【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十一話:負け知らずの血闘王者

 

 

 

 竜胆ウルウ。

 彼女の前に立ちはだかるは、三メートルを優に超える巨漢。

 ウルウの大きさなど、目の前の巨人種(トロール)の半分にも満たない。

 

 それが青褪めた肌の巨人種(トロール)

 最強の剣闘奴隷、汚泥の巨人。

 

 圧倒的体格差。

 尋常ではない筋力と質量が襲いかかる‼︎

 

「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎」

 

 ミチミチミチッ‼︎ と悲鳴をあげる吊り橋。

 巨人種(トロール)はその重量と体格を活かして、真っ直ぐ突っ込んできた。

 

 吊り橋の横幅には限りがある。汚泥の巨人の大きさでパンパンになっていて、その突進を躱わす事などできやしない。

 かと言って、後退はできない。吊り橋の長さに限りがあるという事あるが────

 

 

(はっ、速いッ⁉︎)

 

 

 その鈍そうな見た目に似合わず、汚泥の巨人は超高速でウルウに迫る。

 それはまるでダンプカー。今更逃げたってもう遅い。

 

『──なら、正面から行きましょうか』

 

 汚泥の巨人は剣を引き抜いた。

 一メートルはある大剣。だが、汚泥の巨人が振り回せば、それは短剣のように見えた。

 対して、ウルウに武器はない。あるのはゲロウとの戦いで折れた短刀(ナイフ)のみ。

 

 迫る衝突の瞬間。

 振るわれる大剣を見て、しかしウルウに動揺はなかった。

 先ほどまでは見えない敵を相手に間合いの計算をしていた。今更この程度、見誤る訳がない!

 

 

 ()()っ‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()

 

 

 汚泥の巨人は大きすぎた。

 大きすぎて、その割に武器は小さかった。

 故に、足元こそが唯一の死角だったのだ。

 

 空振り。

 必殺の剣を振るった汚泥の巨人が、一瞬だけ重心がブレる。

 その瞬間を、竜胆ウルウは見逃さなかった。

 

『ブッ飛ばします!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりにも現実離れした光景。

 誰もが目を疑った一瞬の攻防。

 恐るべきは体格差を覆す怪力。

 

 しかし、ウルウは油断をしなかった。

 ここは樹海。樹々が生い茂った場所。

 上空に跳ね上げようとも、大樹の枝さえ掴めば、吊り橋に戻る事は可能なのだ。

 

 怪力なのは汚泥の巨人も同じ。

 彼は持ち前の腕力で枝を掴み、ロッククライミングのようにして吊り橋へと戻ろうとしていた。

 

「オ、オデ、マケナイ!」

『そのまま落ちてください』

 

 故に、ウルウが選んだのは空中での迎撃。

 自慢の脚力でウルウもまた跳び上がる。

 

 取り出しのは柄が折れた短刀(ナイフ)

 他でもない汚泥の巨人から渡されたモノ。

 その折れた刀身を懐から取り出し、ウルウは汚泥の巨人の腕に刺し込んだ。

 

「ゴッ、オオオオオオオオオオオオオオオっ⁉︎」

『腕の腱に刺しました。痛いでしょう。力が出ないでしょう。なので、大人しく落ちてください』

 

 だらり、と片手から力が抜ける。

 腕に食い込んだ刀身から溢れ出す血。

 残った一つの腕で枝を掴むが、それももう限界。

 しかも、ウルウは更に追撃を仕掛ける。もう一本の腕をしっかりと狙って。

 

 

「コボレロ────『チみどろのナミダ』」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 汚泥の巨人から溢れ出す血。

 しかし、それはあまりにも多すぎた。

 尋常ならざる量の血液が洪水のように飛び出し────()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……………………は?』

 

 三本腕、青褪めた畸形の巨人種(トロール)

 しかも、いつの間にか流れる血は止まり、ウルウが傷つけたはずの腕の腱は歪な形で治っていた。

 

「イタイ、イタイ。オデ、イタイ。……オマエも、イタイぞ」

 

 三本目の腕がウルウを掴む。

 離れない。ウルウの怪力ですらそれを引き剥がせない。

 そして、異常は他にも。汚泥の巨人に掴まれた腕が、まるで注射でも打ったように腫れ上がる。

 

