【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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十八話:獣の詩

 

 

 

 カナンの村に響き渡る笛の音でウルウは目を覚ました。

 寝網(ハンモック)には既にアナテマはいなかった。いつも通り、背に乗ったトリィがコケッ! と鳴く。

 

 カナンの村、二日目。

 耳をすまさずとも聞こえる音色。

 どうやら音楽祭はとっくに始まっているようだった。

 

「コッコッ」

「……案内してくれるんですね」

 

 コツコツと歩くトリィの後ろを着いていく。

 足枷と繋がった鉄球を引きずり、カナンの村を横断する。周囲から視線は感じるものの、特に害意があるようには見えない。

 昨日の祭りの影響だろうか。誰もがウルウを祝福するように楽器を鳴らしてくれた。

 

 トリィは一軒の小屋につくと、その嘴で器用にコンコンと壁を叩いた。

 見覚えのある家。昨日もお邪魔した、竹爺(タケじい)と呼ばれている男性の住居である。

 

「おはようございます」

「……ほんとに呪われてたんだねえ」

「信じてなかったんですか?」

「いや……疑ってたワケじゃないんだけどねえ……」

 

 自分の目で見ても、いまだ半信半疑。

 お爺さんのそんな様子を見れば、アナテマが用心してまだ足枷をつけたままにしたのも納得がいく話だ。

 

 お爺さんは昨日と同じように、雑炊(リゾット)を用意してくれた。

 そこにアナテマの姿はない。トリィ、お爺さん、ウルウの三人で食卓を囲む。

 

「アナテマはどうしました?」

「ちょっと前に朝ごはんを食べて、今はもう音楽祭の方に向かってるんじゃないかなあ。彼女は参加者だから、準備もあって忙しいだろうし」

「本気で参加するんですね……」

「巡礼者さんの歌だろう? 僕は今から楽しみになってきたよ」

 

 ワクワク、という擬音が聞こえてきそうなほど、お爺さんの顔はだらしなく緩んでいた。

 

「それにしても……亜人に変えられる呪いかあ。どんな状況で呪いをかけられたか聞いてもいいかな?」

「……大した理由ではありませんよ。自分の身の程を超えたモノに手を出した、ただそれだけです」

 

 亜人になる呪い。

 アナテマが告げた(デマカセ)

 

 しかし、実際的外れでもないように思う。

 ウルウはこの世界に来て、(ドラゴン)に変貌した。

 もしもそこに呪いが介在しているのであれば、それはきっと神ならぬ身で天上を侵した罪によるものだろう。

 

 すると、お爺さんは何度も頷いた。

 亜人になる呪いに何か心当たりがあったのかもしれない。

 

 

「……そうか、そうか。なるほど! 道理で! それならこんな辺境の地に来たのも納得だねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

 

 

 ウルウは首を傾げた。

 亜人になる呪いに性別が関係するのだろうか?

 

「でも、急に失踪したら親御さんも心配するだろう。ウルウくんの気持ちを曲げろというワケじゃあないけれど、僕が親御さんなら元気な顔を見たいんじゃないかなあ……」

「っ! ……そうですね。すぐには無理でも、いつか家に帰るつもりです」

「それは良かった。どんな形であれ、家族に祝福されるのが一番良いからねえ」

 

 話の流れはよく分からないが、お爺さんはどうやら呪いに詳しいようだ。

 ウルウが別の世界からやって来たことさえも見抜くとは……と心の底から感心した(勘違い)。

 

「あの子は、放っておいたら何処かへ消えそうな儚さがあって心配だった。でも、良かったよ。君のような人類(ヒト)が隣にいるって聞いて安心した」

「……?」

「逃しちゃダメだよ。あんな良い子、他にはいないからねえ」

 

 何を言われているのかよく分からない。

 だが、ウルウはよく分からないままに頷いた。

 

「ええ。逃しませんよ。私はアナテマの奴隷(もの)で、アナテマは私の首輪(もの)ですから」

 

 

 

 

「よっす、ウルウ! いつも通り寝坊助さんというか、もしかして朝に弱い系?」

「別に……そんなコトありませんけど」

 

