春休みが始まって少し経った日の朝。私は妹に電話をかけた。
「もしもし。命、起きてる?」
『んん……朝っぱらから何さ、圭……ねえさん』
電話越しに妹の声が聞こえる。どうやら寝起きのようだ。舌っ足らずな声で私の名前を呼んでいる。かわいい。
……じゃなくて!
「今日は命の合否判定の日でしょ? 一緒に秀知院に確認しに行くって昨日の夜言ったじゃん」
『あー、そうだっけ。はぁ、何が悲しくて春休みに学校行かなきゃならないのさ……』
それは私も同じ気持ちだ。でも、すぐに確かめたいんだもん。
妹が私と、同じ学校に通えるのか否かを。
本来であれば、命は私と同じように秀知院学園に通うはずだった。同じ制服を着て、同じ教室で勉強して……そんな光景があったはずなのに、今は離れ離れである。
そんなの許せないでしょ! 可愛い可愛い妹が一緒じゃないなんてありえない!
『だいたい、私が落ちるわけないでしょ。自己採点満点だったんだよ?』
さらっと天才アピールしてくるのやめてね。
「でも、万が一にでも落ちてるかもしれないでしょ?」
名前書き間違えたりとか、受験票のミスがあったりとか、マークシート全部一個ズレてるとかさ。
ああ、考えるだけでも憂鬱だわ。
『姉さんは心配性だな。あり得ないよ。落ちてたら理事長のおハゲさんに教えてもらう予定だし、何の連絡もないってことは受かってるってことだよ』
おハゲさんって誰???
「とにかく私が確認したいから、10時に学校に集合ね。はいこれ決定事項だから!」
『え、えぇ……? 面倒くさ──』
私は言い訳を聞く前に電話を切った。
「圭ちゃん、過干渉は嫌われるぞ?」
「お兄ぃが言うな。あと私のは過干渉じゃないから。命は昔からどんくさいんだから、私が面倒見てあげないと……」
命は頭は良いけれど、どこか私生活では抜けている。ましてや今となっては……身体に障害を負ってしまったのだ。余計に過保護になるくらいで丁度良い。
「去年の前半までは嫌ってたのにな……」
「だからあれは嫌ってないって。ちょっとすれ違いがあって、喧嘩してただけ」
血も苦労も喜びも分け合った双子の妹。私の半身。そんな子を嫌うなんてできるはずがない。
「それじゃ、行ってくるから」
「ああ、車には気をつけて、それから知らない人には──」
「うっさいしね」
相変わらずグチグチとうるさい兄の声を遮断するように、私は玄関の扉を閉じた。
「おはよ、姉さん。ふわぁ……」
「五分遅刻。ほら、行くよ命」
あくびをする命の手をしっかりと握り、私は校舎を歩き出した。
「ちょ、ちょっと。外部受付はそっちじゃないんじゃ?」
「命がうちの学校に通うことになるなら、案内しなきゃでしょ?」
「先に合格者を見てからの方が……あ、今行くと人が多いもんね。もしかして、気を使ってくれた?」
「べ、別に……」
嘘だ。今の受付には小等部から内部進学してくる子や外部受験生で溢れかえっている。命は人混みが苦手だから、理由をつけて時間を潰そうとしただけ。
「誤魔化さなくても良いのに。姉さんの考えてることくらい分かるよ。ありがと」
あーもう! 妹が可愛いすぎるんですけど!?
「命、うちの中等部の野郎から声をかけられても、ホイホイついて行っちゃだめだからね?」
「え? うん」
秀知院学園は幼等部から大学までの一貫校だ。そしてその中で最も生徒の質が低いのが、何を隠そうここ中等部。
幼、小等部は家柄やお金で質の悪い生徒が弾かれる。高等部と大学では学力で質の悪い生徒が弾かれる。
一方、中等部の外部入学試験は高等部ほど難しくないし、学費も小等部と比較するとそこまでだ。
だから、あまり質の良くない生徒も混じってしまう。
「過去に女性関係で問題を起こした男子生徒がいたらしくてね。それ以来先生たちも目を光らせてるらしいんだけど……とにかく、変な男に引っかかっちゃダメだからね。わかった?」
「大丈夫だって。それに、もしものときは姉さんが守ってくれるでしょ? 生徒会のメンバーなんだし。ね?」
命はそう言うと、私の腕に絡んで体重を預けてきた。だからぁ……!
