プラチナム・ライフ   作:妄想壁の崩壊

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87.四宮かぐやは消えてしまいたい(下)

 

湖が見える、小さな小屋。私が生まれてからたった一ヶ月だけ、お母様と過ごした家がそこにはあった。

 

「お母様」

 

部屋の中にはお母様がいて、窓ガラスから湖に映る月を見ている。

 

「ねぇ、お母様。私……」

 

「あなたなんて産まなければよかった」

 

……。

 

「あなたがいなければ、私は生きていられ──」

 

「おバカ。お母様はそんな事言わない。あなたは私でしょう? 四宮かぐや」

 

「はぁ、流石に分かってしまいますか」

 

お母様の姿が泥のように溶けて、リボンを付けた高校生の私へと変わっていく。

 

「どうしてこんなことしたの?」

 

「どうしてと言われましても……私はあなたの負の感情そのもの。それが黄光兄様の手によって暴走したのだから理由も何もありません。現に見えたトラウマも、投げかけられた罵倒も、もとから自分の心の中に存在してたものでしょう?」

 

「そうね、だからこそとても傷ついたわ」

 

妾の子、四宮家のお荷物、女狐の娘、母を殺した鬼子。そんな罵倒は幾らだってされたわ。酷いものよね。

 

「でも、お母様本人がそんなこと言うわけないじゃない。あの人は私に愛だけをくれた。私の負の側面のくせにお母様エアプってどういうことなの? 解釈違いだわ」

 

「幼い私が伊井野さんから余計な知識を吸い取っている様を見ると、なんというかすごく嫌ですね」

 

だってミコ姉さんの話し方面白いんだもの。

 

「それで、肝心の記憶はどこなの?」

 

「ここはあなたの精神世界なんですから、勝手に出してくださいな」

 

「そうだった」

 

私は生まれたばかりの記憶に思いを馳せる。

 

椅子に座るお母様の腕の中に抱かれる私、そして隣にはお父様。二人は一緒に、月を眺めていた。

 

「私の記憶なのになんで俯瞰視点なの?」

 

「知りませんよ。あなたがそういうふうに見せてるだけなのでは?」

 

「なら一人称が良い」

 

そう言うと、私の視点は赤ん坊へと移動した。お母様! ばぶばぶ!

 

「いい年したJKが何してるんですか……」

 

「うるさい、だまってて」

 

今から良いところなんだから。

 

ほら、見て。お母様ったらすっごい笑顔で私を見るの。鼻を触ったり、ほっぺを触ったりして、いっぱいキスしてくる。

 

それから、お母様が言うの。

 

「生まれてきてくれてありがとう」

 

これで終わりじゃないわ。

 

「かぐや、愛してる」

 

そうそう、これこれ。

 

それから口にチューしてくれたの。

 

ほら、ちゅー。

 

 

 

 

 

「ん……ちゅ……はむ……んんんん!?!?!?」

 

気がついた時には、私は会長さんとキスをしていたわ。びっくり。いつの間にか目が覚めていたのね。

 

「──ぷは……はぁ……お、起きたか四宮。おはよう……」

 

「どうして私は会長さんとキスをしているの?」

 

私は病室の隅に立つ二人に声をかけた。命さんと早坂の二人だ。手で顔を覆っているけど、指のすき間からこっちを見てることはバレバレだよ?

 

「兄さんが来たときには容態が安定してたんですけど、かぐやさんは中々目を覚まさなかったので、私が……『お姫様を起こすなら愛のキスでしょ』って冗談で言ったんです。そしたら」

 

「御行くん、『かぐや、愛してる』って言ってかなりディープなキスをしだして……」

 

「ち、違っ! 四宮がいきなり舌を入れてきてだな……!」

 

「会長さん、寝てる女性に責任をなすりつけちゃだめなのよ。えっち」

 

「うっ、ごめん……」

 

「じゃあ、もう一回キスしてくれたら許してあげる」

 

「え? いや妹と女友達に見られてるんだが?」

 

「「私たちは外に出てますねー」」

 

「ほら、会長。もっとちゅーしよ?」

 

「し、四宮。なんかいつもと違……」

 

「こんな私は嫌い?」

 

「……好き、だぞ」

 

「えへへ、私も会長さんが好き」

 

ちゅっ。

 

好き。

 

ちゅっ。

 

好き。

 

はむ……んちゅ……しゅき。

 

好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きぃ──。

 

「って何をやってるのよ私は!?」

 

「──ぐぼあ!?」

 

「あ、か、会長すいません。恥ずかしくてつい手首を捻って組み伏せてしまいました」

 

「い、良いんだ四宮。お前が元に戻ってくれて、良かっ……た……ガク」

 

「か、会長──!」

 

 

 

 

 

夜が明け、一時会長が気絶してしまうという珍事もあったが、私はそのまま退院が許された。

 

「かぐや、ほんとに私がついてなくて大丈夫?」

 

「大げさすぎますよ、愛さん。会長がいてくれますから」

 

「そっか。御行くん、病み上がりのかぐやに手を出したら月の向こう側までぶっ飛ばすから、覚悟しておいてね」

 

「お、おう。早坂も体調管理には気をつけてな」

 

愛さんはそう言うとそそくさと帰っていった。寝ずに番をしてくれていたので、疲れていたようだ。ごめんなさいね。

 

