私の爆弾発言によって四条家の面々は騒然となった。今は別室で会議をしているらしい。
クリスマスなのにお仕事させてごめんね。でも仕方ないじゃん。君らが一堂に会するのってここくらいしか無いんだもん。
「ずいぶん落ち着いてるのね」
「眞妃さん」
私がパーティー会場の隅で一人グラスに入ったソフトドリンクを飲んでいると、眞妃さんが近づいてきた。
「いつから四宮家と組んでたの」
「夏の終わりからですね。ちょうど先輩の大会が終わったあとです」
「そう、四宮家と組んでる理由は?」
私は曖昧に笑って顔の右を指でトントンと叩いた。
「なるほどね、治療費の肩代わりでもされたのかしら。胸糞悪い連中だわ。あんたを利用するなんて……」
「私はあなたたちを利用したのに、私のために怒ってくれるんですね」
「私は、あんたのことちゃんと友達って思ってるわよ。利用されたなんて思ってない」
「姉弟揃って優しいんですね」
もっとも私は、その優しさにつけ込んだわけだが。
「帝のことだって本気だったでしょ。あの涙がウソだったなんて信じられないわよ」
「先輩のこと……? 涙……?」
頭が痛む。寝不足だろうか。
「はぁ? あんた寝ぼけて──」
「白銀様、真琴代表がお呼びです」
眞妃さんと私の間に割って入るように、使用人が私を呼びに来た。
「すぐ向かいます。眞妃さん、友達って言ってくれてありがとうございました。私も、あなたのことは友達だと思ってます」
「待ちなさい……!」
「でも、私は四宮家の使節として来ているんです。仲良くできるのも……今日で最後かもしれませんね」
私はそう告げて、別室へと向かった。
「認めないわよ私は。四条だから四宮だからって、おばさまだけでなく命とも離れなきゃならないなんて……!」
「眞妃、ちょっと良いかな? 翼が相談したいことがあるって」
「……翼くんから?」
「うん、眞妃ちゃん。命さんのことで話があって──」
「失礼いたします」
部屋に入ればそこは会議室であった。大きな長机を囲むようにして老人たちが座り、一番奥には四条真琴さんが座っている。
四条家の幹部が勢揃いだな。
「私を呼んだと言うことは、返事は決まったと言うことでよろしいでしょうか?」
返事はない。誰もが私から顔を逸らす。え……決まってないのに私を呼んだの? なんで???
「あの、まだ決まっていないのでしたら私は外で待っていますから……」
「四宮家のことなど信用できない!」
一人が席を立って叫ぶ。
「かつて散々非道な手を使って成長してきた四宮家が今更それを改めて、和解しようなどとはおかしいではないか!」
「別に何もおかしくはありません。四宮家当主雁庵が倒れたこのタイミングで敵対する四条との和解案が浮上するのはごく自然なことです」
「我々を追い出しておいてよくも言う! 老人一人が死ねば四宮の罪が清算されるとでも言うのか!?」
「私たちは許しを請いに来た覚えはありません。和解案を持ってきただけですよ。四条家の目的は四宮の非道なやり方を改めさせ健全な日本経済を構築することでしょう? それに寄り添おうと言うのです」
「四宮が存続したままの健全な財界などあり得ない!!!」
ごちゃごちゃうるさい老人たちだな。
「では四宮のことは信用できないから、交渉は決裂と言うことでよろしいのですか? このまま全面戦争をお望みで?」
「そうは言っていない!」
「貴方方が先ほどからおっしゃっていることはそういうことです。これまでの四宮が信じられないから、これからも信じられない。四宮の体質を鑑みればそのようにお考えになるのも無理はないと思いますが、しかしそれで多くの犠牲を出しても良いのですか? 雁庵が死んでも、四宮は巨体です。互いに落としどころを探るのが良いと私は思うのですが」
そう言うと彼らは唸り声を上げて黙り込む。まぁそのくらいは分かっているだろう。ただ頭で納得はできても、感情では納得できないんだな。
「別に四宮家としてはこの和解案を蹴っていただいても構いませんよ」
「全面戦争は避けたいのではなかったのか……?」
「はい。ですので断られた場合は四条家以外の有力財閥に話を持ちかけ抑止力として機能してもらう予定です。雁庵亡き後の四宮はその巨体を維持することはできない。であればどこかで身を削らなければなりません。そしてその削られた垢でさえ求める輩はごまんといる」
四宮は日本四大財閥の一角で、そしてその中でも最大の企業グループだ。残り三つの誰だって、四宮の体を食い千切ろうと必死である。話を持ちかければ簡単に乗るだろう。実際代表者に会ってみたところ、感触は悪くなかったしな。
