「も、もしもし雁庵さんですか。一度倒れたと聞きましたが、大丈夫なんですか? 今入院されてますよね。しかしまさかあなたから私に連絡してくるなんて、驚きましたよ。それで何の用ですか。四条との関係構築はまだ途中ですけど、年度末には行動を起こすつもりです。え、違う? もうすぐ秀知院学園の三者面談がある? はぁ、そうなんですか。それって私に関係あります? かぐやさんの進路希望を知りたい、ですか……? 私に聞いてきてほしい? なるほど」
「──自分で聞けば!?」
意味の分からない頼みを聞くために、私は秀知院学園高等部の校舎を訪れていた。
黄光さんが理事長なので、簡単に入校許可を取れたことは良かった。もともと私は中等部に編入希望だし、前々から見学したいとは思っていたんだ。
まぁ、正規の手続きで見学を申し込んでも拒否はされなかっただろうけどね。私は去年の夏以来全国模試の一位常連だし。
「校長先生、本日はお忙しい中案内していただきありがとうございました」
「イエイエ、白銀さんは優秀な頭脳を持つ生徒。私が対応するのは当然のことデス」
「はい、ところで校内を散策中にこっそりポケモンGOしてましたよね? 私に付き合ってくれたのは通常業務をサボってポケモンを探すためでは?」
校長がビクリと体を震わせ、冷や汗をかいた。
「理事長に報告されたくなければ、ちょっと私のお願いを聞いて欲しいんですけど」
「ナ、何ですか? 無理難題は聞けまセンヨ?」
「少しだけ自由行動をさせてください。生徒会室にいる兄に挨拶に行きたいんです。ね、良いでしょ……?」
校長さんは私のおねだりに親切にも頷いてくれた。
「白銀命、強かな娘デスね……」
あなたが隙を見せるのが悪い。
というわけなので、私は生徒会室の前に来ていた。この部屋はどんな生徒でも駆け込めるように鍵がかかっていないらしい。前生徒会長が決めたルールだそうだ。良い施策だな。しがらみの多い環境は逃げ場があったほうが良いし、校内の問題も管理しやすくなるだろう。相当頭が切れたに違いない。
「失礼します。私は見学者の白銀命と申します。兄の白銀御行はいらっしゃいますでしょうか?」
「「「命ちゃん!」」」
出迎えてくれたのは兄、優さん、ミコさんの三人であった。
「こんにちは。かぐやさんと千花さんはいないんですか?」
「二人は三者面談があってな。命ちゃんはどうしてここに?」
「見学兼お使いに。本当はかぐやさんに用があって来たんですが、いないなら仕方ないですね。あとで探しましょうか」
「親父と来たんじゃないのか?」
「いや、三者面談になんで末の娘を連れてくるんですか。意味分かんないでしょ」
まぁ、あの人の思考回路はよく分からんからな。そういうことをやりそうと言えばやりそうだけれども。
「命ちゃんはもしかしてうちの高等部に来る予定なの?」
「はい、ミコさん。正確には来年の中等部三年に編入するつもりです。二人は先輩になりますね。ミコ先輩に優先輩」
「わ、私に慕ってくれる後輩が!? うれしい!」
「今まで慕ってくれる後輩いなかったんだな……いや待て。よく考えたら僕にもそんな人間いなかったわ。うれしい!」
「そうか、命ちゃんはちゃんと自分の進路を考えているんだな。良いことだ」
「兄さんは今日の三者面談でどんな進路を選ぶか決めているんですか?」
「いや、候補があるだけだな。まだ……」
なんだか含みのある表情で窓を見つめる兄さん。普段からそんなふうにカッコよくしとけば良いのに。喫茶店にいるときは基本シスコンのアホなんだよなぁ。
「ちなみにミコさんと優さんのお二人は?」
「私は大学の法学部に進学する。その先は、まだ決めてないけど」
「僕は社長かニートかな。悩むなぁ……」
そこは悩みどころなのか?
