【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十四話:カナンの村

 

 

 

「コケッ、コケッ、コケコッコー!」

『う、うるさ……』

 

 相変わらずの騒音で目覚める。

 うつ伏せで眠る竜胆ウルウの背中に感じる重量。

 ふっくらとした鶏のトリィが、目覚ましの代わりに鳴いていた。

 

 そこは狭い木造の部屋だった。

 ボロいと言っても差し支えがない家の、大きな寝網(ハンモック)に揺さぶられてウルウは眠っていた。

 

 ぐっ、とウルウは両手をあげて全身を伸ばす。

 意識を失う前、空を飛んでいた時に感じた体の重みはもうない。尻尾も翼も調子が良く、キラキラと差し込む光を蒼い鱗で乱反射する。

 

 トントントン、と木の床を叩く足音が響く。

 部屋の入り口に扉はない。(すだれ)のようなものが、仕切りの代わりをしていた。日光を遮りながら風通しをよくする、暑い地域特有の生活の知恵だろう。

 細かく編み込まれた(すだれ)は虫除けにはなるがしれないが、視界を隠すのには向いていない。穴の間から見える橙色(オレンジ)の髪で足音の正体は丸わかりだった。

 

 

「『おはよう。ウルウはねぼすけさんだねえ』」

『アナテマ……何ですか、その衣装?』

 

 

 (すだれ)をどけ、ウルウの様子を覗き込んだアナテマ=ブレイクゲート。

 彼女の服装はウルウの記憶にあるものとは違っていた。

 

 首から足までを一枚の白い布で覆い隠すワンピースのような服。しかし、薄い布は体のラインを丸分かりにするほどである。

 アナテマが外套(コート)の下に着ていたつなぎのような服は、やぼったいが布が丈夫で実用性があった。一方、目の前の服は綺麗だがすぐに破れそうで、普段使いするような服には見えない。

 

(アオザイみたいなものですか)

 

 ウルウは自身の知識と目の前の光景を結び付ける。特別な時に着るような礼服だろう、と。

 一見暑そうに思えるが、布が薄く足のあたりにスリットが入っていて通気性は高いのかもしれない。

 

「『可愛いでしょ。この村の正装なんだって』」

『(……かわいいですけど、素直に認めるのは癪ですね)』

「『どうしたの、黙って。あっ、ウルウも着たい?』」

『別に……私には必要ありません』

 

 言葉を飲み込み、首を振る。

 かわいいものは似合わない、ウルウは自分をそう評価していた。

 

「『そっかあ。まあ、その(うろこ)って結構丈夫そうだもんね。わたしが奇蹟を使えば、どれだけ汚れても関係ないし』」

『……()()()?』

 

 振った首を、次は傾ける。

 アナテマの言葉には、理解できない点があった。

 

「『あれっ、違った? ウルウが着てる服って不自然なほど丈夫だし、(ドラゴン)の鱗だと勝手に思ってんだけど……』」

『…………えっ』

 

 そういえば、と今更ながら疑問が浮かぶ。

 ウルウが着ているのは普通のセーラー服。

 元の世界にはありふれた、何処にでもある中学の制服である。

 

 それなのに、セーラー服には、ほつれも傷も一切なかった。

 ウルウが上空から落下して手足を枝で切り裂いた時も、腹にゲロウの剣を受けた時も、何の影響もなかった。

 

(魔法、でしょうか。あるいは私が(ドラゴン)になったみたいに、この制服自体にも何らかの変質が……)

 

 ウルウは再び頭を振る。

 考えても分からない事は考えない。

 

 何にせよ、良かった事は確かなのだ。

 元の世界から唯一持ってこれた思い出の品、それが本来よりも強靭になっているのは得でしかない。

 剣さえも防げる防刃チョッキを手に入れた、そう思えばいいだけだ。

 

『あー、それで、村を見つけたんですか?』

 

 自分でも理解できない事を突っ込まれても困る。

 ウルウは話を逸らすため、視線をうろつかせながら話題を変える。

 

(へ、ヘタクソだなあ……。いや、そんなトコも可愛いけどさ)

 

 アナテマはウルウの下手くそな演技に気が付きながら何も言わない。少女の負けず嫌いがよく分かっているアナテマは、藪蛇を突いたりはしないのだ。

 

「『よし。じゃあ、準備をしよっか』」

『?』

「『ねぼすけさんなウルウにわたしがこの村を案内してあげよう! 樹海アシリミッツの隣にあるこの村────カナンの村を!』」

 

 

 

 

 視界いっぱいに広がるのは赤焼けた大地。

 樹海に隣接しているとは思えないほど乾燥した大地に、小屋のような木造の家屋が並ぶ。

 樹をひっくり返して埋め直したような奇妙な形の植物こそあるが、まばらに生えているだけで樹海の面影はほとんどない。

 

 端的に言って、その村は貧しかった。

 煌びやかな無法都市とは違う。

 自然の美しさ以上に、自然の厳しさが現れた光景。

 

