【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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四話:夜の一幕

 

 

 

「『じゃじゃーん! 今日の寝床はこちら!』」

『……ほぼ地べたじゃないですか』

「『そんな事ないって! 天幕(テント)があるじゃん!』」

 

 異世界一日目の夜のこと。

 大きな樹に布を引っ掛けて軽い屋根を作っただけの簡易すぎる空間が、アナテマ=ブレイクゲートと竜胆ウルウが本日野宿する場所だった。

 

 大樹の根本を選んだのが良かったのか、屋根代わりの布と合わさって雨が体に当たる事はない。

 お陰で焚き火で体を温めることができる。

 

 ちなみに鶏のトリィは丸まって早々に眠った。

 遠くから見ていると白い毛玉のようにも見え、鳥の面影が完全に消えていた。

 

「『はい、これ今日の夜ご飯ね』」

『……何ですか、これ』

「『何って……甘弧実(バナナ)だよ』」

『絶対に嘘です……‼︎』

 

 確かに、その姿形(シルエット)はバナナに似ていた。

 弧を描いてカーブする木の実。

 しかし、その色合いを除けば……だが。

 

 

『蛍光ピンクに光ってるじゃないですか!』

 

 

 蛍光ピンクに光り輝く謎の果物。

 こんなモノを食べたらお腹を下すとしか思えない。

 

「『あー、君の国にあったバナナとやらじゃあないね。それと形が似ているから勝手に甘弧実(バナナ)って言語に変換してるだけで』」

『私の世界には存在しない語彙って事ですか?』

「『そゆこと。というか、そのセカイって言葉もこちらにはない語彙だよ。何となく神様の見守る大地(シア・マーティラス)だって理解してはいるけどさ』」

『???』

「『マジか、伝わんないか。えーと、君とわたしが同じ種族かも分からないのに姿形が似ているだけで人類(ヒト)ってひとまとめにしているとの同じ感じ?』」

 

 言いながら、アナテマは甘弧実(バナナ)の皮にナイフで切れ目を入れていく。

 硬そうな皮だった。もう食べ方からしてそれはバナナじゃなかった。

 

「『はい。意外と人気な食べ物だよ? この辺りじゃあ樹人種(エルフ)の長寿の秘訣だって言われてんだから』」

『う……』

「『奇蹟で浄化もしたし、お腹を下す心配もないから。ほーら、好き嫌いせず食べなさーい!』」

 

 そもそも食べ物を用意して貰っておいて文句を言うのはマナー違反ではないか……と竜胆ウルウの常識が毒付く。

 恐る恐る、少女は手を伸ばして皮を剥く。皮を剥くと気づく。光っているのは皮のほうで、実は意外と普通にバナナっぽかった。

 

『……はむっ』

 

 思い切って頬張る。

 じゃりっ、と口を満たす不思議な感触。

 ねちゃねちゃとした実を無理やり飲み込んで一言。

 

『絶妙に美味しくないです……』

 

 まず、食感。

 中に種が詰まっている。

 じゃりじゃりとした食感はバナナでは味わえないものだった。

 

 次に、味。

 甘味はあるが、それほどではなく。

 かといって他に何がある訳でもない。

 

 結論。

 めちゃくちゃマズイ訳ではないのだが、微妙に美味しくない。海外のお菓子みたいな感じだった。

 

 そんな風に顔をしかめるウルウを見て、アナテマは申し訳なさそうに呟いた。

 

「『ごめん……それ、焼いて食べるやつ』」

『早く言ってください!』

 

 

 

 

 熱した甘弧実(バナナ)は甘さと粘り気がちょうど良いくらいに整えられていて、意外と美味しかった。

 満足そうなウルウの顔を見ながら、アナテマは就寝の準備に入る。

 

「月の瞼、夜の帳。迷子を攫う宵の霧。拝火の眠り、杯を呑み干し、炎は灰に還りゆく。我が身を隠せ──『朔月の奇蹟』」

 

 両手を組み、焚き火に祈るようにアナテマは(うた)う。

 祈祷術。ウルウにはその言葉の意味は理解できないが、光の輪を頭上に携えた彼女はやっぱり天使のようだった。

 

『何をやってるんですか?』

「『この天幕(テント)を隠してんの。眠ってる間に獣と鉢合わせたならヤバいからねー』」

 

 そう言いながら、アナテマは懐から紐でくくられた小さな鈴を取り出した。

 焚き火の周りを歩き、まるで踊るみたいにリンリンと鈴を鳴らして振り回し始める。

 

「聞こえるは破魔。祖が賜りし六火(りっか)の一つ。波打つ火花、響く鐘撞(かねつき)、月の弓矢は獣を穿つ。聖域を築け──『破魔の奇蹟』」

 

 最後に、アナテマは残していた甘弧実(バナナ)を一本、焚き火の中に放り込んだ。

 

