プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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63.白銀命は見舞いたい(下)

 

私とかぐやさんは雁庵さんのいる病室に訪れていた。

 

「お父様」

 

「あぁ、名夜竹か……?」

 

「違います。私はかぐや、あなたの娘ですよ」

 

ベッドに横たわる雁庵さんにかつての老獪な姿はなく、調子の悪いときにはボケ老人にしか見えない。

 

時の流れは残酷だな。

 

「ふむ、かぐやさんちょっと失礼」

 

私はそう言ってかぐやさんのリボンを後ろから解いた。

 

「命さん、いきなり何をするのですか」

 

するとかぐやさんの目つきがシュッと鋭くなる。

 

「あぁ、雲鷹か……?」

 

「違いますお父様、私はかぐやです。か・ぐ・や。命さんリボンを返してください」

 

「良いですよ」

 

私はかぐやさんの髪をリボンで結び、そして今度はアホ毛を立ててみた。

 

「もう! さっきから何をするのよ命さん! ぷんぷん!」

 

すると途端に丸くなるかぐやさん。

 

こういう仕組みなのね。おもしろ。

 

「あぁ、かぐやだったか」

 

「雁庵さんにとってかぐやさんのイメージはアホみたいですよ」

 

「アホ!?」

 

「じゃあ今度は猫耳つけてと」

 

ほーら、雁庵さん。猫耳かぐやさんですよー。

 

「さっきからなんなんですか。こんなことに一体何の意味が……」

 

「うっ……!」

 

ピ────。

 

「お、お父様──!!!」

 

 

 

「死にかけの老人になんてことをするんだお前は」

 

「おはようございます、雁庵さん」

 

「お父様が蘇った!?」

 

「俺ぁまだ死んじゃいないぞ、かぐや」

 

頭に血が回っているときは意識を取り戻すと聞いたからな。頭に血が昇ればワンチャン目を覚ますかと思って。

 

「それで、二人揃って何の用だ」

 

「わ、私はお父様のお見舞いにと」

 

「私はからかいに来ました」

 

「マジで帰れクソガキ」

 

嘘だよ。ちょっと耳を貸してくれ。

 

「四条との和解案が通りました」

 

「そうか……は? あの四条が本当に四宮と和解すると言ったのか? 俺が晩年どんな手を使っても口利かなかったあの理想主義の阿呆共がか?」

 

「はい、以前話した通り私は四条家子息との交友がありましたから。幹部一同が会するクリスマスパーティーに参加して、当主と直接話をつけましたよ」

 

「マジかよ……」

 

そう言って絶句する雁庵さん。

 

あなたも無理だと思ってたわけ? 黄光さんと同じ顔するんだね。少しは信用してくれよ。

 

「これで安心して死ねますね。だからあとは遺書でも書いてさっさとあの世に行ったらどうですか。待ってる人がいるんでしょ? あ、その人に会うのは無理か。だってその人は天国にいて、雁庵さんが行くのは地獄だろうし」

 

「余命幾ばくも無いジジイをいじめるとか性格悪いなお前。だが残念だったな。あいつは夜職の女だ。邪淫は地獄行きだし、地獄でも俺と連れ添うと言ってくれたぞ」

 

うわ、かぐやさんのお母さんって女傑みたいなこと言うな。雁庵さんが惚れるだけはある。

 

「地獄でも連れ添う覚悟の愛ですが、なんというか……すごいですね」

 

「お前には分からん感覚だろう。死んだら連れ添ってくれるような男もいない小娘にはな」

 

「このクソジジイ……!」

 

その挑発に私は何故か無性にイライラした。ていうかセクハラだぞ、それ。

 

ああ、私にも出会いがあればなぁ──!! そして何故か頭と胸が痛むんですけどぉ──!?

 

「あの、二人で何を話しているのですか?」

 

「あ、いえ。これはかぐやさんには話せないことなので」

 

今後一族をまとめ上げるのは黄光さんの役目。私が勝手に四条と四宮のことを話したらだめだからな。あとであのハゲから自分で聞いてくれ。

 

「そうですか……」

 

そ、そんなにしょんぼりした目しないでよ。

 

「まぁ、あれですよ。私が雁庵さんのお尻を拭いてあげたってだけですから」

 

もとはといえば四条家との確執は雁庵さんのせいだからな。

 

「おい待て。言い方がおかしい」

 

「命さんがお父様のお尻を……!?」

 

「はい、それはもう大変でしたよ。こびりついたソレを遺さないようにするのは」

 

一度生まれた因縁は簡単には解けないからな。

 

「こびりついた!?」

 

「違う。かぐや、この話はちゃんと黄光から聞け」

 

「黄光兄様もお父様の介助をしていたんですか!? わ、私もお父様のお手伝いをした方がよろしいのでしょうか……?」

 

「将来的には、かぐやさんもそうすることになるでしょうね」

 

そりゃあ、かぐやさんは将来の四宮を担う人材になるんだしさ。まぁかぐやさんが活躍する頃に雁庵さんが生きてるかは分からないけど。

 

「や、ヤングケアラーというやつですね。分かりました、お父様。手始めに入浴介助の方法を早坂から習っておきます」

 

ん? ヤングケアラー? 入浴介助? かぐやさん、もしかして何か勘違いをしてるんじゃ……?

