【門出の日】
『ああ、ロミオ! 何故あなたはロミオなの!』
中学の演劇部の卒業公演だ。演じる舞台は言わずとしれた名作、『ロミオとジュリエット』。
敵対する家同士に生まれた二人の男女、その恋愛模様を描いた悲劇。
『どうか家を捨て、名前を捨て、私を選んでくださいな!』
何故だろう、私はその境遇に奇妙な共感を抱かざるを得なかった。
二人は最終的に、仮死の薬によって家の呪縛から逃れようとする。だがそれは上手くいかない。ジュリエットが仮死状態なのを知らず、彼女が本当に死んだと思ったロミオが自害してしまったからだ。そしてその後、仮死状態から目覚めたジュリエットはロミオの死を見て、自らも後を追う。
命を捨てるほどの愛、その身を滅ぼすほどの愛とはどれほどのものだろうか。
この役を演じれば、私にもその心が分かるだろうか。
『ならばボクはすべてを捨てて、君と
……でもなんで私がロミオ役なの???
「つ、疲れた……」
「お疲れ様でした、白銀さん」
「素敵でしたわ。まるで本当に王子様のような……」
いつぞやのお嬢様の二人だ。君らとももう長い付き合いだね。中学の中で一番仲が良いの、下手したら君らかもしれない。
「にしても、ほんと意味が分からないよ。三年生の卒業公演なのに、なんで私が参加するのさ」
おまけにロミオ役。私は女だよ? まぁ舞台で女性が男役やるのは珍しくないとは言えさ。
「しかもロミオって主演じゃん。三年の先輩を使ってあげれば良いのに……」
「けど、私たちはこれで良かったと思いますよ」
「どうして?」
「だって白銀さんは来年、秀知院学園に行ってしまうではありませんか」
「……まあね」
3月に入って、秀知院学園の編入試験があった。当然私はそれを受けて、今は合否判定待ち。だが自己採点ではもう、実質的に合格したようなものだった。
私は今年で、この学校を去る。
「ねぇ、二人とも」
「なんでしょうか?」
「なんです?」
この中学で得た思い出はそんなに良いものじゃない。だけど、まぁ。
「秀知院に行っても、友達でいてくれる? 」
悪いものじゃなかったかな。
「「もちろんです!」」
「秀知院には私たちの親戚がおりますので、よろしければ紹介いたしましょうか」
「親戚? え、待って。君たちの名字って……」
「
「
君ら秀知院学園マスメディア部の親戚かよ!? 道理で似てるはずだわ!
【優さんの過去を知る日】
「命ちゃぁん、抱きしめてぇ……」
「うわ、ミコさんどうしたんですか!?」
その日喫茶店に現れたのは抱っこゾンビと化したミコさんであった。
「私、悪い子なの。石上がつばめ先輩に振られて悲しんでるのに、喜んじゃって……」
あー、そういうことね。それで自己嫌悪に陥っちゃって、慰めてほしいってこと?
「そうなの、だから抱っこしてほしくて。でも白銀会長には断られちゃった……」
「兄には彼女がいるんです。容赦してください」
「知ってる。四宮先輩でしょ?」
バレてるじゃん。情報管理ガバガバすぎんだろ。
「抱っこして、ぎゅーってして欲しい。私、ハグが人より5倍好きタイプなの……」
「仕方ないですね。ほら、よすよす」
「Oh,yhea……」
首が伸びたりしないよな?
