【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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二話:ヒトの形をした怪物

 

 

 

「『ごめん、ごめんって!』」

『………………、』

 

 ぶっすうううううううううう、と。

 竜胆(りんどう)ウルウは不機嫌にふてくされる。

 それもこれも全部アナテマ=ブレイクゲートのせいだった。

 

 ウルウを絞めつける革製の首輪。

 不意打ち気味に付けられたそれが、どうしようもない違和感をもたらす。

 スカートの中から伸びる青い鱗の尻尾も、異議を唱えるみたいにピンと伸びていた。

 

『何なんですか。全部嘘なんですか。言葉巧みに中学生を騙す変態(ロリコン)だったんですね』

「『ちがうよ⁉︎ 理由があるんだって! マジで! 信じてよお〜‼︎』」

 

 ぷいっ、とウルウは顔を背けた。

 正直な話、悪意があった訳ではないだろうと思っている。アナテマ=ブレイクゲートの人の良さは少しの会話で伝わるものがあった。

 だが、それを伝えると調子に乗りそうだったので、ウルウは沈黙を貫く。

 

「コケッ!」

「『ほら、トリィもこう言ってるし。ね、ね?』」

『……私、その鶏が言ってること分からないんですけど』

 

 トリィ。

 それはアナテマ=ブレイクゲートの頭の上に乗った、丸々とした白い鶏の名前。

 出会った時はいなかったようだが、どうやら荷物番をしていたらしい。トリィは背嚢(バックパック)の上で誇らしそうにしていた。

 

「『ひとまずは、先に傷を治そう? 文句は後で聞くからさあ』」

 

 そう言えば、と。

 今更のようにウルウは気が付く。

 落下した時に樹海の枝に当たったためだろうか。ウルウの手足には無数の小さな切り傷があった。

 

 ゴソゴソ、とアナテマは背嚢(バックパック)を漁る。

 救急箱でも入っているのかと思ったが、アナテマが取り出したのは瓢箪(ひょうたん)のようにも見える革袋だった。

 

『……何ですか、それ?』

「『これ? 水筒だけど、見たことない?』」

 

 金属製の水筒以外を見た事がないのは確かだったが、ウルウが問いかけたのはそれが理由ではない。

 傷を治すのに、革袋がどう役に立つのかという疑問。

 

 アナテマは答えなかった。

 その返答の代わりに、ちょろちょろと革袋の中の水を傷口にかける。

 

 傷口を綺麗な水で洗うというのは、ウルウが元いた世界でも当たり前の常識だった。

 だが、アナテマのそれは元の世界の常識からはかけ離れていた。

 

 

「尽きぬ湧き水、天の盃。閉じた瞼に十五の涙。()ちよ、()ちよ、()ちよ、()ちよ。正しき形へ──『盈月の奇蹟』」

 

 

 最初に起こった異変はアナテマの頭上。

 頭の上に乗ったトリィの更に上で、魔法陣のような光の環が出現する。

 光に照らされて橙色(オレンジ)の髪が煌めく姿は、まるで地上に舞い降りた天使のようだった。

 

 光はやがて水にも作用した。革袋の注ぎ口から光の粒子が溢れ出し、ウルウの傷口を縫い合わせるみたいに集まる。

 そして、光が収まった時、ウルウの傷は跡形もなく消えていた。

 

『……何ですか、それ。魔法?』

「『魔法じゃないよ。これは祈祷術。簡単に言えば……神様の扱う奇蹟の一端を借り受ける技術、かな?』」

『かみ、さま……』

 

 ウルウの脳裏に光の巨人が浮かぶ。

 確かに、あれは神と呼ぶ以外に一言で表現する方法が分からないような存在感だった。

 

「『神様は人類(ヒト)の傷を癒す奇蹟を持つ。……厳密には、欠けたモノを復元する奇蹟なんだけど。わたしは祈る事でその奇蹟を一時的に賜った、それが祈祷術ね』」

 

 正しくは祈るだけではないのだが、アナテマは簡易な説明のために手順の一部を省略して語った。

 

「『後は……わたしが君と会話できているのも祈祷術のお陰ね』」

『えっ』

「『神様は人類(ヒト)に言葉を授けた。言葉を発し、言葉を理解し、互いに意思疎通できるようになる言葉──言語を扱う知性を。その奇蹟の一端を授かる事で、わたしは君の扱う言語を習得できたってワケ』」

「コッ」

 