「それに日本経済に食い込みたいのは四条だけじゃないんですよ。アメリカにだって財閥はあります。金融、物流、資源、情報で莫大な財を築く彼らが四宮を橋頭堡に日本に乗り込めば、たとえ四条家が四宮家を降したとしても……獲得できる陣地はいかほどでしょうかね?」
「脅しのつもりか?」
「いいえ、単なる想像です。アメリカだけじゃありませんよ。急激に力を伸ばしつつある中国の巨大企業群や中東のオイルマネーファンド。西欧やロシアだって四宮の空いた穴を虎視眈々と狙ってくるでしょうね。日本は太平洋から見てユーラシアの玄関口ですから」
感情で納得できないなら、納得できる理由を提示してやろう。
「四宮を潰すことが本当に日本のためになるのか、今一度よく考えていただきたい」
さて、もうしばらく会議のための時間が必要かな。であれば私は退散させてもらおう。
「日本のためね……その口で良くも言えたものだ」
そう思って部屋を出ようとしたとき、一人の男の声が耳に入った。
「どういう意味でしょう?」
「若君に取り入った小娘が言うセリフか? 女狐……いや、四宮家の走狗とでも言おうか。どうせはじめからこの場に乗り込むために若君に色目を使っていたのだろう。忌々しい。結局、四宮のやり方は変わっておらんではないか!」
「それは侮辱ですか? 訂正と謝罪を願います」
「いいや単なる事実だ! だいたい若君も、四宮家の狗を侍らせるなど何を考えているんだ。少し甘過ぎるのではないかな? これでは次期当主などとても……」
老人たちの目線が代表の四条真琴さんへと向かう。
四宮家の強みは君主制にあり、同時に弱みも君主制にある。だとすれば四条家も同じだ。強みも弱みも合議制にあるのだろう。
これが四宮家なら、雁庵さんが不調法者を睨んで終わりだ。
そうだなぁ……組織をつぶすには、自壊させるのが一番楽だ。内部に火種を作るべし。『分断して統治せよ』……ローマとイギリスの二大世界帝国を支えた言葉だ。
その言葉にあやかり、私も火をつけさせてもらおう。
「訂正と謝罪がないのでしたら、結構。四条真琴さん、交渉は決裂ということで私は帰らせていただきます」
「待ってくれ、グループを代表して私が……」
「代表できるほどの統率があるように見えませんが。四条グループは事実上四宮家を離脱したはぐれものの寄り合い所帯、船頭多くして船山に登るとはこのことですね。体躯の大きさでは四宮に比肩しても、愚鈍で追いつけない。笑えますね」
だから、雁庵さんが死にかけたこのタイミングでちょっかいかけてきたんだろうけど。
「その言い草はなんだ! こちらこそ和解など願い下げだ!」
「ええ、僥倖僥倖。そしてあなたがたも良かったですね、嫌いな四宮家と戦うことができて」
そして、私は部屋を出る前に、この場にいる全員に聞こえるように言った。
「ここにいる全員の顔は覚えましたから! 戦争が始まったら、真っ先に侮辱をしてきた人の会社から潰しますね!」
「──!?」
「それからその家族、社員、親しい人間から路頭に迷うようにして欲しいと、私から当主雁庵に伝えておきましょう!」
「なんだと!?」
「嬉しいでしょう! 嫌いな四宮と最前線で戦えるのですから! 我が方も旧来のやり方を改められない愚図を矢面に立たせます! そうやって互いにいらない部分を処分した頃に、もう一度お話ししましょうか、四条真琴さん!」
老人たちがまたも四条真琴さんの方を見た。しかし先ほどとは趣が異なる。さっきのは疑いの視線、これは顔色を伺う視線だ。
「ま、待った!」
「待ちません! それじゃあさようなら──なーんて、ホントに帰るわけないじゃないですか」
ただしこのあと謝罪が無ければ帰るけどね。
「命さん、すまなかった。そしてあまり我々の仲間に疑心暗鬼を振りまかないでいただきたい」
「四条真琴さん、あなたはお可哀想な人ですね。合意形成のために有象無象にさぞ気を使っておられるのでしょう。うちならばそんなことせずに済むのに。四宮の次期当主が黄光さんではなくあなただったら、うちの後継者問題も幾分かマシになってたと思いますよ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「本心ですとも。邪魔なやつがいれば教えてくださいね。こちらで優先的に攻撃させていただきます」
「代表、このような娘の言葉に耳を傾けるなど……!」
「彼女は娘が招待した客だ。そんな相手に狗と言ったな。お前は娘の顔に泥を塗るつもりか?」
「──ッ!」
なるほど、甘い人間に見えて、飴と鞭は使い分けてるのか。こりゃ黄光さんじゃ敵わんね。
「申し訳ない、言葉が過ぎた……」
「はい、謝罪を受け入れます。少なくとも戦争が起きたとき、あなたの身の回りの人間を優先して狙うこともやめてあげましょう」
私がそう言うと皆が続々と謝罪を口にした。誰だって威勢の良いことは言うけれど、戦場には立ちたくないものだ。
