私たちは個室に移動した。
「どうぞ、ハーブティーです」
「「……」」
ハーブティーのリラックス効果に一縷の望みを託してみたが、ダメそうである。
「ど、どうする兄さん。このままだと戦争が勃発しちゃうよ」
「命ちゃん、逆に考えるんだ。むしろ喧嘩させてしまえば良いのでは?」
「どういうこと?」
頭イギリス紳士になっちゃったの?
「良いから良いから。圭ちゃん、母さん、俺と命ちゃんはしばらく外すから二人で話し合ってくれ」
「は? ちょっと待ってお兄ぃ──」
意味不明なことを言い出した兄は姉さんの言葉を聞き流し、私を連れて個室を出た。今、部屋の中では姉と母の二人きりである。
「そして二人が仲直りするまで、この個室の扉を俺が塞いでおく。名付けて『仲直りするまで出られない部屋』だ。我ながら完璧な作戦だな」
だいぶパワープレイだな。それ拗れる可能性大だぞ。
『バカお兄ぃ、また余計なことして』
『ごめんなさい、圭。きっと御行と命は私に気を使ってくれたのよ。私がちゃんと、あなたに謝れるように』
扉越しに二人の声が聞こえる。案外兄さんの作戦で上手くいくかもしれないな。成り行きを見守ろう。
『謝るって何が? 口先だけで言われても私は信じないから』
『圭が私に対して怒るのも分かるわ。私はあなたたちに酷いことをしたもの。御行のことを置いていったし、自分の理想ばかりを圭と命の二人には押し付けてしまった。そうやって心を傷つけた。あの時の私は、どうしてあなたが出て行ったのかすらよく分かっていなかった』
『……今なら分かるって言うの』
『勉強を強要されることのストレス、知らない男と暮らすことのストレス、双子の妹と比べられることのストレスがあったことは理解してる』
『やっぱり分かってないじゃん! 私は──』
『それらのストレスで傷ついたあなたの心を私が理解しようとしなかったこと。それが、根本的な原因なんでしょう……?』
『……ッ!』
『本当にごめんなさい。命があなたを追い出したのも私のせいなのよ。本当なら私があなたの心を守ってあげるべきだったのに、それができなかったからあの子が泥をかぶってしまった。娘に汚れ役をさせるなんて、母親失格だと思う』
再会してからたった一ヶ月しか経ってないのに、お母さんは変わったな。
いや、それは違うか。もっと長い時間をかけて、お母さんは少しずつ変化し続けてきたんだ。私と再会したことがきっかけでそれが表面化しただけ。
……ほんとに、タイミングさえ合っていれば、私たちは最高の家族になれてたはずなんだよ。
なんでこんなことになってるのかな。
巡り合わせが悪かったのか、それともこの状況を引き起こした黒幕がいるのか。ま、流石にいないか。もしいたら絶対に許さないけど。
『お願い圭、許してなんて口が裂けても言えないけれど。それでもようやく分かってきたのよ、できるようになってきたのよ。もう一度私に、あなたたちを愛するチャンスをくれないかしら……?』
「兄さん……」
「大丈夫だ、命ちゃん。きっと上手くいく」
兄さんがそう言って手を握ってくれれば、私の中の不安が消えていった。
ほんとに良いお兄ちゃんだよ、あなたは。
「それにたとえ上手くいかなくても、上手くいくまで閉じ込めておくしな」
「雰囲気台無しだよ」
感動を返せ。
『意味わかんない』
……などとおちゃらけている場合ではなかったようだ。扉越しに姉さんの冷たい声が聞こえてくる。
『やめてよ。とっくに諦めてたのに、今さら人間の振りなんてしてきて。自分がどの面下げてそんなこと言ってるか分かってるの?』
『ごめんなさ──』
『この大嘘つき! 何も分かってないじゃん! そんなこと言われて、私がどんな気持ちになるか、想像してもなかったでしょ……ッ!』
『……』
『出てってよ。もう、顔見たくない』
『……分かったわ』
だめ、だめだよお母さん。姉さんは反抗期なんだよ。素直になれないんだよ。だからそんなこと言っちゃうんだよ。
人の心初心者なお母さんは分からないかもしれないけど、姉さんの言ったことは全部裏返しのことなんだよ。
だから扉を開けようとしないで。泣いてる娘を置いていくなんて、約束が違うじゃん。
