誤字脱字報告いつも助かってます。
命さんが倒れて病院に運ばれた。原因は心理的ストレスによる精神のオーバーヒート。
その熱を冷ますために、命さんは一時的に幼児退行してしまったらしい。
でも良かった、重い病気とかじゃなくて。一時的なものならすぐに治して、また一緒に遊べるよね。
なんて、私はまたアホなことを考えてた。
これを見るまでは。
「命様、立てますか?」
「ん、ごめんなさいおばあちゃん。ちょっとこの足歩きづらいよ。それに、なんだか前が見えづらいし。ぼくの前髪に何かかかっちゃってないかな?」
「……いいえ。なにも。ほら、歩く練習を続けますよ。いち、に、さん……」
「なんだ、これ」
作り物の足でたどたどしく歩く命さんの姿を見て会長が言った。私たち全員がきっと同じ気持ちだった。
「君たちは、命さんがどうして記憶喪失になったかは聞いてるかい?」
「たしか脳腫瘍って……」
「それは嘘だね。正確には交通事故だったんだ」
交通事故。それで命さんは障害を負ってしまったらしい。
右半身の麻痺なんて生易しいものじゃない。彼女は右目と右足を失っていた。
あぁ、そっか。初めて会ったとき、あんなに怒ったのはそのせいか。
私に顔を、見られたくなかったんだね。
今更だけど、酷いことしてごめんね。
「母さんはこのことを知ってたのか……?」
「知っていたわ」
「なんで、教えてくれなかったんだ……ッ!」
会長はそう言ってお母様に詰め寄った。
「教えたところで、何ができたの? それに、命が交通事故に遭ったのは約二年前。その頃のあなたたちは秀知院という新しい環境に馴染む必要があった。余計な心配をかけさせたくなかったの」
「本気で言ってるのか。余計な心配だって?」
「……少し前まではね。今なら、話すべきだったと分かるわ。家族のことなんだから、共有するべきだったって。ごめんなさい」
「……分かってるなら良い」
会長の怒りももっともだ。でも、私は会長のお母様の考えも理解できる。
難病を患った子や、余命少ない子を見限る親は多い。心の弱い人は、現実を直視できず子どもから逃げてしまうんだ。
もし私が親だったら自分の子供がこんな目に遭ったとき、家族になんて説明したら良いか分かんないよ。
「誰なんですか」
「かぐやさん?」
「命さんをこんな目に遭わせたのは、一体誰なんですかッ!」
かぐやさんの目が怖い。まるで中等部の頃のようだ。でもかつての氷のような表情とは違う。煮え滾る溶鋼のような怒りの表情。
「許さない、どんな汚い手を使っても、下手人を見つけ出して……!」
「かぐやさん、だめですよ。落ち着いて」
「藤原の言うとおりだ、四宮。田沼先生、事故の件はもう解決しているんですか?」
「相手との示談は既に成立しているよ」
……この話、どこからどこまでが本当なんだろう。
命さんはかぐやさんの一番上のお兄さんのことを恩人だと言っていた。四宮黄光さんが命さんの頭脳に目をかけて、手術の費用を払ったって。
もし、その話も嘘なのだとしたら。四宮黄光さんは一体どうして命さんのことを助けたんだろう。
まさか──。
「私は、命さんから大切なものを貰いました。なのに私は、命さんに何も返せてない……」
私はかぐやさんの声を聞いて嫌な考えを振り払った。
「そんなことはないと思うよ」
「……どうしてそう言えるんですか」
「命さんの記憶はね、徐々にだけど蘇りつつある。今回の件もその過程に起きたことで、つまり良い方向に向かってはいるんだよ。そしてそのきっかけは君たちだ。君たちが命さんと仲良くして、毎日を楽しい記憶をくれるおかげで、彼女は自分の記憶と向き合うことができる。ここにいる命さんのお母様とか、その良い一例だろう?」
「……」
会長のお母様が気まずそうに目をそらした。悪いことをしてバレたときの圭ちゃんにちょっと似てるかも。
「だから、これからも命さんとたくさん関わってあげてほしい。彼女の主治医である僕からのお願いだ。受けてもらえるかな?」
私たち生徒会は生徒を助けるのも役目のうちだ。そして命ちゃんは秀知院学園の生徒(予定)だし、私たちは当然の如く頷いた。
「しかし、関わると言ってもどうしたものでしょうか。今の命さんからすれば私たちは赤の他人ですし……いえ、会長のことは覚えていたんでしたか?」
「ああ。命ちゃんは今の状況をどうにも夢みたいに思っているようでな。『未来のにいにがタイムスリップしてきた』……という風に自分を納得させているらしい」
「あまり悲観的な受け止め方をしていないようで少し安心しました」
「で、どうする?」
「で、どうしましょうか?」
私たちはリハビリをする命さんの様子を眺める。
「命様。ほら、こっちこっち。あんよが上手。あんよが上手」
「ば、バカにして! それは2歳になる前に卒業したもん! 一人でできるし!」
「お母さんに手伝ってもらわなくても大丈夫?」
「え、お母さんいたの!? ぼ、ぼくのだめなところは見ちゃだめなんだからね!」
「「「「かわいい」」」」
ってダメダメ私ったら。またノンデリなこと考えて……あ、でも一つ思いついたことがある。
「会長、かぐやさん。私一つ思いついたんですけど」
あまりに空気読んでなさすぎでちょっと引かれるかもだけど。
あーもう! 色々考えちゃうなんて私らしくない! 言っちゃえ言っちゃえ!
