「会長。でしたら私、たまたま割引券を持っていますから、よろしければご一緒しませんか? 生徒会として、今後外部で打ち合わせをする可能性もございますし、その場所の候補として視察するべきかと」
「そうだな……たまたま割引券を持っているなら使わない手はない。秀知院学園生徒会長と副会長として、その喫茶店を視察するべきだな」
「ふふふ……」
「ははは……」
「僕、用事ができたので帰ります」
と言うことで、白銀会長と私──四宮かぐやは喫茶店に来ていた。
えぇ、決して放課後デートではありませんよ。これはあくまで生徒会としての視察。この喫茶店は秀知院学園からほど近く、うちの生徒も利用しますからね。副会長として下々が利用する施設について調査しなくては。
「いらっしゃいませ、お好きな席にお座りください」
小気味よい音とともにドアが開けば、可愛らしい店員さんが出迎えてくれた。
素敵な店員さんね。不思議と目が奪われる。
私の近侍……早坂のメイド服にも似た長袖とロングスカートの給仕服。いっそ禁欲的とも言って良いほど露出の少ないその姿から微かに見えるのは、彼女の顔の左側だけ。そこから見えるその冷たい瞳……あぁ! 会長に似てるのね! 道理で目が奪われるはずだわ……会長に執事服を着せて、彼女の隣に並べてみたい。
「……」
「会長、私たちも座りましょうか。……会長? 聞いてます?」
「あ、あぁ……そうだな」
妙に歯切れの悪い会長を連れてなるべく奥の、窓から遠い席に座る。外から見られて、変な勘違いでもされたらたまらないもの。
「ご注文がお決まりでしたらお伺いします」
「ではコーヒーを。四宮もそれで良いか」
「はい。それから、こちらのクッキーもいただけますか」
「かしこまりました」
「あぁ、それとこのコーヒー無料券は……」
「はい、使えますよ。お会計の時にご提示ください。それでは、失礼します」
ふふ、会長ったら、気づいてないのかしら。私がクッキーを頼んだことに。
「……人違いか……?」
普段、生徒会室で頭脳戦を繰り広げる私たちにとって糖分は必須。いわば兵糧。
「いや……間違いない……」
戦場で兵糧を軽視した軍に勝ち目はない。藤原さんの乱入もあり得ない。ならば、この場における会長の敗北は必至! この日がようやく……!
「いつの間にバイトなんて……」
ようやく……。
「命ちゃん……」
なんでさっきから私の方をみてくれないの!?
ジロジロと店員さんの方ばかり! 確かに可愛らしい方ですが、些か様子がおかしい。意味深なことばかり呟いて……はっ、まさか──会長の元カノ!?
抜かったわ……戦争に勝つには兵糧だけでなく、情報も必須。新たな戦場に行くにあたって事前調査を怠ってしまうとは……四宮かぐや、一生の不覚。まさか会長の元カノが働いていたなんて。
「大きくなって……七年ぶりくらいか……」
七年!? 今、七年って言ったわよね!? 会長は今年17歳、誕生日は9月9日だからまだ16。その七年前だから……9歳の時の元カノ!? 若すぎませんか!?
い、いえ……会長がモテるのはわかりきっていたことです。9歳で彼女の一人や二人……。
「家を出てったきりだもんなぁ……」
同居してたの!? 9歳で!?
ダメ! 気になる! すっごい気になる! あの子とどんな関係なの!?
けど、直接聞いたりしたら……。
『会長、あの子と一体どんな関係だったんですか? まさか、元カノ……?』
『ほう、四宮。俺の女性歴がそんなに気になるのか。お可愛いヤツめ、ならば聞かせてやろう。俺は小さい頃から山程の彼女とあんなことやこんなことを……』
『そ、そんな……』
「なぁ、四宮。一つ相談なんだが」
「いや! もう聞きたくないです! ……え、あ」
「そ、そうか。すまん」
しまったー!!!
つい想像と現実の会長が混ざって余計な返事をしてしまったわ。一体何を相談しようとしていたの……? あぁ、もう! 藤原さんなら簡単に聞き出せそうなのに! 魔法でも奇跡でも何でも良いからきてくれないかしら!
「ペス、今日は一段と良く走るねぇ。私ちょっと疲れちゃった」
「クゥーン?」
「ちょっと休憩を……あ、丁度良いところに喫茶店がある。けどお客さん、誰もいないっぽい……? お客さんいないところに入るのってちょっと緊張するんだよなぁ……あ、ペスー! 急に走らないでよぉ!」
今の、藤原さんの声!? ……いえ、幻聴かしら……。
四宮かぐや、墓穴を掘る。窓側に座ってさえいれば、未来は変わったのかもしれない。
「お待たせ致しました。コーヒーが2つと、クッキーです。砂糖とミルクが足りなければお申し付けください。ごゆっくりどうぞ」
そうこう悩んでいるうちに、頼んだものが来てしまった。
「待ってくれ」
その瞬間、立ち去ろうとした店員さんの手を会長が掴んだ。
か、会長。まさかよりを戻そうと言い出すんじゃ……だめよ。絶対ダメ。それは許されない。
けど、なんで言えば良いの? 『その子じゃなくて、私を見て』とでも? そんなこと、言えるわけないじゃない。
そんなことを言える勇気が私にあれば、半年間もウダウダとまどろっこしい頭脳戦なんてしていないもの。
「命ちゃん……だよな。久しぶり、バイトしてたなんて知らなかった」
聞きたくない。目と耳を塞いでしまいたい。けど、私が次に聞いた言葉は想像していたものとは違っていた。
「──申し訳ありませんが、私はお客様のことは存じ上げておりません。お手を離してくださいますか?」
「え……あ、あぁ……すいません」
その言葉とともに、会長の手は彼女からそっと離れた。
……。
「なぁ……四宮」
「えぇ! 相談ですよね! 何でもお聞きしますよ! この私に万事任せてください、会長♪」
「さっきと調子違くない?」
やったぁー!!! やっぱり大事なのは日頃の行いよね! 今ならお兄様たちにもニッコニコで挨拶できるわ!
なんて見当違いな喜びを見せていた私の心に冷水を浴びせたのは、続く会長の一言だった。
「さっきの店員──命ちゃんは俺の妹なんだ。七年前に生き別れて、一年半前に音信不通になった、俺のもう一人の妹」
「御行にいにへ
あけましておめでとうございます。にいにとお父さん、圭ねえねはいかがお過ごしでしょうか。
こっちは中学受験のせいかお母さんがピリついていて、少しつらいです。
秀知院学園に入学できたら、にいにとねえねと毎日会えますね。二人とも絶対合格するでしょうし。
ねえねに会ったら、まずは謝ろうと思います。私が、追い出したようなものだから。
たくさん話したいことがあるけれど、次は学校でお話しましょう。
お父さん、にいに、ねえねの健康と御多幸をお祈り申し上げます。
白銀命より」
それが、命ちゃんから俺に届いた、最後の言葉だった。