プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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60.四条眞妃は見届けたい

 

「自分の心に正直になりなさい。嘘なんてついたら私が許さないんだから!」

 

そう言って私は彼女を送り出した。

 

白銀命、私の年下の友達。

 

初めて会ったのは夏だったわね。弟の大会を見に来てやったのにあいつが中々見つからないから探していたら、帝と楽しそうに話すあんたがいた。

 

てっきり私は、帝に悪い虫でもついたのかと思ったわよ。四条家の名に羽蟲のごとく吸い寄せられる輩はごまんといる。甘い蜜を吸おうとするやつらがね。

 

でも、話してみればとても良い子だった。

 

それから仲良くなって、夏の終わりに一緒に茶屋巡りなんかしたわね。

 

日本茶やアフタヌーンティーだけじゃなく、インド茶や中国茶、変わり種だとモンゴル茶の店にも行ったわね。懐かしい。

 

体育祭で噂を聞いた時なんかは驚いたわ。悪い噂のある一年の男のために周りを巻き込んで一芝居打ったって噂。

 

その後納得したわよ。あんたが御行の妹だと知って。あいつは一年の生徒会選挙で大立ち回りをしていたから、似たもの兄妹ね。

 

「眞妃、ここから二人の様子が見えそうだよ」

 

「ナチュラルに観戦しようとしてるじゃない、渚。まぁ私もするけど」

 

渚と共に二階のバルコニーから中庭にいる帝と命を見守る。

 

「なんて言ってるの?」

 

「ちょっと待ちなさい、今双眼鏡で見てるから」

 

暗いと読唇術の精度が落ちるのよね。

 

「うん、まだ雑談してるみたいよ。『呼び出してごめん』とか『私からも話したいことがあった』とか」

 

「なんか、初々しいね」

 

あんたと翼くんは忘れた感覚でしょうね。

 

私は幼等部からの友人である柏木渚の横顔を見てため息をついた。

 

ずっと私の後ろをカルガモの子みたいについてきて、私の真似をしてたくせに、まさか好いた男を取られることになるなんてね。昔の私じゃ想像もつかなかったでしょうに。

 

あぁ、壁ダァン事件の前に戻れたらなぁ……。

 

「命はそんな後悔するんじゃないわよ」

 

「眞妃? 何か言った?」

 

「別に」

 

見てみなさいよ。あんだけ否定しておきながら、帝の前では一端の乙女の顔を出すんだから。

 

私が今回命にお節介を焼いたのは、どこか自分の後悔を晴らしたいという気持ちがあったからだろう。

 

命は帝に恋していたけれど、相手に想い人が既にいることや身分が枷となって心を押し殺していた。

 

それを見てたら、放っておけるわけないじゃない。

 

それに……今日初めて教えてくれた、あいつの過去。あんな傷を抱えてきたんだから、その分幸せにならなきゃ不公平ってもんよ。

 

「み、帝くんが命ちゃんの手を掴んだよ! 今何言ってるの!?」

 

「揺らさないで見えないから!」

 

えーっと、なになに?

 

「『夏に言えなかったけど、命には大事な話がある。俺と──来年秀知院に来ないか』だって。はぁ、まぁそんなことだろうとは思ったわよ」

 

「え、帝くんが秀知院学園に来るの?」

 

「サッカーが一区切りついたら行くって親と約束してたのよ。今回の冬の大会が終われば、あいつは三年次に転入してくるわね」

 

あーあ、女の子を呼び出しておいて何言ってるのよあいつ。ほら見なさいな。命がポカンと間抜け面してるじゃない。

 

ま、私は帝に命への恋愛感情なんて無いって分かっていたけどね。あいつはあいつで、かぐやおばさまへの後悔を命に重ねて晴らしているだけだもの。

 

「命ちゃんは何て言ってるの?」

 

「『はい喜んで』だって。それと『もともと秀知院学園には行くつもり』だったそうよ」

 

「そっか。帝くんは別に告白のために命ちゃんを呼び出したわけじゃなかったんだね。余計なお世話だったかな……」

 

「んなわけないでしょ。よく見てなさい、次は命の番なんだから」

 