「出ちゃだめだよ、お母さん」
『命、そこにいるの? なぜか扉が開かないのだけれど、どうしてかしら』
「兄さんが全力で押さえてるからね」
『……え? どうして???』
「それはだな母さん、圭ちゃんが反抗期だからだ」
『意味が分からないわ』
「お母さん。ちゃんと姉さんと仲直りするまで、ここからは出さないよ」
『……無理よ、圭は泣いてしまった。私がいてはあの子の心を傷つけて──』
「姉さんはボクと同じなんだよッ!!!」
ドンッ、と私は強く扉を強く叩いた。
双子だから、よく分かる。姉さんは傷つきたくないから拒絶してるだけで、ほんとは求めてるんだよ。
「あの日のボクと同じなんだ。だから、同じことをしてあげてよ。お願いお母さん」
『命』
「家族から逃げないって約束したでしょ?」
『……やってみるわ』
頑張れ、お母さん。
『は!? な、なにするのお母さん。気持ち悪い! いきなり抱き着いてくんな!』
『嫌よ、私は圭を愛してるの。離れたくないし、離したくない。たとえ圭に顔を見たくないと言われても、私はこうしていたいの』
『ウザいよ……さっさと出ていって……』
『御行が扉を塞いでいて出られないのよ』
『あのくそばか……』
『だからごめんなさい。しばらくこうさせて。お願いよ、圭』
『かってにすれば……』
『ごめん、ごめんなさい。今までこうしてあげられなくてごめんなさい。圭、圭、けい──』
『お……かあ……さん──ッ!』
そして16分後、『仲直りするまで出られない部屋』は無事に開かれた。
中で何があったかは、二人の酷い顔を見れば言わずとも伝わるだろう。
さて。
「無事に仲直りしたので、話題を引っ越しに戻したいと思います」
「まだ許してないから……保留だから……」
「さっきと今とで落差がすごいな。あと圭ちゃん、足が痛いんだけど」
「ばかお兄ぃの足なんて私のフットレストがお似合いなの。余計なお節介焼いて、しかもお母さんと会ってたことも黙ってたなんてありえない。しね」
「それは命ちゃんも一緒だろ、なんで俺だけ……」
「命は妹だから良いの」
わーい。末っ子特権だぞー。
「あなたたちついにあのアパートを出るのね。引っ越し先は決めてるの?」
「いや、まだだけど」
「そう、命の住むマンションはまだ空き部屋があったはずよね?」
「あるよ」
「ちょうど私もそこに住むことになったし、御行たちも来たら良いわ。家賃は全部私が払うから。マイナス20万くらいで良いかしら?」
「母さんもかよ!? というか今なんの仕事してんだ!?」
「コンサルとして総合商社の海外貿易に携わっていたけれど、命に無理矢理FIREさせられて今は純投資家ね」
「FIREって人から無理矢理させられるものだったか?」
ごめんねお母さん。でも仕方ないんだよ。お母さんは職業『お母さん』をしてくれないといけなかったから。
「いやー、でも良かった。姉さんとお母さんが仲直りできて」
「だから保留だってば……」
「まぁまぁ、内々定くらいはあるでしょ?」
「……お母さんのこれからのご活躍を期待しております」
「保留じゃなくて落ちてるよ、それ」
ここまでくれば白銀家和解まであと一歩だな。いやー、一時はどうなることかと思ったけど、何とかなりそうで良かった。それじゃあ!
「あとはお父さんと仲直りするだけだね! なんなら今日行っちゃう?」
「……え? 今日はさすがに早すぎるんじゃないかしら」
「むしろちょうど良いんじゃないか? もうこんな時間だし、母さんと命ちゃんもうちにご飯食べに来いよ」
「……け、圭は私が一緒に食事なんて嫌よね?」
「……お母さんは来ないの?」
「……え???」
姉さんは上目遣いで母さんを見ながら、服の裾を掴んだ。急所に当たった! 母さんに効果はバツグンだ!
「……い、行きます」
そうと決まれば早速、白銀家へレッツゴー!
「もしもし、どうした御行──」
『父さん、今日母さんと命ちゃんが一緒に夕飯食うことになったからよろしく』
「おお、わかった……ん!?!?!?」
その後、白銀父は意味もなくシャドウボクシングをして喜んだ。