【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十六話:灰果祭

 

 

 

 竜胆ウルウには『空を飛ぶ』魔法がある。

 重力を無視して宙に浮かび、あらゆる存在を縛り付ける重さという概念を砕く、世界で最も自由な魔法が。

 

 この奴隷やら魔物やらが存在する物騒な異世界では、この特別な魔法はウルウを守る武器となるだろう。

 一方、ウルウは自分の魔法について何も知らない。どんな理屈なのか、魔法の効果はどれだけ持続するのか、反動などはないのか。

 

 知る必要があった。

 自らに宿った魔法という力の詳細を。

 

 祭りの準備、力仕事はその検証の場としてちょうど良かった。

 いくつもの丸太を魔法で軽くして、ウルウは細い腕で人類(ヒト)の限界を超えた重量を持ち運ぶ。

 

(検証その一、魔法の持続時間について。物体を浮かせられるのは三分から五分。再度の同じ物体に魔法を発動するには、最短でも一分間の待機時間(クールタイム)が必要。持続時間や待機時間(クールタイム)が変動する要因は不明)

 

 無法都市で戦った時には魔法の持続時間に限界などはなかった。

 やはり、これは陽の当たる場所──神の見守る大地にのみ存在する制約(ルール)だろう。

 

(検証その二、魔法の反動について。浮かした物体は魔法を解除した瞬間、元々よりも重くなる。それは自分自身を浮かした時でも同じ。体感で重量は二倍から三倍になる。ただし、持続時間の限界まで重くした場合、ほんの一瞬だけ十倍以上の重さに変わる反動がある)

 

 反動も同様に、無法都市では存在しなかった。

 神がウルウの魔法──束縛(ルール)を破壊する魔法を許さないが故に、空飛ぶモノを落として重くする罰を与えているのだろう。

 

(検証その三、魔法効果の調整について。物体を浮かすのではなく、単に重量を軽減する事は可能なのか。結果としては成功。副次効果として、ただ軽くするだけの魔法は持続時間や反動といった制約が緩和されると判明)

 

 この世界に来てからウルウが感じていた体が軽くなったような感覚は、この魔法の効果が無意識のうちにずっと発動していたためだろう。

 物体を浮かすのではなく、ただ軽くする。その程度であれば、きっと持続時間は無限だ。

 

(検証その四、魔法の発動範囲について。魔法の効果は掌が接触している物体に発動する。そのため、自分を除けば最大二対象しか浮かせられない。手を離しても物体はある程度浮いたままだが、時間は最大でも一分程度。新たに別の対象を浮かせた場合、先ほどまで触れていた物体は浮力を失う。指先で触れるだけでも魔法は発動するが、効果はただ軽くするのみ。浮かすには掌全てがくっついている必要がある)

 

 ただし、何処まで大きなモノを宙に浮かべられるかまでは検証できていない。

 神に見放された大地では吊り橋を浮かべられた。今も自分の背丈よりも大きな丸太くらいは浮かべられた。だが、限界までは検証する機会がない。

 

(追加検証、私の魔法は何処までを一対象と見なすのか。結論、私の認識次第。丸太の上に丸太を乗せれば、どちらの丸太も浮かび上がり、意識すれば片方の丸太のみを落とす事も可能。しかし、地面に丸太を置いても地面は持ち上がらない。一緒に動く、という感覚が一対象と見なすための最低基準だと思われる)

 

 思い返せば、ウルウが空を飛んだ時、衣服や足枷に繋がった鉄球さえも一緒に浮かんでいた。

 あれは身につけたものがウルウと同じ一対象と見なされていたのだろう。

 

(検証その五、物体が浮かび上がる理屈について。結果、一切不明。重力と逆方向の力が働いているのか、重力が弱まっているのか、質量そのものが軽くなっているのか。その全てか、あるいは理屈なんてものはないのか。現段階で確定させる事は不可能)

 

 検証その六。検証その七。検証その八。

 黙々と魔法の検証を繰り返す。

 気付けば、ウルウの仕事はなくなっていた。

 

