「あの、帝先輩。良かったら私と秀知院学園の文化祭に……あ、そうですか。サッカーの試合があるんですね」
「姉さん、私と高等部の文化祭に……あ、バイト。クリスマス近いもんね、分かった」
「うし、それじゃあ行くか。命ちゃん」
「はい、お父さん」
そして、こんなことになってしまった。
なんで父親と文化祭も回るようなハメになるんだよ。体育祭のときも一緒だっただろうが。
「今まで父親らしいことができていなかったからな。命ちゃんからすればウザいだけかもしれんが、俺はうれしい」
「お父さん……」
「今日も頑張っていくか。パパ活をな」
「それ意味違うから絶対やめてね」
お父さんこってりした顔だから、勘違いされたら面倒くさいよ。
「あ、あれは『純白の魔女』……中年男性と並んで歩いていますわ!」
「スクープです! カメラカメラ……!」
「ほらやっぱり面倒なことになったじゃん!」
あと純白の魔女ってなに?
「誤解を解くのに大分時間がかかってしまった……」
「面白い子たちだったな」
「マスメディア部ってどこの学校でも似たような人間が揃うんですかね」
それにしても、さすが秀知院学園だ。どの教室も出し物のクオリティが高くて賑わっている。
「最初はかぐやさんの教室に行くんでしたっけ?」
「ああ、
「……はは、そうですね」
大変だなかぐやさんも。この変人に目をつけられて。
「パンフレットだとコスプレ喫茶になってますね。たぶんこのあたりだと……あ、いました」
教室の前で衣装を着たかぐやさんが客引きをしている。彼女の着ている服装は大正娘風のドレスだ。
「や、かぐやちゃん」
「いやぁ──!? あ、か、会長のお父様でしたか……」
「耳元で囁かないであげてください。ごめんなさいかぐやさん。お父さんがネットリボイスな中年で」
「命さん、いらっしゃい。ふふっ……普段と逆ね。なんだか新鮮だわ」
いつも私が接客する側だからな。
「席に案内するわね」
「その前に、写真撮っても良いですか?」
「ええ、もちろんですよ」
「やった、雁庵さんにも送りますね。かぐやさんのその姿を見て死ななきゃ良いけど」
「嫌なこと言わないでちょうだい……」
むしろ泣くかもな。最近ボケ始めてかぐやさんの写真をかぐやさんのお母さんのものと勘違いする始末だ。
未練たらたらなくせに、よくあれだけ娘を遠ざけられてたものだよ。
「命ちゃんはかぐやちゃんのお父さんと交友があるのか?」
「あぁ、はい。なんと言いましょうか……メル友、ですかね」
「日本最大の財閥の総帥である私の父をメル友扱いですか。命さんは将来大物になるわね。いえ、すでに大物かしら」
どれだけ肩書を盛ろうと、所詮人間だ。あの人も今じゃ寂しい老人にしか見えない。
「雁庵さんはかぐやさんと距離を置いていましたからね。私が代わりに写真を見せたりして、近況を報告してあげてるんです」
「なるほど──つまりパパ活仲間ってことだな」
「だからやめろって言ってるでしょバカ親父!?」
「命さんとお父様がパパ活!? そんなまさか……ッ」
ああもう、かぐやさんが勘違いしだしたじゃないか。純真無垢な彼女に変な単語吹き込むなよ。
「命さんが継母……
「何を言ってるの???」
「私母親にお茶を振る舞うのが夢だったんです。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので。だけど今日、それが叶ってうれしい……」
私をママ役に見立てて欲求を満たすのやめて!?
