【完結】破門聖女と囚われの竜   作:大根ハツカ

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五話:新しい朝

 

 

 

「コケコッコー!」

 

 典型的(テンプレ)な目覚ましによって起き上がる。

 竜胆ウルウ、異世界二日目の朝だった。

 

『ん、う………』

 

 うつ伏せに寝るウルウの背中の上に乗って騒ぐトリィを撫でる。

 肌触りはあまり良くなかった。猫や犬の感覚で触ったのが間違いか……と鳥の新触感に困惑する。

 

 既にアナテマは隣にいなかった。

 残してくれた掛け布団──白い外套(コート)を手に取って、アナテマの後を追いかけるように身支度を済ませる。

 

「コッコッ」

『お供してくれるんですね。ありがとうございます』

 

 ウルウはトリィを抱き抱え、天幕(テント)の下から出た。

 辺りはまだ暗い。というか、昨日からそうだったが激流樹海アシリミッツは常に暗い。常に曇っているという事もあるのだろうが、巨大な樹々で空が覆われて光が遮られているのだ。

 これでまだ樹海の浅い場所というのだから、深い所では昼と夜の違いなんて分からないだろう。唯一の違いがあるとすれば、朝の雨は夜の雨よりも弱いくらいだろうか。

 

 アナテマはすぐに見つかった。

 そもそも大した距離を離れてなかったのもあるが、彼女が神への祈りを(うた)っていたからである。

 

 

「口にするは浄化。祖が賜りし六火(りっか)の一つ。命の選別、火の粉の聖別、見えざる霊を殺す白。瘴気を祓え──『浄化の奇蹟』」

 

 

 アナテマ=ブレイクゲートが手にしていたのは革袋の水筒。

 彼女はその水の中に白い粉を振り撒いていた。

 

『また祈祷術ですか?』

「うわおっ……とと、『おはよう、ウルウ。さてはトリィに起こされた?』」

『そんなとこです。そっちは?』

「『昨日の夜から雨水を貯めてたから、飲めるように綺麗にしてたところ。飲む? ちょっと塩っぽいけど』」

 

 どうやら白い粉の正体は塩。

 それを水の中に入れ、『浄化の奇蹟』とやらを発動していたらしい。

 

『何というか、祈祷術ってただ祈るだけじゃダメなんですね』

「『へえ、やっぱ頭が回るじゃん。その心は?』」

『昨日は水や鈴、今日は塩を使って奇蹟を使ってました。声に出す呪文と何らかのアイテム、この二つがセットで神に祈りが届くって所ですか』

 

 『盈月の奇蹟』ならば水。

 『破魔の奇蹟』ならば鈴。

 『浄化の奇蹟』ならば塩。

 『朔月の奇蹟』なら……天幕(テント)、だろうか。

 

 アナテマが祈る際には、いつだって側には他のアイテムがあった。

 その指摘に、アナテマは嬉しそうに頷いた。

 

「『正解! ……って言ってあげたいけど〜、おしい! 減点が二つね』」

 

 アナテマは分かりやすく二本指を立てた。

 

「『まず、わたしが声に出してるのは呪文じゃなくて祝詞(のりと)。神様に奏上する言葉。呪文と一緒にすると怒られちゃうよん』」

『ふうん。アナテマは怒らないんですか?』

「『ええ〜? 怒って欲しい?』」

『別に……どうでも』

 

 いつもニコニコしているアナテマが怒っている姿が見てみたいという気持ちはあったが、めんどくさそうな気配がしたので口をつぐむ。

 

「『ま、いっか。もう一つの減点は、本来の祈祷術に必要なのは祝詞や祭具だけじゃなくてもっと必要な物があるってところ』」

『本来、の?』

「『そーそー! 本当はさ、祈祷術って儀式とかお祭りとかみたいな感じでやられるもんなんだよねえ。ホントは神殿とかも必要なの。わたしのはその簡略版。いくつかの手順をすっ飛ばした即席の(インスタント)祈祷術ってワケ』」

 

 傷を癒す、姿を隠す、障壁を作る、水を綺麗にする。簡略化された祈祷術ですら強力な奇蹟を引き起こす。本来の祈祷術とは、一体どれほどの奇蹟を扱っているのか。

 

「『わたし達の最終的な目的地が村なのも、君に言語を授ける奇蹟を行使するには簡易な祈祷術じゃあ不可能だからってワケよ』」

『ふうん。意外と考えてるんですね』

「『アナテマさんは最初っからいっぱい考えてますけど⁉︎』」

『あれ……? でも、祈祷術に祭具や祝詞が必要って言うなら、日本語を習得した奇蹟ってどうやって発動したんですか?』

 

 竜胆ウルウは首を傾げた。

 最初の邂逅(ファーストコンタクト)において、アナテマ=ブレイクゲートに祈祷術を使っている様子はなかった。

 ウルウの真っ直ぐとした視線を受けて、アナテマは目を伏せて顔を歪めた。

 

「……ほんとに、賢いなあ」

 