 いいや、そんな程度(レベル)ではない。

 汚泥の巨人の(てのひら)に触れられた肉体が急激に膨れ上がり──

 

 

 ()()ッッッ‼︎‼︎‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「まさか魔法⁉︎」

 

 鮮血の爆発を目撃したアナテマ=ブレイクゲートは、思わず叫んだ。

 それは祈祷術ではない。そんな奇蹟などアナテマは知らない。ならば、答えは一つ。完全な予想外。汚泥の巨人は剣闘士である以前に、魔法使いだったのだ。

 

「ぐふふふふふ! 汚泥の巨人は負けんよー! ヤツは最強の剣闘奴隷! どれだけ血を流し、どれだけ肉を抉られ、どれだけ骨を折ろうとも立ち上がる。永遠に戦い続けられる魔法を持った怪物なのだからー‼︎」

「っ⁉︎」

「ヤツこそが吾輩の専属奴隷! 負け知らずの最強の剣闘奴隷! 『血闘王者』ッ、汚泥の巨人! あんなちんけな亜人に負けるはずがないだろーッ?」

 

 ハラム=アサイラムは威張って勝ち誇る。

 彼が大人しくアナテマの意見を受け入れたのは、この光景が目に浮かんでいたからだ。

 汚泥の巨人は負けない。ハラムは最強の巨人の勝利を全く疑っていなかった。

 

(……ああ、もう! こんな面倒な規則(ルール)なんかなけりゃ、すぐにでも傷を治してあげられるのに!)

 

 アナテマは祈りそうになる手を必死に抑える。

 外部から勝敗を歪める事は禁じられている。

 助言程度ならば兎も角、奇蹟によって傷を治す事など言語道断だろう。そもそも、この距離から奇蹟を発動するには準備が足りなさすぎる。

 

 動揺しているのはアナテマだけではない。

 口を抑えて顔を真っ青にする銀髪の少女。

 そんな少女を支える灰色の髪の冒険者。

 

 悲喜交々の観客席。

 それを傍目で眺めながら、マガリの(クラン)のキリジは静かに佇む。

 

 樹人種(エルフ)はこんな戦いを望んでいた訳ではないが、それは自分を発端とした戦いである事には違いない。

 故に、最後まで見届ける。目を逸らさず、竜胆ウルウの戦いを目に焼き付ける。

 

「さて。どうやって戦うんじゃ、(ドラゴン)

 

 

 

 

 なんとか吊り橋に着地するウルウ。

 しかし、状況は好転していない。

 爆発した左腕は使い物にならないし、汚泥の巨人に与えた損傷(ダメージ)は全て修復された。

 

 間も無く、上空の枝から汚泥の巨人もまた吊り橋に着地する。

 それまでの一瞬で、何とか不利を覆す一手を考えなければならない。

 

 そう考えていた時。

 ウルウの耳にアナテマの声が届いた。

 

「『気を付けてッ、ウルウ! そいつは魔法使い! 神の決めた秩序(ルール)を歪め、自らの(ルール)を押し付ける外法の使い手‼︎』」

『詳細よりもっ、何を気を付けるべきかを教えてください!』

「『魔法は祈祷術とは違って儀式が必要ないんだ! 代わりに効果も小さいけど、自分の意思一つで発動できる高速の攻撃ってワケ! 魔法は(てのひら)が起点になるから注意して!』」

『掌って……どれの事ですか⁉︎』

 

 ゴウンッ‼︎ も汚泥の巨人が舞い戻る。

 目の前に立ちはだかる()()()の畸形の巨人。

 彼のそれぞれの掌には鮮血のように真っ赤な魔法陣が展開されていた。

 

「イキテル? ナゼ、イキテル。コワイ。オカシイ。イキモノ、チガウ」

『あー、もう。何言ってるか分からないんですから話しかけないでください』

「コワイ、コワイ、コワイ。……コロス!」

 

 ぐじゅぐじゅぐじゅ‼︎ と吐き気のする異音を立てて、巨人の六本腕が伸びる。

 吊り橋全てを埋め尽くす腕の群れ。絶対に避けきれない。

 