「よし、
やめて、乗らないから。絶対に乗らないから。
「お義母様、私の紅茶はどうですか……?」
「かぐやさん、もはや分かってて楽しんでるでしょ!?」
「はい。ごめんなさいね、困っている命さんが面白くて」
かぐやさんはそう言って笑ったが、寂しそうな目は隠せていなかった。
かぐやさんのお母さんは娘を産んだ後に亡くなったらしい。夜職の人間で狡猾な面を持っていたそうだ。
雁庵さんの心に取り入ったことと、血統を確認させることなく娘を四宮家の子として認めさせたことがそれを証明している。
……それとも、単に雁庵さんが好きなだけだったのかもな。子の血統を確かめなかったのは、娘を将来四宮家後継者問題から距離を置かせるためか? そういう母親なりの愛情だったのかもしれない。
かぐやさんは容姿こそ母親譲りだけど性格は完全に四宮家のソレで、雁庵さんの血は間違いなく引き継いでいるように思うし。
はぁ、ほんと。夫婦揃って娘に迷惑かける人たちだね。
「仕方ないですね……かぐやさん、ちょっと顔を近づけてください」
「……こうですか?」
私は寂しいとき、母親にして欲しかったことがたくさんある。
今はそれをかぐやさんにしてあげよう。偽物だけど、ちょっとは心を慰められるように。
狡猾で、かぐやさんみたいな人で、母親で、夜職の経験者であり純真無垢ではない。だけど雁庵さんから見せてもらった写真の中で、胸に抱くかぐやさんにこの上ない愛情の籠もった視線を向ける女性。
イメージを掴んだ私は、かぐやさんの頬に触れた。
「『とっても美味しいわ。ありがとうかぐや』」
「な……っ!?」
「『たくさん練習したんでしょう? 頑張ったのね』」
「あ……え……?」
「『見ないうちに、こんなに大きくなって……』」
「お、お母……さま?」
こらこら、かぐやさんまでそんなノリノリにならなくて良いよ。これはただの余興だから。
そして、私はかぐやさんを抱きしめた。
「『寂しい思いをさせてごめんなさい。ずっとあなたを見守っているから……』」
ほーら、ママですよ。よしよし。
「──! ──!!!」
ママの胸でいっぱい泣いて大丈夫だからね。
さて、これでネガティブな感情を多少なりとも吐き出してくれれば、兄の告白の成功率も上がるというものだ。
私ってばなんて兄孝行な娘なんだろう。
「命ちゃん」
「ん、なにお父さん」
「いつの間にイタコさんになったんだ?」
「はぁ? やだな、冗談ですよ。これはかぐやさんが寂しそうだから乗って上げただけ。かぐやさんもそろそろ顔を上げてください。少しは気も紛れて……かぐやさん!?」
そこにはトロンと蕩けて、完全にキマっちゃってるかぐやさんの瞳があった。
あ、なんか見覚えがあるぞこの風景。
「かぐや様、そろそろ休憩の時間……」
その時、愛さんが近づいてきた。今は来ちゃ──!
「おかあしゃま、しゅきぃ……」
「かぐや様が年下を母親扱いして幼児退行してる!?!?」
「ママ活だな」
「もう、黙ってくれ……」
私は逃げるようにコスプレ喫茶を後にした。
そして、文化祭の二日間が過ぎて行く。
ミコさんたちのクラスのホラーハウス。兄のクラスのバルーンアート。占い、わんこそば、奉心伝説の舞台……楽しい時間はあっという間で、いつの間にか二日目の夜となり一般公開の時間は終了してしまった。
「今頃秀知院ではキャンプファイヤーかな。兄さん、かぐやさんに告白できると良いけど」
私は町内会主導の巡回に参加しながら一人ごつ。
二人は両思いなんだから、言葉にすれば絶対に叶うだろうさ。
「ん? あれは……」
その時、空に光る何かが見えた。
秀知院学園の丁度真上の空。月明かりに照らされて輝くのは、大量のハートのバルーンである。
兄さん、何かやるつもりだったみたいだけど。まさかそこまでやるとわね。
どうか、上手くいっていますように。
『もしもし、ミコさんですか?』
私が石上の撮ってくれたキャンプファイヤーの映像を観ていると、命ちゃんから電話がかかってきた。
「命ちゃんからか?」
「うん。命ちゃんどうかしたの?」
『空に浮かんでる大量のバルーンって見えてます?』
「見えてるよ。すごく綺麗だね」
素敵な演出だ。誰が考えたんだろう? バルーンとキャンプファイヤーの火がまるで踊るように揺らめいて……二つが連れ添う恋人のように見えてくる。
ほんとに素敵な──。
『あれの後始末どうするんですか? 町内会の人たちが騒然としてるんですけど』
「──石上、今すぐ文実のメンバー全員招集して! 私は風紀委員を集めるから!」
結局たこ紐がついていたおかげで、風船はすべて問題なく回収することができた。
危うく来年以降のキャンプファイヤーが消滅するところだったけど。
怪盗アルセーヌ、絶対に許さない……! 見つけ次第退学にしてやる……!