【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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二十八話:何処にでもいる救世主

 

 

 

 

「………………吾輩、は……」

 

 奴隷商ハラム=アサイラムは眩い光によって目を覚ます。雲間から差す光がハラムを照らす。

 致命傷を負った自分がまだ生きている事、それ以上にあり得ない事だった。激流樹海アシリミッツ──神に見放された大地に太陽の光が届くなど。

 

「ぐふ、ははは。見放された訳では……なかったのか。神様、貴方はずっと見守っておられたのか……」

 

 返答はない。

 ハラムに神の言葉は話せない。

 神にハラムの言葉は理解できない。

 

 でも、それでも。

 神様はずっとそこにいたのだ。

 理解できずとも、言葉を交わせずとも、ずっと人類(ヒト)を見守っていたのだ。

 

「ああ、クソ。だから……吾輩は神様が嫌いなんだ。こんなどうしようもない吾輩の事を見捨てない、貴方の事が────」

 

 言葉にならない嗚咽が漏れる。

 雨音の聞こえない樹海で、一人の男の涙の音だけが響いた。

 

 

 

 

 痩せ細った褐色の小人種(ドワーフ)

 一命を取り留めたハラム=アサイラム。

 彼は巨人種(トロール)の奴隷、汚泥の巨人に支えられながら頭を下げた。

 

「助かった、アナテマ=ブレイクゲート。貴様のお陰で吾輩は生きている。この恩は何をしてでも報いよう」

「わたしだけの力じゃないよ。汚泥の巨人、ウルウ、ゲロウ、それに君自身の奮闘。みんなの協力のおかげってワケ」

 

 ちなみに、汚泥の巨人はウルウが地下から発掘した。流石の巨人種(トロール)も、土砂に埋まれば自力で出てくる事は難しかったらしい。

 

「だが、それでは示しがつかん。たとえ神官とて、人類(ヒト)を救った者には報酬があるべきだろう。無償の救いは社会に歪みを生み出す」

「そうですよ。貰えるものは貰っておきましょう。お礼を受け取るのも礼儀(マナー)ですよ」

「……ウルウって、意外とマトモだ」

「私の事を何だと思ってるんです?」

 

 頭を掻くアナテマと眉を顰めるウルウ。

 ハラムは笑った。こんな馬鹿馬鹿しい言葉を交わす少女が全ての人類(ヒト)を救えるだなんて、そう思い込んでいた自分がおかしくて笑った。

 

「ぐふふふふふふ! 何でもいいぞー! 貴様が求めるのなら汚泥の巨人だって売ってやろう!」

「いりません」

「オ、オデ……カナシイ」

「うーん……じゃあ、ちょっと相談。逆にさ、奴隷を買って欲しいんだけど」

 

 アナテマの指差す先。

 (つた)や竹など天然の牢で身動きが取れないようにされた樹人種(エルフ)

 

 

「キリジ、そっちで引き取って貰えない?」

 

 

 マガリの(クラン)のキリジ。

 翠色(エメラルド)の長髪の剣士が地べたに転がされていた。

 

「吾輩は助かるが……貴様は良いのか?」

「それ、こっちの台詞(セリフ)でしょ。わたしは大した迷惑をかけられてないし、ウルウは──」

「別に、どうでも。私、勝ちましたから」

「──ってワケ。逆に、ハラムは良いの? 胴体を真っ二つに斬られたワケだけど」

「構わんよ。キリジの武力は無法都市に君臨するのに必要な材料である。前と同じように用心棒という訳にはいかんだろうが……犯罪者の労役奴隷として活用しようではないか」

 

 労役奴隷、それは無法都市にいた普通の奴隷とは扱いが異なる。自由がない代わりに雇用を得る奴隷とは違い、自由も報酬もなく働かされる最底辺の身分。

 古くは労役刑の代わりに用いられ、鉱山など危険性が高い仕事に従事するよう呪いがかけられた奴隷。

 

「……儂の意見は無視とな。嫌じゃのう」

 

