「お医者様の診断によりますと、白銀様は愛着障害やパーソナリティ障害などの疑いがありますね。あくまで疑いなので、要観察です」
「だってよ、お母さん。自覚することが治療の一歩だから、ちゃんと治そうね。私も一緒に頑張るよ、たぶん似たようなところあるから」
「……え?」
「何度も言いますが、あくまで疑いでございますよ。まぁ、白銀様の様子を見れば疑いでは済まないと思いますが……」
「……え?」
白銀一家和解編、大幅延期!
冬休みも終盤、三学期を目前に控えた私は駅前で人を待っていた。
そう、初詣だ。鎌倉行き再びである。四条家双子に誘われてまた行くことになったのだ。今度は三人で。
「命、風邪なんて引いてないでしょうね」
「眞妃さん、あけましておめでとうございます」
「えぇ、あけましておめでとう。今年もよろしくしてあげるわ」
「……良いんですか?」
「何を遠慮してるのか知らないけれど、良いに決まってる。あんたは私の友達よ、むしろ勝手に離れるなんて許さないんだから」
「ま、眞妃さん……」
好き。私はあなたを利用したのにそんなことを言ってくれるなんて。余裕がある人ってこんなにカッコいいんだ。
ほんと、どうしてこの人に良い人がいないんだろうな。私が男だったら放っておかないのに。
「命、あけまして──」
ぷいっ。
「お、俺だけ避けられてる!?」
「当たり前でしょ。あんた自分が何したか覚えてないわけ?」
眞妃さんの後ろから四条先輩が現れたとき、私は思わず顔をそらしてしまった。
どうしてだろう、先輩の顔を見ると胸が苦しい。
「いや、あの時は傷つけるつもりじゃ」
「その件に触れんなぁ──!!!」
「ごふっ……!?」
眞妃さんの回し蹴りが先輩の横腹を貫いた。
えぇ……???
「女の子の心の傷に触れてやるな! 第一、命はそのことを忘れてるかもだから、もっと慎重に会話しろって言ったわよね!」
「いや……あれから俺も考えたんだよ。もっとよく考えて答えを出そうって」
「キープ宣言!? このヤリチンクソ弟が、死に晒しなさい!」
「あべし……!?」
忘れてる? 何の話だろうか。
「ま、眞妃さん。先輩が苦しそうなのでそれ以上は……」
「命はこんな弟にまで優しいのね。良いのよ。あんたに相応しい男は私が見繕ってあげるから、安心なさい」
「ほんとに何の話ですか?」
かくして、私たちの初詣は始まった。
「思ってたよりも人が多いわね」
「年明けですからね」
クリスマス前とは異なり、鶴岡八幡宮は私たちと同じで初詣に来る人たちで一杯だった。
「私、人混みは苦手なんですけどね……」
「大丈夫よ、私が手を引いてあげるわ。この眞妃さんに任せなさい」
「眞妃さん……」
好き。ほんと、私が男の子だったらなぁ。
「ところであのアホはどこに行ったのかしら」
たしかに、先ほどから四条先輩の姿が見えない。
「おーい」
「あ、いた。あんたどこに行って……なによそれ」
「車椅子借りてきた」
ふらっといなくなって、ふらっと戻ってきたと思ったら、先輩は車椅子を押していた。
「前に来たときに命がしんどそうだったからさ、前もって調べてたんだよ。近くで車椅子を借りられるみたいだったから、借りてきた」
「ふーん、あんたなりに気をつかったわけね。で、どうするの命?」
「いや乗りませんけど」
「え!?」
そう言って固まる先輩。
「乗らないの?」
「はい、キツイだけで自分で歩くことはできますし。車椅子に乗ったら注目を集めちゃうじゃないですか。嫌ですよ私、有象無象から憐れみの視線を向けられるのは」
それくらいのプライドと言うか自尊心はあるよ。
「だそうよ、残念だったわね。さっさとそれ返してきなさい」
「うっ、わかったよ……」
それに何より、先輩に車椅子を押してもらうなんて我慢できない。過度な補助は対等とは言えないでしょ。
私は……先輩に手を引いてもらえるだけで良いのに。
「命!? ど、どうして泣いてるのよ……?」
「あれ、私、泣いてるんですか」
頬に手を当てれば確かに濡れている。全然気づかなかった。
「やっぱり、帝と会うのは嫌だった?」
「えっと、なんでそんなことを言うのか分からないですけど、会うのは嫌じゃないですよ。ただ、先輩の手を想像したら……」
もう、私には手を伸ばしてくれないんじゃないかって、思っちゃって。
「あのね、あんたのことは翼くんから聞いたわ」
「私のこと? 翼さんから?」
「記憶障害があるんでしょ?」
「なんでそのことを!?」
たしかに、翼さんは私の主治医の田沼先生の息子だ。でも、あの人は医者としての職業倫理を守る責任ある大人だ。家族に私の話を無闇矢鱈とするはずがない。
なんでバレた?
