「コケッ、コケッ、コケコッコー!」
『う、うるさ……』
相変わらずの騒音で目覚める。
うつ伏せで眠る竜胆ウルウの背中に感じる重量。
ふっくらとした鶏のトリィが、目覚ましの代わりに鳴いていた。
そこは狭い木造の部屋だった。
ボロいと言っても差し支えがない家の、大きな
ぐっ、とウルウは両手をあげて全身を伸ばす。
意識を失う前、空を飛んでいた時に感じた体の重みはもうない。尻尾も翼も調子が良く、キラキラと差し込む光を蒼い鱗で乱反射する。
トントントン、と木の床を叩く足音が響く。
部屋の入り口に扉はない。
細かく編み込まれた
「『おはよう。ウルウはねぼすけさんだねえ』」
『アナテマ……何ですか、その衣装?』
彼女の服装はウルウの記憶にあるものとは違っていた。
首から足までを一枚の白い布で覆い隠すワンピースのような服。しかし、薄い布は体のラインを丸分かりにするほどである。
アナテマが
(アオザイみたいなものですか)
ウルウは自身の知識と目の前の光景を結び付ける。特別な時に着るような礼服だろう、と。
一見暑そうに思えるが、布が薄く足のあたりにスリットが入っていて通気性は高いのかもしれない。
「『可愛いでしょ。この村の正装なんだって』」
『(……かわいいですけど、素直に認めるのは癪ですね)』
「『どうしたの、黙って。あっ、ウルウも着たい?』」
『別に……私には必要ありません』
言葉を飲み込み、首を振る。
かわいいものは似合わない、ウルウは自分をそう評価していた。
「『そっかあ。まあ、その
『……
振った首を、次は傾ける。
アナテマの言葉には、理解できない点があった。
「『あれっ、違った? ウルウが着てる服って不自然なほど丈夫だし、
『…………えっ』
そういえば、と今更ながら疑問が浮かぶ。
ウルウが着ているのは普通のセーラー服。
元の世界にはありふれた、何処にでもある中学の制服である。
それなのに、セーラー服には、ほつれも傷も一切なかった。
ウルウが上空から落下して手足を枝で切り裂いた時も、腹にゲロウの剣を受けた時も、何の影響もなかった。
(魔法、でしょうか。あるいは私が
ウルウは再び頭を振る。
考えても分からない事は考えない。
何にせよ、良かった事は確かなのだ。
元の世界から唯一持ってこれた思い出の品、それが本来よりも強靭になっているのは得でしかない。
剣さえも防げる防刃チョッキを手に入れた、そう思えばいいだけだ。
『あー、それで、村を見つけたんですか?』
自分でも理解できない事を突っ込まれても困る。
ウルウは話を逸らすため、視線をうろつかせながら話題を変える。
(へ、ヘタクソだなあ……。いや、そんなトコも可愛いけどさ)
アナテマはウルウの下手くそな演技に気が付きながら何も言わない。少女の負けず嫌いがよく分かっているアナテマは、藪蛇を突いたりはしないのだ。
「『よし。じゃあ、準備をしよっか』」
『?』
「『ねぼすけさんなウルウにわたしがこの村を案内してあげよう! 樹海アシリミッツの隣にあるこの村────カナンの村を!』」
視界いっぱいに広がるのは赤焼けた大地。
樹海に隣接しているとは思えないほど乾燥した大地に、小屋のような木造の家屋が並ぶ。
樹をひっくり返して埋め直したような奇妙な形の植物こそあるが、まばらに生えているだけで樹海の面影はほとんどない。
端的に言って、その村は貧しかった。
煌びやかな無法都市とは違う。
自然の美しさ以上に、自然の厳しさが現れた光景。
でも、そこには笑顔があった。
アナテマと同じような正装を着て、楽しそうに走り回る子供達。それを眺める老人。大きな丸太を持って忙しそうにする男性に、彼へ声援を投げかける主婦。
誰も彼もが幸せそうだった。弱者だろうと、誰だろうと、虐げられる事のない生活があった。
「『ここは人類圏最南端、カナンの村。今は
『……なんだか賑やかですね』
「『でっしょー? 運が良かったねえ。今日は祭りなんだって。夜にみんなで踊って、明日には音楽祭をやるんだって』」
それで
祭りの日にだけ着る特別な衣装。日本人にとっての浴衣や袴のようなものか。
足枷に繋がった鉄球を引きずり、ウルウはアナテマの隣を歩く。
男も女も
「おっ、アナテマちゃん! 昼食かい? これ持っていきな!」
「神官様ー! さっきは助かったー!」
「ほいほーい! おばちゃん、ありがとー! おっちゃんはもう無理して腰を壊すなっての!」
村を歩くと、すれ違う人々から声がかかる。
言葉は理解できずとも、そこに好意が込められている事くらいは分かる。
ウルウが眠っていたのは長くても一日程度だろうに、ほんの少しの間でアナテマは村人達の心を掴んでいた。
『大人気ですね』
「『いやあ、それほどでも〜。ってか、昼食にしようとしてたの忘れてた。ウルウも食べるでしょ?』」
すれ違った村人の一人から手渡された大きな果物を抱えながら、アナテマ=ブレイクゲートはそう問いかける。
『ご飯屋さんとかあるんですか?』
「『そーゆーのはないかなあ。でも、空から落ちてきたわたし達を拾ってくれたお爺さんが料理上手らしくてね。そのご同伴にあずかろうってワケ』」
もう一度辺りを見回す。
小さな村だった。村人全員を集めても、百人には届かない。規模で言えば、きっと無法都市の方が大きい。
だから、カナンの村にはお店などはなかった。物々交換が主流のため商売はなく、助け合いが普通のため食事の提供に対価などは求められない。
……もちろん、その恩恵を受けられるのは同じカナンの村の住人だけ。
ウルウがご飯にありつけたのは、きっとアナテマがそれだけ村人から好かれている証拠だろう。
「『ウルウってば一日中寝てたんだよ? きっとお腹もペコペコでしょ』」
『別に……お腹は空いてませんけど』
「『うっそだー! 三食も食べ逃してるんだし、そんなワケ……』」
『私、お腹空いたことがないので』
「『……マジで言ってる? ちょっとお腹の音とか聞かせて』」
『え……うわっ、ちょ──何やってるんです⁉︎』
ぺたり、とアナテマはウルウのお腹に耳を当てる。それもセーラー服をめくって直に肌が擦れ合う形で。
『耳くっつけてもお腹が鳴ったりしませんよ!』
「『ウルウの国の
不思議そうに首を傾げるアナテマの歩みが止まる。
そこはカナンの村の中でも端っこにある家屋。洪水対策か、家の床が地面よりもほんの少し高くなっている。
何よりも目を引くのは、家を囲む無数の
「
アナテマはノックすらしなかった。
扉の代わりに立てかけられた
家に入ってすぐに鼻が動く。
「あー! もう食べてる!」
「遅かったからねえ。安心しなさい。君達の分もちゃんと残してあるから」
それはアナテマと同じような
だが、ウルウはそのお爺さんよりも、彼が食べているモノに目を奪われてた。
思わず、相手が理解できないだろう言葉が飛び出した。
『……パンじゃないんですね』
「『何言ってんの?』」