 食後、ウルウは音楽祭でアナテマを見つける。

 キャンプファイヤーのような焚き火が複数設置された円の中心、楽器をかき鳴らしたり歌を熱唱したりする村人達をアナテマは眺めていた。

 

 橙色(オレンジ)の髪が焚き火に照らされ、まるで夕焼けのように鮮やかに見える。

 彼女は正装(アオザイ)を着て、大きな琴のようなものを担いでいた。

 

「張り切ってますね」

「大事な祭りだからねえ。ほんと、この祭りを考えた神官の人類(ヒト)は頭良いよ。『破魔の奇蹟』をこんな風に日常に溶け込ませるなんてさ」

「昨日の『豊穣の奇蹟』みたいな感じですか?」

「そーそー」

 

 ポロロン、と。

 アナテマの白い指が弦を軽く弾いた。

 

「前に見せたっけ、『破魔の奇蹟』──身を守る障壁を生み出す奇蹟。わたしなら鈴を使うけど、音を鳴らすモノなら何だって祭具になるってワケ」

「……村人は楽しんでいるだけで、いつの間にか獣除けになっているという事ですか。確かに頭が良いですね」

「でっしょー! 障壁って言っても害意を持った生き物を弾くだけで、自然災害とか意志のない脅威は防げないんだけど……それでも、こんな魔境に近い場所じゃ必須の奇蹟だよ」

 

 どれだけ大切な祭りでも、時が経てばやり方は簡易になる。だって、重要な奇蹟を扱う祭りであるほど、準備には労力がかかるものだからだ。

 しかし、カナンの村の祭りは違う。誰もが楽しめるように工夫を凝らされていて、だからこそ本もないもない場所で数十年間受け継がれてきた。

 

「よーし! わたしも負けてらんないなあ! 祭りを考えた神官みたいに、わたしもみんなの心を掴んでやるぜ!」

「負け? 負けてませんよ。勝負はここからです」

「勝ち負けへの反応が早い⁉︎ いやっ、そんなつもりはなかったというか ……勝ち負けとか気にせず楽しんでくるー!」

 

 逃げるようにアナテマは走った。

 焚き火に囲まれた円の中心へ。

 どうやら、アナテマの番が来ていたらしい。

 

「いよっ! 神官さま!」

「駆け落ち貴族令嬢!」

「かけ、おち……? え、全然知らない話が出回ってない⁉︎」

 

 狼狽えるアナテマも見て、不思議なこともあるもんだとウルウは思った。

 うるさいヤジを止めるように、ジャンジャンとアナテマは琴を掻き鳴らす。

 

「はーい! アナテマさんが歌うので静かにしてくださーい! ……いや、静かになりすぎでしょ。緊張するなあ、もー」

 

 風が吹き、橙色(オレンジ)の髪と白い正装(アオザイ)が揺れる。

 細い指が琴を優しく弾いた。そこから響くのは先ほどまでの喧騒ではない。教会の聖歌のような美しすぎて気が引き締まるような音色。

 

「────わたしは音楽に詳しくない。誰もが楽しめる歌も、気持ちが高揚する曲も知らない。だから、わたしが謳うのは歌ではない(うた)。吟遊詩人のように、神話(ものがたり)を奏でて伝えよう」

 

 読み聞かせ、あるいは朗読劇。

 琴の音色はBGMのようにアナテマの声を際立たせる。

 

「これより話すのはわたし達の(はじまり)。いかにして祈祷術は生まれ、いかにして言葉は生まれ、いかにして──獣人種(リカント)は生まれたのか」

 

 

 

 

 昔々。十年、百年、千年よりももっと昔。

 天から大地(せかい)を見下ろす神様がいました。

 

 ()の者の名は火の神(マーティラス)

 輝く太陽(みぎめ)、落ちた(ひだりめ)、全能謳う光の巨人。

 人類(ヒト)の未来を照らす唯一神。

 

 神様はひとりぼっちでした。

 光の神は消え、水の神は殺され、風の神は去り、地の神は眠り、闇の神は見えない。

 ひとりぼっちで、あらゆる生き物は神様を理解できず、それでも大地(せかい)を照らし続けました。

 

 

 そんなある日のこと。

 天は割れ、亀裂の彼方から一匹の()()()が現れました。

 

