プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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59.白銀命は泊まりたい(下)

 

「眞妃の家のお風呂、ほんとに広いよね。私初めてきたとき温泉旅館かと思ったもん」

 

「本当に温泉を引いてるわよ。平安時代にはこのあたりに貴人が湯治に来てたらしいわ。もっとも戦前は枯れてたんだけど、噂を聞いた四条家家祖が山から源泉見つけて引っ張ってきたのよね。我が先祖ながらアホだと思うわ」

 

先に更衣室に入った二人の会話を聞きながら、私は二の足を踏んでいた。

 

「命、あんた入らないわけ?」

 

眞妃さんが訝しげに聞いてくる。

 

「入ります。けど、その前に二人には見てほしいものがあるんです」

 

私は意を決して一歩踏み出した。

 

「見てほしいもの? 今じゃなきゃだめなのかしら?」

 

「はい、今だからこそ」

 

「別に構わないけど。命さんが見せたいものってなにかな?」

 

「隠さずに言えば、私の裸ですかね」

 

「「……」」

 

サッ……と二人が更衣室の端に寄る。

 

「ご、ごめんなさい私異性愛者(ヘテロセクシャル)なの。だいたい彼氏いるからそういうのは眞妃に……」

 

「渚、私を売るつもり!? わ、私だって異性愛者よ。命、今どきそういう多様性は認められるべきだとは思うけれど、私をそういう目で見るのはやめてほしいというか……」

 

「いや、違います。別に裸を見せて興奮する変態とかじゃないですし、私だって異性愛者ですよ」

 

その明らかに『ホッ……』って顔するのやめろ。

 

「じゃあなんなのよ。裸を見ろだなんて唐突すぎて意味が分からないわ。ここは銭湯じゃないんだから別に体にタオル巻いたって怒られないのよ?」

 

「……少し、私の過去を聞いてくれますか?」

 

私は体を見せる前にまず過去の話をすることにした。

 

二年弱前に交通事故に遭い、体にたくさんの傷と障害を負った話だ。

 

「だから、私は一人でお風呂に入れないんです。使用人の人に頼んでも良かったんですけど、この話は信頼できる人だけにしておきたくて……」

 

「そうだったんだね。分かった。私たちが命さんの入浴を手伝ってあげるから。ね、眞妃」

 

「そういうことなら仕方ないわね。ほら、早く脱ぎなさいよ。待ってるこっちは寒いんだから」

 

「……どうか、怖がらないでくださいね」

 

そして私は、二人の前で仮面を脱いだ。

 

「えっ……」

 

「うそっ……」

 

髪は後ろで束ね、義眼を取り外す。全身に厚く塗った化粧を落とせば痛々しい傷と縫合痕が露わになり、そして。

 

「あの、義足替えなきゃなので、支えてくれませんか」

 

「「……」」

 

二人が何も言わず私の肩を支えてくれたおかげで、倒れることなく義足を替えることができた。

 

普段つけている義足のままお風呂に入ると劣化が早まるから、入浴専用のものに替えなきゃダメなんだよな。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「痛みとかはないの……?」

 

「ありません。たまに幻肢痛はしますけどね」

 

「誰が、あんたをこんな目に……ッ。教えなさいよ、そしたら私が……!」

 

「眞妃さん」

 

私は強く拳を握りしめる彼女の手を取った。

 

「相手との示談は済んでます。これは終わった話なんです。私は眞妃さんにどうにかしてほしくてこの姿を見せたわけではありません。ただ、隠しておきたくなかっただけ。二人は、友達だから……」

 

「……分かったわ、命。困ったことがあれば言いなさい。私が力になるわ」

 

「私のことも、いつでも頼ってね。命さん」

 

「その言葉だけで、私は嬉しいんです。ありがとう」

 

二人はこんな醜い私を否定することなく、ただあるがままに受け止めてくれた。

 

私は本当に、友達に恵まれている。

 

「背中流すね?」

 

