【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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二十六話:囚われの竜

 

 

「カカ、カカカッ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 激流樹海アシリミッツ。

 雨が強まる樹海の中に不気味な笑い声が響き渡る。

 

 マガリの(クラン)のキリジ。

 翠色(エメラルド)の長髪をした樹人種(エルフ)の剣士は、竜胆ウルウに蹴り飛ばされた先でなぜか嬉しそうにしていた。

 

「待っていたぞ、(ドラゴン)! さぁ! 儂の剣とお主の牙ッ、どちらがより優れた暴力か競い合いの時間じゃあ‼︎」

「アナテマ、どうします?」

 

 ウルウはキリジの言葉なんか何一つして聞いていなかった。

 彼女はただ、アナテマ=ブレイクゲートに問いかける。主人の命令を待つ奴隷のように。

 

「ウルウ! とにかく此処から引き離して!」

「りょーかい、ですっ!」

 

 地面に広がるのは蒼と黒の魔法陣。

 蝙蝠のような翼を広げ、蒼い鱗を輝かせ、角と尾をうねらせて竜胆ウルウは叫ぶ。

 

 

羽撃(はばた)け────『翼のある蛇(ヘヴィーバード)』」

 

 

 (ドラゴン)の魔法が神の摂理(ルール)を歪める。

 彼女は容赦しなかった。一手目から最大全力の攻撃を仕掛ける。

 

「────『竜の顎』」

 

 ゴバッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 地面が丸ごと浮かび上がり、土石流となってキリジを呑み込む。

 土砂の奔流。汚泥の津波に押し流されながらも、マガリの(クラン)のキリジは楽しそうだった。

 

「来た、キタキタキタキタキタかァ! 最も自由な魔法を持つ(ドラゴン)! もっと、もっとじゃ! 儂にお主の力をもっと見せておくれェ‼︎」

 

 

 

 

 ウルウによってキリジが引き離された事で、アナテマのいる場所が戦いに巻き込まれる心配はなくなった。

 

 しかし、未だ窮地は続く。

 こうしている間も一刻一刻とハラム=アサイラムの命は零れ落ちていた。

 

「水が足りない! 何でもいい! トリィはとにかく水を汲んできて!」

「コケ!」

「わたしは何とかっ、ハラムを治療する!」

 

 『盈月の奇蹟』。

 人体を修復する力によって、上下に切り裂かれたハラムの肉体を繋げようとする。

 だが、アナテマは何となく気付いていた。()()()()()()()()()()()()()

 

(時間が足りない! そうだ、そうだった。『盈月の奇蹟』は特に簡易化した状態で行っている祈祷術。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()‼︎)

 

 簡易化した祈祷術では治療できない。

 表層の傷を繋げるくらいは容易いが、臓器そのものが傷付いているような致命傷には、本来の効力を発揮した『盈月の奇蹟』を用意する必要がある。

 

 だが、そんな余裕はない。

 神殿を用意して、礼装を用意して、十五日間不眠不休で踊りと祝詞を絶やさない儀式を行って。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(聖都ならッ、神官が沢山いて神殿がたくさんあるあの場所ならまだやりようはある! でもッ、こんな辺境じゃ設備が足りない! 聖域崩壊──人類圏の端には神の加護も届かないってワケ⁉︎)

 

 目の前の命が救えない。

 ハラムに託された責務が果たせない。

 

 絶望感に目が眩む。

 あるいは、ハラム=アサイラムも同じような絶望を抱いたからこそ、神の奇蹟に見切りを付けたのか。

 

 でも、それでも。

 アナテマ=ブレイクゲートは諦めなかった。

 ほんの一秒でも命を繋げば、それで奇跡が起こるかもしれないと思って。

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 

「──(オデ)が手を貸しましょう」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アナテマの手に何かが触れる。

 それは地面から這い出した何か。

 掌に口がついた巨大な()だった。

 

 アナテマは知っている。

 その話を方をする、巨大な手を持った巨人種(トロール)を知っている!

