「は? 延命治療をやめたい? 何を馬鹿なことを言ってるんですか、少なくともかぐやさんの卒業姿を見るまでだめに決まってるでしょ」
四宮雁庵の寿命が、少し延びた。
「命ちゃんに折り入って相談があるんだが」
一人喫茶店へと現れた兄がそんなことを言った。
「はい、この感じそうですよね。いつになく真剣ですけど、一体どんな相談ですか?」
「その前に一つ言っておくことがある。実はだな、俺は四宮のことが異性として好きなんだ」
「知ってますけど」
「……!?」
気づいてないとでも思っていたのだろうか。最初にうちに来たときも二人で来ただろうに。その後起きたさまざまなイベントでもあなたたちは勝負してるのかイチャイチャしてるのか分からないようなことを繰り返して。
「端から見れば丸わかりでしたよ。他の人は気づいてないみたいですけど」
「そうなの!?」
そうなのである。いつもチラチラかぐやさんのことを見やがって、いやらしい。
まぁ、かぐやさんも兄のことをチラチラ見てるのでそこはお互い様なのだが。
「まぁ、それなら話が早い。単刀直入に言うと、四宮をデートに誘って告らせたいんだ」
「告らせたい? 随分と他人任せなんですね。まぁ、自分からデートを誘うだけマシになったと思いますけど。何か心境の変化でも?」
「あぁ、俺は来年スタンフォードに行く。四宮と過ごせる時間は残り少ない」
「へぇ、スタンふぉー──スタンフォード!?」
世界大学ランキング上位に名を連ねる名門校ではないか。
「高い目標ですね、頑張ってください」
「いや。もうアーリーは受かってな」
「合格済み!? お、おめでとうございます。お祝いしなきゃ……な、何か欲しいものはありますか!?」
これはすごいぞ。お隣の国だったら爆竹鳴らして一家一族地域総出で祭り上げるレベルの偉業だ。言語的ハードルがある中で受かるなんてほんとにすごい。
「だから四宮とのデートを……」
「あげます! 私の中学で文化祭があるのでそれを口実に誘いましょう。私から誘っておきますか?」
「マジか! 滅茶苦茶助かる!」
そういうことになった。
そして我が校の文化祭当日である。
「白銀さん、気合い入ってますね」
「よく似合ってますよ!」
「うん、ありがとう」
いつの間にか君らとも仲良くなったな。以前はお嬢様風モブ生徒としか認知してなかったけど。
さて、私のクラスはコスプレ喫茶を開くことになっている。定番と言えば定番だな。とは言えうちは公立校、秀知院ほど資金力はないので出す飲食物は平凡なもの。コスプレのクオリティも個人に委ねられるのでお察しである。
「でも驚きました。普段あれほど徹底的に肌を晒さない白銀さんがそんな格好をするなんて」
「正直、興奮します。白銀さんの生足……」
「ぶっ飛ばすぞ」
私の今の格好は以前ならば考えられないものであった。
改造した制服とミニスカート。傷だらけの肌、片方は異形の瞳、肉が膿み爛れたような片足……そう、ゾンビ娘の仮装である! 『仮装』である!
「ほんとに良くできておりますね。ウイルス感染したような濁った瞳孔の目……」
「カラコンです」
義眼です。
「全身を走る継ぎ接ぎの縫い目……」
「特殊メイクです」
自前の傷です。
「ゾンビに齧られたような右足……」
「特殊衣装です」
実際にゾンビ映画で使われた小道具を義足に改造したものです。会社から拝借しました。
「そして決め台詞!」
「『君もゾンビにしてあげる!』」
「それから決めポーズ!」
「『がぶっ!』」
私は
「「きゃぁ──!!!」」
──パシャパシャパシャ!
ちょ、フラッシュ焚かないで。眩しいから。あと写真を撮るのは良いけどSNSに上げるのは禁止ね。今日の文化祭における共通のルールだよ。
「もうすぐ開校だね。白銀さんが一番見栄えが良いから、客引きしてもらえるかな」
私はクラスの学級委員長からそう言われた。
「はい、構いませんよ」
兄とかぐやさんが来たらバッチリ対応してあげよう。
そして30分後……。
「ゾンビ娘との写真撮影は15分待ちでーす」
「『がぶっ!』……はい、ありがとうございました。え? 名刺ですか? そういうのはちょっと。校内でのスカウトはご遠慮ください」
私は死ぬほど忙しく働いていた。
なんで私だけ独立したアトラクションみたいになってるの???
「こんにちは命さん、随分賑わっていますね」
「来たぞ、命ちゃん」
「あ、その声は兄さんとかぐやさん──どわぁ!? だ、誰!?」
私の目の前にはサングラスとマスクをつけた学ラン姿の男と、サングラスとマスクをつけた制服姿の少女がいた。
その不審者みたいな様相で15分並んだのか!?
