「眞妃さん、今日は来てくれてありがとうございます」
『眞妃さんに相談があります。明日喫茶店に来てくれませんか?』……私は昨日の夜、そうメッセージを送っていた。
「別に。あんたから呼ばれたから来たわけじゃないわ。丁度私も今日話したい出来事があったから来ただけ」
相変わらずのツンデレっぷりを見せながら、眞妃さんは私の目の前でハーブティーをがぶ飲みしている。
また神絡みの出来事でもあったんだろうか。
「それで? あんたが私に相談なんて珍しいじゃない。話してみなさいよ」
「私の話は後で構いませんから、まずは眞妃さんの話を聞かせてくれませんか?」
四条グループの幹部が一堂に会するクリスマスパーティー。それに誘われるために私は眞妃さんを呼び出した。
だが、初手でいきなりパーティーに誘えと言うのは変だろう。まずは会話の流れを掴み、自然と私を誘わせる。
『実はうちでクリスマスパーティーするのよね。大人たちも集まる、結構大きいやつ』
『そうなんですか、羨ましいです。私はクリスマスの予定が何もなくて……』
『あら、お可哀想なこと。だったらあなたもパーティーに誘ってあげるわ。これは施しよ。感謝しなさいよね』
そう、こんな具合に!
「なら聞いてもらうわよ、あんたもきっと驚くような話を」
「はい、なんでしょう」
眞妃さんは空っぽになったティーカップを静かに
「御行とかぐやおばさまが良い感じなのよ!」
「──な、なんで!?」
「そうよね、あの二人が良い感じだなんて驚きよね!」
違うよ! 二人の関係が早速政敵にバレてることに驚いたんだよ!
誰だ、二人の秘密を喋ったやつは。まさか当事者ではあるまいし、見つけ次第口を縫い付けて……。
「この話は御行から聞いたんだけどね」
兄さ──ん!!!
お前の口縫い付けるぞバカたれが! かぐやさんが四宮家のことで悩んでるのにホイホイ四条の娘に機密を流しやがってこの野郎……!
い、いかん。落ち着け私。口を縫い付けるのは可哀想だ。せめてガムテープで許してやろうではないか。
「あいつ、今日私に恋愛相談を仕掛けてきたのよ。何かと思えば女子の気持ちが全然分からないって話でね。まぁ聞いてみればただのツンデレでしかなかったんだけど。一世代前のステレオタイプなツンデレってまだ実在したのね、天然記念物だわ」
それはあなたでは?
「それで思ったの。その女、滅茶苦茶私に似てるって」
自覚あったんだ。
「私に似てるってことは、つまり親戚の可能性があるでしょ。そして御行の側にはいつもかぐやおばさまがいる……そこで私は二人の関係を確信して、御行を問い詰めたのよ」
「す、鋭いですね……」
「そしたらもう深い方のキスするような仲って言うじゃない! あいつも私と同じ独り身だと思ってたのに、裏切られた気持ちだわ! もう恋愛なんてこの日本から消えてしまえば良いのよ──!」
そしたら少子化がさらに加速して日本消滅しちゃうよ。
「深いキスをする間柄の御行とかぐやおばさまのことだから、性交渉までも秒読みでしょうね。もしかしたら今頃もう盛っているのかも……
「だ、大丈夫ですよ。二人はまだ清い関係ですから」
「そんな悠長なこと言っていられないわ! 彼らはいつだって私たち独り身が気づかぬ内に契ってしまっているのよ。翼くんと渚みたいに! うわぁ──!!!」
眞妃さんの貴重な脳が破壊されていく音が聞こえる。と言うか気付いてたんだ。二人が神ってることに。
「あっはは、もうすぐクリスマスイブ。この世で最も爛れた夜がやってくるわ。そしてきっと彼らも楽しむんでしょうね。性欲に溺れた悪魔崇拝者どもが……聖人が知ったら嘆き悲しむわよ!」
主は『産めよ増やせよ(以下略)』って言ってるからむしろ喜ぶんじゃ……いや、待て。これはチャンスだ!
