【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十話:無責任な善人

 

 

 

 灰色の逆立つ髪に、両腕の刺青。

 粗暴な雰囲気の冒険者ゲロウは、鼻水を垂らして泣き叫んでいた。

 

「たのむ、頼むよ! オレはどうなったっていい! アンタの奴隷になったって、ここで死んだって、地獄に落ちたって構わない! 頼む! 妹だけは助けてくれ!」

 

 竜胆ウルウに首を掴まれ、吊り橋から落とされそうになったまま必死にもがく。

 目の前にいるのは言葉が通じない、人類(ヒト)ですらない亜人。そう分かっているのに、ゲロウの口から懇願が止まる事はなかった。

 

 賭け金のために勝敗を歪める冒険者。

 そんな話はハラムが考えた嘘っぱちだった。

 目の前にいるのは、どうしても妹を奴隷から解放したくて、そのためなら命の危険を冒した戦いに参加したって構わない一人の兄だった。

 

「奴隷になったのだって、あの子には何の非もないんだよ! あのクソ親父とそいつを止められなかったオレみてえなクソ野郎のせいなんだよ! あの子はこんな陽の当たらない場所に……神に見放された大地なんかに居ていいような子じゃないんだ‼︎」

 

 正直言って、ゲロウの第一印象は最悪だった。

 無法都市に入ってすぐ、ウルウ達に絡んできた最悪の態度。端的に言って、そいつはクソ野郎だった。

 

 実際、それは間違いではない。

 ゲロウは冒険者なんていう殺戮と自然破壊を生業(なりわい)にする野蛮な職業についており、時には機嫌が悪いという理由で同業者に喧嘩を売るクソ野郎だ。

 嘘はつくし、ケチだし、財布の落とし物は懐に納める。金遣いは荒いし、娼館通いが止まらないし、酒に溺れて路上でゲロを吐く生活を繰り返している。神官サマに顔向けできるような人生は歩んでいない。

 

 でも、それでも。

 女子供には手を出さない、家族は守る。

 それくらいの、一般人からしてみればごく当然の一線は絶対に守ろうと必死にもがく男だった。

 

 ゲロウは無法都市に入ってきたウルウ達にしつこく絡み、果てには恫喝さえ行った。

 だが、それも見方を変えればどうなるか。女子供には手を出さない、ゲロウがその最低限の一線を守っているとするならば────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゲロウは無法都市の残酷さを知っていた。

 この街で女子供がどのように扱われるのか、力ない弱者がどれだけ冷遇されるのかを知っていた。

 だから、何とか少女を追い返そうとした。必死に、クソみたいな言葉遣いで恫喝して、助けた相手に恨まれる事になろうと見捨てる事ができなかった。

 

 ゲロウというのはそういう男だった。

 中途半端に悪人で、中途半端に善人で。

 クズで、優しくて、ダメ男で、妹想いで、どうしようもなく普通の人類(ヒト)だった。

 

「たすけてくれ……たすけてくれよっ! 頼むよ、かみさま。妹を……オレの命よりも大切なあの子を助けてくれよォォオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ‼︎‼︎‼︎」

 

 みっともなくて、情けなくて。

 どうしようもない泣き言。

 

 それを眺めて、ウルウは思考を巡らせる。

 

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 竜胆ウルウは怪物だった。

 (ドラゴン)という見た目以前に、その精神性が怪物だったのだ。

 

 竜胆ウルウはいつだって自らの勝利を優先する。

 勝ちたい。負けたくない。ヒトに備わったごく当然の闘争欲。だが、勝つためならば何だってやる……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、ウルウの負けず嫌いは異次元だった。

 少女は単に戦い(ゲーム)で勝つだけでは飽き足らず、誰かの掌の上で踊らされて嘲笑われている状態すらも、舐められていると頭に血が昇るほど。

 故に、少女がそう結論付けるのも当然の事だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ゲロウのみっともない嘆きは、無法都市全体に響いた。

 それは奴隷商ハラム=アサイラムの耳にも。そして、巡礼者アナテマ=ブレイクゲートの耳にも届く。

 

