プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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65.白銀──は愛したい(上)

 

私は自他共に認める、合理的な思考の持ち主である。

 

物事のあらゆるものは必要か不必要かで判断し、そこに感情という曖昧な判断基準が入り込む余地はない。

 

そういう生き方のおかげで、私は勉学において優秀な成績を収め、施設育ちにも関わらず難関大学へと駒を進むことができた。

 

ここまでくれば生まれの不利はもうほとんど関係ない。後は良い成績を残し、良い企業に就職し、良い成果を出す。

 

ただそれだけのはずだった。

 

『──さんも、この資格を受験するのか』

 

『あなたは……たしか白銀さんでしたか。同じゼミの』

 

『なぁ、俺と勝負しないか。俺が負けたら、君の言うことを何でも聞こう。ただし俺が勝ったら』

 

ある日、彼と出会った。ゼミが同じだけの男。私に言い寄る有象無象と、その日までは何ら変わらなかったのに。

 

『俺と、デートしてくれ』

 

その日、私は生まれて初めて敗北(恋を)した。

 

 

 

それから色々あって私は彼と結婚し、子供を産んだ。

 

今までの自分からは想像もできなかった生活だけど、悪くなかったと思う。

 

子どもたちは皆可愛いくて仕方ないし、夫となった彼と過ごす日々はかけがえのないものだった。

 

あなたたちが幸せだと、私も幸せ。あなたたちが悲しいと、私も悲しい。

 

私が今まで知らなかっただけで、これが愛と言うものなのだろう。自分の中で何かが変わっていくのを感じながら、私は穏やかな日々を過ごしていた。

 

夫の事業が失敗するまでは。

 

『このままでは破産するわ。従業員を切って事業を縮小するべきよ』

 

『あいつらはみんな家族みたいなもんだ。最後まで守ってやりたい』

 

分からない。彼らはただの被雇用者で、家族とは全然違うでしょう。

 

『四宮家から薬品の特許を買収したいとの声があったわ』

 

『この薬は多くの人を救うんだ。四宮なんかに渡れば金持ちしか助からないだろう』

 

分からない。世の中の人を助けるために、家族を危険に晒すの?

 

『あなた、御行が真面目に勉強してくれないの。幼稚園受験に失敗したんだから、次は小学校受験の対策をしないといけないのに……』

 

『子どもは遊ぶのが仕事だからな。仕方ないだろう』

 

『あなたからもなにか言って……!』

 

『お前は御行に期待を押しつけすぎだ。ほどほどにしないと、あいつは潰れてしまうぞ』

 

分からない。人生は最初が肝心なのよ。私は生まれで苦労した。貧困層の子どもが貧困層から抜け出すには勉学を頑張るしかない。

 

なのに、なんで分かってくれないの?

 

そして結局、事業は完全に破綻して彼は借金を抱えることなった。一般家庭としては天文学的な額と言える借金を。

 

事業は売り払って、従業員も夫も職を失った。特許も売り払って、世の中の人を助けるなんてことは夢のまた夢。そして子どもたちからは、そのお金でできたはずの多くのことと可能性を奪ってしまった。

 

くだらないことにこだわったせいで、結局何もできていないじゃない。

 

この人と一緒にいたら、子どもたちも同じ失敗をしてしまう。

 

そう考えた私は、娘たちを連れて家を出た。

 

御行を置いていったのは、その方が勉強を頑張ってくれると思ったから。あの子は私が熱心に指導するよりも、放置した方が努力する。

 

娘たちは逆で、教え込めば教え込むほどその能力を開花させていった。

 

それから、私は自分の人生を子どもたちの為に使うようになった。

 

もうあの人に期待なんてできない。養育費は自分で稼がなきゃならない。だけど御行、圭、命の分の生活費、学費を賄うには、私の稼ぎだけでは不安がある。

 

だから男を作った。若く、上流階級の人間で、遊び人。その男は親に婚約者がいるという口実を欲しがっていたので、私はその役を買って出た。

 

私は夫と籍を入れたままなので偽装にしかならないけれど、その男がパーティーに出席するときは隣で着飾ってやったわ。

 

まるで自分を装飾品のように仕立て上げるのは、最悪の気分だった。

 

だけど、我慢できる。それは必要なことだったから。

 

 

 

そうして何年かが過ぎて、娘たちが小学6年生になった頃。

 

私は二人を秀知院学園へと進ませるべく、家庭教師の役割を担っていた。

 

秀知院学園の存在を知ったのはパーティーでのこと。そこで会う貴人のことごとくがその学園のOBであり、そして子女をそこへ通わせているという名門校。

 

そこに二人が入学すれば上流階級とのコネクションを作れる上に、特待生制度による給付型の奨学金でお金にも困らない。

 

だからこれまで以上に私は、娘たちの教育に力を注いだ。

 

だけど、自分が気づいていなかっただけで、私の教育方針は破綻していたのだろう。

 

『圭、成績が落ちてしまっているわね。どうしてかしら?』

 

『……』

 

『失敗をしてしまったなら、まずは原因を見つけて対策を……』

 

『うるさいな……ッ! そんなのお母さんのせいでしょ! どうしてお母さんはそんな風になっちゃったの!』

 

そう言って圭は部屋に閉じこもってしまった。

 

殴られたかのような衝撃が頭を襲う。

 

今までは私が付きっきりで指導した方が、圭の成績が上がった。

 

でも、変わった? 私がいる方が効率が悪い? 御行と同じようにした方が良いの?

 

そこで私は、迷ってしまった。

 

『圭は、ここには相応しくないと思う』

 

娘の一言に素直に従ってしまうくらいに。

 

『大丈夫だよ、お母さん。圭の分も、私が頑張るから』

 

それからずっと、私は空回りをし続けている。

 

 

 

「ん……待って、今何時なの。しまった、今日は受験日当日なのに。命、車を出すから今すぐ準備を──?」

 

寝過ごした私が机から顔を上げると、机の上には一枚のメモが置かれていた。

 

『寝ていたからもう行くね。心配しなくても合格するから、お母さんはゆっくり休んで』

 

「……ごめんなさいね」

 

どっと肩に疲れが押し寄せてくる。

 

娘に心配をかけさせてしまったようだ。私はダメな母親である。

 

親に育てられたことのない私にはやっぱり、親の役割は向いていないのだろうか。

 

「圭と御行も、無事に受験できたのかしら」

 

夫の下に行った娘と、置いてきた息子のことを考える。もうしばらく顔も見ていない。

 

けどこんな日々も今日できっと終わりだ。三人が受験に成功すれば、一先ず安心。学費に関しては奨学金で賄える。

 

夫との関係も修復しよう。私は嫌……でもないか。とにかく複雑な気持ちではあるけれど、子どもたちにとって親が別れてる現状は良くない。

 

「久しぶりに、料理でもしようかしら」

 

私は長い間使っていなかったキッチンに立つ。命が帰ってきたら、手料理を振る舞ってあげたい。私は不器用で、味はあまり美味しくないかもしれないけれど。

 

けど、あの子は喜んで食べてくれるはず。

 

 

 

だったのに。

 

 

 

「はい、もしもし」

 

『こちらの携帯の持ち主のお母様でしょうか?』

 

命から電話が来た。まだ受験は終わっていないはず。そして聞こえてくるのは知らない人物の声。

 

背後からサイレンの音が聞こえる。

 

「はい、なんでしょうか? 娘に、命になにか──」

 

『──娘さんが交通事故に遭いました』

 





私が、寝過ごしていなければ。
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