たしかに帝は命のことを恋愛対象としては見ていない。今はね。けど、ここから命が告白すれば、あいつだって多少は意識するはず。そうやって初めて、恋愛のスタートラインに立てるのよ。

 

「あ、命ちゃんがこっちに気づいたみたい」

 

「『どうしたら良い』……? うわ、あいつ私が読唇術使ってるのを読んで唇の動きで聞いてきやがったわ。なんで分かるのよ」

 

私と渚はゴーサインを出す。それを見た命は意を決して帝に語りかけた。

 

『帝先輩は、どうしてそこまで私にしてくれるんですか』

 

『……正直、あの学校だと君は居づらいじゃないかって思ってさ。だったら秀知院学園に来れば』

 

『そういう事じゃないです。私のことなんて放っておけば良いのに、どうして手を差し伸べてくれるのか聞いてるんです』

 

『それは……君が大事だからだ』

 

「きゃー! 大事だって! 大事だって言ったの!?」

 

「だから揺らさないでよバカ渚!」

 

行儀良く鑑賞できないなら追い出すわよ!?

 

『大事ですか。先輩はいつもそうやって私のことを気にかけてくれますよね。そんなとき私がどう思うか分かりますか?』

 

『えっと……?』

 

『──好きだって思うんです。帝先輩があの夏の日に支えてくれたときからずっと、あなたに助けられるたびに、私はあなたのことを好きになってしまった』

 

「よっしゃ──!!!」

 

私は思わずガッツポーズした。

 

「なに? も、もしかして成功した!? お、教えてよ眞妃!」

 

「今良いところなんだから黙ってなさい!」

 

私は双眼鏡を構え直した。

 

『好きです、帝先輩。私をあなたの恋人にしてくれませんか……?』

 

「ド直球ストレートな告白! やるわね命、私だったら恥ずかしさのあまりのたうち回ってるわ……」

 

「壁ダァンも悪くなかったけど、ああ言って言葉だけで思いを伝えられるのもすごく良いと思うなー!」

 

俯きがちに顔を赤らめ、上目遣いで帝の手を掴む。低身長を武器に可愛さを前面に押し出してるのね、強かな子だわ。

 

「帝くんはなんて!?」

 

「今見てるから待ちなさい……」

 

私はまた双眼鏡を構え直した。

 

そして──困ったように眉尻を下げる弟の顔が見える。

 

「あ……」

 

これは、まずい。告白は失敗だろう。でもそれだけじゃない。

 

私もあいつも昔からモテる。告白だって何十回とされたけど、全部断ってきた。だから相手にきっぱりと諦めさせるために、そういう技を極めているし、それが身に染み付いている。

 

『ごめん、命のことは大事だし、好きだよ。だけど正直──』

 

だからこのままだとあいつは、有象無象に対する断り方と同じことをしてしまう。

 

『──妹、みたいにしか思えなくて……』

 

命にとっては一世一代の愛の告白だ。だけど帝にとっては何度だってされた愛の告白の一つに過ぎない。

 

『そう、でしたか……』

 

『それに俺は、君を初恋の人と重ねて見てる。そんな状態で付き合うのは不誠実だろうし……』

 

最悪の断り方だ。妹扱いという『恋愛対象外宣言』に加えて、初恋の人を重ねていたという『特別な人がすでにいる宣言』。あいつなりに自分の心に正直に答えたつもりなんだろうけど、でも命の心は……。

 

『ふふふ──あはははは……っ!』

 

『め、命……?』

 

『なーんて、そんな困った顔しないでくださいよ! 私だって告白が受け入れられるとは思ってないですって。これは眞妃さんにゲームで負けたせいでやらされた罰ゲームなんです』

 

『そうだったのか』

 

『はい、なので文句は眞妃さんに言ってくださいね。先輩』

 

『まったく、姉さんには俺から言っとくよ』

 

『あはは、先輩の意外な反応が見れて楽しかったですよ。それじゃあまた明日、おやすみなさい』

 

「渚、命が帰ってくるわ。ドアを開けて待ちましょう」

 

「え……だ、駄目だったの?」

 