 ハラムはそれを完全に無視した。

 弱者のどうしようもない泣き言など意に介さず、巨人種(トロール)の奴隷に銀髪の痩せ細った少女を連れていくように指示する。

 

「ちょい待った」

 

 その、寸前。

 アナテマ=ブレイクゲートはハラムを止めた。

 

「……ああ。ご協力どうもー。報酬の足枷はもうあの亜人に嵌めてあるから、好きに持っていくと良いのだよー」

「そりゃどーも。でも、その前に……その子ってどうなるの?」

「当然、調()()だよー。主人の言う事に従えない、大した力も持たない奴隷を躾けるのさー」

 

 間延びした言い方で、なんて事ないようにハラムは告げた。

 当たり前のように、心の底から奴隷を家畜として扱っていた。

 

「君……言ってなかったっけ、奴隷は自己救済だって。救われない者が自分の手で自分を救うための方法だって。でも、その子は奴隷なんかなくたって救われる。あのお兄さんがいてくれるのなら、奴隷の身分なんて必要ないじゃん。……解放する気は、ないの?」

「本気で言ってるのかー? 兄? 結局は他人だろー。他人など頼りにはならないし、この女には自分で自分を救う力がないぞー。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ハラム=アサイラムは兄妹を嘲った。

 力のない者、自分の手で自分を救う事すらできない者など、奴隷以外に道はないのだと。

 

「なんだー? この女を奴隷から解放したいのかー? だが、解放されたって幸せにはならないだろー。弱い、弱すぎる、兄に守ってもらわねば何もできない女だぞー? このまま逃したって、何処かで野垂れ死ぬのが運命だろー」

「…………っ」

 

 銀髪の少女は悔しそうに唇を噛んだ。

 何も言えない。何も反論できないからこそ、ただ悔しそうに。

 

「それとも何かー? この女に一生ついて回って、この女を一生救い続けるのかー? この女の一生を保障するのかー? できないだろー」

「…………」

 

 否定はできない。

 アナテマ=ブレイクゲートはほんの一瞬、この少女を救う事はできても、彼女が死ぬまで一生救い続ける事はできない。

 

「吾輩はコイツを奴隷として扱っているが、それはこの弱者が強者になるまで生き方というヤツを叩き込んでいるのだぞー。哀れな犬に狩りの仕方を叩き込んでいるのだー。餌だけを与えるのが本当に救いになる思っているのかー?」

 

 聞き分けのない子供を嗜めるような言葉。

 弱者を奴隷として扱う事を正当化する言葉。

 アナテマ=ブレイクゲートはそれに頷き、真っ直ぐな目でこう言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 きょとん、と。

 まるで当然の事をどうして今更訊かれたのかと困惑するようでもあった。

 

「は? は、はー? 話を理解しているのかー?」

「えー、いや、普通に救いになると思うけどなあ。お腹空いてる時にご飯くれたら嬉しいし……」

「ほ、本気で言っているのか……?」

「君の言う事もさ、一理あると思うよ。餌をあげるんじゃなくて、狩りの仕方を教えること。ただ助けるんじゃなくて、自分で自分を助ける力をつけさせること。それも必要かもしれない」

「ならッ」

「……でもさ、自己救済だけが正しいだなんて、それが当たり前の常識(ルール)だなんて悲しくない?」

 

 アナテマはハラムの言葉を否定しなかった。

 確かに、その言葉にも理はあると思ったから。

 しかし、その上で自らの意見を押し通す。

 救いの形は一つだけじゃない。自己救済だけが正義だなんて、そんな冷たい弱肉強食は神様の望んだモノじゃないと。

 

「わたしはその子を助けるよ。奴隷の方が幸せだって言うなら強制はしないけど、少なくともその子は救われたがっているからさ」

「貴様が去った後はどうする? 無力で弱い兄妹二人だけで神に見捨てられた大地を生きていけるとでも⁉︎ 『神は全能なれど全知にあらず』──神でさえ人類(ヒト)を救ってくれないのだぞ⁉︎」

「うーん、言葉の解釈が違うなあ。それは神様が人類(ヒト)を見捨てたって意味の言葉じゃあない」

 