 

「違う。それと絶対にやめろ。お前に入浴介助されたらあいつを思い出す」

 

「『あいつ』? あの、もしかしてお母様……」

 

「はーい、かぐやさん耳塞ぎましょうねー。こんなエロジジイの話は聞かなくてよいですよー」

 

私はかぐやさんの耳にそっとイヤーマフを被せた。別のお風呂の話は聞かなくて良いからねー。

 

「何をするんですか命さん」

 

「老いぼれの言葉に耳を貸さないでください。良くない影響を受けますよ」

 

「お前は俺をなんだと思ってやがるんだ」

 

「悪の四宮帝国の総帥にしてすべての元凶です。さっさと死んだらどうですか? 後始末は全部してあげるので」

 

「そこまで言われるほどお前に何かした覚えはないぞ」

 

「目! 足! クソトカゲ! ドーンだYO! これでお分かりですか、おじいちゃん?」

 

「……倒れてから些細な記憶を思い出せなくなることが増えてな?」

 

都合の良い頭してんなボケ老人。お前みたいな悪人が病院のベッドの上で死ねるだけありがたいと思えよ? 世が世なら地面に首を切り捨ててやったわクソが。

 

「ふふっ……」

 

なんてことを話している私と雁庵さんの姿を見て、かぐやさんが笑った。

 

「なんで笑うんですか」

 

「いえ、羨ましいと思っただけよ。命さんはお父様と対等に話せているから。私も、そんなふうにお父様と話ができたら良いのに……」

 

「うっ……」

 

ピ────。

 

「雁庵さんが死んだ!?」

 

「お、お父様!?」

 

そんな『きゅん……』みたいなノリで死にかけないでもらえないかな!? いや私が流れを作ったのが悪いんだけどさ!

 

「ぐっ……はぁ……名夜竹に送り返された気がする」

 

ナイスだかぐやさんのお母さん。あなたが生きていれば良い感じに四宮家の舵取りをしてくれたのかもしれないな。

 

「それでまぁ、なんだ。何でも言えば良いだろう」

 

「はい?」

 

「……俺と話したいんじゃねぇのか。かぐや」

 

「……!」

 

はぁ……ほんと、倒れてから丸くなっちゃったな。今のあなたには威圧感を微塵も感じないよ。

 

良いさ、私はこの部屋から退散してやろう。あとは親子水入らずで好きにやってくださいな。

 

そして私は病室出て、すぐ外で待っていた愛さんの隣に座った。

 

「命さん、かぐや様は?」

 

「17年越しに親に甘えてます」

 

「かぐや様が当主様と……? ダメだ、全っ然想像がつかない」

 

「盗み聞きでもしてみますか? ほら」

 

『かぐや、俺の送ったアレはあいつからもう受け取ったか?』

 

『はい。その件ですけど、お父様。初めて誕生日プレゼントを貰えたことは嬉しかったのですが、臍の緒は正直……気持ち悪いです』

 

ピ────。

 

『お、お父様──!!!』

 

「ね、上手くいってるんじゃないんですか?」

 

「明らかに聞こえてはいけない電子音が鳴っていた気がしますけど……」

 

はは、気のせい気のせい。

 

それから私たちは二人が話し終わるまでの長い間を他愛もない会話をして過ごした。

 

「ねぇ、愛さん」

 

「なんですか?」

 

「親と仲直りできるなら、した方が良いですかね?」

 

四条と四宮の因縁は一区切りついた。そろそろ私も、自分の因縁に蹴りをつけなくちゃな。

 





「え、なんですかこれ」

「これはさっき撮った写真ね。私はお父様が笑うところをみたことがなかったわ。でも、今日それを見ることができて、思わず携帯で写真を撮ってしまったの」

「……雁庵さんに何か言われませんでしたか?」

「良い写真だって褒めてくれたわ。私、嬉しくて……!」

「はは、そうですか」

私はかぐやさんのスマホに写る写真を見た。そこには売れないお笑い芸人の宣材写真みたいに写る雁庵さんの笑った顔がある。

かぐやさん、人物を撮るのド下手だなぁ。

「待ち受けにしましょうかしら。でも、そうしたら会長とのツーショットが……そうだわ! 編集で右上にお父様の顔を貼り付けてみましょう。お父様が私と会長を見守ってくれているかのようにして……どうしましょう早坂、お父様の顔が虹色に光ってしまったわ!?」

「ゲーミング当主様!? もう、貸してくださいかぐやさま……うっわ、ひっどい写真。マジウケる」

「な……っ!? そんなこと言うなら返して! 自分でやるわよ!」

「あぁ、横から触らないでください。当主様の顔がどんどん増えちゃいますから──」

うん。これはこれで味があるよな。むしろ良いかもしれん。

雁庵さんが死んだら遺影はこれで行こう!
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