 

「……汚泥の、巨人?」

「本体は地下に埋められていまして、掌越しの挨拶で失礼します。貴女に(オデ)の魔法をお貸しします」

「魔法って、まさか──‼︎」

 

 掌に魔法陣が生まれる。

 血のような赤が、ハラムの傷口に触れる。

 

 

(こぼ)れろ────『血みどろの涙』」

 

 

 ()()()()()()()()っっっ‼︎‼︎‼︎ ()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……血肉を操る、魔法。人類(ヒト)を殺す魔法じゃない。人類(ヒト)を救命するための魔法⁉︎」

「知りませんでしたか? (オデ)の本来の職業は奴隷でも剣闘士でもありません。()()だったんですよ」

 

 つまり、それはハラム=アサイラムが用意した奇跡。

 神の奇蹟が届かない辺境であっても、人類(ヒト)の命を救おうと用意した()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 聖域崩壊。神の加護なき辺境。

 そんな場所に人類(ヒト)の聖域を築こうとした男の功績が、死にゆく男の手を繋ぎ止める。

 

「やっぱり、わたしに大した力なんてない。君を救うのは君の力なんだよっ、ハラム=アサイラム!」

 

 

 

 

「お主の力はそんなものじゃあなかろう」

 

 土石流に流された先で、マガリの(クラン)のキリジは失望したようにそう呟いた。

 『竜の顎』。土砂の激流を正面から受けながら、たった一度の斬撃でキリジはそこから這い出たのだ。

 

「マトモに食らっておいてよくも言えますね。負け惜しみですか?」

「わざと受けたのじゃよ。お主の全力とはどんなものじゃろう、と。……じゃが、手加減をしたのう?」

 

 喋りながら、キリジは攻撃を放つ。

 魔剣『絶風(たちかぜ)』。距離を無視した斬撃。

 ウルウはその斬撃を飛翔して避ける。重力を無視した無茶苦茶な軌道。だからこそ、攻撃を当たらない。

 

 お返しとばかりに、触れた樹木を持ち上げて銃のように次々と乱射する。

 だが、キリジの表情(かお)は変わらない。失望のまま三日月のように曲がった湾刀を振り抜き、絶え間ない倒木の乱射を迎撃する。

 

「命を奪う気もない生温い攻撃……あの男と一緒じゃのう」

「ゲロウはどうしました?」

「儂がこうして無傷な事から分かるじゃろう? 彼奴(きやつ)は逃げたのじゃよ。形勢が不利になると一目散にのう。お主らは見捨てられたのじゃ」

「そうですか」

 

 ウルウはどうでも良さそうに答えた。

 その反応に、キリジは笑みを深める。

 

「あの男は儂とマトモに戦うつもりが最初(ハナ)からなかった。ずっと逃げ腰のツマラン男じゃった。……じゃが、お主は違う。逃げるつもりはない。勝利する気マンマン。()()()()()()()()()()

 

 例えば、土石流の『竜の顎』。

 本当なら、もっと硬い岩を混ぜた土石流にすれば良かったのに、ウルウが放ったのは柔らかい泥の奔流。

 戦意はあるのに殺意がない。勝利に執着しているのに戦い方を選んでいる。キリジから見たウルウとは、どこかチグハグな印象を受ける少女だった。

 

「なぜじゃ? お主はなぜ儂を殺さん」

「アナテマと約束しましたから。私はヒトの形をした生き物を殺しません。元のセカイの常識(ルール)を守ります」

「────────カ、」

 

 剣が、止まる。

 会話の最中も絶えず振られていた湾刀が、どうしてか動きを止める。

 

「カ、カカカッ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 マガリの(クラン)のキリジは笑った。

 雨音よりも大きな声で。

 

 でも、楽しそうにはちっとも思えない。

 消えた眼光、暗い瞳がウルウを見つめる。

 口を三日月のように歪め、それでも全く笑っていない目でキリジはこう言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 吐き捨てるように。