『ならッ、あえて突っ込みます!』

 

 アナテマは魔法の起点が掌だと言った。

 ならば、危険なのは腕の群れの先頭だけで、そこさえ良ければ肘などに当たっても安全のはずだ。

 

 ぐんっ! と勢い良く腕の中に突っ込む。

 賭けには勝った。危険なのは掌だけで、腕そのものは無害だった。

 汚泥の巨人は伸びた腕から更に新たな腕を生やそうとするが、ウルウの速度には追いつけない。

 

 汚泥の巨人、その懐に入り込む。

 トン、とウルウの腕が巨人の腹に触れた。

 

『さっきは上に吹き飛ばしたから失敗しました。次は横に────、ッ⁉︎』

 

 がくん、とウルウの動きが止まる。

 ()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全体重、全体格を使った締め技。

 持ち前の怪力で何とか引き剥がそうとするが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「オマエ、カイリキ、チガウ。オデ、ウデ、ツカメタ。オマエ、ハガス、ムリダッタ」

『抜けっ、ない……⁉︎』

「モット、ベツノ、チカラ。オマエ、ココデ、コロス!」

 

 汚泥の巨人は戦闘中、ずっとウルウの事を分析していた。

 ウルウのとても筋肉が詰まっているようには見えない細腕が、体格差を覆して巨人を投げ上げたこと。その割に汚泥の巨人が掴んだ腕を振り解けなかったこと。

 ウルウの細い脚に高くまで跳ね上がるほどの脚力があったこと。その割に跳躍の際に吊り橋はさほど揺れなかったこと。

 

 それら全てを分析して、汚泥の巨人はこう考えた。

 竜胆ウルウに怪力があるのではなく、全く別の何かが怪力のような現象を引き起こしているのではないか。

 実際の腕力は通常の少女のものと、大して変わらないのではないか……と。

 

 故に、汚泥の巨人は力勝負を選んだ。

 正面からぶつかるのではない。

 抱き合って絞めるという、最も原始的な力の戦いを。

 

『ぐっ、あ……ッ!』

「ワルイナ、ドラゴン」

 

 暴れるウルウを抑え込み、尖った角による頭突きを受け止める。

 完全に、ウルウは手も足も出せない状態になっていた。

 

 手が、触れる。

 汚泥の巨人の腹から生えた掌が、締め付けられたウルウの顔に触れる。

 

 魔法陣が鮮血(あか)に輝いた。

 その時点で、結末はもう定まった。

 

 

「ハラム、ウラムナ。オデが、コロシタ」

 

 

 直後。

 汚泥の巨人がウルウを放り投げた瞬間、真っ赤な閃光が周囲を満たした。

 

 

 

 

「……チッ。あの木偶の坊が、大切な商品を台無しにしよってー。ま、一人だけでも確保できて良かったと言うべきかー?」

「…………」

「ぐふふふ。心の準備はできたかー? 心配するな、貴様を下手な相手に売ったりはせんよ。その美貌に神官としての祈祷術、吾輩が隅々まで使って────」

「ハラム=アサイラム。もう一度規則(ルール)の確認をしない?」

「…………は?」

 

 アナテマ=ブレイクゲートは冷静だった。

 竜胆ウルウの死、そして自分の奴隷堕ちを目の当たりにしてもなお。

 

「君は言ったね。吊り橋から落ちたら負けだって。でも、それは吊り橋から離れたら負けってこと? それとも吊り橋から地面に落ちたら負けってこと?」

「……よく口が回るなー。残念だが、地面に落ちたら負けだー。貴様は汚泥の巨人が空高くに跳ね上げられた事を言いたいのだろうが、あれは勝敗には──」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────()()……⁉︎」

 

 ハラムは慌てて覗き込む。

 竜胆ウルウが吊り橋から放り投げられたのは見た。真っ赤な閃光と共に爆発するのは見た。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんな、そんな訳が──ッ」

 

 そして。

 そこには、

 

 

 ()()使()()()()()()()()姿()()()()()

 

 

「地面に落ちたら負け、だっけ? ほら、まだ試合は続行中。ウルウは負けない。絶対に勝つよ」

 

 

 

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