【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十七話:いえないおもい

 

 

 

 燃え盛る火。

 天まで昇る大量の煙。

 

 それを背景に、一人の少女が踊る。

 橙色(オレンジ)の髪と白い手足が軌道を描く。

 正装(アオザイ)は暗い夜を照らす月のようだった。

 

 

「地に綴る文字、水揺らす指、風に乗せるは我が叫び」

 

 

 アナテマ=ブレイクゲート。

 たった一人の巡礼者が奏でる祝詞(アリア)

 彼女の(うた)が騒がしい祭りの中に染み渡る。

 

 

「祈りは光、心は闇に、彼方へ示すは火の言葉」

 

 

 

 いつの間にか、辺りは静まり返っていた。

 祭りの最中にはあり得ない静けさ。

 パチパチ、と火の音だけがこだまする。

 誰もがアナテマに目を奪われ、放心していたのだ。

 

 

(ヒト)の想いは天にも届き、神様(かれ)の口にも笑み浮かぶ」

 

 

 空に浮かぶのは白い三日月。

 それが、口角を上げた神の笑みにも見えた。

 

 とん、とアナテマは地面を叩く。

 彼女はウルウの瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。

 

 

「伝えておくれ──『狼煙の奇蹟』」

 

 

 最後に、アナテマは焚き火へ向かった。

 一枚。トリィの羽を火の中に放り投げる。

 

 

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 言語──その知識を全て。

 竜胆ウルウは一瞬で習得する。

 

 不思議な感覚だった。

 頭の中で聞いた言葉が自動で通訳されるような、日本語が自動で異世界の言語──黒鉄語(くろがねご)に変換されているような感覚。

 

 しかし、それだけではなかった。

 その奇蹟は単に言語を習得させるものではなかった。

 

 以心伝心。

 言葉を超えて伝わる、感情の奔流。

 アナテマ=ブレイクゲートの心の奥底に秘められたモノが白日の下に曝け出される。

 

 アナテマはウルウの事が心配で、負けず嫌いが過ぎると呆れていて、翼や尻尾を撫でたいと思っていて、自分だけが話せる少女という事にどこか優越感を抱いていて、それを失う事が少しだけ怖くて────そして、何を犠牲にしてもウルウを絶対に故郷へ帰すと決意していた。

 

 思わず、ウルウの顔が真っ赤に染まった。

 助けてくれたことに感謝はしていた。

 彼女に大切にされているとは気付いていた。

 だが、ここまでの感情を抱かれているとは……アナテマがここまでウルウのことを大好きだとは思ってもみなかったのだ。

 

 

「あれ? もう話せると思うけど……まさか失敗した?」

 

 伝えたいことがあった。

 話したいことがあった。

 言語を習得した時、最初に何を話すかなんて決まっていた。

 

(──ありがとう、と。そう言おうって決めていたのに)

 

 なのに、口が動かない。

 お礼を伝えたい気持ちより、アナテマの感情の奔流を叩きつけられた照れが上回る。

 竜胆ウルウは素直になれなかった。言えない想い(ことば)を飲み込んで、真っ赤な顔を背けて照れ隠しのように口走る。

 

 

「アナテマってどれだけ私の事が好きなんですか?」

「第一声がそれ⁉︎ いや、大好きだけどさあ‼︎」

 

 

 ピーヒョロロー‼︎ と。

 甲高い笛が鳴り響く。

 ウルウの事情を呪いだと説明されていた村人が、呪いの解呪を目撃して嬉しさのあまり楽器をかき鳴らしていた。

 

「おめでとうー!」

「なんか知らねえがめでたいねえ」

 

 静まり返った祭りが騒がしさを取り戻す。

 どんちゃんどんちゃんと楽器と踊りが暴れる。

 それは二人の少女に対する、カナンの村なりの祝福だった。

 

「ウルウっ! 踊ろう!」

「おっ、踊り方とか知らないんですけど!」

「誰も気にしないって! 楽しけりゃ何だっていいの!」

 

 爆発するような歓声と万雷の拍手を受け、巡礼者と(ドラゴン)は踊り出す。

 下手で、みっともなくて、周囲が笑い出すようなふざけた踊り(ダンス)

 

「ふっ、何ですかこれ」

 

 馬鹿馬鹿しくて、竜胆ウルウの口も緩む。

 それはアナテマが初めて見た少女の満面の笑みだった。

 

 

 

 

 

 祭りは未だ続く。

 しかし、アナテマとウルウは貸してもらった小屋にいた。

 

 村の部外者として祭りから排斥された訳ではない。

 子供は寝る時間だと帰されたのだ(なお、アナテマは童顔なだけで成人している)。

 

「ウールウっ、詰めてー」

「……本気で言ってます?」

 