 燃えたぎるような怒りを乗せて。

 

「は? 約束? 常識? 違うじゃろ。お主はそうではない。最も自由な(ドラゴン)、空の彼方からの来訪者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「………………」

「お主は儂の同類じゃ。儂と同じ、たった一つの目的のために全てを捨てられる破綻者。勝利のためなら何でもできる異常者! それがどうして、くだらない約束に拘っておる⁉︎」

 

 竜胆ウルウは負けず嫌いだ。

 勝利のためなら何だってできる。

 ──たかが約束のために、勝利を諦めるのか?

 

「不快な首輪、邪魔な足枷、身動きが取りづらい鉄球。捨てろ、捨ててしまえ。何を抱えておるのじゃ。お主にそんなものは必要ないじゃろう」

「………………、」

「物理的な枷だけではない。もっと、もっとじゃ。常識、倫理、法律、約束……お主は精神的に縛られておる。そんなモノさえなければ、もっと高みを目指せるというのに……‼︎」

 

 キリジは不自由が嫌いだ。

 だから、もどかしかったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()ッ、()()()()()()‼︎」

 

 

 

 

 竜胆ウルウは普通の少女だった。

 どこにでもいる、ありふれた中学生だった。

 

 特筆すべきは……その少女は、他の子供に比べて負けず嫌いだった。

 負けるのが嫌いで、勝利が好きで、そのためなら何だってできる怪物だった。

 

『……ウルウさん』

 

 昔。小学生の時。

 ウルウはクラスメイトを殴った。

 先生に叱られ、相手の親に罵られ、学校に父が呼ばれた。

 

 忙しい父だった。

 家で顔を合わせる事も少なかった。

 それでも、学校行事には必ず参加してくれる人だった。

 

『ウルウさん。どうして殴ったんですか?』

『……だって、バカにされました。シングルファザーだって、お母さんに捨てられたんだって』

 

 竜胆ウルウは片親の家庭だった。

 詳しい理由は知らない。

 だが、血縁上は母にあたる人は『(余分なもの)』という名前だけを残して去った。

 

『? すみません、馬鹿にされて殴ったというのは……少し分かりません。馬鹿にされた事が嫌で、口を塞ぐために殴ったのですか? それとも、馬鹿にされても良いような雰囲気を変えるために殴ったのですか?』

『……ちがいます』

 

 父は変な人だった。

 娘に対しても敬語を使って、感情論を理詰めで解き明かそうとする人だった。

 その影響か、ウルウも普段から敬語で話すようになった。小学校で浮いていたのは、それも一因かもしれない。

 

『……勝ち誇ってたんです』

『はい?』

『こう言えば傷付くだろうって、まるで勝ったみたいな顔をしてたんです。でも、私は負けてません。だから、負けないために殴りました』

『…………』

 

 でも、敬語以上に。

 ウルウはその性格のせいで浮いていた。

 だって、そうだろう? 誰だって、遊びでもムキになって勝とうとするヤツと友達になりたがる訳がない。

 

『勝利のためなら……何でもして良いと?』

『……? はい。それはそうでしょう』

 

 あの時、父はどんな顔をしていたのか。

 ウルウには思い出せない。

 だけど、その後に告げられた言葉はずっと覚えている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 父は変な人だった。

 ウルウの考えを理解できず、感情に共感できず、それなのにウルウを否定しない。

 小さな子供が相手でも、一人の人間としてウルウを扱ってくれる人だった。

 

『ウルウさん。僕にはあなたの考えは理解できませんが……一つだけ、明らかにおかしい点があります。勝利を定義しているのは何ですか?』

『…………え?』

『あなたは勝利のために相手を殴りました。でも、殴り倒したら勝ちだと誰が決めたのですか?』

『それ、は……』

『例えば、僕とウルウさんがゲームで戦って、僕が負けそうになったからウルウさんを殴り倒して。それで僕がゲームに勝った所で、それは本当の勝利でしょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 感情に寄り添える人ではなかった。

