【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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三話:君がヒトであるため

 

 

 

「ブルォオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」

 

 猪頭の亜人──猪猩々(オーク)の雄叫びが樹海に響く。

 亜人。それは人類(ヒト)と同じ姿形をしながら、人類(ヒト)と全く異なる精神構造をした怪物を指す言葉。

 

 怪物は無茶苦茶に腕を振り回した。

 何の技術もなく、拳の握り方さえ素人。

 それなのに、怪物の腕は樹々を容易くへし折った。

 

 尋常ならざる腕力。

 もしもその腕が人体に当たれば、最低でも粉砕骨折──当たりどころが悪ければ、たった一撃で死に至る。

 

 こんな醜悪なモノと同じ扱いをされるのか、と竜胆ウルウは顔を歪める。

 一方、アナテマ=ブレイクゲートは動じなかった。それは慣れであり、()の言葉を理解できたからでもあった。

 

 

「怯えなくていいって。わたしらは君の敵じゃない。君と戦う意思はないよ」

 

 

 ウルウは改めて思い知る。

 アナテマ=ブレイクゲートはどんな生き物とでも会話ができる。

 たとえそれが、猪猩々(オーク)のような醜悪な怪物であったとしても。

 

 アナテマは猪猩々(オーク)の雄叫びを──その()()を理解できた。

 彼は怯えていたのだ。人類(ヒト)を恐れ、傷つけられる事を恐れて、故に自分の力を誇示して威嚇した。

 

(優しいなあ。問答無用で暴力を振るえば良かったのに、君はそうしなかった。それが単に戦い自体を恐れての事だとしても……その穏やかな気性を、わたしは優しさだと呼びたいよ)

 

 よく勘違いされる事だが、猪猩々(オーク)は雑食の亜人でも、人類(ヒト)のような大きな生き物は食べない。木の実のような植物、蟲や小さな獣を食べる事はあっても、自分の拳よりも大きな生き物は狙わない。

 嗅覚が鋭いため索敵範囲も広く、警戒心も強いため人類(ヒト)と遭遇する事は滅多にない。そして、その稀な事象が起こっても、大抵は全力で猪猩々(オーク)が逃げて終わりだ。

 

「心配しなくていいよ。わたしもこの子もすぐに移動するから。君に手出しはしない。……ああ、でも。一つだけ、聞かせて欲しいんだけど」

 

 一歩。

 アナテマは踏み込む。

 

 初めから違和感があった。

 警戒心が強い猪猩々(オーク)が逃げなかった理由。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 その瞬間。

 猪猩々(オーク)緊張(ストレス)は臨界点を突破した。

 

「プギッ、フゴォォオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」

 

 首輪を示された事で人類(ヒト)への恐怖がぶり返し、優しい亜人は心を知らぬ怪物となる。

 ほとんど反射の域だった。猪猩々(オーク)は近づいてきたアナテマに拳を振るう。その瞳には恨みすらなく、ただただ恐怖と生存本能だけが残っていた。

 

 言葉が通じるからと言って、心が通じる訳じゃない。

 交渉決裂。アナテマ=ブレイクゲートは戦いの回避に失敗した。

 

(うわあ、失敗! いよっし、ここは彼が冷静さを取り戻すまで攻撃を受け流すしかないっしょ! 下手に逃げたらウルウまで巻き込まれ──)

『危ない!』

「へっ?」

 

 ブオン! と拳が空を切る。

 棒立ちのアナテマに対し、ウルウが体当たりして無理やりに避けさせたのだ。

 二人してゴロゴロと地面に転がる。ギリギリだった。攻撃を受ける準備をしていたアナテマと違って、無防備なウルウが拳を受ければ、その体は簡単に弾け飛んでいた事だろう。

 

「あっ、危ないのは君じゃん!」

『はい?』

「あ、えと……『危ない事はしちゃダメでしょ! どうしてわたしの庇ったのさ⁉︎』」

『別に……庇った訳じゃありません。私のためです』

「『……通訳できる人類(ヒト)がいなくなるから助けたってワケ?』」

『いえ。あなたが死んだら、守れなかった私があの怪物に負けたみたいじゃないですか』

「『負けず嫌いにもほどがあるわ!』」

 

 アナテマは驚愕に目をひんむく。

 他人を思いやる善意でも、自己の利益を追求した訳でもない。

 負けたくない。負けたなんて思われたくない。本当にただそれだけの理由で、この少女は二メートル近い体躯の怪物に立ち向かったのだ。

 

『アナテマは下がっていてください。ここからは私が怪物を相手します』

「『なに言ってんのっ、死ぬつもりっ⁉︎』」

『安心してください、負けませんよ。……何だか体が軽くて、いける気がするんです』

「『はぁ⁉︎ ちょちょちょっ、ちょい待っ──』」

 

 容赦なく、竜胆ウルウは進み出す。

 樹々を粉砕した猪猩々(オーク)の拳を恐れず、問答無用で距離を詰める。

 むしろ、恐怖に震え上がったのは猪猩々(オーク)の方だった。

 

 怯える猪猩々(オーク)と負けん気が強い竜娘(ドラゴン)