「今すぐその頭装備を取ってください!」
「いや、デートをしてるとバレたら面倒なことにならないか?」
「私が招待して視察しに来たことにすれば良いじゃないですか。はい、没収」
「あぁ、そんな……」
名残惜しそうに不審者装備を見てもだめだよ。
「え、あの制服、もしかして秀知院の……」
「あ、あのお方はかぐや様では……!?」
二人の姿が露わになった途端に、周囲の人間がざわつき始める。
「騒がしくなる前にさっさと写真を撮りますよ。ほら、二人ともポーズをとって」
「わ、分かった」
「え、えぇ……」
それ、3……2……1……パシャリ。
「「「『がぶっ!』」」」
手元にあるのは私、兄、かぐやさんの三人が並んでポーズをしている写真だ。
この写真も、いつか雁庵さんに見せてあげよう。
「それじゃあ早く行ってください。この長蛇の列が終わったら、私も喫茶店で接客しますから、またその時に」
私は面倒なことになる前に二人を教室から追い出した。
「さてと……委員長! 撮影は今並んでる方で締め切ってください!」
「「「えぇ〜」」」
うるさいぞ暇人ども! 帰れ! 往ね往ねビ──ムッ!
「命ちゃん、大変だったな」
「すいません、さっきはあまり対応できなくて。席に案内しますね」
「いえいえ、それにしても素晴らしい出来栄えの衣装ですね。ご自分で制作したのですか?」
「はい」
いいえ。これは自前です。ある意味では四宮家作の存在だけど。
誰が生んでくれと頼んだ……ッ!
『白銀命の逆襲』、近日公開しない。
「二人は文化祭、楽しめていますか?」
「はい、それなりに。なぜか歩いていると写真撮影を求められますけど……」
「問題があれば遠慮なく言ってください。私は教員から風紀委員まで掌握してますので、すぐにでも不調法者を排除できますから」
「命ちゃんはこの学校で一体何をしたんだ……?」
一言で言えば、乗っ取り?
「それじゃあ兄さん。あとは二人でごゆっくり」
「……!」
私は兄の耳元でそう囁いてから、席を離れた。
まぁ、こんなところでいきなり告白をかますような度胸があれば半年もモジモジと『告らせたい』なんてしてないだろうけど。
少しだけでも、二人の仲が縮まれば良いな。
「白銀さん、ちょっと良いかな。白銀さんに会いに来たって言う人がいるんだけど……」
「そうなんですか? 対応しますね、教えてくれてありがとう」
私はクラスメイトにお礼を告げて、私に会いに来た人物とやらを確認しに向かった。
その後、私に会いに来た黄光さんファミリー(黄光さん抜き)。子どもの恋愛事情を聞きに来た柏木社長と主治医の田沼先生。何年ぶりかも分からないデートをしている政子さんと店長の早坂夫妻。娘のつばめ教官から話を聞いて私の腕前を確認しに来た子安氏……鬼スパルタ子安司令官などたくさんのお客さんが訪れてきた。
いつの間にか、私にはこんなに知り合いができたんだな。なんだか嬉しい。
きっと今なら、誰も見舞いに来てくれないなんてことは起こらないだろう。
「あの、白銀さん。その服装……仮装じゃない、ですよね……?」
「そうですね。流石に分かりますか──私をいじめた主犯格のあなたには」
「あのときは、本当に申し訳ありませんでした。私は、取り返しのつかないことをしてしまったと今では分かります」
「そうですね」
「あの……どうして、私に報復しなかったんですか……?」
「あなたがそれなりに役に立つと思ったからです。だから駒として使ってあげた。それだけのこと」
「でも、今はもう役に立たないはずです。白銀さんはグループの中で立身出世を果たした。うちのような木っ端の会社の力なんてもういらない。それなのに、なんで……」
「もしかして、償いたいとでも思ってるんですか? 私に罰してもらえるとでも? 私はそんなことはしません。あなたの罪は一生消えることはない」
「わ、私はただ……いえ、その通りです。本当にごめんなさい」
「……だけど、私も最近色々と学びました。人は過ちを犯すし、勘違いもするし、理由があれば平気で他人を傷つけたりもする。私たちくらいの年齢の子どもであるなら、それは尚更だと」
「……」
中学一年生。去年までランドセルを背負っていたような子どもにすぎない。黄光さんに操られていたお前に、何ができただろうよ。
「私はあなたが嫌いです。あなたを許すことはありませんし、一生私の駒でいてもらいます。けど、それでもあなたが私に償いたいと言うのであれば……」
『罪を憎んで、人を憎まず』か。難しいことだな。ほんと。
「私は来年、秀知院に転入します。私が去ったあとは、あなたがこの学校を統括しなさい。決して私のような目に合う存在を生み出してはなりません。そしてそれを永遠に、次代へと継承すること。良いですね?」
「はい、ありがとう……ございます……」
お前は私の駒だ。心配しなくても、駒はちゃんと使ってやる。それが差し手の役目だからな。
先日、ようやく母の居場所を突き止めた。
私は、あの人とどう接触したら良いのだろうか。
私は、あの人とどう接したいのだろうか。
今はまだ分からない。