「そうでしたか。まだ心に決まった職がなければ、うちに来ませんか? 一応これ名刺です」
「うち?」
「はい。私会社立ち上げてそこの大株主してるんですよ。新興企業ですけど順調に成長してるので将来性はありますし、何より四宮グループの一員なので安定性もあります。よければ検討してみてください」
私は名刺を二人に渡した。
「「へぇ、そうなん──えぇ!?」」
「命ちゃんが会社を!? それも四宮グループ!?」
「はい。基本は身体障害者向けの製品を開発し、販売する事業を展開しています。とは言えそれだけだとマーケットが小さいので、最近は技術を流用した製品も作ってますけどね」
「ぐ、具体的には……?」
義肢や義眼をより自然なものに近づけつつ、もとの器官の機能を代替できるような製品を研究・開発しているのがうちの会社だ。
そしてその技術の応用で、最近だと映画・特撮業界からは特殊衣装・演出道具の製作を、医療業界からは医療器具とリハビリ機器の開発を、軍事・消防からは風変わりな装備の開発を依頼されている。
「あとはまぁ、人間そっくりのマネキンを作ってアパレル業界に提供したりですね」
「随分手広くやってるな」
「その分問題も多いですよ。北米に提供したマネキンのうち5割は盗まれましたからね。たぶん良からぬ使い方されてます。モデルさんには気の毒ですけれど」
うちはアダルト業界には進出してないから、そういう依頼はお断りである。前に人形モノのAV撮りたいとか電話かかってきたときは即行で切ってやったわ。
「ミコさんは法学関係に進むんですよね。うちは仕事の内容上倫理的な問題がつきまとうので、その辺に強い人材を募集してます。考えてみてください」
「わ、分かった。候補の一つには覚えておく」
「優さんの会計処理能力も需要があります。それとは別に、ご両親に商談があるので今度紹介してくださいね」
「う、うちにか? うちは零細玩具メーカーだけど……」
「コスプレ用の衣装の依頼があるんですけど、うちじゃ手が足りてないんですよ。ハロウィンはもう過ぎましたけど、これからクリスマスだってありますから供給が追いつきません。百均に卸すものだったらクオリティもそれなりで良いので、玩具メーカーの手を借りようかと思いまして」
あとはまぁ、優さんに対する恩返しというところか。息子がコネで仕事を持ってきたとなれば彼の家庭内での地位も上がるだろう……ん? どうした、二人とも黙り込んで。
「「年下が滅茶苦茶仕事してる……」」
「仕事と言うほどでもありませんけどね。実際働いてるのは社長社員の人たち。私は四宮家の伝手を使って顔を広げ、仕事を持ってくるだけです」
最初は私が欲しいものを作ってもらってただけなんだけどな。なんかうちの技術部はほかの四宮系列企業の中で変人変態として扱われて追い出されてきた技術者が多くて多くて。
それで、そう言う人に限って突出した技術力を持ってたりするでしょ?
なんか、動く等身大初音ミクとか、自走する多脚式ラジコンとか、全自動卵割り機とか作り出しちゃってさ。
彼らが作った技術を市場が求める形に調整して広めていくうちに営業部ができて企画部ができて広報部ができて人事部が……と、収拾がつかなくなってしまった。
おかげで最近の政子さんは私の世話係よりも会社経営が本業になりつつある。忙しくさせてごめんね。
「兄さんにも一応名刺を渡しておきます。兄さんは私の下につくような人間ではないので、必要ないとは思いますけどね。やることなすこと全部失敗しても、最終的には私が養ってあげますから!」
「お、おう。嬉しいような、嬉しくないような……」
兄さんはかぐやさんと結婚するんだから、将来的に外戚として四宮家を乗っ取ってくれることを期待している。
『この世をば 我が世とぞ思ふ 白銀の 欠けたることも 無しと思へば』
目指せ現代の摂関政治!
……いや、冗談だよ冗談。はは! 今のところ黄光さんを裏切るつもりはないし!