 

 蛇は神様を丸呑みにすると、大地(せかい)の中心で眠りにつきました。

 残されたのは、神様を失い夜に包まれた空。

 

 それが『冬』。

 明けない夜、熱を失った大地(せかい)

 植物は枯れ、動物は痩せ細り、あらゆる生き物は寒さに凍える。

 

 その中でも、最も寒さに震えている生き物がいました。

 それこそが()()()()()。普通の(オオカミ)とは違って彼には毛皮がなく、寒さから身を守る術がありませんでした。

 

 神様は毛のない狼を憐れみました。

 故に、彼に()を与える事にしました。

 太陽には程遠い、蛇の牙の隙間から零れ落ちたほんの僅かな(ねつ)──()()を毛のない狼に授けました。

 

 それは単なる火ではありません。

 神様の一端、太陽の分け火。

 毛のない狼は身を暖めると同時に、()()()()()()()()()()()

 

 知恵、知識、知性。

 それを得た狼は姿形を神様に近づけ、やがて人類(ヒト)となりました。

 そう。それこそがわたし達──獣人種(リカント)(はじまり)です。

 

 樹人種(エルフ)が巨大な樹から生まれれように、小人種(ドワーフ)が泥を練って作られたように、わたし達獣人種(リカント)は一匹の(オオカミ)から始まったのです。

 わたし達には狼のような耳も尻尾もありません。ですが、体毛の薄い身体が、体温(ねつ)を宿した心臓が、わたし達が毛のない狼の子孫である事を示しています。

 

 毛のない狼は毛皮がなくとも寒さを退ける火を手に入れ、衣服を作って身に纏う知恵を手にしました。

 もう(かれ)が寒さに凍える事はありません。人類(ヒト)になって言葉を手に入れた彼は、たった一言、神様にこう告げました。

 

 『ありがとうございます』、と。

 

 ……神様にその言葉は通じませんでした。

 獣人種(リカント)が手に入れたのはあくまで獣人種(リカント)知性(ことば)であって、神様の言葉とは違うものです。

 

 でも、それでも。

 神様は驚きました。

 

 だって、初めてだったのです。

 神様の存在を認め、それに向かって話しかけた生き物はその狼しかいなかったのです。

 理解できない神様、言葉の通じない神様、人格という分かりやすいモノがあるかさえ分からない神様。そんなモノに話しかける存在など、これまでいるはずがなかったのです。

 

 神様は嬉しくなり、獣人種(リカント)を愛おしく思い、彼を幸せにしようと考えました。

 しかし、神様にはそれができません。蛇に丸呑みされたから……というワケではなく、万全の状態であっても不可能だったでしょう。

 

 何故なら、神様は全能であっても全知ではない。

 獣人種(リカント)を幸せにするだけの力を持っていても、どんな状態が獣人種(リカント)の幸せか分からないのですから。

 

 故に、神様は自らの力を狼に委ねました。

 それこそが有名な六火(りっか)の奇蹟。

 払暁、越冬、豊穣、浄化、破魔、雷光。

 六種類の奇蹟を授けられた狼は、その力でもって人類(ヒト)を救う事を約束します。

 

 そして、狼は神様に与えられた聖火を遥か未来までずっとずっと伝えていきました。

 いつか、狼の裔に連なる者が、その聖火の力で蛇に呑まれた神様を救い出すと信じて。

 

 

 これこそが聖火を祀り、火の神(マーティラス)を崇める教え──聖火教の始まり。

 

 

 わたし達の始まりはちっぽけな狼。

 それが神様と話し、彼の者に救われた。

 そして、奇蹟の模倣を扱う祈祷術ではなく、本物の奇蹟を授けられた()()となった。

 

 きっかけは単なるお礼。

 神様への祈りとは何も難しい事ではなく、ほんとうに簡単な事の積み重ねなのです。

 

 わたしの(うた)もまた、カナンの村へのお礼のため。

 いつか、この行いが誰かの救いに繋がる事を願って、わたしはわたしの当たり前を積み重ねます。

 かつて聖火が繋がれた先で、一人の聖人が蛇を討ち滅ぼして神様を救い、太陽が再び天に昇ったように──────

 

 

 

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