 地べたに転がったキリジは小さくぼやく。

 剣を抜かずとも斬撃を放てるキリジだが、森を傷つけられない呪いがかけられたせいで天然の牢を破壊する事ができない。

 ハラムが使った『豊穣の奇蹟』による戦闘法は、キリジが裏切った場合の対策でもあった。

 

 それに、そもそもの話、キリジにはもはや他者を傷付けるだけの気力がなかった。

 戦いに負け、命を見逃され、その後ろを姿を斬りつけ殺した所でもう勝ったとは思えない。

 

「敗者に口出す権利がある訳ないでしょう」

「チッ…………ま、良いじゃろう。ここはお主の口車に乗ってやろう」

「?」

「奴隷になって、誰よりも縛られる身分になって。その上で儂は剣の腕を磨く。儂は自由だから強いのではない。お主と同じ土俵(ルール)に立っても儂は強いのだと証明してやるのじゃ」

「そうですか。別に、どうでも良いですけど」

「カカッ、この儂が挑戦者の側に立つとは……人生とは分からんのう。面白い、努力のしがいがあると言うものじゃ」

 

 キリジは改心などしていない。樹人種(エルフ)を虐殺した過去は変わらないし、これからも他者を傷付ける。誰よりも呪われた人生を歩み続ける。

 でも、それでも。きっと、本当の意味での『無法』ではない。ハラム=アサイラムの信念(ルール)に沿ってキリジは剣を振るう。それはいつか、誰かの救いになるはずだ。

 

 理解できない、言葉の通じない怪物でも。

 怪物のまま社会に馴染む事はできる。

 悪人のまま善行を成す事はできるのだ。

 竜胆ウルウがそうであったように。

 

「オレは帰るぜ」

「ゲロウ」

「借りは返した。つーか、もうオレの貸しだろ。どれだけオレを働かせるつもりだ、クソが」

 

 逆立つ灰色の髪の冒険者、ゲロウは不機嫌そうに顔を歪めた。

 そんな言葉を吐きつつ、最後まで付き合ってくれた彼はどうしようもないお人好しだった。

 

「ありがとう! 初めから借りなんて無かったのに。ウルウを助けてくれてありがとう!」

「……ふん。妹に頼まれたんでな」

「じゃ、妹ちゃんにも感謝を伝えといて!」

「伝えるワケねえだろ、クソったれ。アンタらには二度と会わねえし、妹にも二度と関わらせねえよ。アンタらに付き合ってちゃ命がいくつあっても足りないんでね」

「ひ、否定はできないなあ」

 

 アナテマは苦笑いした。

 彼女はきっとこれからも面倒ごとに首を突っ込み続けるし、かつて聖女であった事から様々な面倒ごとに巻き込まれ続ける。

 

「ウルウ。オレが教えた事、忘れんなよ」

「はい。あなたの顔は忘れるでしょうが、教わった内容は覚えておきます」

「生意気な生徒だな、クソが。……ま、その聖女サマに見捨てられた時は頼れ。片手間なら力を貸してやる」

「? 幼女趣味(ロリコン)ですか?」

「誰がだ! 妹以外に興味はねえよ!」

 

 それもそれでどうかと思うが……とウルウは首を傾げたが、言葉にはしなかった。

 

「ああ、クソ。妹だよ。妹が……(ウルウ)を気に入ったみてえだ。オレはアンタらには関わりたくねえが……妹の頼みだ、窮地(ピンチ)の時には駆けつけてやるよ」

「そうですか。妹さんと話す機会はなかったはずですが……」

「あ? 話させるかっての。アイツはオレのだ」

「…………うわ」

 

 チラっ、とアナテマとウルウは目を合わせ、視線だけで会話する。

 

「(束縛激しいヤツですね。奴隷じゃなくなっても自由にはなれないんじゃ……)」

「(でも、それは妹ちゃんも望んでた事でしょ。不自由を選ぶ自由は誰にだってあるんだから。良いんじゃない?)」

「(うへえ……)」

 