「『ウルウ、お疲れさまー。お陰様で祭りには間に合ったよ』」

『別に……私は何もしてません』

「『またまたあ。ウルウが丸太を五本くらい担いで何往復もしてなかったら、きっと中途半端な神殿しかできてなかったでしょ』」

 

 神殿。

 丸太を『井』の形に組み上げて作った、キャンプファイヤーの薪のようなモノを指してアナテマはそう言った。

 

 六つの大きな薪。

 それが円を描くように等間隔に設置されている。

 置き方や配置する数、アナテマはそれを従来のモノから変更した──あるいは、月日の経過で変更されていた形を元に戻した──らしい。

 

「『そろそろかな。……始まるよ』」

 

 何を、とウルウが聞き返す暇はなかった。

 ビィンッ‼︎ と、弦を弾いたような音が響く。

 六つの薪に、火が点火された。

 

「『灰を撒いて実りを願う──灰果祭(はいかまつり)の始まりってワケ』」

 

 

 

 

「『はい、これ。祭りの日だけ食べられる特別な食事なんだって』」

 

 適当な地べたに座り、燃え盛る炎を眺める。

 アナテマ=ブレイクゲートが差し出したのは、甘い匂いがする真っ白なお粥だった。

 

『これも……お米ですか?』

「『乳糖粥(キール)って言って、この辺りの伝統食なんだって。確か、お米とか砂糖とかを長耳牛(カウエルフ)の乳で煮た食べ物って言ってたかなあ。……あっ、長耳牛(カウエルフ)って分かる? あの(ウシ)の事なんだけど』」

 

 元の世界では見たことのない奇妙な形の牛。

 首元に膨らむ拳大のコブとだらんと垂れ下がった喉の皮、そして何よりも名前通りツンと横に出っ張った大きな耳が特徴の牛。

 

 丸太を運んでいる時にもウルウが見た牛だ。

 周囲の反応から察するに、恐らく、家畜としては一般的な生き物なのだろう。

 

『いただきます』

「『ほいほい、どうぞー。作ったのわたしじゃないけど』」

 

 米と牛乳と砂糖なんて合うのか? ……とウルウは怪訝に思ったが、これが意外と美味しい。

 ご飯という感じはしない。味として近いのはミルクプリンだろうか。だが、コンビニのそれとは違って温かく、どろっとした食感のせいか食べ応えがある。

 しかも、乳糖粥(キール)の中には甘月実(バナナ)逆根樹(バオバブ)の実も入ってあって、やはりご飯ではなくデザートの類いだと感じた。

 

「『おいしー! 祭りって結構嫌いだったんだけど好きになりそうかも!』」

『意外ですね。アナテマは祭りなんて騒がしいもの、好きに決まっていると思ってました』

「『……まあ、ね。わたしが知ってる祭りって、もっと静かで厳かなモノだったからさあ』」

 

 キラキラ、と。

 アナテマの瞳は炎を映して輝く。

 

「『たのしいよ。この祭りを考えた神官は、きっと正しい形である事よりもみんなが楽しめる事を優先したんだろうな』」

 

 暗い夜を照らすように炎が輝く。

 ウルウ達の目の前で森が燃えていた。

 否。カナンの村の男達が総出で森を燃やしていた。

 

 ある者は火が付いた木の枝を投げ込み、ある者は弓で火矢を森に放ち、ある者は燃える布をはためかせながら森に突っ込んで行った。

 

『今更ですけど、これって何の祭りなんですか』

「『灰果祭(はいかまつり)って言うのはね、森の侵食を抑えるためにやるんだって。放っておけば激流樹海アシリミッツの植物は村を呑み込み、畑はマトモに機能しなくなる。それを止めるために、伸びた樹々を燃やすってワケ』」

『危なくないですか? 火が延焼したら、森全部がなくなる。それはカナンの村のヒトも困るでしょう』

「『燃えないよ。だって、激流樹海アシリミッツは常に雨が降ってるじゃん。燃えるのは本来の領域よりもはみ出した、ほんの少しの樹々だけ』」

 

