目を覚ました命ちゃんは救急車で病院へと運ばれた。
場所は俺や四宮が以前倒れた時に運ばれた病院と同じ病院である。嫌な符合だな。
そこで命は検査や診察を受けるに至った。
「幼児退行、ですか」
「うん、今の白銀……失礼、妹さんは6歳前後の精神性と記憶を持っているみたいだね。原因は心労だ。心配しなくても一時的なものだから、そう気を張らなくても良い。まずは君自身が心を落ち着かせなさい。ほら深呼吸」
「はい……ありがとうございます」
主治医の先生の話によると、命ちゃんは心理的ストレスが重なった結果一時的な幼児退行に陥ってしまったらしい。
「会長、命さんは……」
「まさかまた記憶を……!?」
「いや、先生が言うには一時的なものらしい」
重い病気でなくて良かっ……いや、良くはないが。
「休養を取ってストレスを緩和すれば、幼児退行自体はすぐ元に戻るそうだ」
「「良かった……いや、良くないですけど!」」
そうだ。ストレスの原因を取り除かないとまた同じことにならんとも限らんからな。
ストレスの原因とは一体……。
「もし、よろしいでしょうか。秀知院学園生徒会の皆さま」
その時声をかけられた。俺たちの前に立つのは二人の女性。
一人は知らない人だ。そしてもう一人にはよく見覚えがあった。
「私は白銀命様の世話係をしております。政子と申します。彼女が倒れたと聞き……」
「──母、さん……?」
「御行……?」
家族を置いていったはずのあんたが、なんでここにいるんだ。
「え、この人が会長のお母様なんですか!? 会長を置いていったお母様!? 会長のみならず命ちゃんも置いて──もがもが!」
「藤原さん、他所の家庭事情に茶々を入れるのはやめましょうね。会長、私たちは少しこの方と話してきますから」
そう言って四宮以下三名はこの場を去っていった。
ストレスの原因ってまさかこの人か──ッ!?
「……久しぶりだな」
俺は隣に座る母さんの顔を見た。気まずい、死ぬほど気まずい。
「えぇ、久しぶりね」
相変わらず能面のように動かない表情のまま母はそう言った。
母さんは顔を見ても何を考えてるかさっぱり分からないんだよな。ぶっちゃけ苦手だ。俺の
現に今だって彼女が考えてることの想像すらつかないし……?
「母さん、泣いてるのか!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「お、おう。ハンカチあるからとりあえず落ち着いてくれ」
なんか訳アリっぽいな。命ちゃんのもとに戻ってきたってことは、二人の間に何かがあったのかもしれん。それを突き止めなければ。
「ごめんなさい、御行」
「……は?」
「私は御行に謝らなければならないことがたくさんあると、命に教えられたわ」
「……」
「私は、あなたたちに成功させることだけを考えて、あなたたち自身の気持ちを何も考えていなかった。母親としての役割を放棄して……ごめんなさい。置いていってごめんなさい。あなたを悲しませてしまってごめんなさい」
そう言って母さんは俺を強く抱きしめた。
「いまさら……!」
「ごめん、ごめんなさい」
「……ッ」
七年ぶりに会った母は、どうにも弱くなってしまったように思える。あるいは少しは人間らしくなったか。
「謝られても、俺は母さんを許すことはできない。それに今は俺じゃなくて命のことだ。悪いがそれはあとにしてくれ」
「……そう、ね」
クソッ、俺の母さんはこんなに涙脆かったか? これじゃあ命ちゃんが二人になったみたいじゃないか。母さんは俺たちの母親なんだからもっとしゃんとしてくれよ。
はぁ、仕方ない。
「俺は母さんを死ぬまで恨むよ。だけど……だけど俺は強くなった。格上相手の奴らと渡り合う術を身に着けて、冷静かつ合理的な判断を下す思考を得た。母さんが俺をそう言う人間にしていなければ、俺は秀知院学園で潰れてたと思う」
「御行……」
「その点だけは、まぁ、感謝できる」
こんなんでも、俺を産んでくれた母親だしな。
「母さんのダメさは父さんとトントンだ。父親を受け入れておいて、母親だけ受け入れないなんてことはしねぇよ」
親父は人間性と中身は良いんだけどな。なんだよ借金五億円って。意味分かんねぇだろ。ハッピーライフゲームでもそんな額の借金見なかったわ。
「だから今は命のために、ちゃんと母親をしてくれ」
「……そうね、ありがとう」
もう良いだろ。さっさとこの手を離せって。俺もう高2だぞ。こんなところを四宮たちに見られてたら恥ずかしくて死んじゃうから……って……。
「「「じーっ……」」」
滅茶苦茶見てるじゃねぇか!?