「それから、四条先輩が甘いと言う発言も訂正してもらいます」
演出はもう十分だ、あとは真琴さんと一対一の対談の場を整えるだけで良い。
だけど、あと少しだけ演じさせてもらおう。これからやるのは私のわがままだ。
「代表、申し訳ないんですけど、肩を少し借りても良いですか?」
「……? 構わないが」
私は片足立ちをして、義足を外し、机の上へと投げ捨てた。
「なっ……何をしている!?」
「血迷ったか……!?」
黙れ。弱さを見せるのも、一つの交渉術なんだよ。
そして投げ捨てられた義眼がべチャリと水音を立て、義足の隣を転がった。
私の虚ろになった眼窩を見て、何人かが目をそらす。
「私の姿を見ろ! 四条帝は、こんな私を見かねて助けてくれたんだ! そんな彼をお前たちは甘いと言ったな? 暗に次期当主に相応しくないなどと……ふざけるなよ……!」
私の恩人を侮辱したこと、許しはしない。
「甘さだと!? 違う、あれは優しさだ! 人に手を差し伸べることは、高貴なる精神の表れなんだよ! 恥を知れ! 貴様ら程度の老害が彼を語るな!」
「命さん、君は一旦落ち着くべきだ」
「真琴さんは黙っていてください!」
一本足で揺れてバランスを崩しそうになると、真琴さんが私を支えた。助かる、これで思いっきり叫べそうだ。
「そしてその優しさにつけ込んだのは私だ! 責めるなら私を責めれば良い! そして覚悟しろ、口出ししたやつの会社から潰してやる!」
「そ、それは結局口封じでは……?」
「あぁッ!?」
私は手前に座っているふくよかなおじさんを睨んだ。
「いえ、なんでもございませんな」
彼はそう言って、湧き出る脂汗を手拭いで拭った。何でもないなら口を開いてんじゃないよ。
「先輩に比べてお前らは何だ!? 片足で立つ私に席を譲ろうともしない。今も支えてくれるのは真琴さんだけ。そんなんで日本を良くする? 健全な財界? ほざけ! 目の前の人間に手を差し伸べられない輩が、国を良くできるわけがないでしょうがッ!!!」
「あの、でしたら私の席に座りますか?」
「いえ、お気持ちだけいただきますね」
あなた良い人だね、ふくよかなおじさん。他の人に同調して侮辱的な視線とかしてこなかったし。顔覚えとくよ。
「さて、私に席を譲れない奴は未来を語るこの場にふさわしくない。部屋を出ていけ。そして私に席を譲ってくれる優しい人、今から代表と二人で話すから席を外してください」
困惑して顔を見合わせる老人たち。だからいちいち行動が遅いんだよ。
「これは四条と四宮のトップ同士の会談だ。もう一度だけ言う。出ろ」
その後、真琴さんも一声添えてくれたおかげで静かになった会議室の中で私は一息ついた。
「すいません、騒がしくしてしまって」
「いや、うちの幹部たちには良い薬になっただろう。四宮雁庵が倒れて以降、四宮家を侮る者がいた。君のような若くして当主及び次期当主から信任を受ける有能な者がいると知れば、兜の緒を締めることだろうさ」
「あらら、塩を送ってしまいましたか」
強かな人だ。この件で内部統制を強めようとしているんだな。
「ところで、隣で盗み聞きをしている人は誰ですか」
「──!?」
私の後ろの壁から息を飲む声が聞こえた。
「良く気がついたね」
「ここだけ音の反射が変なんですよ。空洞か通路になっていますよね。誰が入ってるんですか?」
「……俺だけど」
「せ、先輩!?」
忍者屋敷のようにくるりと回転した壁から出てきたのは四条先輩だった。
「全部聞いてたんですか……まぁ、別に良いですけど。それじゃあ真琴さん、私は帰りますので最後にこれを」
私は懐から書簡を取り出し、真琴さんに渡した。
「これは?」
「交渉が成功した暁に渡すようにと言われていたモノです」
「まだ和解案を飲んだわけでは無いが」
「飲むでしょう? それとも何です。この因縁を先輩や眞妃さんの代まで、あなたは引き継ごうと言うのですか?」
「……いや」
「その意思が確認できただけで十分です。それと今後四宮とのパイプは私が担いますので、連絡先は先輩から聞いてください」
私は二人に背を向けて、会議室を去った。
「待ってくれ!」
先輩の声が聞こえても私は振り向かなかった。
「命、君は──!」
一体何者なのか、だって? そんなの。
「……あなたには関係ないでしょう」
恋人でもあるまいし。
「帝、あの子は四宮家当主と次期当主の名代で来た。隣に立てる者がいるとすれば、それは四宮家と同じ家格で、かつ当主相当の地位を持つ者だけだろうな」
「僕の父さんは、命さんの主治医をしてる。詳しい病状は守秘義務があって聞いたことないけど、たぶん彼女は──記憶障害だ」
残された者たちは決意する。『白銀命から聞き出したい』と。