 この時期に灰果祭(はいかまつり)が行われるのも、同じような理由だろう。

 少し時期が遅れれば、雨季になって火が掻き消されてしまう。

 

「『……でも、それだけじゃない。これを考えた神官は頭が相当良いんじゃないかなあ。森の侵食を止めるっていう分かりやすい祭りの中に、それとなく祈祷術の要素を散りばめている』」

『祈祷術? これが、ですか?』

「『そう。言ったでしょ。灰を撒いて実りを願う──「豊穣の奇蹟」を発動させる祭りってワケ』」

 

 そう。あのお爺さんも言っていた。

 これは一年の収穫量に関わる大切な祭りだと。

 つまり、灰果祭(はいかまつり)とはアナテマが一人で行使していた祈祷術をカナンの村全体で行うためのものだった。

 

「『前にも言ったっけ? 祈祷術は儀式とかお祭りみたいな感じで行うって。祈祷術を願うお祭りはねえ、大きく分けると六つの要素──神殿、礼装、舞踏、祝詞、供物、祭具からなるってワケ』」

 

 祝詞、祭具は聞き覚えがある。

 だが、その他は初耳だった。

 

「『神殿は見ての通り、ウルウに手伝ってもらった焚き火。あれは結構簡易的なんだけど、神様──()を祀る場のこと。礼装はこれね』」

 

 ぴら、とアナテマは正装(アオザイ)をめくった。

 祭りのための決まった服装、それが礼装だった。

 

「『火を囲って踊ってる人類(ヒト)がいるでしょ。本人は何も考えず楽しく踊ってるだけだろうけど、あれは祈祷術で言うところの舞踏。その周りで歌って騒いでるのは祝詞』」

『……騒いでるだけだと思ってました』

「『供物に関しては、今はないよ。カナンの村の祭りって豊穣を願う春の灰果祭(はいかまつり)と豊穣に感謝を告げる秋の拝火祭(はいかまつり)の二つがあるらしいんだけど、供物は秋の拝火祭(はいかまつり)で捧げるんだろうねえ』」

 

 大規模な祈祷術はこの祭りで完結するものではない。一年を通し、供物と祈りが繰り返されることでようやく結実される奇蹟だった。

 

「『そんで、最後。祭具って奇蹟によって別のモノが対応してるんだけど、「豊穣の奇蹟」の場合は()。森を燃やして生まれた莫大な灰こそが、豊穣のための礎となるってワケ』」

『焼畑農業みたいなものですか』

 

 不思議な話だった。

 ウルウの知識にも似たようなモノはある。

 

 当然、それは神の奇蹟を頼るものではないが、豊穣のために灰を撒くという形は同じ。

 どんな世界、どんな摂理であっても、人類(ヒト)というのは同じ文化に収斂するものなのかもしれない。

 

「『祈祷術っていうのは、六つの要素を組み合わせて発動する神様の奇蹟。もちろん、旅の間とかに六つ全てを揃えるのは無理だから、わたしは祝詞と祭具だけの簡略化した奇蹟を扱ってはいるけど。……でも、六つの要素を揃えた方がより強力な奇蹟を発動する事ができる』」

 

 アナテマは立ち上がる。

 空になった乳糖粥(キール)の皿をそっと地面に置いて、真円に十字をはめた金属の首飾り(ペンダント)──太陽十字を握ってウルウに語りかける。

 

「『神殿と礼装は村にあり、舞踏と祝詞はわたしが用意できる。供物はトリィがくれた羽。対応する祭具は燃える森の煙そのもの。──これで聖なる六は揃い、奇蹟は最大の効力を発揮する』」

 

 アナテマが何を言いたいのか、ウルウはようやく理解した。

 そもそも、どうしてウルウ達は村へ向かったのか。何のために足枷を手に入れ、無理にでも人類(ヒト)と接触しようとしたのか。

 

 

「『──待たせたねえ、ウルウ。ようやく君に神の見守る大地(シア・マーティラス)の言語を授けられるってワケ』」

 

 

 

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