「母さんはもう命ちゃんと和解してたんだな」
「命とは和解なんてしてないわよ」
「は?」
だとしたら今すぐこの病院から追い出して地の果てまで追いかけるぞ。
「私はただ、チャンスを貰っただけ」
「誤解を招くような言い方やめろ」
「白銀様はうちの夫と同じタイプかもしれませんね。必要なとき以外は黙っていたほうがよろしいかと」
「なんか、この親にしてこの子ありって感じがします。会長のお母様は話すのがちょっと苦手だったり?」
「ええ、よく分かったわね。お医者様には『他人との距離感を把握すること、共感すること、気持ちの言語化がちょっと苦手みたいだね』と言われたわ」
「あぁ、やっぱり! 会長のソレは母方の血筋だったんですね! はは! 帰っても良いですか……?」
「藤原さんは何に怯えてるの?」
俺にも分からん。
「母さんがストレス源じゃないって言うなら、命ちゃんが倒れた原因は何なんだ。政子さんは妹の世話係をしてるんですよね。この冬休みの間に何かありませんでしたか?」
「いえ、特に心当たりは──あああ!」
「何か思い当たりますか!?」
「クリスマスパーティー!」
クリスマスパーティー?
「それがどうかしたのですか?」
「命様はイブの日にパーティーに行かれました。その口実が『男に告白する』というものでして」
「「は?」」
母さん。カチコミに行くぞ。命を誑かした馬鹿はどこのどいつだ。
「なのに帰ってきたときにはそのことをさっぱり忘れていたんです。『告白ってなんのこと?』と言った感じで。そのときの私は告白はただの口実に過ぎないから、気に留めてなかったのだろうと思いました。けれど、もし仮にです。彼女が本当は告白したけれど、ふ、振られたショックで記憶を失っていたのだとしたら──!」
……。
「「「「ぶ……ぶち◯す……!」」」」
四宮は家の力でその男について調べてくれないか。政子さんは命ちゃんのケアを。母さんはホームセンターから角材を買ってきてくれ。
「み、皆さん落ち着いてください! 何も失恋のショックで記憶を失ったとは限らないじゃないですか! あと会長はどこに電話をかけようとしてるんです!?」
俺は今から龍珠に電話をかける。頭数はあったほうが良いだろう。だから邪魔をするな藤原……!
「ほ、ほら良く考えてもみてくださいよ! 命さんが倒れたときのことを。あれはたしか、たしか……誰かに『愛してる』を言おうとしてたとき、ですね……」
「「「「……」」」」
「私は『告白を拒否した男をぶっ◯しても無罪になる法』を国会で提出してもらうようにお祖父様を含め方方に掛け合っておきますね!」
完璧ではないかッ! 任せたぞ藤原!
「ちょっと君たち。そんな物騒な話を病院内でしないでくれよ」
「田沼先生」
「白銀……もう命さんで良いか。政子さん、命さんのことで話があるので来てくれますか」
田沼先生は政子さんを連れて病室へと入っていった。
中で一体どんな話がされているのだろうか。
ベッドに寝ていると、医者の先生と知らないおばさんが部屋に入ってきた。
「ねぇ、先生──私の足いつの間に機械になったの? すごくカッコ良いね、ぼく気に入ったよ!」
「……このことを彼らに話しますか。政子さん」
「致し方ありません。示談のことは伏せつつ話しましょう。命様、きっと大丈夫。彼らはあなたを受け入れてくれるはずだから……」
「あなたは?」
「私は政子。あなたの……祖母みたいなものです」
おお、おばあちゃん。お父さんの方のおばあちゃんは田舎にいるから、お母さんの方かな。はじめましてだねー。
ところで、そろそろ家に帰りたいんだけど。まだ入院してなきゃだめなのかな。
困るなぁ……だって、明日は小学校のお受験だってお母さんが言ってたもん。
退院できなきゃ、お母さんがまた悲しい顔しちゃうよね。
よし、よく分からないけど絶対に治そう!