「お邪魔しますね!」
藤原さんの軽快な声が響いた。
扉を開いて目に入った廊下にはいたるところに手すりがあり、ぶつかると怪我をしてしまいそうな角には全てクッションが貼られている。そして床は段差が一切見当たらないフラットな設計。
これも命さんが若くして障害を負ってしまったことによるものなのだろう。
私も、どうにか命さんを支えてあげられたら……。
なんて思っていると、突然止まった藤原さんの背中にぶつかった。
「どうかしたのですか、藤原さん」
「ひっ……か、会長。かぐやさん。なんですかあれは!?」
「どうした藤原。何か──ッ!?」
会長も藤原さんも何を驚いてるの?
私は体を乗り出し二人が何を見たのか探した。そして見つけたのである。
和室の襖から廊下に飛び出している『腕』を。
「な、中に誰かいるのでしょうか?」
「ここに住んでるのは命ちゃんだけって話でしたよね!? か、会長。その襖開けてみてください」
「俺かよ!? ……仕方ない、二人とも下がっていろ」
会長がそう言って和室の襖を開くと──中にはバラバラの人体が転がっていた。
「「「ぎゃあ──ッ!?」」」
「皆様はなにを騒がれているのですか?」
「ま、政子さん。通報、通報してください! バラバラ殺人事件は探偵の手に負えません!」
「かかか会長手を貸してくれませんか! こ、腰が抜けて……会長?」
「──」
会長の意識がない!?
「ああ、これはすべてマネキンですよ」
「ま、マネキンですか?」
「はい。会社の製品の置きっぱなしにしておりまして。命様には片付けるようにと言っておいたのですが……」
確かに、よく見れば転がっている人体には血が通っていない。かなり精巧ではあるが作り物のようだ。
わ、私ったら早とちりを……いや、そんなものを家に置かないでくれる!?
「命、私の手にぶら下がらないで、ちゃんと自分の足で歩きなさい。でないと転んでしまうわ」
「えー、やだ」
「あと単純に重いのよ。あなたもう14歳なんだから」
「何言ってるの、お母さん。ぼくは6歳だよ?」
そこへ手を繋ぎなら歩いて来たのは会長のお母様と命さんである。
「ここがタイムパトロールさんの留置所なの? なんだか普通の部屋みたい──!?!?!?」
マネキンたちを見て固まってしまう命さん。自分の家でしょうに、何を驚いて……あ、今は記憶をなくしていたんでしたね。
「お、おおおお母さん今すぐ逃げるよ! ぼくタイムパトロールさんにバラバラにされちゃう!」
「ち、違いますから! だいたいこれを置いたのは命ちゃん自身でしょ! 会長も黙ってないで説明して……」
「──」
「し、死んでる……!」
「にいにがやられちゃった!? お母さん、早く逃げなきゃぼくらもああなっちゃうってば!」
「……出ていったほうが良いのかしら?」
「会長のお母様まで変なこと言わないでください」
「早速面白いことになってきましたね」
この面子でまともなの。もしかして私だけ???
「白銀様は私とともに夕飯の支度をしましょう」
「え、母さんって料理苦手だったよな。大丈夫なのか」
「練習しているから大丈夫よ。多分」
政子さんと会長のお母様は料理をするらしい。
「会長のお母様が料理……!? わ、私はお腹空いてないので遠慮しておきますね……命ちゃんはこっちに来て一緒に遊びましょう。おままごとでもしますか?」
「それでにいにの罪を見逃してくれるなら……」
「俺が時間犯罪者だって設定はいつまで続くんだよ」
藤原さん命さんを連れて逃げるようにリビングへと向かった。
「俺たちはどうする、四宮」
「私は……」
悩ましい。心底悩ましいわ。
一方では会長と肩を並べて料理できる……素晴らしいわね! その上いずれ
そしてもう一方では藤原さんがいるけれど、幼い命さんと遊ぶことができる。おままごとなんて、私やったことないのよね。小さい頃は勉強漬けだったし、早坂は使用人で、そんなことに付き合ってくれなかったから。
「会長、命ちゃんが呼んでますよ!」
「ん、お呼びがかかったみたいだな。俺は命ちゃんのところに行ってくる」
「なら私も……」
「かぐや様、手が空いておりましたら白銀様の手伝いをお願いできませんか?」
あら、会長と別れてしまったわね。
まあ良しとしますか。私と会長はもはやお付き合いをする関係。昔のようにがっつく必要は……。
「では会長がお父さん役で、私がお母さん役、命ちゃんが娘役でいきましょう!」
人の彼氏になに色目を使っているのかしらぁ……?