「命さんの家でお泊まり会をするのなんてどうでしょうか!」
「「なんで???」」
「一緒にお泊まり会して一緒に寝たら、ハッピーになって記憶が戻るんじゃないかと思いましてですね!」
「さすがに今日の命ちゃんは入院するだろうから、家でお泊りは無理じゃないか」
「治療できるなら帰宅してもらったほうが良いよ。身体的なものじゃないからここにいても治療のしようがないしね。私は君の案はとても良いと思う。リボンちゃん」
でしょ! そんなにノンデリなアイデアではないですよね!? あと私の名前は藤原千花ですから。
「分かったよ、リボンちゃん」
念の為に言っときますけどこのリボンが本体ではないですからね?
「私もそんな急には……いえ、いけますね。命さんのためと言えば許可が下りると思います」
「会長のお母様もいた方が良いんじゃないんですか! 今の命さんは幼いみたいですし!」
「そうね……リボンさん?」
だから本体じゃないですから!
「藤原千花です! 生徒会の書記で御行くんのママ役をしてるんですから、覚えておいてくださいね!」
「おい、実の母親相手に無茶な勝負を挑むな」
「そうなの、御行?」
「違うから。母さん、こいつの言うことは適当に聞き流してくれ」
よし、多数派の形成に成功したから、あとは命さん本人から直接許可を取るだけ。
そして私は休憩中の命さんに話しかけた。
「こんにちはー!」
「え、あ……こんにちは? あなたは誰ですか?」
「私は藤原千花──タイムパトロールです!」
「おいあいつまた変なこと言い出したぞ」
「会長、ここは任せましょう。こういう時には藤原さんに任せたほうが上手くいきます」
こらこら、うるさいぞそこの二人。
「た、タイムパトロールなんですか!?」
「そうですとも。ほら、警察手帳だってありますよ!」
「また演劇部から借りてきたのか?」
「校内から勝手に部のものを持ち出すなんて……今回は目を瞑りますけども」
「そしてあそこにいるうるさい二人を捕まえに来たんです!」
「「巻き込んできた!?」」
「に、にいにを!? やっぱり未来から来たんだ……ダメだよにいに! 時間旅行はタイムパラドックスが起きるから禁止されてるのに!」
「そうなんです。まったく仕方ないお兄さんですね。けど命……ちゃん。このままお兄さんが逮捕されるのは嫌でしょ?」
「う、うん。うちお父さんが破産したばっかりだから、保釈金とか払えないよ……」
こんなところでも白銀家の懐事情が出てきた!? か、可哀想!
「けど命ちゃんがあることをしてくれたら、お兄さんを見逃してあげても良いですよ?」
「ぼ、ぼくが? なんでもする!」
「ぐへへ、なら私たちと一晩寝てもらいますね!」
「おいこの色ボケクソピンク! 命ちゃんに変なこと吹き込んでんじゃねぇぞ!」
な、何をするんですか会長! やめて! リボンを引っ張らないでそれ私の本体みたいなもんなんですから!
「にいにやめて! 公務執行妨害だよ! た、タイムパトロールさん。お願い。一晩でも二晩でも寝るからにいにを見逃してください」
「よしよし。じゃあ早速お家に行こうね……会長、かぐやさん! どやさ!」
「そんな『こんなもんですよ』みたいな顔やめてくださいますか、藤原さん」
「石上がいれば……ッ! けど、あいつが今の命ちゃん見たら、せっかく立ち直ってきたところなのにまた死にたいとか言い出しそうだしなぁ……。うん、呼ばないでおくか」
会長、それあなたのお母様と同じこと言ってるって気づいてますか?
それでは命ちゃんのお家に、レッツゴー!