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「どう……でしょうか」
私に制服として与えられた給仕服を着て、その姿を二人に披露していた。
「めちゃくちゃ似合ってるじゃん」
石上さんからのお褒めの言葉だ。店長さんも無言で親指を立てている。……その調子で良く飲食店の店長が務まってますね。
「えっと、それじゃあ……『研修その1、接客をしてみよう』……だいぶ適当なマニュアルですね、これ」
石上さんは手に持ったお手製感満載のノートを見てそう言った。
「じゃあ僕がお客さん役として店に入ってくるから、試しにやってみてくれ。はい、これカンペ」
「あ、はい」
ええっと、なになに……お客さんがきたら笑顔で『いらっしゃいませ』と言えば良いのか。
よし、やってみよう。
入店を知らせるドアベルがチリンと鳴った。石上さんがお店に入ってくるのに合わせて、私は笑顔を浮かべて言う。
「いらっしゃいませ」
「あ、すいません。僕帰ります」
「なんで!?」
私の顔をみた途端石上さんは踵を返してUターンしようとする。
「ど、どうしたんですか石上さん。何か駄目なとこでもありましたか」
「どうしたもこうしたもないでしょ。もう一回やるから、次はちゃんと笑顔でやれよ」
えぇ……ちゃんと笑ったつもりだったんだけどな。
ドアベルが鳴り、再び石上さんが入店してくる。笑顔笑顔……。
「いらっしゃいませ」
「命ちゃん、もしかして笑顔を知らない人?」
「なんですかその悲しい生き物!?」
一旦仕切り直すために、私たちは椅子に座った。
「笑顔って言うのは、こう……口角を上げて、眉尻を下げるんだよ。ほら、ニッコリ」
「そのくらい知ってますけど」
「笑顔はお店に入ってきた人に歓迎の意思を示す重要なファクターだから、そこはしっかりしないと。とりあえずセリフは置いといて、まず笑顔の練習をするか。ほら、笑って笑って」
石上さんに促されるままに、私は笑顔を浮かべた。
「ほら、できましたよ」
「──できてねぇから! さっきから目を細めてるだけなんだよなぁ! 口角はピクリとも動いてねぇし! 睨みつけることを笑顔とは言わないからな!?」
「そんな……馬鹿な……!?」
「ほらぁ! 一ミリも笑顔じゃないだろこれぇ!」
石上さんがスマホを差し出したスマホの画面には、撮影された私の顔が写っていた。
口に手を当て、薄く目を細めた私の表情は笑顔とは程遠く、冷笑とか嘲笑の類だった。見ているだけで背筋が冷たくなるその視線を浴びてると、幻聴が聞こえてきそうだ。『お可愛いこと』……みたいな。
「まさか私……笑い方を忘れちゃった?」
「悲しい生き物か!?」
どうしてだ。自分では笑ってるつもりなのに。数ヶ月前までは四条先輩の前で笑ってたはずなのに……はっ、まさか!?
急遽手鏡を用意してもらい、私は自分の顔を確かめる。頬をもんだり、ムニムニと唇を揺らしてみたり。
「原因が分かりました。私、顔の右半分が麻痺してて動きが鈍いんですよ。それにつられて左半分も動いていないみたいなんです」
「ほんとに悲しい生き物だった」
「それに、最近辛いことやきついことが多くて……もう3ヶ月近く笑ってないから、表情筋が硬くなってるのかも……」
「ほんとに悲しい生き物だなぁ……!?」
そういう訳なので、取り敢えず研修その一はスキップすることになった。
「どれどれ次は……『研修その2、お茶、もしくはコーヒーを淹れてみよう』……い、嫌な予感がする」
石上さんの予感は的中した。
「(カタカタカタカタ)」
「揺れすぎ! 地震でもきたかと思ったわ! それにめちゃくちゃ溢れて腕にモロかかってるし! 良かった、お湯にしないでおいて!」
「すいません……腕の感覚も鈍いので、水がかかってることに気が付きませんでした」
研修その3、お客さんにお茶を運ぼう。
「これくらいは流石にできますよ?」
「ここ2階あるみたいだけど」
「……やってみます」
陶器が割れる音をたくさん聞くと、心が痛むんだなぁ……。
研修その4、パンケーキを焼いてみよう。