「そう言うところが危なっかしいの! 他の人にはそんな可愛い頼み方しないでよ?」
「あはは、こんなこと姉さんだけにしかしないよ」
もう、うちの妹が可愛すぎて心配なんですけど! うごご……絶対に
一通り中等部の教室を見た私たちは、ようやく人の少なくなった合格者発表掲示板の前にいた。
「編入試験の合格者は……これか。えっと、私の番号は──」
「は、早く確かめて!」
心がドキドキしてしまって仕方がない。
「……姉さん、あったよ。私の番号」
「ほんと!?」
「うん、春からよろしくね。って、うわ」
「やった──!!!」
私は喜びのあまり命に抱きついてしまった。
「ね、姉さん……!」
「来年からは一緒に登校だよ! それから下校も一緒! それから、命も生徒会に入るでしょ? 部活だって──」
「ちょちょ、恥ずかしいって、見られてるから……!」
「え、あ……」
命の言葉に我に返り、辺りも見渡せば視線が私たちに集中していた。
見られていることに気づき、私は顔が熱くなるのを感じる。
「ご、ごめん」
私たちは視線から逃れるように校舎から出た。
「ぷっ……にしても姉さん、喜びすぎだって。そんなに私と同じ学校に行けるのが嬉しかったの? お可愛いこと」
「んなっ! 命は嬉しくないわけ!?」
「嬉しいに決まってるじゃん。そうだ、春になったら私が勉強教えてあげる」
「……こう見えても私、学年テストでは三位以内常連だから」
「残念、私が来たら四位以内になります」
「こ、このぉ……! 生意気な妹め! 成敗してあげるんだから!」
私は命の脇腹に手をあてくすぐってやった。
「あひひっ! はへ、や、やめて! ごめんなさい!」
「姉より優れた妹はいないって認める?」
「……み、認め……ない──くふっ……ま、待って、これ以上は死んじゃうからぁ!」
「認める?」
「認めます!」
ふっ、また妹を分からせてしまった。私のくすぐりを記憶では忘れてしまっても、命の体は覚えてるみたいね。
「ひぃ……ひぃ……死ぬかと思った」
「自業自得。……あとこれ、合格祝いだから」
私は小包を手渡した。少ない貯金で買った贈り物だ。
「ん、ありがとう。開けてみても良い?」
「うん」
「……これ、リボン? しかも姉さんのつけてるヘッドドレスと同じ柄だ」
私のトレードマークである白と黒のヘッドドレス。それに近いデザインのものを探して買った。命に似合うと思って。
「髪を結ぶときがあったら、それ使ってよ」
命は前髪で顔の半分を隠している。理由は右目と傷を隠すためだ、それは分かってる。
だけどいつかそれを隠さずにいられる日が来れば、そのリボンを使ってほしい。そんな思いを込めたプレゼント。
「嬉しいな。ありがとう姉さん。大切にするね。……せっかくだし、姉さんが今結んでみてくれない?」
「今? 良いの?」
「うん」
その日はどうやら、思っていたよりも早く訪れたらしい。
私は命の髪を後ろで結って、ポニーテールにしてあげた。
「ありがと姉さん。どう? 変じゃない」
「……似合ってる」
命の右目には作り物の眼が入っている。左目とは違う色の目。でも、ぱっと見た限りでは決して偽物の目には見えなかった。
「命、どうせこのあと暇でしょ? 一緒にデパートに買いものにでも行こう」
「え、私そんな暇でもないんだけどな。ちなみに何を買うの?」
「服。おそろがリボンだけじゃ寂しいでしょ?」
「行く!」
そうこなくっちゃ。
「早く行こ、姉さん!」
「ちょっと、命。待って──」
命は浮かれたように、横断歩道へと一歩軽やかに踏み出した。
「危ない、命──ッ!」
「え……?」
「良かった。大丈夫……?」
「……あ、あ、姉、さん」
間一髪のところで私の手が命に届き、猛スピードで走る車と接触することなく彼女を守ることができた。
ふざけんな……! 明らか法定速度オーバーでしょあんなの! 私たちもちゃんと左右確認してなかったとは言え、あんな速度じゃ危なすぎる!
「わ、私、車に……ひか、轢かれ……?」
「命、落ち着いて。あなたは轢かれてない。一切無傷だよ。今度はちゃんと、お姉ちゃんが守ってあげたられたから……」
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」
目の焦点が合っておらず、大粒の汗を額から流し、荒い呼吸をする妹の姿は明らかに異常だった。
「うっ……ぁ……」
「命、しっかり! きゅ、救急車……!」
その後、命は気を失って救急車で病院に運ばれた。
PTSD、心的外傷後ストレス障害……命は交通事故の強いストレスによって、車に轢かれることに強いトラウマを覚えていた。
だから、今回トラウマを再体験し、防衛本能で気絶したとお医者さんからは言われた。
「彼女の心が回復すれば、自然と目を覚ます。だからそれまでは、信じて待ってあげてほしい」
そう言われたから私は、命を信じて待った。
なのに。
「命、お願い起きて。もう、学校が始まっちゃうよ……?」
一週間経っても、彼女はまだ死んだように眠ったまま。