 その言葉を意味をウルウは理解できない。

 一瞬だけの表情の変化も、すぐさま笑顔に塗り潰され、錯覚かと記憶を疑う。

 

 ニコッ、と。

 アナテマは満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

「『ひ・み・ちゅ!』」

 

 

 ばちこーん! と。

 朝の樹海に、アナテマの頭をウルウの平手が叩く音が響いた。

 

 

 

 

『それで』

 

 背嚢(バックパック)を背負い、頭の上にトリィを乗せたアナテマ=ブレイクゲートに対して、相変わらずセーラー服のみの竜胆ウルウは問いかける。

 

『昨日言っていた無法都市はどうやって探すんです?』

「『どうやってって……まあ、普通は聞き込みでしょ』」

 

 誰もいないのに? と聞き返そうとして、ウルウは慌てて思い出す。

 アナテマ=ブレイクゲートに言語の壁はない。どんな生き物だって彼女には会話が通じるのだ。

 

 コンコン、と足で地面を叩き。

 アナテマは腹から声を出して叫んだ。

 

 

「誰かー! ちょっと訊きたいんだけどー!」

 

 

 樹海に声がこだまする。

 数秒も経たないうちに、色鮮やかな鳥達が寄ってきた。

 

「おおう……思ったよりも多く来たなあっ⁉︎」

『……かわいい』

 

 色鮮やかな鳥達。

 その中でも、一際目を引くのは仄かに青白く光る小さな鳥だった。

 

 大きさは広げた掌くらいで、トリィの半分もないくらいの本当に小さな鳥。

 長い(くちばし)に青い体毛、キラキラと燐光を振り撒く綺麗な鳥。

 それがウルウの頭から生えた山羊のような角に止まった。

 

(同じ青い翼を持ってるから仲間だと思われたんでしょうか……?)

「『ウルウ。その鳥、動物の脳みそが主食だから払い除けた方がいいよー』」

『うわあっ⁉︎』

 

 慌てて鳥を角から叩き落とし、逃がさないように全力で掴む。

 

『のっ、脳⁉︎ 脳を食べるんですか⁉︎』

「『啄脳鳥(モーショボー)っていう魔物ね。鋭い(くちばし)を何度も叩きつけて頭蓋骨を割り、こじ開けた穴から長い舌で脳を啜る肉食の魔物。頭蓋骨に穴が空いた猪猩々(オーク)の死体とかよく見かけるよ』」

 

 ぞっっっ、と鳥肌が立つ。

 何が仲間だ馬鹿野郎。

 完全に獲物と見られていた。

 死にかけていた、食われかけていた。

 

『殺します。殺しますよ、この害鳥』

「『えっ、ええー⁉︎ 昨日誰も殺さないって約束しなかった⁉︎』」

『約束はしてませんし、ヒトを食べる害鳥は元の世界でも駆除対象ですよ! そもそもズルいんですよ、自分だけトリィで頭を守って!』

「『えっ、ええ……? いや、そんなつもりはなかったんだけどなあ……』」

 

 アナテマは本当に辛そうに顔を歪める。

 命にシビアなのは魔物による死が間近な異世界の人間の方なんじゃ……とウルウは思ったが、同時にある事を思い出した。

 

 この世界では、言葉を話せるモノがヒトである。誰も彼もがそんな宗教観を持っている。

 だったら、アナテマ=ブレイクゲートは? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……生きづらそうですね。きっとアナテマは、お肉を食べるだけで罪悪感を抱いてしまう。この世界の神官ってみんなそうなんでしょうか)

 

 だとすれば、それはなんて残酷な奇蹟だろう。

 そう思いつつも、ウルウは口には出さなかった。

 それを言葉にしてしまう事は、自分を助けてくれたアナテマの行動を全否定する事だと分かっていたから。

 

『……はぁ』

「『ごめん、ウルウ……』」

『別に……怒ってません。良いですよ。これで済ませます』

 

 バチンッ、と啄脳鳥(モーショボー)の頭にデコピンを喰らわせる。

 命を狙われた礼にしては安いモノだ。存分に脳を揺らして欲しい。

 

『これで私の勝ちです。勝ったのでもうそいつはもう逃しても構いませんよ』

「『……‼︎ ありがとうウルウ!』」

『…………ふん』

 

 返答代わりに、アナテマの橙色(オレンジ)の頭にもデコピンを喰らわせる。

 それで済ませる、と。言葉にせずとも伝わるはずだ。

 

「……ありがとう、何も言わないでくれて。それに────」

 

 カンカンカン! と木を叩く音が会話を遮る。

 頭上を見上げると、キョキョキョッ! と放り投げた啄脳鳥(モーショボー)が枝に止まって鳴いていた。

 まるでこちらを呼んでいるような鳴き方。思わず、ウルウとアナテマは顔を見合わせる。

 

 

「『無法都市はあっちだって。見逃して良かったね?』」

『別に……道案内をされたくらいで私の殺意は薄れませんけど』

 

 

 

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