兄がアメリカへと旅立つ夏が刻々と迫る中、ボクはその兄に呼び出された。
「何の用、兄さん。忙しいんだから手短に──」
「今、四宮の身に何が起こってるんだ?」
予想していた通り、兄さんがボクに聞きたいこととはかぐやさんのことだった。
「少し家のことで忙しいだけ。ニュース見てないの?」
「当然それは知っている。四宮家と四条家のことは」
夏を前にして、四宮と四条はいよいよ大掃除へと舵を切った。世間から見れば両家が全面戦争をしているように見えているかもしれないが、実際は単なる膿の切り落としである。
「そして、四宮家の当主四宮雁庵──四宮の父親が死んだことも」
「……」
つい先日全世界にばら撒かれた、雁庵さんの訃報。それが事態を大きくした。
市場は大きく揺れ動き、四宮だの四条だのと言っている場合ではなくなったのだ。この隙を狙って、雁庵さんの空いた穴を狙うハイエナたちが全世界から日本へと押しかけている。
「一応、今は落ち着いてるよ。両家はこの事態に際し一度矛を収め、共同して防衛に当たることを宣言してる」
「それで上がったのが四宮と帝の婚約話か?」
「なっ、どうしてそれを……?」
「帝が直接教えてくれたよ」
そうだったな。先輩は今、兄さんと同じクラスにいるんだったか。
「帝から婚約話を教えられたのはフランス校との交流会の日だ。その日、四宮は……かぐやは四宮家の付き人に連れられて、それ以来俺たちの前から姿を消した」
「……」
「教えてくれ、四宮が今どんな状況にあるのか」
「ならば教えてあげますよ。兄さん」
ボクは兄に、真実を伝えた。
「かぐやさんは今、身代金目的で中国の山賊に捕らえられています」
「は?」
「中国の山賊に捕らえられています」
「ま、待て待て、どうしてそうなった!?」
「婚約話を聞かされたかぐやさんは『会長以外の男と添い遂げるなら私は家を出奔します!』と言って、逃走しました」
「お、おう。四宮がそんなことを……」
「しかし国内にいては四宮家の追手からは逃げられない。そう思ったかぐやさんはほとぼりが冷めるまで国外に脱出しようと飛行機に乗りました。そして不幸にもその飛行機がハイジャックされて中国に着陸し、そのまま山賊に攫われ……よよよ……」
「滅茶苦茶ピンチじゃないか!? 四宮は無事なのか……?」
「はい、身代金目的なので身柄は無事です。ですが安全とは言い切れない。何しろかぐやさんは亡き雁庵さんの一人娘。彼女を使って四宮家、ひいては日本経済に食い込もうとする不調法者がたくさんいます。可及的速やかに彼女を救出しなければ、どんな酷い目に遭うか分からない」
「そうか、分かった」
「この話を聞いて、兄さんはどうす──」
「そんなの決まってるだろう。四宮を助けに行く」
ボクが質問を終える前に、兄さんはそう言った。
ボクの想像していた通りの答えだ。
「ならば準備をしてください。これから忙しくなりますから」
──約一ヶ月前。
「はい、えー、今日四宮家一族の皆様に集まっていただいたのはですね。とある重大な議題について議論してもらうためです」
京都にある四宮家本邸に来ていたボクは、机に並ぶ面々を見渡した。
ちょっとやつれた黄光さん。相変わらずの暗い瞳をした雲鷹さん。居心地が悪そうに座るかぐやさん。
──そしてクソデカモニターに映る雁庵さんである。
「命さん、お父様も会議に交えたかったという意図はわかります。でもどうしてこんなに顔をアップしてるの!?」
「大きいほうがインパクトあるかなって。雁庵さーん、そっちは調子はどうですかー?」
「あぁ……」
「うん、絶好調だそうです」
「いや、どう見ても親父はうなされてるだけだろ……」
何を言うんだよ黄光さん。比較的元気な方だろう? 一応起きてるんだし。
「死にかけの親父まで交えて何を話すつもりだ?」
せっかちな雲鷹さんに促されたので、ボクは話を続けた。
「四宮家の将来について話し合おうと思います。特に、現在四宮家が抱えてる不安についてですね」
「四条家との関係は命さんのおかげでどうにかなる算段がついているのではありませんか?」
「そっちじゃないです。正しくは雁庵さんの健康不安についてです。見てくださいよこの情けない顔を。今にも死にそうな顔してるじゃないですか」
モニターには雁庵さんのアヘ顔ダブルピース、ダブルピース抜きが映っていた。
はっ、無様め。
「お前全く遠慮しなくなったな……いや、もとからだったか?」
最初の頃は虚勢張ってたし、今ではナチュラルに黄光さんのことを下に見てるからね。仕方ない。
「とにかく、このリスクは無視できません。雁庵さんが予期せぬタイミングで死んでしまったら大変ですよ。四宮家は混乱に陥って、
「「……」」
「あの、まさか今日この場に青龍兄様がいないのって──」
「かぐやさん、その名を口にしないでくれませんか? 不愉快です」
ニッコリスマイル!
