北米での商談を終えたボクたちは予定よりも早く日本へと帰還した。
理由は、兄が今回の誘拐劇の自作自演に気づいてしまったからである。
それによってかぐやさんは兄に捕まってしまい、もはや誘拐劇の続行は不可能。かぐやさん救出メンバーは一足先に日本へと帰国していた。
この一ヶ月で起きたことを纏めると以下の通りだ。
まず、四宮および四条の中で反改革派は概ね処分された。生き残った者たちは必要最低限だけ。彼らも今後は自分たちの立場を理解してくれることだろう。
次に兄の四宮家内における評価だが、概ね高評価だな。
かぐやさんを何としても助けようとするその人間性や、それを実現する実力もそうだが、支えてくれる仲間がいること、そして世界を巡ったことでコネクションを得た今の兄を見くびる者はいない。それは四条でさえも。
ただなぁ、ほんとはアメリカでも大立ち回りして欲しかった。最後の試練でアメリカ内に名を広められたら、兄さんのスタンフォード生活が楽になると思ったんだけどな。仕方ない。
それから、世界経済全体のこと。雁庵さんの死の誤報から始まった経済危機は、『すまん誤報だった(意訳)』の一言でちょっと鎮静化した。代わりに報道機関の株価が下がったが。
いや、思ったよりも大騒ぎになってしまったな。一ヶ月の間に内閣は総辞職しちゃったし、複数の外資系ファンドは倒産したし、アメリカでは顔色の悪い投資家の皆様から『日本の毒リンゴめ……』って嫌味を言われてしまったよ。懐かしいなその異名。
ちなみにボクとお母さんは儲けたぞ。2桁億くらい。
逆に損したのは黄光さんだな。かわいそうに。あの人スルメみたいにしわしわになってたよ。
さて、最後に四宮の新体制についてだが──。
「命様、四宮家本邸に到着しました」
「ありがとう、政子さん」
それはこれから、語るとしよう。
ボクは、机に並ぶ面々を見渡した。
ちょっと、いやかなりやつれた黄光さん。相変わらずの暗い瞳をした雲鷹さん。隣り合って座るかぐやさんと兄さん。居心地が悪そうにしている帝先輩。そして今日は調子の良いビッグモニター雁庵さんだ。
「はい、えー、今日皆様に集まっていただいたのはですね。新体制最初の会合を開くためです。いぇーい、ぱちぱちー」
「命ちゃん、ちょっと良いか?」
「なに、兄さん」
「お義父さんに滅茶苦茶睨まれてるんだが?」
「誰がお義父さんだ、殺すぞ?」
「お父様はかいちょ……み、御行さんを認めてくださらないのですか?」
「みと……みと……認めんッ!」
「雁庵お義父さん、娘さんを俺に下さい!」
「かぐやが欲しければ俺を殺せ小僧……!」
「どうせ老い先短ぇだろうに、親父は何を言ってんだ」
「あぁ……今日は六月何日だ……?」
目を覚ませ黄光さん。もう7月入ってるぞ。
「命、四宮家っていつもこんな感じなの?」
「割と。四宮家から悪を抜いたらおもしれー家になるんですよね」
ギスギスとシリアスしてるよりは、こっちの方がボクは好きだよ。
「さて、雁庵さんはこう言ってますけど、兄さんがかぐやさんを娶ることは半ば確定事項となっています。安心してくださいね」
ボクは兄さんに事のあらましを説明した。
四宮家の次期体制として御三家を建てようとしていること。そしてそのうちの一人、かぐやさんの伴侶として兄が相応しいかどうかを今回の誘拐劇を通して試していたことを。
「いずれかぐやさんが兄さんに婿入りした暁には、兄さんもかぐやさんの伴侶としてこの四宮という巨体を支えるべく力を貸して貰います。それが出来なければかぐやさんとの結婚なんて出来ません。覚悟は出来てるよね?」
「当たり前だ。俺は生涯、四宮を……かぐやを支えると誓う」
「かいちょ……好きぃ……」
「黒服、緑茶持ってこい。とびっきり苦いやつ。兄貴もいるか?」
「くれ」
おっと、思わぬところで兄弟関係の改善が見られたな。
「それでは黄光さん、雲鷹さん、かぐやさんと兄さんの御三家最初の会合として議題を挙げさせてもらいます」
「……俺はなんで呼ばれたんだ?」
「帝先輩は最初の会合の立会人です」
さて、では新生四宮家最初の課題を伝えさせてもらおうか。
「──現在中国当局によって拘束されている四宮青龍の処遇を如何とするか」
「「「は!?」」」
「青龍……確かかぐやの二番目の兄だったよな。命ちゃんと因縁があるやつだったか?」
それを言ったら四宮家の人間全員に因縁があるよ?