「それじゃあ、私はかぐやさんのことを探してくるので。また喫茶店でお会いしましょう。失礼致しました」
そうして、私はいつかの将来自分が過ごすことになる生徒会室を去った。
「命ちゃんって何者……?」
──伊井野ミコの疑問に答えられる者は、生徒会室にはいなかった。
「こんにちは、かぐやさん。そして愛さんに奈央さん」
「命さん? 高等部にいらしていたのですね」
「お泊まり会ぶりですね、命さん」
「お久しぶりでございます、白銀命様」
かぐやさんは愛さんと早坂奈央さんと共に帰宅するところであった。
そんな彼女に私は懐から取り出した手紙を渡す。
「なんですか、これは?」
「それはかぐやさんの進路希望です」
「私のですか……? 意味がよく分からないのですけれど」
「分かりやすく言い換えましょうか。雁庵さん、黄光さん、そして四宮グループの人たちから私が聞き取りをした、『皆が希望する四宮かぐやの進路』です」
「……!」
「開けてみてください」
かぐやさんが開いた手紙には様々な将来像が書かれている。〇〇社の社長。〇〇家との婚姻。『かぐや様自身が選ぶ幸せ』。その他多くの進路……どれも千差万別である。
「雁庵さんから、かぐやさんの進路を聞いてこいと言われました。その中から選ぶも良し、自分で新しい選択肢を見つけるも良し。父親と、よく話し合ってくださいな」
「お、お父様から……? そんな、想像もつきません。このようなことは生まれて、初めてで……ッ!」
かぐやさんの目から大粒の涙が溢れていく。それは彼女が生きてきた17年弱の間流すことができず、心のうちにせき止められていたものなのだろう。
「親も子も、いつだって生まれて初めての連続だそうですよ。雁庵さんは先日倒れて死ぬところでした。だけど、生き残った。最後の心残りはあなただったんじゃないでしょうか」
「そうかしら、そうだと良いわね。本当にありがとう命さん」
たとえ泣きながらであっても、かぐやさんの笑顔はとても美しかった。
「ちなみに雁庵さんの求めるかぐやさんの進路希望は四宮家総帥です」
「む、無理難題すぎないかしら? 流石に私の力量を超えているわ……」
「黄光さんは真逆ですね。かぐやさんには将来ニートをして欲しいみたいです」
「私がニート!?」
「かぐやさんが頑張るとあの人にとっては都合が悪いので。ところで、そこの二人はどうして泣いてるんですか」
「私は、かぐや様が幸せそうで、嬉しくて……!」
「私も同様です──それと同時に、命様に対する雁庵様の信任の深さと早坂家の今後に対する恐怖の涙でもあります。我が家は当主様に見限られるとにっちもさっちもいかないのでどうか御容赦を……」
「ま、ママ!?」
「いや、雁庵さんからしたらこんな恥ずかしい命令を腹心の部下にできるはずがないですからね。私は普段からかぐやさんと撮った写真を雁庵さんに横流ししていたので、ただの適材適所ですよ」
「そんなことをしてたんですか!?」
「はい、かぐやさん。そしてごめんなさい。どんな罰でも受けます、どうか許してくれませんか?」
愛さん曰く、かぐやさんは友達チェックというものをするらしい。チェックしたい相手に情報を流し、その人が他人に情報を漏らしていないか確かめる。
もし情報を漏らしていれば、その人は切り捨てる。そういう処世術だ。
この話を聞いたとき、私は思った。それは本当に四宮かぐやの話か? 致命的な裏切りを犯したならともかく、単に情報が漏れただけでかぐやさんが簡単に私たちを切り捨てることがあるのだろうか、と。
そして疑問に思ったなら、確かめれば良い。
「……そう、ですね。命さんは私を思ってその行動をとってくれていたのでしょう? であれば、まぁ。そもそも口止めをしていなかった私も悪いですし、お父様に求められれば誰だって逆らえませんもの。仕方ありませんね! 許してあげます!」
「ありがとうございます」
そして思った通り、かぐやさんは色々と理由をつけながらも私のことを許してくれた。
見たか、愛さん。前例ができたぞ。これが今のかぐやさんだ。あなたの言う冷酷無比のかぐやさんは、信頼できる者がいなかった昔の話。
でも、今は違う。彼女は人を許せるようになった。信頼している人に多少の瑕疵があったところで、簡単に見限ったりはしない。姉妹のような相手なら、きっとなおさらだろう。
だから愛さん。私は待ってるよ、あなたが許してもらえる日を。
いつか二人が、本当の姉妹になれる日を。
「敵わないなぁ……」
まさか、自分を踏み絵にしてかぐや様の対応を私に見せつけるなんて。
命さんのことだ、当主様に見せる写真とは言え、慎重に検閲したものを使ったことだろう。
なのにあんな言い方をしたのは、私の心を慮ってのことだ。じゃなきゃ、自分からかぐや様に嫌われそうなこと言わないでしょ。
私はいつか、かぐや様に許されたい。それはただの願望に過ぎなかったけれど、今なら本当に──。
「ところで愛。命様とかぐや様の想い人は、どのような関係なのかしら?」
「ただの兄妹だよ、ママ。それがどうかしたの?」
「いいえ、とんでもない派閥ができそうなことに戦々恐々としているだけよ?」
ママはそんなことを言った。
確かに会長とかぐや様が結婚したら、命さんは四宮家の外戚になって──。
え? ただでさえ今でも発言力があるのに、外戚になったらもう黄光様でも止められないじゃ……?
うん。気づかなかったことにしよう。そうしよう。