「命が知らないところで勝手に詮索したのは謝るわ。翼くんが言うにはただの予想だったみたいだけど、その様子だと当たってるみたいね」
「予想……?」
「翼くんのお父さんが記憶に関する論文を調べていた時期が、あなたの入院した時期と当てはまっていたらしいのよ。それで気づいたみたいね」
「そうでしたか」
記憶の喪失は、私にとってそこまで隠すべきことでもなかった。少なくとも身体の欠損に比べれば。
だから私の本当の姿を見せた眞妃さんに見られたくらいで、どうとも思うことはない。
……生徒会の人たちにも、いつか秘密を明かせたらなぁ。特にミコさんは記憶のことすら知らないだろうし。
けど知ったらみんなショックを受けるだろうしなぁ。知ってほしいけど、知ってほしくない。複雑すぎてどうしたら良いか分かんないよ。
「命はイブの夜のことを覚えてるかしら」
「イブの夜……たしか一緒にお風呂に入りましたよね。そこで私が秘密を明かした」
「その後は?」
「その後……ベッドで何かを話して、ゲームして、負けた罰ゲームで私が四条先輩に告白することになった?」
あれ、あのときはどんな話をしたんだっけ。
「やっぱり、細かいところは覚えてないのね」
「あの……?」
「なんでもないわ。けど、一つだけ覚えておいて。あんたが記憶のことで困ったり、苦しくなったら、私が支えてあげるわ。一人で抱え込まず、ちゃんと相談しなさいよ」
「分かりました」
私はその意味を詳しく知ることなく、ただ頷いた。
「帝が来たみたいね。ほら、行きましょう」
「はい」
私は眞妃さんの手を握る。
「ちょ、置いていかないでくれよ姉さん」
「あんたが遅いのよ。ちゃっちゃと歩きなさい」
「はいはい、悪かったな」
そう言って先輩は私の隣に並んだ。眞妃さんの反対側の方に。
「せ、先輩?」
「これなら良いよな?」
そう言って、先輩は空いていた私の手を握った。私の両サイドは四条家の双子で埋められたことになる。
「振っといて優しさを見せるなんて、やっぱりあんたクズね」
「う、うるさいなぁ。良いだろ別に」
「あ、あの、四条先輩。手を引いてくれるのは一人だけで十分ですので」
「二人の方が安心だろ。それと、前みたいに下の名前で呼んでくれないのか?」
「……帝、先輩?」
私は気恥ずかしくて顔を逸らした。前って、そんなに私たちは仲が良かっただろうか。
けど、嫌ではなかった。
それから私は、まるで三人家族の娘になったような気分で二人と初詣を終えた。
「私のおみくじの結果は……万事上手く行くが、素直ではない性格が災いを呼んでしまうかも。恋愛、ダメ。待ち人、来ず──さーて、結んでしまいましょう!」
「俺のおみくじは……今年は勝負の年、人生の転換点になる。恋愛、まずは過去を清算し、自分から一歩踏み出すべし。待ち人、近くにいる。や、やけに具体的だな」
「私のおみくじは……」
苦労を乗り越えれば、その先には
願事──待てば叶う。
学問──日々の努力を忘れなければ上手くいく。
失物──近いうちに出る。
病気──治るが難あり。
恋愛──転機を待て、しかし努力せよ。
待ち人──近くにいる。
金運──滅茶苦茶良い。
色々と事件がありそうな一年になりそうだ。
「あと俺決勝に進んだから、明日良かったら応援に来てくれないかな」
「決勝!? 明日!? もっと前から言ってくれませんか!?」
「いや、電話したんだけどな。ごめん」
「私が電話に出なかったせいか──!!!」
早速難事到来──!
優勝した。シュートを決めた先輩がカッコよかった。まる。
IF.命(めい)ちゃんが命(みこと)くんだったら
「こ、この人四条先輩のお姉さんなんですか!?」(一目惚れ)
「そうよ、覚えておきなさい。私は正統な四宮の血を引く四条家の娘、四条眞妃よ!」
「帝先輩! 僕……眞妃さんに告白したいんです! あ、ち、違くて!」(失言)
「マジか命。めっちゃ助かる! これでインドに行かなくて済むわ!」
「眞妃さん、好きです」
「ごめん、私あんたのことをそういう目で見たことなくて……。それに、好きな人いるから……」
「なーんて、冗談ですよ」(記憶Delete)
結局、同じ運命を辿るっぽい。