 同意するみたいに、トリィは鳴いた。

 言語習得の奇蹟。人も、動物も、アナテマ=ブレイクゲートはあらゆる生き物と会話ができるという事なのだろうか。

 

「『わたしはこの奇蹟を君にも使おうと思う。君を故郷に帰すにせよ、すぐにその手段を見つけられる訳じゃないからさ。話せるに越した事はないでしょ』」

『それは……助かります』

「『ただ……ちょこっと面倒なことに、その奇蹟を使うには準備が必要なんだよねえ。しかも、村とか都市とかにお邪魔して、色々なモノを買わないといけないくらい。そして──』」

 

 申し訳なさそうに、アナテマは目を伏せた。

 

 

「『今のままじゃ、君は村に入った瞬間に討伐される』」

 

 

 無意識のうちに、ウルウは息を呑んだ。

 その言葉を信じたくなかった。

 

『……どうして、ですか』

「『さっき言ったでしょ? 神様は人類(ヒト)に言葉を授けた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』?」

 

 ヒトの定義とは何か。

 知性か、遺伝子か、社会構造か。

 ウルウに哲学的な問いの答えは分からない。

 だが、少なくともこの世界では、人類(ヒト)と怪物を分けるのは『言語』──()()()()だった。

 

『その……祈祷術とやらがあれば、私の言葉も理解できるんじゃないですか?』

「『……できるだろうけど、祈祷術って誰にでも扱える技術じゃあないんだよねえ。自分で言うのも何だけど、辺境の村にわたしと同程度の神官がいるとも思えないし』」

『…………』

「『強力な祈祷術を扱えるのは信仰心の厚い神官だけど、そういう人類(ヒト)は大体教会に集まるからなあ。教会もないような辺境には神官が足りない。わたしら巡礼者ってのはそーゆー神官の集中を解消するのが役目ってワケ』」

 

 ウルウが元いた世界にも、都市部に医者が集中して過疎地域に医療が行き届かなくなっているという問題があった。それと似たようなものか。

 

 そう考えると、一番初めにアナテマと出会えたのは最大の幸運だった。

 ウルウの出会った第一村人が彼女でなければ、異文化交流の結果は破滅しかもたらさなかっただろう。

 

『もしかして、そのための首輪ですか?』

「『おおう。理解が早いねえ。そーいや、学校に行ってるんだっけ。頭いいね!』」

『別に……学校なんてみんな行ってますよ』

「『……良い場所だね』」

 

 不思議な笑みだった。

 心の底から嬉しそうで、どこか羨ましそうで、ウルウの短い人生経験からでは読み取れない様々な感情が入り混じった表情(かお)だった。

 

「『ウルウの予想通り! その首輪はわたしの考えた解決策! 人類(ヒト)扱いされるのは無理でも、討伐対象にならなければいいってワケ。まあ、簡単に言えば家畜ね』」

『……さっきは奴隷って言ってましたよね』

「『神様の教えで奴隷は禁止されてるからなあ。人類(ヒト)扱いしようと思って奴隷って言ったけど、村とかじゃ家畜として紹介するよ』」

 

 奴隷はダメなのにヒトを家畜扱いするのは良いのか……とウルウは困惑する。

 

『普通、ヒトと同じ形をしてたら殺すのは躊躇うものだと思うんですけど』

「『そう、かな? でも、人類(ヒト)の形をした怪物なんて沢山いるからなあ』」

『……たくさん?』

「『うん、沢山。例えば──』」

 

 

「コケッ!」

 

 

 鋭い鳴き声が響く。

 アナテマの頭上で、トリィが何かを叫んだ。

 ウルウにその鳴き声(ことば)の意味を理解できないが、アナテマは読み取れたのだろう。目を開いて、頭を横に動かした。

 

 その視線の先に──()()

 

 アナテマはうわあ……と都合が悪そうな顔をして、ため息と共につぶやいた。

 

「『──例えば、目の前の生き物みたいな、ね』」

『…………っ‼︎』

 

 それは二メートル近い体躯の毛むくじゃら。

 黒い体毛に長い手足、筋肉と脂肪で肥大した体。

 二足方向で直立する姿はヒトのようだが、豚にも似た醜悪な頭と皮膚を上向きに突き破って飛び出した太い牙がそれを否定する。

 

 

「『人類(ヒト)の形をした怪物の一種、猪猩々(オーク)(イノシシ)の頭と大猩々(ゴリラ)の体を持った()()!』」

 

 

 

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