──チリン……。
そのとき、扉の開く音が鳴った。
「どもー、命ちゃん。あれ、伊井……野……?」
「「あ」」
見られた。私がミコさんを後ろから抱き締めて、『良い子良い子』してるところを優さんに見られた。
「お邪魔しました」
「ち、違います優さん! 行かないで! 説明させて!」
「ちょ、ちがっ、石上、カムバ──ック!」
「伊井野がネガってたから慰めた?」
「はい……」
「なんで伊井野がネガってるんだよ?」
「それは……い、言えない」
優さんがつばめ先輩に振られたのに喜んでしまった自分にネガってた、なんて言えないよね。
「……ん、まぁそう言うなら深くは聞かないけど。しんどいなら相談しろよ。生徒会の仲間なんだし」
「い、石上……!」
イチャイチャするなら帰れよ。
「わ、私の話は良いから。それより石上の話を聞かせてよ」
「僕の?」
「うん。今流れてる噂、本当なの? 石上の中等部の頃の話」
「それは……」
「噂って何のことですか?」
「もともと命ちゃんのおかげで、石上が中等部の頃にした事件には裏があるとは言われてたんだけど、それが最近更新されたの。今は『石上が荻野を殴ったのは、彼が浮気していたから。そして大友京子のために泥を被った』って噂が流れてる」
そんな噂が流れているのか。噂を流したのは誰だろうか? 生徒会ではないはずだ。ミコさんが知らないからな。
もしかしてつばめさんか? あり得る。あの人妙に行動力あるからな。前は優さんと契る直前までいったそうだし、今回も何かやらかしてそう。
「教えて石上。約束したでしょ、今年度中には真実を教えてくれるって」
「けど、それは……伊井野に聞かせるようなことじゃないし」
「私は知りたい。石上のこと。お願い、教えて」
「私も優さんのこと知りたいです」
「命ちゃんまで」
私たちの眼差しに根負けした優さんはうなだれて言った。
「じゃあ話すけど、あまり気持ちの良い話じゃないからな?」
そして語られる真相は、それはそれは酷いものだった。
荻野とか言う輩は自分の彼女を食い物にするクズで、それを問い詰めた優さんにストーカーの汚名を被せたらしい。なまじそいつは普段から教師に好かれるように立ち回っていた。一方、優さんは人と関わりを持つタイプではなかったから、優さんに味方する人はいなかったそうだ。
「なに、それ。酷すぎるよ……」
「な、泣く程か? 悪い、やっぱり気持ち悪い話だったよな」
「違う、違うの石上。ごめんね、あんたは何も悪くなかったのに、私、支えてあげられなくて、ごめん」
「ミコさん……」
ミコさんと優さんはもともと仲が悪かった。私はそれが性格の問題だと思っていたけれど、もしかしたら中等部の頃にいざこざがあったのかもしれない。
「いや謝んなって。伊井野は悪くないだろ、前にも言ったけど、お前は色眼鏡をかけずに接してくれたし、それに……何も教えなかったのは僕の方だ」
「これからは私があんたを守ってあげるから……!」
「いや伊井野は僕より小さいだろ」
「何言ってるの? 法的によ。石上は勘違いされやすいんだから、冤罪吹っ掛けられたら弁護しなきゃでしょ」
「あ、そっち?」
「手始めに荻野は私がムショにぶち込む。絶対に。こんなの不純異性交遊どころじゃないわよ、風紀を超えて犯罪よ犯罪! 周りからは礼儀正しいとか評されてたけど、もともと彼には男女関係で悪い噂があった。私がちゃんと見張っていれば、石上はこんな目に遭わずに済んだのに……!」
「どうどう、伊井野落ち着けって」
安心してよミコさん。そのクズは高等部の人たちによってカンボジアに転校させられた上に、アジア的優しさによって輪廻から解き放たれたらしいから。
「め、命ちゃん。伊井野ってどうすれば泣き止むんだ?」
「名前を呼んで、頭を撫でて上げれば良いんじゃないんですか。私が試しにやってみせます? ほら、ミコさん。良い子良い子、大丈夫だよー」
「う……ぐすっ……えへ、えへへへ──」
「だいぶ絵面が百合百合しいんだけど」
「ほら、優さんも一緒に」
「……み、ミコ。お前は頑張ってるからさ、あんまり気負い過ぎんなよ」
「は、はぇ……ぅぅ……」
クソがッ。世の中やっぱり恋愛を中心に回っていやがる。店長、帰っていいですか? だめ? そっかぁ。
「ところで、優さんが秘密を話してくれましたからね。私も秘密を話そうと思います」
ポロリした。
目玉が。
「「!?!?!?」」
【???の日】
春休みが始まる直前、私は黄光さんから四宮本邸に呼び出された。
「あら、命さんもいらしていたのですね」
「かぐやさん、どうしてここに?」
何故か、かぐやさんも一緒に。
「黄光兄様に呼ばれました。どうも今後の話をするために集められたみたいですよ」
「四宮家一族全員が」
「──は?」
【精算の春休みが始まった日】