『ごきげんよう』
『ごきげんよう』
『……ゴキゲンヨウ』
挨拶にはとりあえず定型文で返す。フランス語、分からん。
大西洋の上、上流階級の集まるクルーズ船内にある豪華絢爛なパーティー会場にて、ボクと先輩は来客の相手をしていた。
『ごきげんよう四条帝様。お隣のお嬢様はご友人ですか?』
『ごきげんよう。彼女は……僕の
『まぁ!』
「先輩、御婦人とどのような話をしているのですか?」
「あー……命がどんな人か聞かれてるかな」
なるほど。
『ご紹介に預かりました、マダム。私は久遠命、日本の大蔵大臣を務めた久遠のひ孫にあたります』
ボクがそう挨拶すると、御婦人もまた返事をしてくれて、どこか納得したように頷き去っていった。
「驚いた。いつの間にフランス語覚えたんだ?」
「ただの付け焼き刃ですよ。定型文を暗記しただけ、こういう場では積極的に家柄を宣伝しないといけないでしょう?」
最近発覚した曽祖父のネームバリューは使っていかないとね。
「したたかだな」
「先輩の隣に立つのだから、これくらいは当然です」
今のボクは傷も徹底的に隠している。見た目の上でも問題はない。
ん? どうしたの先輩。両手で顔を隠して。
「さらっとそういうこと言うなよ……」
「あ、先輩見てください。向こうで面白いことが起きてますよ」
会場の向こう側では真琴さんと雲鷹さんが肩を組み記念撮影をしていた。明日の新聞に歴史的和解の証拠として載せられるだろうな。
一見にこやかに見えて、顔に滅茶苦茶青筋立たせてるから面白い。
「無理してんな、父さん」
「うっわ、お互いの足踏んでますよ。逆に仲良いんじゃないんですかね」
「かもな」
「久遠様、少々よろしいですか?」
ボクが先輩と和やかに話していると、黒服さんが割って入ってきた。
「どうしたの」
「早坂愛からお電話です」
「愛さんから?」
急ぎ会場を抜け出し、ボクはスマホを受け取った。
「もしもし、どうしたの愛さん」
『命、次の試練の場所は南米で間違いないよね?』
「はい、そうですが何か? 」
『かぐや様が部族の人に攫われたんだけど、あれも四宮家の仕込み?』
「……」
部族ってなんだ???
「ちなみに今どこにいるんですか?」
『密林の中だけど……』
「それガチ部族では!? 知らない人にホイホイついていかないでくださいよ!? とにかくかぐやさんを回収してください!」
『……あ、御行くんたちがもう追い付いて来たから通話切るね。かぐやを賭けて部族の長と一騎打ちするみたい──』
「待って、滅茶苦茶気になるところで切らないで!?」
というか兄さん早すぎだよ。ボクらまだ南米に着いてないのに南米編終わっちゃった。
「どうだった?」
「兄がアマゾンの奥地で一騎打ちするそうです」
「はー、御行やるな。姫様を救うためにそこまで……ってアマゾン!? 一騎打ち!? 現代の話かこれ!?」
コンキスタドール御行の冒険譚……まるで15世紀だな。
「しかし初めて聞いたときは驚いたよ。まさか御行が姫様に相応しいかどうか、世界を巻き込んで試すだなんて……い、痛っ。なんで殴ったの……?」
ムカついたから。
「……どうして先輩はかぐやさんのことを姫様って呼ぶんですか」
「あー、ほらあだ名みたいなさ。かぐやだからかぐや姫。転じて姫様みたいな?」
「……ボクが姫様じゃだめ?」
「いや、命は姫と言うよりは女王とか女帝──痛い! ごめん、訂正する! 命は可憐なお姫様だ……!」
やはり暴力……暴力は全て解決する……!