 果たして、怪物とはどちらを指すのだろうか。

 

『どうしました。来ないんですか?』

「ブッ、ブゴッ」

『なら、私から行きます』

「ブモッ⁉︎」

 

 迫る少女の掌。

 猪猩々(オーク)は思わず後ずさる。

 だが、それ以上は動かない。足がすくんで動けない。

 

 残された行動は少なかった。

 猪猩々(オーク)にはもう、迎撃する以外の発想は思い浮かばなかったのだ。

 

「ブオオオオオオオオオオッ⁉︎」

「逃げろバカ!」

 

 直後。

 その光景は、誰の理解も超えていた。

 

 

()()

 

 

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 瞬間、反転する猪猩々(オーク)の視界。

 浮遊感と共に理解が追いつく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 筋肉と脂肪で肥大化した猪猩々(オーク)の体は一〇〇キロを超える。

 そんな怪物の全体重が乗った拳を軽々と受け止め、その上で体を持ち上げて放り投げる。一体どうやって少女の細腕にそんな怪力が秘められていたのか。

 

「うそでしょ……」

『不思議な気分です。自分の体がようやく自分の物になったような、そんな感覚……』

 

 まるで発泡スチロールを受け止めたような、その程度の重さしかウルウには感じられない。

 怪力の実感はない。怪物になった自覚はない。ただ、目の前の惨状が自分自身の強さを示していた。

 

 たった一撃。

 それだけで、猪猩々(オーク)昏倒(ノックアウト)されていた。

 

(いえ、驚いて動けていないだけですね。ダメージは軽傷。私は枝に皮膚を切られましたが、怪物の皮下脂肪はその程度では物ともしないって事ですか)

 

 いくら怪力があるとは言え、質量の差は覆せない。

 ウルウの軽い拳では、猪猩々(オーク)を殴った所で効果があるかは分からない。

 

(では、武器。見た所、アナテマは武器を所持していないようですが、使いようによっては石などでも武器にはなるでしょうし。……いえ、もっと良いものがありましたね)

 

 ウルウはあるモノを拾い上げる。

 それは巨大で、重くて、棒状の武器。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 一〇メートルはゆうに超える樹を槍のように携え、にんまりとウルウは笑った。

 

『いくら怪物と言えど、この規模の倒木に巻き込まれればダメージは受けるでしょう』

 

 そして、槍は放たれる。

 怪物の頭を撃ち抜くために。

 

 

「『殺しちゃダメ!』」

 

 

 ──しかし、軌道は僅かに逸れた。

 

 ズゥン……‼︎ と。

 倒木は見当違いの方向へ突き刺さる。

 

 いつの間にか、アナテマ=ブレイクゲートはウルウの腕を掴んでいた。

 彼女に手を引っ張られた事で、槍の狙いが外れたのだ。

 

『……邪魔しないでください』

「『だーめ。物騒なもんは降ろしなさい。人類(ヒト)と同じ形をしていたら殺すのを躊躇うって君が言ったんじゃん』」

『それは私の世界の常識(ルール)であって、この世界であの怪物を殺すのは何の問題もないはずでしょう。ヒトに暴力を振るう怪物なんてここで殺しておいた方が安全じゃないですか』

「『……かもねえ』」

『であれば、どうして殺してはダメだと? まさか、それも神の教えとやらですか』

 

 命を大切に、なんて。

 神の言葉としては安っぽく思える。

 

「『神様がどう思うかはわたしには分からないなあ。まあ、生きるためなら仕方ないんじゃない? 食べるための殺生が許されているのと同じで、害獣を殺すのは何の罪にもならない』」

『だったら──』

「『でも、それでも。君は、何よりも君のために、彼を殺すべきじゃないよ』」

『…………』

「『……話してるだけで分かる。君がいた国って随分と平和だったんでしょ。じゃあ、殺しちゃダメだ。こっちの常識に染まったら、君が元の居場所に戻れなくなる』」

『それ、は……』

 

 竜胆ウルウの強く握っていた拳が、アナテマ=ブレイクゲートの手で優しく解かれる。

 

「『それに、誰にも死んでほしくないなんて当たり前の事じゃん』」

『……はぁ。別に、いいですけど。これはあなたに説得された訳ではなく、私の勝ちが確定的だから追い討ちをする理由がないだけです』

「『まっ、負けず嫌いだなあ……』」

 

 誰に対しての言い訳なのか。

 素直になれないウルウの頭を撫でて、アナテマは気が抜けたように笑った。

 

「よーし。死んだフリはもういいよー! ほら、あっち! あっちなら人里とかない方だと思うから、あっちにちゃっちゃと逃げちゃって!」

 

 アナテマは樹海の奥へ指を指す。

 もぞもぞ、と猪猩々(オーク)はゆっくりと起き上がると、深い森へと消えていった。

 

 

『あの怪物が誰かを殺したらアナテマのせいですよ』

「『だいじょーぶ、だいじょーぶ! 人類(ヒト)なんていっぱいいるんだから、彼がまた間違えそうになったら他の誰かが止めてくれるさ』」

『無責任ですね』

「『人類(ヒト)を信じてるんだよ』」

 

 

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