「青龍のクソ兄貴は、今度は何をやらかしたんだ……?」
「人身売買の疑いだそうです。あの人、相当ハードな遊びが好きなんですねぇ……?」
「また女遊びか。色狂いめ……」
「血筋ですかね、雁庵さん?」
「俺は無闇矢鱈に女に手を出したりしてねぇだろ」
三人の女性との間に子どもを作っておいて良く言うよ。
「見捨てるか、それとも利用価値を見出し助けるか……より四宮にとって利益ある選択を、三家で話し合って決めてください」
そして会議は進む。黄光さんはとりあえず呼び戻してから決めるという提案をした。ま、身内の恥だしな。今はかぐやさんを誘拐した負い目で向こうも静かにしてるけど、普通に外交問題に発展する可能性あるし。
雲鷹さんは無視に一票。クソトカゲを助けるのに大金と労力使う価値はないとの判断だ。一理ある。
一方、かぐやさんたちは条件付きで黄光さんに賛成した。
「私からの条件は、黄光兄様と青龍兄様を弓道の的にさせて貰うことです」
「青龍の不始末を俺に背負えと?」
「は? 青龍兄様のことは関係ありません。これは会長の家族を滅茶苦茶にした分ですがなにか?」
「……」
「もはや殺す気満々じゃねぇか」
「黙りなさい雲鷹兄様。あなたも愛さんの件で借りがありますからね? 同じく的にしても良いんですよ? それに私は狙った場所は外しません。大丈夫、頭にリンゴを乗せるだけですから。会長からは何か条件はありますか?」
「親父から四宮家が買い取った薬品の特許、それを返してもらおう。あれは親父の会社じゃないと作れなかったものだ、どうせ持て余しているのだから要らないだろう」
「……
兄の言葉に、雁庵さんが感慨深そうに呟いた。ああ、そういうことね。お父さんが四宮家と揉めたのは兄が、そしてかぐやさんが生まれる前のことだったな。
というか、うちの一家離散って雁庵さんも関わってたのか。2アウトかなぁ?
