プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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86.四宮かぐやは消えてしまいたい(中)

 

氷ちゃんを置いて、私はかぐやちゃんを連れて走り出した。

 

「待って、どこに逃げるつもりなの?」

 

かぐやちゃんが不安そうに私を見る。

 

大丈夫よ、私だって四宮かぐや。普段はアホかもしれないけれど、ちゃんと頭は良いんだから。

 

安心させるように、私はかぐやちゃんに向けて笑顔で言った。

 

「中等部の頃の私の心を救ってくれたのが誰か、忘れちゃった?」

 

「もしかして、藤原さん……?」

 

「そう、藤原さんが私をゲームに誘ってくれたおかげで、私は初めて独りじゃなくなったの」

 

そして彼女とゲームした場所は部活棟。TG部の部室だった。

 

「ここ! この中に入れば少なくとも次の記憶に……あ、あれれ?」

 

「鍵がかかってるみたい。どこかで鍵を探さないと」

 

「め、面倒くさいわね。おりゃあ──」

 

──バキッ!

 

私は飛び蹴りで扉を破壊した。私だって四宮かぐや。アホでも肉体のスペックは同じである。何よりここは精神世界だし。

 

「か、解決策までアホだ……」

 

「解決できれば良いのよ、行くわ!」

 

そうして飛び込んだTG部の部室には、深い深い穴が空いていた。

 

私たちはそれに吸い込まれ、重力を感じることなく落下し、気がついたときには和室の中だった。

 

「中等部の次は和室? どうなってるのよほんとに……かぐやちゃん?」

 

かぐやちゃんの様子がおかしい。何かに怖がっている。

 

「どうしたの?」

 

「ここ、本邸の部屋だ。私が、たくさん叩かれた部屋……」

 

──パチン……パチン……!

 

私の腕を叩く、トラウマの音が近づいてくる。

 

「怖いよ……お花姉さん……」

 

「あわわ……ど、どうしよう。何か耳を塞げるものは……よ、よし! かぐやちゃんこっち!」

 

私は勢い良く部屋を飛び出し、かぐやちゃんを連れて廊下を駆ける抜ける。

 

『見つけましたよかぐや様! まだ教育は終わっておりません! あなた様を四宮家に相応しい子女へと育てるために──』

 

背後からかつての教育係の声が聞こえた。キャンキャン吠えて煩いよ。今ならぶっ飛ばしてあげるのに。

 

「ここ、この部屋だ! かぐやちゃん、障子押さえておいて!」

 

「う、うん……」

 

『かぐや様! そこにおられるのは分かっております! 開けてください!』

 

「お花姉さん……!」

 

私は必死にタンスの中を探す。そして、見つけた。

 

「じゃじゃーん! お父様からもらったへその緒!」

 

「それ今必要だった!?」

 

「じゃなくて、これと一緒にもらったものがあったでしょ? ほらイメージイメージ」

 

私がへその緒と一緒に命さんからもらった誕生日プレゼント、それはイヤーマフだ。普通のものと、猫耳がついたのもの。

 

念じれば、それは目の前にある。私はすぐさまそれを手に取り、かぐやちゃんと自分にかぶせた。

 

「どう? あの音はもう聞こえる?」

 

「聞こえなくなった……すごい、どうやったの?」

 

「誕生日プレゼントの愛情パワーと、イヤーマフの遮音効果の合わせ技! 氷ちゃんが沼に潜って深層心理を移動したのを見て、イメージ次第でトラウマに対抗できるかなって思って」

 

「アホなのに賢い……」

 

私がアホなのは行動であって、知能じゃないもん!

 

「けど、次はどこに行こっか。そもそも何で私たち本邸にいるんだろう……?」

 

「……氷姉さんは、お母様との記憶が大事って言ってた。そしてその記憶は、本邸の山の中にあるわ」

 

そうだった! かぐやちゃん天才!

 

「私たちならお父様とお母様が過ごした小屋の場所を覚えてるから、すぐに行けるわね! 早速向かいましょう!」

 

「う、うん……」

 

部屋を飛び出し、廊下を走った。裏口から出れば山はもう目の前。

 

『かぐやさん』

 

私は文字通り、後ろ髪を引かれてしまった。

 

「いたっ……」

 

私は廊下へと転び、体を打ちつける。

 

「お花姉さん!」

 

「私は良いの、行って! かぐやちゃん!」

 

「でも……わ、私には見捨てられない……」

 

「あなたは見捨てるわけじゃない。託されたの! だから走って、やるべきことを成して!」

 

一番幼い人格であるあなたを送り出すことは酷かもしれない。だけど、あの記憶を見つけに行くなら、あなたが一番相応しい。

 