「これでよし」

『今のは?』

「『さっきの奇蹟で天幕(テント)を隠したけど、それも万全じゃあないからね。身を守る障壁を作ったの。大体、あの焚き火が消えるまでは効力があるってワケ』」

 

 何とも便利な話だった。

 医療も調理も、住居さえも奇蹟の賜物。

 生活と密接に絡みついた祈祷術。

 神とやらの過保護っぷりがよく分かる。

 

 就寝の準備は終え、後はもう眠るだけ。

 地面に直接転がり、アナテマの白い外套(コート)を掛け布団のようにして川の字になる。

 その時にようやく、アナテマが外套(コート)の下にゆるいつなぎのような服を着ていた事をウルウは知った。

 

「『いやあ、助かるわ〜。いつもはトリィを抱いて眠ってたんだけどさ、あんまり暖かくないんだよねえ』」

『抱き付かないでください』

「『ええ〜⁉︎ 寒くないの⁉︎』」

『むしろ暑いですよ、この辺り』

 

 天幕(テント)に遮られて星は見えない。

 まあそれがなくとも、この曇天では星空を見る事は叶わないだろうが。

 

 もぞもぞ、と寝る体勢の調整を繰り返す。

 何せ、急に翼や角や尻尾が生えたのだ。

 今日からウルウはうつ伏せで寝る事を強いられている。

 

 雨の音だけが響く。

 夜になるにつれて、雨の勢いが段々と強くなっている気がした。

 

 

「『……明日なんだけどさ、ちょっと寄り道して良い?』」

 

 

 雨の音に紛れるような小さな声で。

 アナテマ=ブレイクゲートは耳元で囁いた。

 

『別に、良いですけど。理由を訊いても?』

「『猪猩々(オーク)の彼を見て思ったんだよねえ。首輪だけじゃあ偽装には物足りないじゃんって。思えば、亜人の奴隷は逃げ出せないように足枷とかを嵌めてた気がするし』」

『確かに。あの猪猩々(オーク)も逃げ出してましたね』

「『見せ物小屋の獣も檻の中に入れられてたからなあ。首輪を付けただけの亜人が村の中をうろつくのは難しいかもしんないなーって』」

『……でも、寄り道ってこんな樹海の中に枷とかが売られてるんですか?』

「『……そーいえばっ、この場所の説明とか何もしてなかったっけ。ふふん。じゃあ教えてしんぜよう!』」

『うるさ……』

 

 アナテマは嬉しそうだった。

 誰かに物を教えるという事が好きなのか、それとも単にウルウに頼られたのが嬉しいのか。

 何にせよ、学校の先生に向いているな……とウルウは思う。

 

「『ここは大地(せかい)の最南端にある森──激流樹海アシリミッツ。別名、神様に見放された大地。樹人種(エルフ)の一部が暮らしているとされるけど、人類圏からは外れた魔境ってワケ』」

『神に、見放された……?』

「『ここはさ、ずっと雨が降ってるの。どの時刻、どの季節、どの時代でも、晴れる事なく雨が降り続けている。永遠の曇天じゃあ、天上にいる神様(たいよう)(ひかり)は届かないじゃん』」

 

 それは宗教的な言い回し……ではなく。

 竜胆ウルウもよく知っている、あの光の巨人──()の目が物理的に届かないという事なのだろう。

 

「『神様に見放された大地。でも、それは逆に言えば神様という見張りがいない大地でもある。だからか、激流樹海アシリミッツには各地から犯罪者が集まるんだって。ほら、夜や新月の日に犯罪が増えるとかあるじゃん? それと同じ』」

『神が実在する世界で犯罪をするとか……天罰とかないんですか?』

「『あるわけないじゃん。人類(ヒト)が犯した罪は人類(ヒト)の手で裁くべきなのに。……まあ、天罰を恐れて日中は犯罪数が少なくなったりするけど』」

『天罰はないけど、天罰があるかもしれないとは思うんですね』

 

 それも当たり前か、とウルウは納得する。

 あんな巨大で神々しい存在に見張られながら罪を犯すような度胸の持ち主はそう多くないだろう。

 

「『激流樹海アシリミッツの何処かに犯罪者たちが集まる無法都市がある。そこにいけば、奴隷用の枷なんていくらでもあるんじゃない?』」

『……へえ』

 

 犯罪者の巣窟、激流樹海アシリミッツ。

 ますます第一村人がアナテマだった事は幸運だった。

 

 そう思った時、ふと疑問が頭によぎる。

 ウルウは悩む事なく問いかけた。

 

『アナテマは、』

「『なあに?』」

『アナテマはどうして神に見放された大地に来たんですか? 神を信仰しているなら耐えられない場所でしょう、こんな所』

「…………、」

 

 あー、と言いづらそうに頬を掻き。

 誤魔化すように、アナテマは笑った。

 

 

「『……何でだろうね』」

 

 

 

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