「兄さん、かぐやさんをお願いね。私、ちょっと京都でやらなきゃならないことがあるから行ってくるよ。かぐやさんも……あんまり気にしないでね。私、かぐやさんのこと大好きだからさ」

 

「命さん……」

 

昨日のことは、よく覚えている。私は黄光兄様に命さんと四宮家の関係の真相を聞かされた。そしてお義父様の会社をお兄様が奪ったことと、海外留学を拒否する旨も立て続けに。

 

ショックなことが同時に起きたせいで、私はかなり参ってしまったのね。しかし、黄光兄様、こうなった以上私はあなたを絶対に許しません。徹底的に抵抗させていただきます。

 

四兄妹の中で一番物理的に強いのは私なんですよ? うふふふ──。

 

「かぐやさん、悪い笑みしちゃってるよ。落ち着いて」

 

「わ、私ったらそんな顔をしてましたか?」

 

「それはもう。『計画通り……!』みたいな顔を」

 

恥ずかしい……。

 

「安心してください。クソハゲは私が処罰しておきますので。かぐやさんは兄さんと楽しい一日を過ごしてください」

 

「すいません。何から何まで、迷惑をかけてしまって……」

 

「姉に頼られるのは、妹冥利に尽きますから」

 

「命さん……!」

 

「俺の知らぬ間に外堀がだいぶ埋まっているが、これは喜ぶべきことなんだろうか」

 

「喜んで良いのでは? 兄さんと義姉さんが早めに結婚してくれれば、雁庵さんも安心して逝けると思うんですけどね」

 

「気が早いぞ命ちゃん」

 

「気が早いですよ命さん」

 

「いや、まじめにあなたたちがプロポーズ決める前に雁庵さんの寿命が尽きますから」

 

嫌なこと言わないでちょうだい。

 

「……今度、四宮の父親に挨拶に行くか」

 

「はい、是非」

 

会長は去っていく命さんの後ろ姿を見ながらそう言った。

 

「ところで会長。今日は会長の家にお邪魔する予定でしたが、どうしましょうか。このまま直接行ってもよろしいですか?」

 

「まずい、完全に忘れていた。荷物の整理が……! 部屋の掃除も……!」

 

「お手伝いさせてください。それと、その後で良いので、私の話を聞いてくれませんか。大事な話なんです。四宮家と白銀家に関わる大事な話」

 

会長は、きっと受け入れてくれるわよね。

 

 

 

 

 

「ごめん、それ全部病院に来る前に命ちゃんから聞いた」

 

「え、あ、そうでしたか!」

 

「四宮が……か、かぐやが気にすることは何もないと俺は思うぞ」

 

か、会長……!

 

「それはそれとして上のお兄さん二人はぶん殴らせてもらっても良いか? 良いよな?」

 

「はい、丁度私も弓道の的にしようと思っていたところですので、ご一緒させてください」

 

 

 

 

 

「かぐやさんの心を折るために、わざと情報を開示しましたね、黄光さん」

 

「私は言いました。やり方を変えられぬ輩は四条との抗争で鉄砲玉として消費させていただくと。まさか四宮家がビックリドッキリメカだとは思っていませんでしたよ。頭がミサイルになるだなんて面白すぎません?」

 

「あはは──っ! そんなに怯えないでくださいよ、お可愛い人だな。ほんとにあなたを切ったりしませんって。有用なうちは……ね?」

 

「今回のことは雁庵さんにも報告させてもらいました。次はありません。次があれば、私をイジメたことと合わせて3アウト……いや、家族をバラバラにした原因も含めたらもうとっくに3アウトか? なら仏の顔は三度までとしておきましょうか。四度目で私は四宮を見限り、四条につきます」

 

「では、今後は私が上で、あなたが下ということで良いですよね。四宮一族の新体制についても私が構築させてもらいます。安心してください、あなたとあなたの家族の地位は、ちゃんと保障しますよ」

 

黄光さんが四宮を掌握し続けるなら、ここで行動を起こすのは間違いではなかった。これから先は四宮の誰もが私と手を結ぶことを当たり前に思うようになる。なぜなら四条と和解させたのは私で、改革を進めたのも私だからだ。そしてこれから起きる管理戦争で逆らうやつは全員処分される。そんな状態となって私と手を切ろうとすれば、四宮家当主がすげ変わる事態になるだろう。

 

タイミングは間違ってなかった。でも、やり方を間違えたな。

 

私だったら茫然自失状態のかぐやさんを雁庵さんに慰めさせて、父親を通じて手駒にしていただろう。

 

彼は結局、心を折った先がない。だから行き当たりばったりで終わる。

 

そのミスを、その隙を、私は決して逃さない。

 

誤ったな、四宮黄光。これで四宮家は鎌倉幕府のようになってしまったわけだ。

 

源頼朝の開いた鎌倉幕府。だが源氏の血筋は3代で途絶え、以降は外戚の北条家が執権として権力を握った。

 

雁庵は虫の息、黄光は力不足、そしてその長男は穏やかな性格で、自分の力量と立場を弁えている。彼ら一族は今後、単なる象徴としての当主に成り下がるだろう。

 

執権はお前たちが散々虐めたこの私だ。

 

ふんだ。ざまぁみろ、ばーか。

 





後年、この話を聞いた白銀父は言った。

「ほう、乗っ取りか……つまりNTR(NotToRi)だな」

「それ意味違うから」

「パパ活する港区おじさんの娘が四宮家のおぢに付け込んでNTRしたわけだ」

「黙れクソ親父」
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