母親もいた。なら死なれると逆に困るか。多分、私の母親は私の生存を条件に示談を飲んでるだろうから。

 

……今は母親のことはどうでも良い。目の前のことに集中しよう。

 

「万事を金で解決してきた次男がそんな気を使うはずもない。当主ならばこんな迂遠なことをせずとも直接私を黙らせばそれで良い。周りに知られない、知られても揉み消せる力量があるから。つまり当主ほどの力量はなく、しかし私を黙らせたい相手とは?」

 

「それが黄光様と?」

 

「三男と長男は対立しているそうですね。四宮は後継者問題を抱えている。そんな中で私のことが広く知られれば次男、ひいては次男が所属する派閥の長、長男の責任問題となる。彼は世間は愚かグループ内にも私のことを隠したいはず。自分が四宮の後継者であるために」

 

車が止まった。目的地に着いたようだ。

 

これから私は四宮黄光と取引する。私を黙らせたい彼と、黙ってても良いけど自由が欲しい私。さて……私のハッタリはどこまで通用するかな。

 

 

 

「初めまして、四宮黄光さん」

 

黒服の人たちに囲まれながら、私は着物を着たスキンヘッドの男性と対面していた。

 

「おう、本当に来たのか小娘。女にしてはやる知恵とここに来た胆力は認めてやる。それで?」

 

……。なんか言葉尻にいちいちトゲのある人だな。圧をかける話術なのか、それとも単に性格なのか。まぁ、向こうから要件を聞いてくれてるのだし、まどろっこしい前置きはせず本題に入ろう。

 

「私と取引しませんか? あなたは私に事故のことを黙ってて欲しいのでしょう。私も今回のような嫌がらせを何度もされては堪りません。なので──」

 

「お前は何か勘違いをしてるみたいだな。取引? そいつは対等な者同士がするもんだ。女のガキが次期四宮家当主の俺に取引を持ちかけるなんて片腹痛ぇ」

 

「……はぁ、そうですか。ではあなたはどうやって私の口をふさぐつもりなんですか。私はお金だけ貰っても黙りませんよ」

 

「もっと簡単な方法があるだろう。言わなきゃ分かんねぇか?」

 

彼の声を合図に黒服の人たちが私の腕を掴む。

 

あぁ、はいはい。せっかち人だ。予想はしてたけど、やっぱりこういう手を使ってくるか。どうせ軟禁して飼い殺しとかだろう。

 

「お断りです」

 

けど、それが嫌だからここに来てるんだ。せいぜい抵抗させてもらおう。

 

「私、四条帝とまた学校で会う約束をしたんですよ。そんな私が急にいなくなったら、彼、どう思いますかね?」

 

黒服の人たちの手を振りほどき、スマホの画面を見せた。彼とやりとりしたあのメールだ。

 

「……」

 

「四条帝とコネクションを持った私に、あなた方がどんなことをしでかすか分かったもんじゃありませんでした。だから態々私の方から訪れたのに、この対応はあんまりじゃないですか?」

 

そもそも全部暴露するつもりなら最初からこんなとこに来ない。この人、猜疑心が強くて、察しが悪いのかな。こっちが歩み寄ってるんだから乗ってきてくれよ。

 

「それに、四宮家の敵は四条だけではないでしょう? 三菱、三井、住友……旧財閥の皆が四宮家の弱体化を望んでいます。中小企業、一般市民にも四宮に恨みを持つ人間は多くいますよね。あなたたちに仕事を奪われた人間は一体どれだけになるでしょうか」

「あぁそれと、私、ここに来る前に時間指定でリークメールを書いたんです。ここから帰ることが出来なければ自動的に私の情報が様々な人間にばら撒かれます。財界、政界、報道機関、インフルエンサー……」

 

ウソウソ。ぜーんぶ、いや9割ウソだ。私に何かあって帰れなかった時メッセージが送られる相手は四条先輩だけ。ハッタリ万歳。

 

けど、それだけで彼らには致命傷だろう。四条先輩は次期四条グループの長。目の前の人物と立場は同等。優秀な情報ハブとして私のことを拡散してくれるはずだ。

 

私は仮面を必死にかぶり、できる限りの冷徹な表情で告げた。

 

「たしかに、取引は対等な相手としか成立しないみたいですね。ごめんなさい。ペース、落としますね?」

 

煽れ。相手の心を乱せ、この場を支配するのは私だ。早坂さんが教えてくれたことを活かせ。

 

「黄光さん、あなたは可哀想な人です」

 

「……あ?」

 

私が見せた憐れみと同情に彼は疑問符を浮かべた。

 

「出来の悪い弟がいなければ、私もここにはいなかったのに。無能な味方を持つと苦労するでしょう。ふふ……本当にお可哀想な人……」

 

そう言えば彼は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。次男は金食い虫の無能だ。だけど彼はそれを切り捨てることが出来ない。一族の中で味方なのが彼しかいないからだ。

 

ならば、もっと頼りになる味方ができればどうだ? 来る後継者争いと四条との抗争に向けて、頼りになる味方。

 

その力を私が今から見せることができたなら。

 

「今日の取引を引き受けてくれれば、私は事件のことについて他者に口外することはいたしません」

 

「信用できるか」

 

「……話は最後まで聞いてください。ようは私が四宮を潰したくなくなれば良いんですよね、そんなの簡単です。私をあなたたちの仲間にしてしまえば良いんですよ」

 

「は?」

 

茶々を入れられる前に矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。突っ込みを入れられたら容易く崩れてしまう妄想の羅列だ。お前が、そのよく似合う間抜け面を晒してるうちに言い切ってやる。

 

「はい。私は四宮グループの中で会社作りたいんです。まぁ……そうは言ってもいきなりそんなこと決められないでしょう。仲間にするにはある程度の信用がいるし、私の実力も未知数。なのでその第一歩としてこうしましょう」

「私に10億円投資してください。二カ月以内に倍にして返しましょう。成功すれば私を対等な仲間と認め会社設立に協力してください。失敗したらあなたたちに都合の良い遺書でもしたためて自害しますよ」

 

言い切った。言い切っちゃったー! 

 

10億円? バカでしょ。小学生がぱっと欲しいものであげたような金額のお金だ。しかも二カ月で二倍だから20億か 。それで失敗したら自害する……はっきり言って無謀では?

 

……まぁ、そこまで虚勢張ってでも私は自由が欲しいんだけど。ここで何もせず、四宮家にちょっかい出され続ける人生を送る方がごめんである。

 

私は一度死んだ、ならば二度も同じこと。死ぬ気でやってやる。

 

目の前のおハゲ様は呆気に取られているが、多分答えはイエスだ。要は私の命を10億で買えるってことなのだから。

 

総資産200兆円の四宮グループからしたら端金。ここで買わなきゃ、10億の損失どころじゃないスキャンダルの種が野放しになる。さぁ……どうする?

 

その答えは聞かずとも四宮黄光本人の目からひしひしと伝わってきた。

 

「お前、頭おかしいんじゃねぇのか」

 

そして、続く言葉はイエスだった。

 

よっしゃー! とりあえずチャンスだけは手に入れたぞ! ノープランだけど取り敢えずアメリカ行くか! こうなりゃヤケクソだぁ!

 





「じゃあ黒服と早坂さんは借りて行きます。ほら、監視とか必要でしょう?」

「お前面の皮厚いなんてレベルじゃねぇぞ」
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