 ウルウの顔が引きつる。

 アナテマは正装(アオザイ)を脱いで、いつもの見慣れたつなぎのような服装に戻っていた。

 彼女はトリィを両手で抱え、寝網(ハンモック)に寝転ぶウルウを手で押した。

 

「本気も本気。村の人類(ヒト)に空き家を貸してもらったのは良いけどさあ、寝網(ハンモック)は一つしか余ってなかったんだって。だから、それは二人で寝る用ってワケ」

 

 この狭い寝網(ハンモック)で、二人(と一羽)が眠る。

 全身が痒くなるような気恥ずかしい感覚がウルウを襲った。

 

「……狭いでしょう。私は床で寝ますよ」

「恥ずかしいの?」

「は? 別に何ともないですけど。いいですよ、一緒に寝ましょう」

「ウルウ……わたしから挑発しといて何だけど、チョロすぎて心配になる……」

 

 一緒に眠るには工夫が必要だった。

 なにせ、寝網(ハンモック)は二人が横並びで寝られるほど大きくはない。

 故に──

 

 

「重くないですか?」

「ぜーんぜん。って言うか軽すぎ。魔法使ってる?」

「……まあ、少しは」

 

 

 仰向けのアナテマに覆い被さるように、ウルウはうつ伏せになって重なる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。ウルウが上なのは、翼や尻尾のせいで仰向けになれなかったためである。

 

「いやあ、あったかい。もうずっとこうやって寝ようよ」

「嫌ですよ、寝苦しい……」

「ええーっ?」

「……あと、耳元で喋らないでください。くすぐったい……」

「目の前に頭しかないのに無理だよ」

 

 ぐいっ、とアナテマの頭にウルウの角が刺さる。

 アナテマとウルウの身長はほとんど同じであるため、並んで寝た時、ウルウの頭の横から生えた角はアナテマの顔面に直撃(クリーンヒット)する。

 冷たくはないが、温かくもない。硬くはあるが、柔らかくもある。アナテマは不思議な感触を顔面に覚えた。

 

「首輪と足枷、もう外していいですか?」

「どうだろ。あの場にいたのが村人全員ではないだろうし、勘違いされて襲われるのも勘弁だからなあ」

「別に……私は付けたままでも構いませんけど。魔法のお陰で重さは感じませんし」

「いやいや、外そうよ。明日、わたしがみんなに呪いは解けたって言っておくから。その後に鍵を開けよっか」

「そうですか……」

 

 一瞬、沈黙。

 互いの表情は見えない。

 アナテマはウルウが眠くなったのかと思い、落とさないように少女を抱擁(ホールド)する力を強める。

 一方、ウルウはまったく別の事を考えていた。

 

 

「アナテマはどうして私を助けてくれたんですか?」

 

 

 ウルウの声がアナテマの鼓膜を震わせる。

 それは少女がずっと気になっていた事だった。

 

「……急にどーしたの?」

「別に、単に気になっただけです」

「うーん……」

 

 アナテマは珍しく言い淀んだ。

 それは言えないというよりは、どこか恥ずかしそうな態度だった。

 

「一目惚れ?」

「誤魔化さないでください」

「誤魔化してないよ。まあ、惚れたって言うのは誇張かもしれないけどさ。……でも、ウルウだから助けたんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はい?」

 

 ウルウは思わず聞き返した。

 だって、それは不思議な口ぶりだった。

 

 ウルウは何度もアナテマに救われたが、ウルウがアナテマを救った事など一度もない。無法都市でだって、きっとアナテマなら一人でも解決できた問題だ。

 いいや、そもそもの話。全ての出来事はアナテマとウルウが出会ってからの話。アナテマは出会ってすぐにウルウを救おうとしたのだから、ウルウがアナテマを救う暇なんてなかったはずだ。

 

「……ふざけてます?」

「ふざけてないよ。本気本気」

「でも──」

「──ウルウはさ……ウルウを見つけたわたしと、わたしに出会ったウルウ。どっちの方が幸運だと思う?」

 

 唐突な話題転換に戸惑いながらも、ウルウは迷わずに答えた。

 

「それは私でしょう。私はアナテマのおかげで言語を習得できたりなど、様々な恩恵を受けました。ですが、アナテマはわたしから恩恵など一つも得られていないでしょう?」

「そう言うと思った。……でもさ、本当は逆なんだよ」

「…………、」

「いや、嘘じゃないよ。そんな目で見ても変わらないから。本気だってば」

「あり得ませんよ。アナテマみたいな都合の良いヒトと出会う奇跡なんてそうそうありません」

「ううん。そんな事はないって」

 

 アナテマはウルウを強く抱きしめる。

 その胸の中にいる少女が何よりもの奇跡だと言うように。

 

 

「自分を助けてくれる人類(ヒト)に出会うより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 人類(ヒト)を救うだなんて誰にでもできる事だ。かつてアナテマは、ハラム=アサイラムに対してそう言った。