「髪は私が洗ってあげるわ」

 

「そ、そんなにしてもらわなくても……あ、さすがに前は自分で洗いますから!」

 

その後の二人がまるで赤ちゃんを世話するような態度になったことは大変だったけど。

 

 

 

「「「ぷはー!」」」

 

お風呂から上がった私たちは寝室へと移動し、それぞれが飲み物を楽しんでいた。

 

お風呂上がりと言えばやっぱり。

 

「麦茶ですよね」

 

「牛乳よね」

 

「オロポだよね」

 

「「「は???」」」

 

聞き捨てならないが?

 

「お風呂上がりと言えば麦茶でしょう。麦茶。冷えた麦茶が喉を通った時のあの感覚を知らないんですか?」

 

「お風呂上がりと言えば牛乳に決まっているわ。この瓶牛乳の特別感が良いのよ」

 

「いやいやオロポだよ? 二人ともサウナ上がりに飲んだことないの? もうほんっとに最高なんだから」

 

「なんかおっさん臭いですね」

 

「お、おっさん!? 乙女に向かってなんて言い草を……! だいたい冷えた麦茶なんていつでも飲めるでしょ、わざわざお風呂上がったときに飲む特別感はないよ!」

 

「そうね、渚がおっさん臭いなら命は貧乏臭いわ」

 

「超えちゃいけない一線超えましたね、眞妃さん。他人の家庭環境には触れちゃダメなんですよ?」

 

「どうせ眞妃だって胸のために牛乳飲んでるだけでしょ。そのくせこの中では一番胸小さいよね」

 

「な、なんですって!? 胸の話は関係ないでしょ!」

 

「揉める胸がないなんて、将来の彼氏がお可哀想なことです」

 

「うるさいわね、あんたこそ身長伸ばすために牛乳飲みなさいよ。このチビ! 胸ばかりに栄養が行って!」

 

「さ、触るな変態! 片足が無くなってから身長が伸びなくなって、栄養の行き場がここしか無くなったんですよ。悪いですか!?」

 

「誠にごめんなさい」

 

「ノーコメントで」

 

あ、やべ。雰囲気暗くしちゃった。

 

「や、やだなぁ。ジョークですよジョーク。身体欠損ジョーク」

 

「あんたそれ他所では絶対やめときなさいよ」

 

「逆ノンデリすぎて怖いよ……」

 

ごめんて。

 

「ま、それはそれとしてあんたどうすんのよ」

 

「……? 私に言ってます?」

 

「他に誰がいるのよ。帝に告白するんじゃなかったの?」

 

げ、言わないでよ。その話題に触れられることなく明日のパーティーを迎えられるものだと思ってたのに。

 

「え、命さんって帝くんのことが好きなの!?」

 

「いやだからあれは冗談って……」

 

「良いじゃん、聞かせて聞かせて! 私恋バナしたかったんだー!」

 

なんか面倒な流れになってきたぞ。

 

「人に聞くならまずは自分から話してくださいよ」

 

「私と翼の馴れ初め? それはね……」

 

「その話もう10回は聞いたからやめて。本当にやめて」

 

「じゃあ眞妃さんが話してください」

 

「あんた私の恋愛事情知ってるわよね、ぶち転がすわよ?」

 

「人の恋路には口出しするくせに。良いですよ、転ばしてみてください。私は簡単に転ぶような体ですけど」

 

「ごめんなさい」

 

「命さんのカウンターが無敵すぎる……」

 

舐めんな、こちとら手帳持ちだぞ。ネット掲示板のレスバで絶対に勝てる神器を持ってるんだからな?

 

はーはっはっは……はぁ。虚しいからやめよう。

 

「で、実際のところどうなのかな? 帝くんと命ちゃんは知り合ったきっかけってなに?」

 

「あ、渚。その話題は──」

 

「中学でこの見た目の異質さと立ち回りをミスしたせいでイジメられてたんですけど、帝先輩が助けてくれました」

 

「お、おうふ……」

 

「ほら、やっぱり。命は危険物なんだから十分注意して取り扱わないと火傷しちゃうわよ?」

 

人を爆発物かなんかだと思っていらっしゃる???