 でも、そこには笑顔があった。

 アナテマと同じような正装を着て、楽しそうに走り回る子供達。それを眺める老人。大きな丸太を持って忙しそうにする男性に、彼へ声援を投げかける主婦。

 誰も彼もが幸せそうだった。弱者だろうと、誰だろうと、虐げられる事のない生活があった。

 

「『ここは人類圏最南端、カナンの村。今は乾季(ふゆ)だからちょっと荒れ果てた感じだけど、雨季(なつ)には激流樹海アシリミッツの雲が流れてきて、もっと植物も生えてくるよ』」

『……なんだか賑やかですね』

「『でっしょー? 運が良かったねえ。今日は祭りなんだって。夜にみんなで踊って、明日には音楽祭をやるんだって』」

 

 それで正装(アオザイ)か、とウルウは納得する。

 祭りの日にだけ着る特別な衣装。日本人にとっての浴衣や袴のようなものか。

 

 足枷に繋がった鉄球を引きずり、ウルウはアナテマの隣を歩く。

 男も女も正装(アオザイ)を着ていて、一人だけセーラー服のウルウが場違いに感じられた。

 

「おっ、アナテマちゃん! 昼食かい? これ持っていきな!」

「神官様ー! さっきは助かったー!」

「ほいほーい! おばちゃん、ありがとー! おっちゃんはもう無理して腰を壊すなっての!」

 

 村を歩くと、すれ違う人々から声がかかる。

 言葉は理解できずとも、そこに好意が込められている事くらいは分かる。

 ウルウが眠っていたのは長くても一日程度だろうに、ほんの少しの間でアナテマは村人達の心を掴んでいた。

 

『大人気ですね』

「『いやあ、それほどでも〜。ってか、昼食にしようとしてたの忘れてた。ウルウも食べるでしょ?』」

 

 すれ違った村人の一人から手渡された大きな果物を抱えながら、アナテマ=ブレイクゲートはそう問いかける。

 

『ご飯屋さんとかあるんですか?』

「『そーゆーのはないかなあ。でも、空から落ちてきたわたし達を拾ってくれたお爺さんが料理上手らしくてね。そのご同伴にあずかろうってワケ』」

 

 もう一度辺りを見回す。

 小さな村だった。村人全員を集めても、百人には届かない。規模で言えば、きっと無法都市の方が大きい。

 だから、カナンの村にはお店などはなかった。物々交換が主流のため商売はなく、助け合いが普通のため食事の提供に対価などは求められない。

 

 ……もちろん、その恩恵を受けられるのは同じカナンの村の住人だけ。

 ウルウがご飯にありつけたのは、きっとアナテマがそれだけ村人から好かれている証拠だろう。

 

「『ウルウってば一日中寝てたんだよ? きっとお腹もペコペコでしょ』」

『別に……お腹は空いてませんけど』

「『うっそだー! 三食も食べ逃してるんだし、そんなワケ……』」

『私、お腹空いたことがないので』

「『……マジで言ってる? ちょっとお腹の音とか聞かせて』」

『え……うわっ、ちょ──何やってるんです⁉︎』

 

 ぺたり、とアナテマはウルウのお腹に耳を当てる。それもセーラー服をめくって直に肌が擦れ合う形で。

 橙色(オレンジ)の髪が細いお腹をくすぐり、こそばゆくて……でもそれを表情(かお)に出したら負けたみたいで、ウルウは咄嗟に顔を顰めて我慢した。

 

『耳くっつけてもお腹が鳴ったりしませんよ!』

「『ウルウの国の人類(ヒト)ってみんなこんな感じなのかなあ? お腹が空かないとか、奇怪だなあ……』」

 

 不思議そうに首を傾げるアナテマの歩みが止まる。

 そこはカナンの村の中でも端っこにある家屋。洪水対策か、家の床が地面よりもほんの少し高くなっている。

 何よりも目を引くのは、家を囲む無数の()。真っ直ぐに生えた槍のような植物が、物干し竿みたいになって干されていた。

 

竹爺(タケじい)! ご飯食べに来たよー!」

 

 アナテマはノックすらしなかった。

 扉の代わりに立てかけられた(すだれ)を外し、ズカズカと住居に侵入する。

 

 家に入ってすぐに鼻が動く。

 (ドラゴン)の嗅覚が、ご飯の匂いを嗅ぎつけたのだ。

 

「あー! もう食べてる!」

「遅かったからねえ。安心しなさい。君達の分もちゃんと残してあるから」

 

 それはアナテマと同じような正装(アオザイ)を着た、優しそうな顔をした日に焼けたお爺さん。

 だが、ウルウはそのお爺さんよりも、彼が食べているモノに目を奪われてた。

 

 思わず、相手が理解できないだろう言葉が飛び出した。

 

 

『……パンじゃないんですね』

「『何言ってんの?』」

 

 

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