「まずはフライパンを熱して……」
「そこ握ってたらダメなヤツ! 火傷しちゃうから!」
「軽く油をひいて……(ビチャビチャ)」
「店長さん火! 火止めてください! お店全焼しちゃいますよ!!!」
疲れ果てた石上さんは机にうつ伏せになり、一言呟いた。
「僕、こんなに不器用な人間、生まれて初めて見た……」
一方その頃、別の場所で似たようなことが起きていた。
「──ハクシュッ!」
「会長、汗かいたままだと冷えますし、もう特訓も終わりにしませんか……?」
「いや、まだだ藤原書記! まだレシーブができていない!」
「ゔぅ゙……お゙ゔぢに゙がえ゙じでぇ゙……」
「石上さん。今、帰郷を願う少女の叫びが聞こえませんでしたか……」
「おーい。現実に戻ってこーい」
肩を揺らされ、私は幻聴から我に返った。頑張ったで賞として店長さんがサービスしてくれた紅茶を飲んで、心を落ち着かせる。
「しっかし、どうしたものか……」
「もう、良いですよ。石上さん、やっぱり私にアルバイトなんて無理なんです。大人しく、自分に向いてることを探します」
色々と気を揉んでくれた石上さん、そしてチャンスをくれた店長さんには悪いけれど、もう良いんだ。
人には誰しも向き不向きがあって、好きなことが必ずしも向いているとは限らない。私にはこの仕事は向いていなかった。ただ、それだけのこと。
「はぁ……うっせぇぞ、バカ」
「バカ!?」
だけど、石上さんはそんな私の諦めを受け入れなかった。
「確かに命ちゃんは超がつくほど不器用で、料理とかお茶を淹れるとか細かい作業には向いてない」
「そ、そうですよ。だから……」
「だけど、ここでバイトができないわけじゃない。できないことはしなきゃ良いだろ。一階フロアだけなら階段を登らなくても良いし、注文を聞いて、商品を運んでくることはできる」
「けど……笑顔が……」
「別に今の無表情のままで良いだろ。学生アルバイトでそんなやる気あるやつなんて滅多にいないし、むしろ適当にやってるやつの方が大半だ。命ちゃんだけ必死に表情を取り繕う必要なんてない」
「でも……」
「でも、だって、だから……理屈なんてどうでも良い。命ちゃんはここでバイトしたくないのか?」
「バイト……してみたいです」
「じゃあやれば良いじゃん。多少失敗したところで死ぬわけじゃないんだし」
……そっか。確かにそうだ。失敗したところで死ぬわけじゃない。生死をかけたあの取引に比べれば、ずっとちっぽけな悩みじゃないか。
「店長さん、私、うまく働ける自信はないです。けど、ここでバイトしてみたい。どうか私を雇ってはくれませんか?」
勇気を出して頼み込んでみる。あれだけ無様な姿を見せたのに、店長さんは戸惑いなく頷いてくれた。
「そもそも顔採用だから能力は気にしてないよ」
「最低! 今良いところだったのに台無しだよ! 僕でも今のは黙っておくべきだって分かるぞ!?」
「どうどう、石上さん。もう閉店時間ですから帰りましょう。店長さん、また明日きますから、その時に続きを話しましょう」
憤る石上さんを宥めて帰路につく。
「石上さんって、妹とかいたりします?」
「いや、兄が一人。なんで?」
「今日の石上さん。なんだか、お兄さんみたいだなぁ、と思ったので」
「……僕が尊敬してる人ならこうしただろうなってことを真似しただけだよ」
「ふーん──優兄さん……なんてね。歩きながらゲームしてると車に轢かれちゃいますよ。また明日、喫茶店で。石上さん」
道の真ん中で立ち止まった石上さんと別れる。いつか、美味しい紅茶を淹れられるようになりたいな。
「……っぶねぇ! ギャルゲで妹属性に耐性つけてなかったら死んでた!」
「……と言うか、ちゃんと笑えるじゃん、あいつ」
「石上っていつも生徒会の仕事を持ち帰っているよな。普段どこで仕事しているんだ」
「最近は喫茶店ですね。結構捗るんですよ」
「ほう……そうか。なら俺も行ってみるか」
「(こ、これは……会長を喫茶店に誘うチャンス! 結局渡せなかった割引券についに日の目が……! よくやったわ、石上くん!)」
「ひっ……(睨まれてる!? 僕なんかしたか!?)」