 

「じゃあ帝くんは命さんにとってヒーローなんだね!」

 

「意地でも恋バナを継続するつもりですか!?」

 

「だって気になるもん。たとえこの身が傷つこうと、欲しいものには手を伸ばすよ!」

 

「渚、あんた漢よ」

 

仕方ない。その覚悟に免じて、少しは付き合ってやろうではないか。

 

「ヒーローって大げさすぎる気もしますけどね」

 

「実際どんな風に助けてもらったの?」

 

「あれは夏の夕方でした。女子トイレで水を被せられ、義眼も義足も奪われた私は這う這うの体でトイレから抜け出したんです」

 

「いきなり重いの来たわね……」

 

「だ、大丈夫、まだ耐えられるよ……続きは?」

 

「トイレを出るまでは壁を支えに片足で進めたんです。だけど外に出たときにバランスを崩して倒れちゃって。そのときに思いましたよ。『ここで死んでやろうかな』って……」

 

「渚、引き返しましょう! これ以上は本当にまずい気がするわ!」

 

「かはッ……大丈夫だよ眞妃。ただの致命傷だから」

 

「渚、あんた腹を撃たれたのね……!? 今すぐ止血を……衛生兵──!」

 

「いや辛いのはここまでですから。それで地面にぶつかると思って目を瞑ったんですけど、その時誰かが私を支えてくれたんです。その助けてくれた人が先輩でした」

 

「へぇ、やるじゃないあいつ」

 

「きゃ──! これは好きになるよ! 好きになっちゃうよ!? てことは一目惚れってこと!?」

 

「一目ぼれじゃないです。最初見たときはいじめっ子の仲間だと思ったので。れ、レイプされるのかなと……あとそもそも惚れてないです」

 

「眞妃、故郷にいる翼に伝えてくれる? 愛してるって──」

 

「死ぬんじゃないわよ、渚──!!!」

 

君たちは恋バナをしたいの? それとも戦争映画のワンシーンを再現したいの?

 

「だけどすぐ勘違いだって分かりました。先輩は水で濡れて冷たくなった私の体に自分のジャージを被せてくれたんです。それから保健室まで肩を支えてくれて……」

 

「眞妃、私は最新の蘇生技術によって復活したよ」

 

「世界観が第二次大戦から宇宙戦争に一気に進んだわね」

 

『月面戦争☆KAGUYAWar.2nd! 〜メカカシワギの逆襲〜』。近日公開しない。

 

「というか、凄い出会い方だね。運命的っていうか、好きになっちゃうのも仕方ないっていうか、どうして今まで告白しなかったの?」

 

「別に……私は帝先輩のことを恩人のように感じてますけど、異性として好きなわけではないですよ。それに、あの人にはもう好きな人がいるって知ってますから」

 

「諦めちゃだめ! 帝くんに好きな人がいても今はフリーなんだから、とにかくアタックしないと取られちゃうよ!」

 

「そうね。本当に渚の言う通りね。だからあんたもちゃっちゃと告白しなさいな。恋愛は告白してからがスタートと言っても過言じゃないのよ。ははは……」

 

眞妃さんが死んだ目で笑っている。暗黒面に落ちようとしているのだろうか。おのれ暗黒皇帝カシワギーン! よくも眞妃さんの心を弄んだな!