 ハラムはアナテマの背後に教会があるように錯覚した。

 それほどまでに彼女の佇まいは神聖で、彼女の言葉は預言者の説教のように感じた。

 

「神様には人類(ヒト)の救い方が分からない。それは事実。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 神様は人類(ヒト)を見捨てた訳じゃない。

 人類(ヒト)に救いを委ねた、人類(ヒト)人類(ヒト)の手で互いに助け合う事を信じたのだ。

 

人類(ヒト)には手の届く範囲を救う義務がある。神様の救いを代行する権利がある。人類(ヒト)を助けるって、わたしだけに許された特権じゃないんだよ。誰にだってできる、この神様に見守られた大地(シア・マーティラス)の何処にだってある救いなんだから」

 

 一生救い続けなければ救いではないなんて、そんなのはアナテマだけが人類(ヒト)を救う力を持っているという間違った前提によって生み出された的外れな考えだ。

 

「わたしが去った後? 知らないっての。普通に他の誰かが助けてくれるでしょ」

「…………無責任だ。貴様のような無責任な善人は見た事がない‼︎」

「ちょいちょいちょい! 人聞きが悪いなあ……ただ、わたしは人類(ヒト)を信じているんだよ」

 

 ハラム=アサイラムは絶句した。

 自分だって奴隷を正当化している覚えはある。

 だが、それ以上に、こんなにも無責任に人類(ヒト)を救う事を正当化した言葉は聞いた事がなかった。

 

「……なるほどなー。貴様の言い分はよく分かった、理解できないという事がよく分かったよー」

「なんで? 普通の事じゃん」

「だが、それでどうするのだー? 吾輩の奴隷を勝手に解放するのかー? ()()()()()()()()()()()()()?」

 

 辺りにはこちらを見つめる無数の目。

 奴隷、冒険者、そんな垣根はもはやなかった。

 闘技場の規則(ルール)を破られ、賭けを台無しにされ、果てには強さこそが(ルール)という無法都市の絶対の掟すらも無視された。

 

 彼らの怒りは爆発寸前。

 たとえ目の前のハラムが許すと言ったとしても、無法都市は許さない。

 奴隷を解放するには──無法都市に認められるほどの強さを示す必要がある。

 

 アナテマにはその解決策が思い浮かんでいた。

 だが、それを口に出すのに一瞬躊躇して──

 

 

『アナテマ! 心配はいりません。私は勝ちます‼︎』

「『────分かった。信じる!』」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 一歩。

 アナテマは足を踏み出す。

 メンチを切るように、ハラム=アサイラムを見下す。

 

「君の流儀(ルール)に従ってあげよう。ハラム」

「なんだー?」

「わたしとウルウの身分を賭け金として、この子の代わりに戦う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 郷に入っては郷に従え。

 無法都市にある絶対の(ルール)──強さこそが全てという闘技場の中で決着をつけろ。

 

「…………ぐ、ぐふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふははははははははははははははははははははははははははははははは‼︎‼︎‼︎」

 

 笑う、嗤う、嘲笑う。

 ハラム=アサイラムは満面の笑みを浮かべる。

 だって、それは自らの土俵。相手が(ドラゴン)の亜人だろうと──ハラムの持つ最強の奴隷が負ける訳がないと知っている!

 

「やるのだー! ()()()()()‼︎」

 

 

 

 

 ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 ただ足を踏み締めただけで轟音が響く。

 

 竜胆ウルウの新たな対戦相手。

 それは青褪めた肌の巨人種(トロール)

 ハラム=アサイラムが四つん這いにして椅子代わりにしていた、用心棒がいない時は常に側に張り付かせていた最強の剣闘奴隷。

 

 汚泥の巨人。

 それが目の前の敵の名前だった。

 

 ビキビキビキビキィ‼︎ と。

 汚泥の巨人の全身に血管が浮かび上がる。

 尋常ではない力が込められた腕を上げ、彼はウルウを指差した。

 

 

「オ、オデ……オマエッ、コロス‼︎」

 

 

 

 

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