プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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85.四宮かぐやは消えてしまいたい(上)

 

春休みが目前に迫る中、私は黄光兄様から本邸に呼び出された。

 

ついに命さんについての話を聞けるのかしら。

 

私は命さんが四宮家の中で何をしているのか、断片的にしか知らない。

 

お父様の信任があること、黄光兄様と共謀していること。四条と四宮の関係改善のために奔走していること。

 

命さんは、どうして四宮家のためにそこまでしてくれるのだろうか。

 

以前言っていたように、黄光兄様が命さんの恩人だからだろうか。

 

けど、命さんが入院した理由は脳腫瘍ではなく交通事故。なら本当のところは一体……?

 

などと考えていたからだろうか、私は本邸で命さんの後ろ姿を見つけた。あなたも呼ばれていたのね。

 

「かぐやさん、どうしてここに?」

 

「黄光兄様に呼ばれました。どうも今後の話をするために集められたみたいですよ」

 

黄光兄様は、四宮の今後について話があると言っていた。

 

だから呼び出されたのだ。

 

「四宮家一族全員が」

 

「──は?」

 

それを伝えたとき、命さんは呆けたような顔をした。

 

なにか、様子がおかしいような。

 

「おう、来たか。かぐや、命」

 

おかしい。

 

「兄様、お久しぶりでございます」

 

おかしい。

 

「黄光さん! なんのつもりですか、私は彼には会わない約束で……ッ!」

 

命さんはどうしてそんな、怯えたような顔(・・・・・・・)をしているの……?

 

「兄さん、僕を本邸に呼び出すなんて珍しい……ん、お前は……?」

 

私たちの後に現れたのは、四宮家次男、私の兄の一人、四宮青龍だった。

 

「お久しぶりです、青龍兄様──」

 

「兄さん、こいつを呼ぶなんて僕への嫌がらせかい? もう示談(・・)は済んだだろうに」

 

……私の四宮家における立場は低い。だから兄様たちが私を無視するのはいつものことよ。それは良いの。

 

示談って、何のこと?

 

「お前もいつまでも纏わりついてくるんじゃない。まるで四宮家に集る虫のようじゃないか……いくら飛び回ろうと、もう金は出てこないんだよ。分かったらさっさと失せろ」

 

「……帰ります」

 

命さんが、光を失った目でそう呟いた。

 

「ったく……ガキが。ま、見てくれは悪くないし、怪我さえなければ妾の一人に加えてやっても良いが」

 

「青龍」

 

「……はいはい。女遊びはほどほどに、でしょう、兄さん? 僕は先に部屋で待ってるよ」

 

私と黄光兄様だけが残った廊下は、ようやく静けさを取り戻した。

 

「お兄様、説明して、ください」

 

私は怒りと恐怖で震える唇から言葉を絞り出した。

 

「今のは、どういう意味ですか……?」

 

 

 

 

 

「白銀命から体の自由を奪ったのは青龍だ」

 

ああ。

 

目の前が暗く染まっていく。

 

 

 

 

 

四宮かぐやは夢を見る。

 

「命さんが記憶を、瞳を、足を失ったのは(四宮)のせいだった……」

 

「違う! 目を覚ましなさい四宮かぐや()! それをやったのはあのクソ兄貴よ、あなたのせいじゃない!」

 

冷たい私の声が響く。

 

「会長の家族が離ればなれになった原因を作ったのも、四宮()だった……」

 

「違うわ、それはおハゲさんのせいでしょ! あなた()は悪くないじゃない!」

 

気の抜けた私の声が響く。

 

「海外留学の件も許されなかった。私は弱い。私は四宮()からは逃れられないのね……」

 

「そんなことないわ、姉さん()。気をしっかり持って……?」

 

幼い私の声が響く。

 

「こんな私が、会長の隣に立つなんて、烏滸がましかったのよ」

 

そして何も聞こえなくなった。

 

「もう、私なんて……消えてしまいなさい」

 

ドス黒い何かが、心の内を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

「アホ、チビ。逃げるわよ!」

 

「わっ、氷ちゃん!」

 

「氷姉さん……!」

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫かしら。しっかし、泥臭くて仕方ないわね。嫌なことを思い出してしまいそう」

 

私はアホとチビを抱えて脳内法廷を抜け出し、深層心理の奥底へと逃げ出してきた。こいつらの背丈が小さくて助かったわ。おかげで脇に抱えて走ることができた。

 

「氷ちゃん、あの黒いのはなんなの?」

 