 

「しませんよ。向こうは私のことを恋愛対象として見てないでしょうし。高校生と中学生ですよ?」

 

「3歳差なんて大人になれば普通だよ!」

 

「それに、私は欠け身の女ですし……」

 

「だからこそ頼りになる男が必要なんじゃないの。帝は将来の四条を背負っていく男なんだから、頼りがいがあるわよ?」

 

そんな平安時代みたいな理由で恋愛したくないよ。

 

「それに何度も言ってますけど、私は先輩に恋なんてしてないですから」

 

「じゃあ想像してみて。帝くんに彼女ができて、幸せそうにしてたらどう思う?」

 

「どうも思いませんよ。むしろ恩人が幸せになって、うれしい、くらいで……あれ、目から汗が……」

 

「全然大丈夫そうじゃないね!?」

 

人体って不思議だなぁ……。

 

「なら逆の想像をしてみなさい」

 

「逆?」

 

「あんたが帝の彼女になった姿を想像するのよ。それから大人になって、結婚して、子供ができるでしょ。その子供が大きくなるのを見届けて、互いに年を取って、そして死ぬまで一緒過ごす……どう? 何か感じるんじゃないかしら」

 

「どうって言われても」

 

私は言われた通りに想像してみた。

 

彼氏になって、毎日手を引いてくれて、私が倒れそうになると支えてくれる先輩。

 

結婚して、子供ができて……先輩の名前は凄いから、子供にも大層な名前つけそうだな。皇帝の皇とか。

 

そして時は過ぎ、互いに年を取っていくけれど、先輩はずっと側にいてくれて。

 

だけどある日、朝起きると彼の体が冷たくなっていて──。

 

「こんな私に付き合わせてごめんなさい。あなた……うぅ……愛してるわ……」

 

「死んじゃった!? よもやそこまで!? それで好きじゃないは無理があるんじゃないかな!?」

 

「好きじゃないですよ……」

 

「いや絶対好きでしょ!」

 

渚さんが私に詰め寄る。

 

「す、好きじゃないです!」

 

「命の嘘つき、好きって言いなさい!」

 

そして眞妃さんまでもが私に詰め寄る。

 

「だから好きじゃないですって!」

 

「帝くんのどこが好きなの!」

 

「私が困っているときに手を差し伸べてくれるところが………あ」

 

私は思わず手で口を塞いだが、時既に遅しだった。

 

「ほら好きじゃん!」

 

「正体現したわね」

 

顔に血が上るのを感じる。きっと真っ赤に染まっていることだろう。

 

そうか、私って先輩のことが本当に……でも、先輩は年上趣味で好きな人がいるし、私は四宮家の人間だし、何より身分が違いすぎる。叶わぬ恋でしかないと言うのに。

 

「なんで二人ともそんな意地悪するんですか! こ、告白したところで振られるのがオチなのに、なんで……!」

 

「そんなの、やってみなきゃ分からないわよ」

 

「そうだよ、命ちゃん! 今から帝くんを呼び出して告白しに行こう!」

 

「さらっと『ちゃん』呼びなんてして! 行きませんから、絶対に行きませんから!」

 

私は布団を被って籠城戦に移行した。

 

「はぁ、なら仕方ないわね。命、ゲームで決めましょう」

 

「ゲームですか?」

 

「一対一で、私とタイマン。私が勝てばあんたは帝を呼び出す。あんたが勝てばもう何も言わない。変なお節介もやめるわ。渚もね」

 

それならまぁ、良いかな。私は布団から体を出した。

 

「……ルールはコチラで指定しても良いですか」

 

「良いわよ。と言っても簡単なものにしなさい」

 

「ではポーカーで。潔く運で決めましょう」

 

「それで良いわ。イカサマは禁止。渚は審判をしなさい」

 

「うん、分かった」

 

これで良い。眞妃さんは自分から言い出したのだから、負けたら約束を守るだろう。あとは、私の運に任せていれば良い。

 

はず、だったのに。

 

「えっと、眞妃がロイヤルストレートフラッシュで命ちゃんがツーペアだね」

 

私は負けてしまった。

 

そして奇しくもその時、スマホの通知が鳴る。

 

メッセージの送り主は先輩だった。

 





『少し話がしたい。中庭に来てくれないかな』

心臓の音が、うるさい。
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