絶対に許さないわ、あのヘンテコリボン女。男を誑かすことしか脳にない畜生め。
「かぐや様! 至急こちらに!」
「え、は……はい。なんでしょう」
「白銀様を止めてください! 私は今手が離せませんので!」
政子さんに呼ばれてしまったわね。仕方ない。藤原さんのことはひとまず置いておくとして、まずは料理を済ませましょう。
「えっと、会長のお母様は何を作ろうとしているのですか?」
「味噌汁を……」
「どうして鰹節まるまる一本が鍋に入っているんです?」
「出汁を取ろうと思って……」
白銀家ではそれが普通なんですか???
「ひ、一先ず一般的な方法で作りましょうか。お義母様は具材の用意をしてくださいますか」
「おかあ……? いえ、分かったわ」
鍋に水を入れて火にかける。出汁は……市販の白だしで良いかしら。さすがに鰹節を削るわけにはいかないし。
「お義母様、具材の用意は……なんですかその乾燥わかめの量は!?」
「少なかったかしら」
まな板の上には小盛りにされた乾燥ワカメが置いてあった。
「いえ、多すぎです。乾燥わかめは水を吸って大きくなるんですから気をつけてくださいね。少し減らして、残りを水につけて戻すとして……鍋が温かくなる前に豆腐と長ネギを切ってもらえますか?」
「ええ、まずは豆腐から……ど、どうして止めるの?」
「豆腐はさいの目切りです。間違っても微塵切りにはしないでくださいお願いですから」
会長のお母様ってまさかの料理音痴だったのね。その可能性は想像してなかったわ。
などと少し幻滅してると、リビングから藤原さんたちの声が聞こえてきた。
「もう御行くんとはやっていけません! 離婚します!」
「それはこっちのセリフだぞ藤原千花! 命ちゃんにピアノなんてさせられん! この子は腕が悪いんだぞ!」
「お父さんもお母さんも喧嘩しないでよ……しくしく……」
何やってるのよあのボケピンクは──!?
「す、すいませんお義母様、ここは任せて良いですか。私は命さんの様子をみてきますので」
「ええ、任せて」
「ありがとうございます──藤原さん! 命さんを泣かせるなんてよくもまぁそんなことしてくれましたね!」
「あなたが御行くんの元妻ですか! 命ちゃんに嘘泣きしてもらえれば出てくると思ってましたよ!」
「にいに、右目に目薬さしたいんだけど上手くさせないの。なんでかな?」
「……大丈夫だぞ。命ちゃんの本当の母親は四宮だからな。藤原は偽物のお母さんだからな。安心してくれ」
「???」
「次は長ネギを切れば良いのよね。六人……いえ、五人前だから五等分かしら? そして最後には味噌を溶かして……」
「ふぅ……あら、かぐや様はどちらに?」
「御行たちの様子を見に行ったみたいです」
「そうですか。それはそれとしてその手に持ってる味噌の塊を置いてください、今すぐ。そして味噌は大さじ人数分だけ入れる! 何度も口酸っぱく言ってますけれど、レシピを見ながら料理してください。わかりましたか?」
「は、はい」
「まぁ、見た目は良い感じですが。では一口味見を……ん???」
お玉を引き上げると、そこにはネギの塊があった。
「お味噌汁にこの長さのネギはありえません! お鍋じゃないんですよ!?」
「ごめんなさい」
「思ってたより普通の食卓。私、遠慮しなきゃよかった……」
「千花様の分もちゃんとございますよ」
「ほんとですか、やったー! ならまずは味噌汁を……なんか、辛いです。あ、これ会長のお母様が作りましたね!?」
「すごいわね。どうして分かるの?」
「分かるに決まってるじゃないですかぁ──!!!」