感想評価ありがとうございます。ちゃんと読んでます。
私はとある喫茶店で人を待ちながら、アフタヌーンティーを楽しんでいた。
紅茶、美味しい。カップを口につけるたびにフルーティーな香りが広がり、体の奥が温まる。
「ふぅ……私、こういう瞬間のために生きてる気がするなぁ……」
「それはちょっと大げさすぎじゃ」
「あ、来たんですね。石上さん」
「ども、命ちゃん」
背後から声をかけてきたのは私の待ち人にして二人目の友人──石上優さんだった。
石上さんとの付き合いの始まりを説明すると、数週間前に遡る。
四宮家とのゴタゴタで精神的なストレスを抱えた私をみかねて、早坂さんがコーヒーの無料券をくれたのだ。
『私の知人が経営している喫茶店があるのですが、よろしければご利用ください』……と言って。
生憎私はコーヒーより紅茶派なのだが、せっかくなのでその喫茶店へ行くことにした。
その道中出会ったのが石上さんである。
『はぁ……はぁ……っ!』
『あの、大丈夫ですか?』
『ひっ……し、四宮先輩! 僕はまだ何も喋ってないです殺さないでください……って、あれ?』
『ころ……? あの、本当に大丈夫ですか?』
なにやら物騒なことを言って憔悴しきった彼に私はコーヒー無料券を差し出し、この喫茶店で話を聞いてあげたのだ。
『とある先輩の秘密を知ってしまって……けど口外はできないんだ。喋った瞬間、僕は殺されてしまうかもしれない』
『その気持ち、すごく良く分かります。事件については口外できなくても、抱えるストレスは誰かと共有したくなっちゃいますよね』
と。
私と石上さんは気が合うみたいで、気づけば私の方からも口を開いていた。
『実は私、中学校不登校なんですよ。テストだけは受けてるんですけど、どうにも居心地悪くて……』
『中学までは義務教育だから、良くも悪くも色んな人間が一つのクラスに詰め込まれてる。だからそれに馴染めなくても、仕方がないんじゃないか。正直、僕も中学生の大半は幼稚な人間だと思ってるし』
『……』
『……』
『連絡先、交換しません?』
『良かったら交換しようか? 連絡先』
そして連絡先を交わして以来、よくこの喫茶店で会っている。
「今日も生徒会の作業ですか? 大変ですね」
「まぁ……本当は生徒会室でやれば良いんだろうけど。どうにもまだ馴染めなくて。白銀会長には迷惑かけたくないから、仕事をしないわけにもいかないし」
白銀……確か、私に似てる人だったかな。以前した会話を思い出す。
『白銀……さんって、お兄さんとかいたりする?』
『言いにくいなら名前で呼んでもらって良いですよ。それと、私に兄弟姉妹は居ないと思います。どうしてそんなことを?』
『いや、僕の先輩に白銀御行って言う人がいて、君に似てるから兄妹かと思ったんだけど……』
『知らない人ですね。偶然名字が同じだけだと思います』
『了解。それじゃあ、なんて呼ぼうか。命さん? 命? 命ちゃん……はちょっと子供っぽいか』
『……それが良いです。最後のやつ。何となく、耳馴染みが良かったので』
私に兄なんていないはずだ。もしいたなら……あの時、あの病室に会いに来てくれたはずだから。
「どした、そんなボーっとして」
「……いえ、なんでもないです」
私は紅茶を一口含み、冷えた体に熱を戻した。
「それで、石上さん。以前貸していただいたこれ、お返しします」
「ん、あぁ、どうだった?」
「良かったですよ。それにしても結構楽しいですね──ビデオゲームって」
私が石上さんから借りていたのはゲームのソフトだ。新学年が始まって一ヶ月、私は暇を持て余していた。学校でやることはテストと四条先輩と話すことだけ。
そのことを石上さんに相談したところ、彼の趣味であるゲームについて教えてもらい、おすすめのソフトを貸してもらったのである。本体は自分で買った。
「なら良かった。命ちゃんは細かい操作とかスピードが要求されるゲームは苦手だろうと思ったから、自分のペースで遊べるターン制RPGにしといて正解だったかな」
「……よく分かりましたね」
「いつも左手でしかカップを持ってないし、それに歩くとき杖ついてるのをこの前見たから」
「誰にも言わないでくださいね」
「言うわけないだろ。そのくらいの気遣いは僕にもできる」
石上さんは他者を観察することに長けていて、ノンデリカシーな面もあるけど、その名前の通り優しい人物なのだ。
それからしばらく、私と石上さんはゲームの話で盛り上がった。
「けど、明日からは何をして暇を潰そう……新しいゲームでも買おうかな」
「それもアリだけど、同じジャンルのものを買おうとしてるなら個人的にはお勧めしないかな。ターン制RPGゲームはコンテンツの大部分をストーリーが占めてるから、次の作品をやっても似たような展開になって飽きるんだよ。質の高いゲーム体験をしたいなら間を開けた方が良い」
「なるほど……となると、本格的に暇ですね」
カタカタと小気味よく鳴っていたタイピング音が止み、石上さんはノートパソコンを閉じた。仕事が終わったらしい。
「命ちゃんは、何か他に趣味とかはないのか」
「趣味……と言うほどでもないですけど、体が温まることが好きです。お風呂に入るとか、紅茶を飲むとか」
「なら温泉巡りとか、喫茶店巡りとかしたら?」
「あんまり移動するのはちょっと……」
「ならここでバイトしないかい」
私と石上さんの会話に、突然激渋バリトンボイスが割って入った。
「「誰!?」」
側に立っていたのは整った口髭を生やした熟年の男性、この店の店長である。
「え、い、今の店長さんの声ですか?」
私、この人が喋ってるとこ初めて見たかもしれない。てっきり聾唖者の方だと思ってたから、個人的に手話の練習してたんだけど……。
「めちゃくちゃ良い声じゃないですか。どうして喋らないんです?」
「妻が、私は喋ると残念だから黙っておけと」
何その面白い理由。
「けど、私に喫茶店でバイトなんてできないと思います。
「……取り敢えずやってみれば良いんじゃないか」
「え?」
「やってみて、駄目だったらまた別の暇つぶしを考えれば良い。店長さん、当然ですけど研修とかしますよね?」
「もちろん」
「今すぐしてもらうことってできます?」
「他にお客さんもいないし良いよ」
「ちょっ……!」
石上さんは私を置いて妙に強引に話を進めていく。
「今日は早めに仕事が終わって時間もあるし、僕も研修に付き合うよ」
「なんでわざわざ私に、そんなにお節介を焼こうとするんですか?」
「まぁ、コーヒー無料券のお礼ってところかな」
「……少しだけですよ。きっと駄目だと思いますけど」
私は右腕を上手く動かせない。これから劇的に良くなることもないだろう。だから喫茶店でバイトするなんてむりだ。けどまぁ……石上さんの優しさに免じて、挑戦してみようか。
白銀会長が手を差し伸べてくれなかったら、僕はあの部屋から出られなかっただろう。
だから今、殻に閉じこもろうとしている少女を目の前にしたとき、自然と手を差し伸べたくなったのだ。