 別にウルウはゲロウを糾弾できるような立場ではないのだが……と汚泥の巨人は遠い目をした。

 聴覚も良い常識人、汚泥の巨人。彼はウルウがアナテマの事を自分のモノ扱いしているのを知っていた。

 

「じゃあな、クソ野郎ども。二度と会わねえ事を祈ってるぜ」

「じゃあ、わたし達もカナンの村に戻ろうか。一緒に行く?」

「誰が行くか。つーか、あの村……()()()()()()()()()()()()?」

「…………え」

 

 景色を歪めて去る直前、ゲロウはこんな事を口走った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「やばやばやばばばっ‼︎」

「コケェ!」

「耳元で騒がないでください!」

 

 言葉にならない悲鳴をあげながらアナテマは騒ぐ。なお、トリィと共にウルウに抱えられての飛翔である。

 ゲロウは逃げ、ハラムと汚泥の巨人はキリジを放っておくことができず無法都市に戻った。今、カナンの村へ向かえるのは二人(と一羽)しかいない。

 

「というかっ、樹海が拡大してた問題も普通に忘れてたっ! ほんとにヤバい!」

「別に……祭りで行った『破魔の奇蹟』の効果がまだ残ってるんじゃないですか?」

「あれは害意を弾くだけだって身に染みたから! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 樹々に覆われて村は見えない。

 だが、近づく度に嫌な予感は増していく。

 血だ。視界ではなく、嗅覚が大量の流血を捉える。

 

「……見覚えがあります。ここは拡大した樹海の中、カナンの村はすぐそこです」

「うん。……行くよ!」

 

 そして。

 そこで二人の少女は目にする。

 

 一面に広がる赤。

 取り返しのつかない命の亡骸。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………え?」

 

 意味が分からなくて、アナテマは首を傾げる。

 

 衝撃(ショック)を受けた訳ではない。

 どんな生き物とでも会話ができ、どんな生き物でも救おうとするアナテマだが、同時に少女は普通にお肉を食べる。

 彼女の倫理観はおかしい。目の前の生き物は大切にしても、目の届かない所で死んだ生き物には何も感じない。

 

 だから、ただ純粋に、目の前の光景に理解が追いつかなかった。

 そこにいたのは大きな弓を背負った一人の老人。優しいそうな顔をした日に焼けたお爺さん──アナテマもよく知る竹爺(タケじい)だった。

 

「おや。無事だったんだねえ。もしかしたら魔物の氾濫に巻き込まれたんじゃないかって、みんな心配していたよ」

「……ええーと、竹爺(タケじい)? 何コレ?」

「何って……竹で作った矢だねえ」

「材質を訊いたワケじゃなくてね???」

 

 竹製の弓に竹製の矢。

 粗悪……とまでは言わないが、辺境の村で作れる程度の最低限の武装。

 それだけで、目の前の老人はアナテマでも苦戦する魔物の数々を討伐していた。

 

 トリィの反応で分かる。

 特別な力は何もない。魔法でも、奇蹟でもない。キリジのような意味不明の魔剣でもない。

 ただ純粋な技術。弓の腕で魔物の侵攻を防いでいたのだ。

 

「いやあ。恥ずかしながら、僕は元貴族でねえ。奥さんと駆け落ちしたから身分自体はとっくにないのだけど……学んだ技術は、まだこの手にあるみたいだ」

「そっか。……ふ、ふふふふふ。あはははははははははははははははははははははははは‼︎」

「ど、どうしたのかな? 僕、そんなに変なこと言ったかなあ。ウルウくんはどう思う?」

「大丈夫です。変なのはアナテマですから」

「ふふふ。いやあ、ごめん。なんか、嬉しくなっちゃって」

「?」

 

 涙すら出てきた目を擦ってアナテマは笑う。

 カナンを村を救おうとしていた自分はなんて傲慢だったんだろうと思いながら。

 

 

「やっぱり、人類(ヒト)を救うってわたしだけの特権じゃあないんだなって!」

 

 

 

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