 だから、母は彼から離れていった。

 

 でも、それでも。

 誰も理解できないウルウに寄り添おうとしてくれた人だった。

 

『あなたが殴った相手は、あなたを罵りました。ですが、それは口喧嘩という土俵、口喧嘩というルールの中での戦いです。あなたは殴った事で勝ったと思ったようですが……実際にはルール違反で負けています。事実、先生に叱られたのはあなただけでしょう』

『…………っ』

『あなたの負けです。あなたは勝ちたいのなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悔しかった。

 先生に叱られた時にも泣かなかったのに、父に理詰めで負けを知らされ、ウルウの瞳に涙が浮かんだ。

 

『ウルウさん。あなたはルールを知りなさい。倫理、常識、法律など、世界にはたくさんのルールがあります。負けたくないのなら、勝利が欲しいのなら、まずは勝利を定義しているルールを学ぶべきでしょう』

 

 父は決して怒らなかった。

 ウルウを否定しなかった。

 理解できない怪物を、理解できないままに世界に適応させた。

 

『勝利のためなら何でもできるのでしょう? なら、本当の勝利を得るためにルールの一つや二つ守ってください』

 

 

 

 

「約束は守ります。ヒトとして当然の常識(ルール)です」

 

 竜胆ウルウはキリジに向かって告げる。

 ヒトの形をした生き物は殺さない、元の世界の常識を守り続けると。

 

「なぜじゃ……なぜじゃ! 元の国の常識を守る必要なんてないじゃろう⁉︎ 故郷でもどうせ居場所はなかったのじゃろ⁉︎ お主のような異常者が──儂の同類が社会に馴染める訳がない‼︎」

「そうですね。中学でも友達は一人もできませんでした」

「ならッ」

「でも、それで諦めたら逃げたみたいじゃないですか。私は逃げません。私は元のセカイに馴染めずとも、元のセカイに帰ります」

 

 他人のためではない。

 利己的な判断でもない。

 ただ勝利のためだけに、竜胆ウルウはアナテマとの約束を守る。当たり前のルールを守る!

 

「確かに私は縛られています。常識、倫理、約束、法律、様々な制約(ルール)が私をがんじがらめにしています。……それが? 誰だってそうでしょう。誰だって社会(ルール)の内側で戦っています。その外側に出て自由になって……それで強くなった所で本当の勝利と言えますか?」

「…………っっっ‼︎‼︎‼︎」

「私は負けたくありません。勝利のためなら何だってできます。それが本当の勝利のためならば煩わしいルールの一つや二つ守ってみせる!」

 

 首輪に足枷、鎖で繋がった鉄球。

 世界で最も自由な(ドラゴン)は、奴隷のような姿でこう言った。

 

 

 

「──私は囚われたままで構いません」

 

 

 

 囚われの竜、竜胆ウルウ。

 それはキリジにすら理解できない怪物だった。

 

「……そうか。そうかそうか。お主はそうなのじゃな。誰よりも自由な魔法を持ちながら、誰よりも鎖に繋がれているのか! ならば! 儂がその鎖を斬り落とそう! まずは約束を交わしたアナテマ=ブレイクゲートからブチ殺そう‼︎ 自由な翼を持つ(ドラゴン)が地を這うなど許せるものかッ‼︎」

 

 否定しなければならない。

 竜胆ウルウ。不自由を愛する自由な竜。

 その生き様はマガリの(クラン)のキリジの人生を全否定するものだ。

 

 キリジには到底受け入れられない。

 竜を繋ぐ鎖の全てを破壊しなければ怒りは収まりそうにない!

 

 

「死ね! 我が自由を阻む邪竜よ!」

「あなたは私の逆鱗(アナテマ)に触れた。叩き伏せられるのはあなたです」

 

 

 

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