「いやです、許しません」
「……なら、こうすれば許してくれるか?」
先輩はそう言ってボクに手を差し出した。
「俺と踊ってくれませんか」
会場に音楽が響き渡る。
「……はい、喜んで」
ボクはその手を取って、踊る人々の中に飛び込んだ。
彼の肩と腰に手を回し、一歩また一歩と歩調を合わせる。これで顔がすぐ目の前にあればそれはもうロマンチックだったんだけど、あいにく身長差があるので胸しか見えない。
新調した義足は愛さん手製の優れもので、この程度なら私の動きについてこれる。他の人たちみたく回ったりはできないけどね。
「命も回りたいか?」
「え、うわっ──」
体を引き寄せられ、宙を舞う感覚を味わったあと、気がつけばボクは彼の腕の中に収まっていた。
「腕は首に回してくれ」
「は? こ、このまま踊るつもりですか! お姫様抱っこの姿勢のまま!? 正気ですか!?」
会場全体から生暖かい視線を浴びながら、先輩は踊り始める。
胸を叩いて訴えても止まってくれず、仕方なくボクは先輩に体を預けるしかなかった。
「ふぅ……命、楽しかったか?」
「はぃ……」
ボクは消え入りそうな声で肯定した。
先輩の顔が近すぎて、ダンスどころじゃなかった。あーくそ、恥ずかしい。焼け死にそうなくらい体が熱い。
先輩は、ボクのこと好きなのかな。今の彼にはあんまりかぐやさんに未練があるようには見えない。
でもそれを直接聞くのはまだ怖い。
あわよくば、そっちから告白してくれれば良いのに。
「あ゙ー……」
「それはため息なの?」
「ため息の一つもつきたくなります。もう会長の試練が始まって一月が経とうとしているんですよ? もう十分じゃないんですか。良い加減私疲れましたよ……」
「もうそんなに経つんだ。一ヶ月も休学して何やってるんだろうね、私たち」
私の誘拐劇が始まって一ヶ月弱。会長はあの手この手で私を追いかけてくれている。
もう十分実力は示せたんじゃないかしら。良い加減日本に帰りたいわ。
「それにしても会長ったら、私を追ってほぼ世界を一周するだなんて、私のことが好きすぎませんか? はー、彼氏の愛が重くて辛いわ」
「一ミリも辛そうじゃないけど?」
その愛に応えなければならない辛さが、愛さんには分からないのね。寂しい子だこと。
「なんか滅茶苦茶ムカつくこと言われてる気がする。……とにかく、明日でようやく御行くんと合流できるんだから、元気出しなよ」
そうね、明日で最後の試練なのよね。
「明日の試練はどういったものなのですか?」
「テロリストがかぐやを誘拐してロケット発射場を乗っ取り、そのままロケットに乗り込んで宇宙ステーションに自爆特攻を仕掛けるというシナリオだね」
「どういうこと!? シナリオが無茶苦茶すぎませんか!?」
「月に帰るかぐや姫になぞらえてるんじゃ?」
竹取物語って絶対そんな話ではありませんよね。
「というか、そんなシチュエーションをどうやって用意したのよ……」
「金に物を言わせて場所を借りた。周りには映画の撮影だと思わせているみたいだよ」
圧倒的無駄遣いだわ。
「それじゃ、私はお風呂入ってくるから。かぐやももう寝なよ?」
そう言うと愛さんは浴室へと入ってしまった。
──コンコン。
扉がノックされる音だ。
「どなたでしょう?」
『ルームサービスです、バスタオルをお持ちしました』
あら。愛さんったら、頼んでおいて忘れてしまっただろうか。
そして、私はそのとき全く何も警戒せず、扉を開けてしまった。
「見つけだぞ……」
開けて、しまった。
「四宮ぁ……?」
「ひっ──か、会長!? どうしてここに!?」
扉から現れたのは、まさかの会長だった。
「考えてみれば分かることだ。早坂がついていながら、全く合流できないなんておかしな話だよなぁ……? まるで四宮と早坂が一緒に、俺たちから逃げてるみたいじゃないかぁ……?」
全部バレてる──!!!
「あの、これはですね! 深い事情が……あ、会長……?」
言い訳しようとした私を会長が強く抱き寄せた。
「もう二度と、こんなことはしないでくれ。心臓に悪い……」
「申し訳ありません。会長が四宮家に相応しいか、試していまし……ん──ッ!?」
そして乱暴なキスで口を塞がれ、私は謝罪することさえも許されない。
「か、会長、いきなり何を……?」
「俺を試しただと……? そうかそうか、四宮、お前は俺の愛を疑うと言うんだな?」
「会長、目、目が怖いですから!」
そんな獣欲の籠もった目で私を見て、どうするおつもりですか!?
「だったら俺の愛がどれほどのものか、お前に教えてやる。覚悟しろよ」
「や、やめ……!」
「一ヶ月も離れ離れだったからな──今夜は寝かさない」
「助け……ッ!」
は、早坂ぁ──!!!
来客が不審者ならすぐに対応できるよう、浴室から様子を伺っていたら会長だったので一先ず安心……してたら出られなくなった早坂愛さん(18)。無事に脳破壊される。