 自分を助けてくれる誰かと出会う事は何も特別な事ではない。でも、だからこそ、自分にしか救えないたった一人と出会う事は──きっと何よりも稀少な奇跡なのではないか。

 

「ウルウはわたしにしか話せない。わたしにしか頼れない。わたしにしか救えない。しかも、撫で回したいくらいにカワイイ美少女。……そんな人類(ヒト)、いる? わたしなんかより、ウルウの方がよっぽど都合の良い存在なんだよ」

「私に──アナテマにしか救えない(ドラゴン)に出会えた事が、あなたにとっては何よりも救いだったと?」

「うん。だって、そうでしょ? わたしにしか救えないって事は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 運命。

 それは運命のヒト、なんて意味ではなく。

 神から与えられた役割、生まれてきた意味そのもの。

 

「でもさ、時々思うよ。ウルウを助けたのは間違いなんじゃないかって」

 

 しかし。

 アナテマは自分の意見を翻すようにそう言った。

 

「……別に、当然の意見だと思います。私が怪物なせいでアナテマには迷惑をかけてますから」

「いやいや、違う違う。ウルウが嫌いだって言ってるんじゃないって。むしろ逆。もしかしたら、わたしがウルウの邪魔をしたのかもしれないなあーってワケ」

 

 どうしてそんな解釈になるのか、と不思議そうに呟くアナテマ。

 しかし、不思議だと首を傾げたいのはウルウの方だった。

 

「何を言ってるんですか? アナテマに出会わなければ、そもそも私は最初の時点で落下死してましたよ」

「本当に? だって、ウルウには魔法がある。空を飛ぶ魔法──何よりも自由な魔法が。落下死なんてしなかった。あるいは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アナテマはウルウと出会ってすぐ、彼女に首輪をかけた。それが最適解だと思った。

 ……本当に? あの行動は本当に正しかったのか? アナテマのせいでウルウはこの神の見守る大地(シア・マーティラス)()()()()のではないのか?

 

「わたしは……目先の事に囚われて、未来(さき)を見通して考える事ができない。だから、もしかしたら、わたしの考えなしの善意がウルウの選択肢を狭めていたのかもしれない。わたしは、ウルウを不幸にしたのかもしれない……」

 

 アナテマは苦しそうに声を絞り出した。

 まるで癒えない想い(きずあと)が痛むような、苦痛に歪んだ表情(かお)

 抱きしめていなければ──ウルウから顔が見えない状況でなければ、アナテマがこんな話をする事はなかった。こんなみっともない姿をウルウには見せたくなかった。

 

 ウルウはアナテマの弱音を噛み締める。

 たった数日、人生のほんの一部しかアナテマと関わっていなくとも、それは珍しい態度だと思った。

 アナテマはいつだって明るくて、いつだって元気で……その奥底に、こんな感情が隠れているだなんて思いもしなかった。

 

 気の利いた言葉は何も返せない。ウルウはただの中学生で、大した人生経験を持たない。

 だから、少女が伝えられるのは、嘘偽りのない心からの一言だけだった。

 

 

「不幸なワケありません。アナテマと出会った事は私の最大の幸運です」

 

 

 言い切る。

 何の迷いもなく、心の底から。

 

「だって、悔しいじゃないですか。もしかしたら他にもっと良い未来があったかもしれないなんて。この未来(いま)を選んだ私が負けたみたいじゃないですか」

 

 何の根拠もない。

 負けず嫌いが発した言葉。

 

「だから、この未来(いま)が一番です。私は他のどんな未来の私よりも最高の勝者です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも、それでも。

 少女の勝ち負けしか考えていない馬鹿みたいな言葉は、どんな美辞麗句の綺麗事よりもアナテマの心に響いた。

 

「それに────いえ、何でもありません」

「ええ〜っ? 気になる区切り方をするなあ。何を言おうとしてたの?」

「何でもありません!」

 

 誤魔化すように、ウルウはアナテマをぎゅっと抱きしめる。

 ウルウは魔法を少しだけ解いて、自身の(おもさ)をアナテマに預ける。

 

「もう、寝ましょう。明日も早いんでしょう?」

「そうだねえ。わたしは音楽祭にも出場するし……」

「あれ、本気だったんですね」

「アナテマさんはいつだって本気だわい!」

 

 ぼそり、と。

 眠る直前に、アナテマは暗闇に紛れて一言付け加える。

 

 

「わたしと出会ってくれてありがとう、ウルウ」

(──そんなの、私の台詞(セリフ)ですよ)

 

 

 耳元で囁かれた言葉は恥ずかしくて、素直に言葉を返せなくて、ウルウは狸寝入りをして誤魔化した。

 どこか負けた気分だった。それでも悪くないと思えたのが不思議だった。

 

 

 

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