「ま、そういうわけなのでボクは考えたんです。予期せぬタイミングで死なれるのが困るなら、こっちのタイミングで殺しちゃおって!」
「ついに正体現しやがったな! 乗っ取る気満々じゃねぇか、てめぇ!?」
「おい黒服、親父が死んだらこいつをつまみ出せ」
「お父様を殺すなんて絶対ダメよ。命さんに前科がついてしまうわ」
良い反応するね。あとよくよく聞けば誰も雁庵さん個人の心配してないの面白いな。せめてかぐやさんは心配してあげなよ。
「誰を殺すだ……? ぶち殺し返すぞクソガキ……」
「あ、おはようございます雁庵さん。丁度良いタイミングで起きてくれましたね」
ではでは、ボクの考えた無謀も過ぎるゲームの概要を説明させてもらいましょうか。
「皆さんにはもう伝えましたけど、ボクは四宮家を独裁ではなく御三家体制にしたいと思っているんです。当主筋の黄光さんの一族、反主流の監視と抑止を担う雲鷹さんの一族、融和派にして穏健派のかぐやさんの一族……かつて四条がいた頃のように、分家を建てようと言うわけですね」
「だが──」
「黙れ。黄光さん? この件についての議論はもう済ませましたよね。それとも独裁のまま引き継ぎ、息子さんに重責を背負わせるつもりですか?」
「……」
黄光さんは口を噤んだ。家族を引き合いに出せば彼は黙る。雲鷹さんは自分のポストが保証されていれば何も言わない。
「問題はかぐやさんなんですよね」
「私ですか……?」
「はい、黄光さんには後継者である息子さんがいますし、雲鷹さんも幼いながら男の子がいるので問題ないんですけど……かぐやさんまだ未婚じゃないですか」
「あ、当たり前じゃないですか!? 私まだ17歳なんですよ!」
「分かってます。ですが結婚とまでは言いませんけど、婚約者を作ってもらわないことには御三家構想は実現できないんですよ」
「俺は、かぐやに男はまだ早いと思うが……」
「うるさいですよ雁庵さん。というかかぐやさんにはもう彼氏いますから。あなた以外のこの場にいる全員みんな知ってますよ」
「どうして言ってしまうの!?」
「マジかよ……」
「ちなみに、かぐやさんの彼氏はうちの兄です」
「は? お前、自分の血縁をかぐやにあてがいやがったな? これもう
あてがってないよ。ボクが出会う前からだいぶ出来上がってたんだよ。この節穴が。
「そしてもう男女の仲です」
ピ──!
「お、お父様──!」
おっと、映像が乱れてしまっているな。ビッグモニターの電源を落としておこう。
「で、話を戻しますね。四宮と四条の内部粛清が一通り終わったあたりに、雁庵さんの死を偽装しようと思うんです」
「偽装?」
「はい。日本を代表する財閥である四宮家とそれに比肩する四条家が抗争した直後に、四宮家の当主の訃報が全世界に駆け巡る。……面白いことになると思いませんか?」
「とんでもないことになるな」
市場は大混乱、株価と為替は乱高下、財界も政界もてんやわんやになることだろう。
そして、その隙を海外の資本家たちは突こうとする。
「それが狙いなんです。とんでもないことが起きて、危機が迫る……白銀御行が四宮かぐやに相応しいか、試すチャンスじゃないですか」
「会長を試す……?」
「現状、兄さんは何の実績もないただの学生ですからね。このまま兄がかぐやさんと結婚したところでただの外戚で終わり、四宮家内部から認められない。ならば、認めさせるまでのこと」
一体どんな危機を演出しようか。古典的にいくなら誘拐か? 攫われたかぐやさんを兄さんが取り戻す。アリだな……。
「それだけのために、世界経済を引っかき回すと?」
「まさか。ノコノコやってきた侵略者の皆様には当然、反撃します。つい先日まで敵対していた四宮と四条が手を組んでね。漁夫の利に思わせた釣り野伏せですよ。面白いでしょう?」
粛清を終えた両家は体力を減らしている、ならば美味しいご飯を用意してあげなくては。
「相変わらずイカれてるな。とんでもない賭けだぞ」
「商売はいつだって賭けの連続。この程度乗り越えなくては四宮に明日はない。30年近くぬくぬくと停滞していた日本経済にも良い薬になるでしょう。それに……」
ボク、賭けには負けないから。
「それじゃあ、世界を巻き込んだ
「ということになりましたので、先輩も四条家にそう伝えておいてくださいね」
「そんな大それたことを事後報告しないでくれよ!?」