「知るわけないでしょ。でもまぁ、ある種の心の闇といったところでしょうね。自己嫌悪の波とでも呼びましょうか」

 

白銀家の不幸のすべてに、四宮家が関わっていた。それを知った主人格は精神を強く揺さぶられたわ。軟弱なことね。

 

そして、そこを黄光のクソ兄貴に突かれた。『何が話し合いのために呼んだ』よ、とんだたぬき親父だわ。

 

真の目的は私の心を折って、新体制から私を除外することでしょうに。命とクソトカゲを一緒に呼んだのも、きっとそのためね。クソハゲが、目が覚めたら覚えておきなさい。

 

「チビ、黒いのに触ったら最後、人格が飲まれて消滅するわ。私の手を握って、決して離れないで」

 

「……うん」

 

この中で一番飲まれてはならないのが幼い私だ。私とアホの人格は彼女が元に形成されている。

 

言ってしまえばなんだけど、主人格が最初に飲まれたのは幸いだったわね。あれが一番の新参者だもの。

 

姉さん()はどうなったの?」

 

「飲まれたわね。今のあれと出会ってもついて行ってはダメよ。今のあれは全くの別物、四宮かぐや(ネガ)とでも呼称しましょうか……さながらゾンビ化して動く死体ね」

 

そして私たちは、逃げる生存者といったところかしら。

 

「ゾンビなら治せるんじゃないかしら! 映画のお約束でしょ?」

 

「はぁ、やっぱりあなたはアホね、そんな都合の良い話がある……わけ……あるわ!」

 

「「あるの!?」」

 

「自己嫌悪の対極にあるのは自己肯定よ。そして私の記憶にはそれがあるじゃない。とびっきりの特効薬が……!」

 

「なにそれ、私分かんない」

 

アホはもう黙ってなさい。

 

「もしかして、お母様……?」

 

「そうよ。お母様と一緒にいた、ほんの僅かな記憶。私たちがクズの兄様たちのようにならずに済んだ、最初の愛がそこにあるわ」

 

私が覚えている最初の記憶。母の腕で抱かれたときに、言われた言葉。それがあれば、私は私を取り戻せるはず。

 

「そうと決まれば、早速深層心理に行きましょう」

 

「どうやって行くの?」

 

……結局ここはイメージの空間なのだから、深層に向かうには深く潜らないといけないのよね。

 

深く深く行く道を。

 

そう考えたとき、目の前には沼があった。高等部一年のときに私が飛び込んだあの沼である。

 

「最悪……またこのドブ沼に浸かるハメになるとは思わなかったわ」

 

「え、まさかこの中に入るって言うの!?」

 

「氷姉さん、考え直して?」

 

「つべこべ言うな! ジタバタしない! そして目と鼻と口を閉じてなさい!」

 

今度は縄もつけず、私は沼へと飛び込んだ。

 

……そして目を開ければ、中等部の教室にいた。

 

「なんで沼の中が教室なの!?」

 

「記憶の連続性が無茶苦茶ね。急がないと、本体の精神が侵食で駄目になってしま──」

 

『四宮さんには、できない人の気持ちがわからないのよ!』

 

「二人とも、屈みなさい!」

 

背後から声がしたので、私は回し蹴りでそれを迎え撃った。

 

そして飛び散る、まるで泥で出来た人形のようなモノ。

 

『あんたなんか、四宮の人間じゃなきゃ近づかなかったのに!』

 

「うるさい。チッ……こいつ復活するのね。おいアホ、チビを連れて逃げなさい!」

 

泥の人形は、壊した途端に次から次に湧いてくる。これではキリがない。

 

「氷ちゃんも逃げよう!」

 

「こいつらは私のトラウマよ。だから私を追ってくるはず。私が残り、二人が逃げた方が合理的なのよ」

 

「でも……!」

 

「うるさい、早く行け。私に優しくできるのはあんたたちだけなんだから……私のことは任せたわよ」

 

「氷姉さん──!」

 

……行ったわね。

 

「さて、かかってきなさいトラウマ共。私は氷のかぐや姫と呼ばれた女。主人格のように、そうやすやすと倒せる相手だと思わないことね」

 

 

 

 

 

深く、深く沈んでいく。真っ黒な泥の底へ。

 

『四宮、なぜ命ちゃんの記憶を、自由を奪った? なぜ俺たちの家族はここまで苦しまなければならなかった? なぁ、答えろよ。答えられないなら、俺はお前を絶対に許さない』

 

「それは、ずるいわよ……」

 

好きになったほうが負けなんて、私は今さら思い出してしまった。

 

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