眞妃さんの方からクリスマスの話を振ってきた。私はこの流れに乗ってクリスマスの予定の話をすれば良い。
ツキが私に来ている!
「あぁたしかに、もうすぐクリスマスでしたね。眞妃さんはどのようにして過ごす予定ですか?」
チェックメイトだ。私は脳内に描いたチェス盤の上で、眞妃さんの逃げ場を完全に塞いだ。
「悟りを開くためにインドに行くの」
だが、眞妃さんのその一言でチェス盤が吹き飛ぶ。そして代わりに私の脳内に現れたのは、カレーとナンを持って踊るサリーを着た眞妃さんの姿である。
「なるほど、インド……インド???」
「インドに行って、悟りを開くの。今までの話を聞いていたらわかるでしょ? 私が苦しむのは恋愛……つまり煩悩のせい。だったら煩悩を捨て去り悟りを開けば、私は心の安らぎを得られる。完璧なクリスマスね。どうして今まで気づかなかったのかしら」
全然完璧じゃないよ!? 誰だ眞妃さんに変な解決方を吹き込んだ生臭坊主は──瞬間、私の脳裏に見覚えのある記憶がよぎった。
『自己暗示ですよ。自分自身を洗脳するんです。『私は初めからこの人のことを好きなんかじゃなかった。これはただの勘違い』。そうすれば、失恋の
──あ。
『どうしてですか。既に好きな人がいる相手に
──ああ!
もしかして私のせいか!? 私が変な解決方を教えたせいで、さらに斜め上の方向に進化したの!?
「命はクリスマスの予定は決まっているのかしら」
「き、決まってませんけど……」
「あら、お可哀想なこと。だったらあなたも私のインド旅行に誘ってあげるわ。これは施しよ。感謝しなさいよね」
違──う!!!
こんな未来は求めてたのと違います! 運命さん返品で! クーリングオフで!
「たしか四条家は毎年大きなクリスマスパーティーをしていましたよね! 眞妃さんは出席しないんですか!?」
「よく知っているわね。けどそのパーティーってうちのグループの懇談会的な側面が強いのよ。楽しくないし今回はパスするわ」
パスしないで……お願いだから……。
い、いや。まだだ。まだ帝先輩がいる。眞妃さんはダメでも彼にクリスマスパーティーに誘ってもらえれば──!
「インドには帝も来るから、楽しい三人旅になりそうね」
「な・ん・で! 帝先輩は冬の大会が間近なんですよ!? 夏のリベンジを果たそうと努力してるんだから水を差さないであげてください!」
「私もそう言ったんだけど、あいつ聞かなかったのよ。『姉さんが一人でインドに行くのなんて見過ごせない』って言うの。いつまでも姉離れできないなんて、ほんとお可愛いやつだこと」
先輩、見過ごしてくれ! 麗しき姉弟愛とか今はどうでも良いから! そしてブッダは家庭を捨てて修行したんだぞ頼むから眞妃さんもそうしてくれ……。
「命と旅行、楽しみね!」
「あ……あ……!」
もう駄目かも……。
雁庵さんは倒れるし、かぐやさんはこのタイミングで兄と付き合いそうになるし、何より新年が近づいてきている。
年明けには四宮家の会合があるんだぞ。雁庵さんのいない四宮の方針を決める大事な会合だ。ここで私が成果を示せなければ、今までやってきた努力はすべて水の泡。
四宮と四条の和解構想は棄却され、管理されない闘争による無意味な潰し合いが開始されてしまう。そんなゴタゴタの中でかぐやさんと兄の結婚が認められるはずがない。
「現地では日本語に熟達したガイドさんがしっかりサポートしてくれるから、初海外でも安心しなさい」
あなたがインド旅行に行くせいでな! だと言うのに楽しそうに語ってんじゃないよ!
「──いいえ、眞妃さんをインドに行かせるわけには行かない……!」
「え、はぁ? いきなり何を言いだすの……?」
説得してやる。私はあの四宮雁庵さえも丸め込んだんだ、お前のような小娘なんて毛糸玉のように軽々と掌で転がしてやろう。
私はインド行きなんて、絶対に認めないんだから……!