「それと四宮製薬の株式もだ」
「……何か考えがあるんですか、兄さん」
「金で特許や機械は買えても、技術を持った人間の心までは買えない。だから四宮製薬では心臓病の研究が遅々として進まなかった。……俺が変える。手始めに製薬会社のトップに親父を据える。親父は誰も見捨てなかったからな、恩を感じるかつての白銀製薬の従業員、研究員たちはそれで戻ってくる。そしてかぐやの母親のような人間を、俺はこの世から根絶してやる。それはあなたも望むところだろう、四宮雁庵」
そんなことを考えてたんだ。
「ふん、やってみろ小僧。手向けにくれてや──」
「かいちょ、しゅき……いっぱいちゅき……」
実の父親が良い感じに義理の息子に託そうとしてるのに、彼氏──許嫁とイチャイチャちゅっちゅし始めてしまうかぐやさん。
「ちょ、かぐや! 今お義父さんと話してる最中だから!」
「かぐやを泣かせたら呪い殺してやるぞお前」
雁庵さん、父親の嫉妬は醜いですよ。あーあ、締まらないなぁ。
「それじゃ、ボクはそろそろお暇しますね」
「命は行くのか? なら俺も」
「四条家には四宮家を外から監視する役割があるんですから、先輩は残ってなきゃだめですよ」
そう言ってボクは部屋を去った。
これでボクがいなくても、ある程度上手く行くんじゃないかな。全ての家が仲違いしたら空中分解しそうだけど、そこはほら、次代に任せるってことでさ。
本邸から外に出れば辺りはすっかり暗く、空には立派な満月が昇っていた。ここは山中の田舎だから、月が良く見える。
「さてと、政子さん。車出してください」
「よろしいのですか?」
「……?」
「彼と話していかなくても」
ボクが車に乗り込むと、政子さんはそんなことを言った。
──コンコン。
外から窓を叩く音。
「命、話したいことがある」
そこに立っていた先輩に、ボクは連れ出された。
「月が綺麗だな」
本邸の庭を並んで歩いていると、先輩はそんなことを呟いた。
「そーですねー」
「……反応それだけ?」
「なんですか、初々しく照れれば良いんですか? ボク、あんまり分かりづらい表現は好きじゃないんですけど」
『月が綺麗ですね』。夏目漱石が『I love you』を日本語に訳したときに言ったとされる言葉だ。俗説の類である。
「それにしても、良いんですか?」
「ああ、うん。俺が監視しなくても特に問題はな──」
「そういうんじゃないんです。初恋の人が兄とイチャイチャしてましたよ」
ボクがそう言うと、帝先輩は足を止め、苦笑いしながら言う。
「確かに姫様は初恋だったよ。でも……今の俺にとっては後悔の象徴でしかなかった」
「ふーん」
「彼女はもう自分の居場所を作り、四宮家の呪縛からは解放された。……だから、俺が四宮かぐやに持つ未練はもうない」
「ほんとですぁ……?」
「いや、ほんとだって。信じてくれよ」
「じゃあ、証拠出してくださいよ証拠」
「えぇ? うーん……ほ、ほら、俺巨乳好きだから。それに姉さんに似てるし、よくよく考えたら姫様ってあんまりタイプじゃない、みたいな?」
「やっぱり胸ですか。ヘンタイ、スケベ、エッチ」
「じゃあ、なんて言えばよかったんだよ……」
そんなの言わなくても決まってるじゃん。
ほんとに好きなのは──なんてね。ちょっと自惚れすぎかな。
「まぁ、良いですよ。気長に待ちますから、今日のところはこれで。また会いましょう、先輩」
ボクはそう言って踵を返し、庭を去ろうとしていた。
「好きだ、付き合ってくれ」
背後から先輩に、捕まってしまうまでは。
「……と、唐突すぎますね。意味が分かんないですよ」
熱い。
「俺は命のことが異性として好きだ。俺の彼女になって欲しい」
「……自分の言ってること、理解してますか?」
熱い。
「嫌だったか? でも、命だって俺のことが好きって言ってくれただろ?」
「……ボクから告白したときは、拒否したくせに」
「命に惚れたのは、その後だから」
体が燃えるように熱い。
「だいたい、ボクは四宮側の人間で、先輩は四条の跡取りじゃないですか」
「これからはそんなもの関係ないだろ。命がそういう体制を作ったんだ。それに周りが何と言おうと、俺が認めさせる」
「身分が違います」
「御行を見てそれを言えるか? それに親族を見れば、今じゃ命も名家の仲間入りだ」
「ボクは、体に不自由があるんですよ。きっと迷惑をかけてしまう」
「構わない。それにもう、その問題は命自身が解決してしまっただろ。自分の目も足も、代替品を自分で作った。命はちゃんと、自分の足で立ててる」
「でも、ボクは……私は……」
とめどなく溢れる熱に、ボクは浮かされて。
「こんなボクで良いなら、愛してください……」
月明かりの下で、口づけを交わし、身を焦がすほどの愛をボクは受け入れた。
──不死の薬はその身を焼いて。
──それからだいたい二年くらいが過ぎた!
次回、エピローグ。