「……行ってくれて、ありがとう」

 

『ああ、かぐやさんは私を置いていくんですね。酷い人だ』

 

「そんなことしないよ、命ちゃん」

 

振り返れば、そこには命ちゃんが立っている。

 

『ねぇ、なんで? なんで私はこんな目に遭わなきゃならないんですか? 全部、全部四宮(あなた)のせいじゃないですか。かぐやさんは言ってくれましたよね。私をこんな目に合わせた下手人には報復してくれるって』

 

「命ちゃん……」

 

この命ちゃんは偽物だ。確かに私は、あの病院でそんなことを言ったような気がする。でも命ちゃん本人には聞こえてないし、覚えてない。あのときの命ちゃんは幼児退行してたから。

 

『ねぇ、じゃあ死んでくださいよ。四宮家も全部壊して、殺して、私に償って……?』

 

「しない。それをしたら、たくさんの人が不幸になっちゃうでしょ? そしてそれは命ちゃんもだよ」

 

『……どいてください、かぐやさん』

 

「絶対にどかない。私とて四宮かぐやなの。あなたはここで食い止める」

 

『じゃあ、壊すね?』

 

そして命さんの暗い右目から、泥が溢れ出した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

私は独り、山道を登っていた。道は分かる、けれど恐怖は消えない。暗い木々の間からいつあの泥が襲ってくるか分からない。

 

姉さんたちは無事だろうか。私が、みんなを助けないと……ッ!

 

「誰なの!?」

 

茂みから音が聞こえた。何かが動く音だ。

 

その方向にむけて私が呼びかけると、現れたのは氷姉さんだった。

 

「私よ、チビ。そんなに怯えて、お可愛いことね」

 

「氷姉さん……無事だったの?」

 

「中等部の有象無象に私がやられるわけないでしょう? 全員ぶちのめしてやったわ。小屋まで行くのよね、早く行きましょう。ついてきなさい」

 

氷姉さんはそう言って、山道を歩いていく。

 

しかし私は彼女にはついていかず、その場に立ち止まった。

 

「どうしたの、早く来なさい」

 

「……ごめんなさい。ついては行けないわ。だってその先は山の上に続く道、小屋はその道から逸れた場所にある。私が忘れるわけない」

 

こいつ、ゾンビだ。氷姉さんは飲まれちゃった。

 

私は茂みの中に飛び出し、駆けて行く。足元は暗いけれど、そこには確かに獣道がある。この先に行けば、お父様とお母様が暮らした小屋が……!

 

「待ちなさい」

 

「……っ! は、離して!」

 

偽物の氷姉さんに音もなく追いつかれ、私は手首を強く掴まれた。

 

「行ってどうするの? 正気を取り戻したところで、四宮家がした所業を会長が知れば、拒絶されるだけよ」

 

「……」

 

「ここで諦めなさい。もう無理なのよ。四宮家と白銀家は相容れない──」

 

「偽物でもそんなこと言わないで!」

 

私は会長を愛してる。そして会長も私を愛してる。それを信じてるからこそ、進むのよ。会長の愛は、この程度で揺らいだりしないものなんだって!

 

「こ……のぉ……!」

 

腕が千切れたって構わない。私はそんな思いで、万力の力を込めて腕を引っ張った。

 

「わっ──ぬ、抜けた……?」

 

突然、滑るように手がスッポ抜けた。なぜかは分からない。だけどチャンスだ。

 

私は呆然と掌を見つめる偽物の氷姉さんを尻目に、小屋へと走り出した。

 

あそこに、私の大切な思い出がある。

 

 

 

 

 

氷のかぐやは、月明かりに照らされた己の手のひらを見て呟いた。

 

「独りに見えても、そうじゃないのよね。あなたは愛されてるのよ。だから早く起きなさい、四宮かぐや」

 

手のひらには、見覚えのある青色のシュシュが握られていた。

 





命に呼ばれて、私は病院に飛んで来た。

そしてそこで見たのは、虚ろな目でボソボソと何かを呟くかぐやの姿。

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」

「何が、あったの?」

「四宮本邸で黄光さんと何かを話して、強い精神的なショックを受けたみたいです。新幹線で東京に帰るまでは呆然としていて、話しかけたら軽く返事をする程度でしたが、つい先ほど倒れました。彼女は今、自己消失の危機に陥っていると思われます」

「私は、どうしたら良いの?」

「手を、強く握ってあげてください」

「分かった。かぐや、大丈夫だよ……私が側にいるから……」

手を握れば、彼女の表情がほんの僅かだが、安らかになったような気がした。





「愛しのお姫様の心が囚われたんだ。早く来なよ、兄さん」
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