それから一分も経たないうちに、命は帰ってきた。顔に無理矢理笑顔を張り付けて。

 

「命、頑張ったわね」

 

「駄目だった……ごめんなさい。眞妃さん私……!」

 

ほとんど転ぶように命が私の胸に飛び込んでくる。

 

「大丈夫よ。今回の件であいつは命を意識するようになるはず。これからはあいつから告らせるように……」

 

「違うの、違う! 私嘘をついちゃった! 正直に言えって言われてたのに、『罰ゲーム』だなんて保険かけて……ッ!」

 

笑顔の仮面が、涙とともにポロポロと剥がれていく。

 

「バカみたい……っ! 今まで散々気づかないふりしてたくせに、いざ告白となればこんなに傷ついて……もっと、もっと頑張っておけばって後悔して……!」

 

「命ちゃん……」

 

「ボクが……ボクがもっと頑張っていれば……帝先輩に好きになってもらえたかもしれないのに……!」

 

「大丈夫よ。明日から──」

 

「明日がタイムリミットだったんだよッ!!!」

 

命の慟哭が部屋に響く。

 

「……ごめんなさい、二人ともありがとう。私はもう寝るから、おやすみ……」

 

「……命」

 

「眞妃ちゃん、今はそっとしてあげよう」

 

私の伸ばした手は、渚に止められてしまった。

 

「あああああ────!!!!!」

 

布団からくぐもった泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

渚の言う通り、余計な御世話だったのだろうか。いや、そんなことないはずよ。

 

だってそうでしょう。あいつはまだ命に握られた手を見つめて、今も中庭に立ってるんだから。

 

その告白はきっと、あいつの心に残ったわ。今はそれで良い。

 

 

 

 

 

はず、だった。

 

 

 

 

 

「おはよう、命。あんたもう大丈夫なの?」

 

パーティー会場にて、少し遅れて登場した命の姿はとても美しかった。

 

白雪のような髪とドレスが重なって、会場の中で輝く月のように見える。

 

「おはようございます、眞妃さん。それに四条(・・)先輩も」

 

「命、その昨日はごめん……」

 

「昨日……? 何かありましたっけ。あぁ、罰ゲームのことですか? もう、眞妃さんのせいで先輩が凹んじゃってるじゃないですかー!」

 

「え、えぇ。そうね。ごめんなさい帝、私のせいで」

 

なんで、そんな何事も無かったように切り替えられるのか私には理解できなかった。

 

「二人とも暗い顔してどうしたんですか! 今日はクリスマスパーティーなんですから、楽しんで行きましょうよ!」

 

「そ、そうね」

 

「お、おう。まずは父さんにあいさつに行くか」

 

私たちは三人並んで、父のもとに向かう。

 

「おはようございます、お父様」

 

「おはようございます、父さん」

 

「来たか二人とも。今日は四条家の顔繋ぎは良いから、友達と楽しく過ごしなさい」

 

「おはようございます。四条グループ代表、四条真琴さん」

 

「あぁ、命さんもおはよ──」

 

 

 

 

 

「私は白銀命、本日は四宮家当主四宮雁庵及び次期当主黄光の名代として参加させていただくことになりました。こちらの書簡に四宮と四条の関係改善を求める両名の言葉と和解案が記されております」

 

「──は?」

 

「どうぞ、皆様を集めて話し合ってください。私はいくらでもお待ちいたしますので」

 

分からない。なんで、あんたが。

 

「両グループ及びこの国のより良い未来のために、色良い返事を期待しております。ふふふ──」

 

四宮家の人間みたいな、冷たい笑みを浮かべてるの……?

 





夢を見る。

心の奥底で封じられた扉が開かれる夢だ。

そして中から現れた少女が言った。

「ごめんね。でもしょうがないじゃん。『ぼく』たちの心を傷つける思い出には全部、蓋をしてないと」

やめて、それは、それは取らないで。

「それにこんなものを抱えたまま四条との交渉なんてできないでしょ。だからこれは、必要なことなんだよ」

忘れたくな──。



朝日に照らされ、目が覚める。

「あれ……なんで泣いてるんだろう。私」
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